乙骨憂太
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(乙骨視点)
思わず、刀を仕舞っていたケースが肩からずり落ちそうになった。
「……憂太、驚くなよ?」
「え、え、どういうこと?」
単独任務から帰還した僕の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
頬をポリポリ搔きながら苦笑するパンダくんに抱えられているのは、3歳くらいの子供の姿になった夢子ちゃん。そしてその横に並んでいる真希さんと狗巻くんも、なぜか小学生くらいの身長になっていたのだ。
「パパ、パッ、パンダくん!ど、どうなってるの?!」
「落ち着けよ、憂太。だから言ったろ、驚くなよって」
取り乱した僕に向けられた真希さんの呆れた声も、華麗に耳をすり抜けていく。だってこんなの、驚くなという方が無理だ。
「すじこ……」
「ホント、なんで私まで……」
狗巻くんと真希さんは本気で落ち込んでいるみたいだけど、僕は思わず三人の姿に見入ってしまう。
子供の頃の夢子ちゃんって、こんな感じだったんだ。控えめに言って、最高に可愛い。天使の輪っかが輝く髪の毛に、くりんとしたお目目。不安そうに胸元の服を握りしめてモジモジしている。
いつも真希さんに負けないくらいに、バッサバッサと呪霊をなぎ倒す彼女がこんな姿になるなんて、誰が想像出来たであろうか。
好きな人の子供の頃の姿を見ることが出来た歓喜で見入っていると、夢子ちゃんはキョロキョロしながらパンダくんにしがみついていて、それを見た真希さんと狗巻くんも顔がニヤけている。
「任務で対峙した呪詛師の術式でな、3人とも年齢逆行……つまり、真希と棘は五歳若返ったんだよ。夢子は術式モロに食らって、十歳以上若返りで一時的な記憶喪失。悟の話では、一日経てば元に戻るらしいから安心しろ」
「そっか……よかったぁ」
パンダくんの説明に、僕はホッとして胸を撫で下ろす。それにしても、僕だけ単独任務だったのが悔やまれる。みんな一緒の任務なら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
そんなことを考えていると、不意に下から服を掴まれた。視線を下げると、いつの間にか隣に来ていた夢子ちゃんが、じっと僕の目を見上げてくる。パンダくんが「夢子ちゃーん、これは憂太お兄ちゃんだよ」とおふざけ半分で夢子ちゃんに紹介している。彼女はこちらをチラチラ見ながら神妙に頷いている。
「ゆうたお兄ちゃん!こんにちわぁ」
「こ、こんにちは……」
パァッと目が輝いた、満面の笑みが眩しい。子供特有のハキハキした高い声で挨拶されて、幼女パワーに圧されて思わず頬が熱くなる。夢子ちゃん、本当に天使みたいだ。
一瞬、僕は息をするのを忘れてしまった。しゃがみ込んで、視線を合わせて手を差し出すと、小さくて体温が高い手が、ぎゅっと僕の手を握りしめたのだ。
ふにふにと柔らかくて温かな感触に、心臓が壊れそうなほど脈打っている。
「ゆうたお兄ちゃんの手、大きいね!ねぇねぇ、もっと遊んで?」
「あ、遊ぶ?!」
まさかの言葉に驚いているうちに、今度は反対の腕をぐいっと引かれる。そこには目を輝かせた狗巻くんがいた。
「しゃけっ」
「え、何するの?」
戸惑う僕を無視して、狗巻くんは僕の手を掴むと走り出そうとグイグイ引っ張られる。立ち上がって慌てて振り返ると、真希さんもパンダくんも夢子ちゃんも楽しそうな様子で、付いて来る雰囲気。
今日はもう任務に行けないので、解散ということで良いと五条先生からもメッセージが届いていた。ああ、もうこれ遊ぶしかないよね。絶対楽しい予感しかしない。
こうして僕たちは、とりあえず高専の教室から廊下へと出た。
「夢子ちゃん、何して遊ぶ?」
「ん~とねぇ、おままごと!」
即答だった。反応の早さに、さすがにちょっとびっくりしていると、夢子ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
それから少し考えるように俯いて、パッと顔を上げたと思ったら満面の笑みを浮かべていた。
「あのね、ゆうたお兄ちゃんはパパ役やってくれる?」
「ぱっ……パァッ!?」
「お、いいな。じゃあ俺はママやるぞ」
「ツナマヨォ」
パンダくんもノリノリでママ役を立候補すると、真希さんがすかさず「夢子のママは私だからダメだ」と言ってくる。皆が張り切っている、なんだか微笑ましいやりとりに、思わず笑ってしまった。
「よし、それじゃあおままごとの始まりだ!」
パンダくんの合図で、夢子ちゃんのおままごとに付き合うことになった。最初は普通の家族ごっこだったはずなのに、気がついた時にはなぜか配役が増えていた。
僕は夢子ちゃんのパパ。
真希さんは夢子ちゃんのママ。
狗巻くんは夢子ちゃんの弟。
そして、パンダくんはペットの犬のタロウだった。パンダなのに犬とはこれ如何に。
「パパぁ、ごはんできたよぉ」
「ありがとう。今日のご飯は何だい?」
「えへへ、オムライスですぅ」
夢子ちゃんは嬉しそうに笑うと、寮のキッチンを借りて真希さんや狗巻くんと作ったオムライスを、皿に盛り付けてテーブルに置いた。今の僕たち、おままごとしてる筈なんだけど、いつの間にやら実生活に反映されている。
「いただきまぁす」
夢子ちゃんはそう言うと、スプーンを手に取ってオムライスを食べ始める。
うん、口の周りに付くケチャップを拭ってあげたくなる。ポロポロ落ちるご飯もご愛嬌。そんな様子を見ながら、僕もスプーンを手に持つ。
「ゆーたお兄ちゃん、おいしい?」
「美味しいよ。夢子ちゃんの作った料理なら何でも美味しい」
思わず本音を口にしたら、「ゆうたお兄ちゃん、大好きぃ!」と言われて抱きつかれた。こんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいなぁ。僕は夢子ちゃんのパパさんの設定なのに、お兄ちゃん呼びになっているのがまた可愛い。
「わんわん」
2足歩行の犬のタロウ……ではなく、パンダくんがお尻を振りながら、ドヤ顔で僕たちの前をノリノリで歩き回る。自分は愛されるペットだとアピールしたいのだろうか。
「パンダお兄ちゃん、はい、あーん」
夢子ちゃんがオムライスを一口分掬って差し出すと、パンダくんはパカッと口を開けた。その光景はまるで餌付けされているみたいで、なんだか可愛くて笑いそうになる。
「んー、うめぇ!やっぱり可愛い女の子が作った飯が一番うまいわー」
「そうだろ、夢子は私の娘だからな。私が育てた」
「おかか!いくら、明太子」
「はぁ?何言ってんだよ!夢子は私の娘だろうが」
いつの間にか喧嘩を始めた同級生に、思わず唖然としてしまう。これはいったいどういうことなんだろう。犬のタロウが「うめぇ」とか言ってるし、真希さんは継母だろうと狗巻くんが言ってて設定がカオス。
「ゆ、ゆうたお兄ちゃん……」
困った様子の夢子ちゃんが僕を見上げてくる。ああ、本当に天使だ。思わず頬が緩んでしまう。
「大丈夫だよ、夢子ちゃん。ほら、みんな仲良しだよ」
僕の言葉に、夢子ちゃんがホッとしたように笑顔になる。ああ、この笑顔だけで僕は幸せだ。あとオムライス3皿はいける。
「ゆうたお兄ちゃん、だっこ」
「え?う、うん……」
椅子から降り、走り寄ってきた夢子ちゃんを抱き上げると、彼女はぎゅっと首元にしがみついてきた。
子供特有の甘い匂いと温かさにドキドキするけど、不思議と嫌じゃない。むしろこのままずっと抱きしめていたくなる。
なんで憂太だけなんだ、と。狗巻くんは隣で少しガッカリしていた。
「夢子ちゃん、軽いね。羽みたいだよ」
「しゃけ!ツナマヨ、こんぶ?」
「え?あ、狗巻くん失礼な。変なとこ触ったりしないよ」
「えへへ!夢子うれしい!ねぇねぇ、ゆうたお兄ちゃん、もっとぎゅってして?」
「え……あ、う、うん……こうかな?」
甘えた声で言われ、恐る恐る腕の力を強めると、夢子ちゃんはキャッキャ笑いながら「もっと!」と言ってきた。何これ天国。可愛い。ぎゅっとする度に彼女の笑顔が溢れる。
「ゆーたお兄ちゃん、だいすき!」
「ぼっ……僕も夢子ちゃんのこと大好きだよ!」
「ゆうたお兄ちゃん、ちゅっ!」
「はわっ……!?」
突然、頬っぺたに柔らかい感触がしたと思ったら、目の前には真っ赤になった夢子ちゃんの顔があった。
「ゆーたお兄ちゃん、わたしのおよめさんになってくれる?」
「お、お嫁さん……!?」
「だめ……?」
不安そうな表情で見上げられ、心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。いや、僕がお婿さんじゃなくてお嫁さんなのかとツッコミたいところだけど、そんなことはもうどうでも良かった。
「だ、ダメじゃないよ!」
慌てて否定すると、夢子ちゃんはパァァァァァァァァッという効果音が聞こえてきそうなほど、満面の笑みを浮かべた。あ、ダメだ。可愛くて昇天しそうだ。
思わず鼻血が出そうになったところで、ふいに夢子ちゃんが後ろから誰かに抱きつかれる。そこには真希さんがいた。
小さな肩越しに顔を出すと、そのまま夢子ちゃんに向かって声をかける。
「おい、夢子。それなら私はどうなるんだ?」
「真希ママはねぇ、ゆーたお兄ちゃんのお姉ちゃんなのぉ」
設定がまた変わった。真希さんは僕のお姉さんらしい。
「おー、そうかそうか。それじゃあ私のことは真希お姉ちゃんって呼べ」
「まきおねえちゃん?」
「おう。よくできたな」
頭を撫でられて嬉しそうに笑う夢子ちゃんを、真希さんは優しい眼差しで見ている。さすがお姉ちゃん。ままごととはいえ、妹への愛情が溢れている。
そのうち降りたいと夢子ちゃんが言い出したので、床にゆっくり降ろそうとしたら、ピョンと僕の腕から飛び降りたので焦った。彼女は全力で椅子にのぼってから、テーブルのスプーンを掴んで僕に差し出してくる。
「はい、スプーン。ゆうたお兄ちゃん」
「ん?」
「ゆーたお兄ちゃんのオムライス、夢子にちょーだい?」
そう言うと、夢子ちゃんは小さな口を開けて待っている。僕は思わず目を見開いて固まってしまった。だって、その仕草はまるでキスをせがんでいるようで、可愛いすぎてヤバい。
待っている時の顔が見たくて、その後の僕は、何度かオムライスを夢子ちゃんに食べさせることになった。
「パンダお兄ちゃん、はい」
「ん、サンキュー」
満腹になった夢子ちゃんは、スプーンでオムライスを掬うと、それをパンダくんに差し出した。パンダくんはそれを口に含むと、「美味い!」と言いながら彼女の髪を優しく撫でる。その様子を見ながら、ふと疑問が湧く。
「結局、パンダくんは今は何役なの?」
「んー、ペットの犬タロウ」
「あ、やっぱり犬なんだね」
「まぁな。ちなみにパンダで犬なのは、パンダみたいな犬って意味じゃないぞ。パンダの中のパンダが犬になったって意味だからな」
「え、ハイレベルすぎて不可解だよ」
パンダ界の頂点を極めたパンダが、夢子ちゃんというご主人様の犬に成り下がったという意味なのだろうか。謎すぎる。
僕が頭を抱えていると、今度は狗巻くんが近づいてきて、夢子ちゃんに話しかけた。
「いくら、こんぶ?」
「いぬまきお兄ちゃんはねぇ、ゆうたお兄ちゃんの親友なんだよ」
親友かぁ。なんだか照れくさいけど嬉しい。狗巻くんも同じ気持ちだったのか、いつもより表情が明るい気がする。
「ゆーたお兄ちゃん」
「うん」
夢子ちゃんは隣に腰掛けた僕の膝に移動してきて、嬉しそうに胸に頬擦りをする。その愛らしさに思わずキュンとする。
「ゆーたお兄ちゃん、いいにおいがするぅ」
「そっか。夢子ちゃんもいい匂いだよ」
「ゆうたお兄ちゃん、だっこ、ぎゅっ」
「うん」
夢子ちゃんのリクエストに応えて抱き上げて、上体を傾けて抱きしめると、僕の首に細い両腕が回されて、夢子ちゃんは僕の首元に顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。僕も負けじと夢子ちゃんの首元に顔を埋めると、柔らかな彼女の小さな身体からは、甘い香りが漂ってきた。
幸せだ。こんなに可愛い女の子とイチャイチャできるなんて。
しかもみんなも、夢子ちゃんが天使だからみんなデレデレしている。これはこれで悪くないかもしれない。
「おい、憂太。あんまり夢子にベタベタすんじゃねーよ。こいつ子供なんだからな」
真希さんの言葉にハッとして顔を上げると、全員から白い目を向けられていた。しまった。つい調子に乗ってしまい、幼児趣味の男だと勘違いされてしまったかもしれない。
「ち、違うよ!そういうつもりじゃ……」
慌てて弁解しようとするも、誰も聞いてくれない。
「しゃけ、いくら」
「そうだな。夢子は私の娘だから、憂太には渡せないな」
「ツナマヨ」
「ゆーたお兄ちゃん……?」
3人が口々に抗議し始める中、夢子ちゃんだけは不安そうな表情を浮かべていた。ああ、そんな目で見つめられたら、僕は心底困ってしまう。
「大丈夫だよ、夢子ちゃん。心配しないで」
夢子ちゃんを安心させようと、笑顔を作ってみせる。すると彼女は、ホッとしたように頬を緩めた。
「ゆうたお兄ちゃん、だーいすき!」
そう言って夢子ちゃんは僕にしがみつくと、また頬っぺたにチュッとキスをした。
「夢子、ゆうたお兄ちゃんと結婚する!」
「あ、ずるいぞ、憂太!」
「おかか!」
「待ってよ、夢子ちゃん!」
突然のことに驚いて固まる僕の腕の中から、彼女は軽々と抜け出していく。その後からパンダくんと狗巻くんが、彼女と追いかけっこを始めていた。
こうして、夢のような時間が過ぎていった。夕方になり、遊び疲れて眠そうな夢子ちゃんを医務室の家入さんに預け、名残惜しくもみんなとはお別れとなった。
「ゆうたお兄ちゃん、また遊ぼうね」
バイバーイと手を振る彼女に手を振り返しながら、解散した。もう二度とこの楽園を味わえないだろうと思うけど、いつも手厳しい夢子ちゃんの子供の頃の姿を堪能出来て幸せだった。
翌日。夢子ちゃんは術も解け、いつもと同じ年齢に戻っていた。だけど、なぜか彼女に避けられているような気がしてならない。目が合う度にサッと逸らされるし、廊下ですれ違っても挨拶だけで必要最低限しか喋ってくれなかった。
何でだろうと悩みながら教室に向かうと、そこには真希さんがスマホをいじっていた。僕はチャンスだと思い、思い切って尋ねてみた。
「真希さん……僕、夢子ちゃんに避けられているんだけど、何かあった?」
そう言うと真希さんは一瞬目を丸くした後、フイッと顔を背けて笑いを堪えていた。
「報告書を書かなきゃいけないから、朝一で夢子にこれ見せたんだよ」
真希さんのスマホを見ると、いつの間に撮っていたのか、昨日の動画が再生された。それは、僕が夢子ちゃんにキスをされている場面。
「こっ、これは違くて!」
「分かってるよ。憂太は大きい方の夢子が好きなんだもんな」
必死で否定する僕を見て、真希さんはクスクスと笑った。そして、動画の場面は最後の方へ。
『夢子、ゆうたお兄ちゃんと結婚する!』
高らかに宣言する幼女の夢子ちゃんの声が部屋に響き渡る。デレデレしてる自分の姿も動画で流れて恥の上塗りだった。
ニヤニヤする真希さんの隣で、僕は恥ずかしさのあまり悶絶していた。
「わー!真希さん!もう動画止めて!」
「やだよ」
「お願いします」
「仕方ねーな」
渋々といった様子で動画を止めてくれた。よかった。これ以上は耐えられない。
「でも、どうして僕を避けるのかなぁ」
「そりゃあ、術で小さくなって記憶がなかったといえ、彼氏でもない男に抱き着いてプロポーズしたんだからな」
気まずい事この上ないだろうと、真希さんが苦笑した。確かにそうだ。普通に考えたらドン引き案件だ。
僕だって逆の立場だったら、どう反応したらいいのか分からない。むしろ、避けてしまうかも。
そう思うと、夢子ちゃんが可哀想になってくる。やっぱり僕が悪いよね。あんな可愛い子に好きだと言われたからって、調子に乗りすぎた。
「夢子ちゃんに謝ってこようかな」
「許してくれるかどうかは別として、謝るのはいいんじゃないか。ベタベタ触ったわけだし」
「そうだよね……」
僕は重い足取りで教室を出た。とりあえず、夢子ちゃんのスマホにメッセージを送ってみる。
《今日、時間が空いてたら話したいことがあるんだけど》
すると、すぐに既読がついた。
《いいよ。私も憂太に言いたいことがあるの》
返信内容にドキッとする。まさか、嫌われてしまったんじゃないだろうか。嫌な予感を抱きつつ、僕は待ち合わせ場所に向かった。
校舎裏にあるベンチに座っていると、程なくして夢子ちゃんがやってきた。彼女は俯きがちに僕の隣へ腰掛けた。二人とも無言になってしまう。謝らなければいけないのは僕の方だから、先に口を開く。
「ごめんね、夢子ちゃん。本当に申し訳ないと思って……」
「違うの」
「え?」
夢子ちゃんの言葉の意味が分からず困惑していると、彼女は意を決したように顔を上げた。その瞳にはうっすら涙の膜が張っていた。
「憂太のことを避けてたのは、憂太のせいじゃなくて……」
そこまで言ったところで、彼女の言葉は途切れた。ぽろりと零れた雫が、頬を伝っていく。
夢子ちゃんは震えた声で僕の名を呼ぶと、勢いよく飛びついてきた。そのままぎゅっと抱きしめられる。
「え、ちょっ……夢子ちゃん!?」
突然の出来事に慌てる。夢子ちゃんは構わず続けた。
「私、前から憂太が好きだったの」
耳元で囁かれた告白に、頭が真っ白になる。好きって聞こえたような気がして、自分の耳を疑った。
「え、えぇっ……夢子ちゃん……?」
僕が心底驚いていると、夢子ちゃんは少し身体を離して、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「好きなの、ずっと一緒にいたい」
彼女は僕の手を取ると、そっと指先を絡めて握ってきた。柔らかくて、僕よりも少し小さな手が触れて、胸がドキドキしてくる。
これは期待して、両想いだと自惚れてもいいのだろうか。
「昨日、夢子ちゃんが子供の姿になった時の記憶はないんだよね?」
「記憶は無いけど、憂太のことを好きな気持ちが、子供の素直な思考で爆発したんだと思う。一緒にご飯食べたいな……とか、ぎゅっと抱き締めてほしいな……とか……全部」
言う通りなら、ホッペにチュウとか、僕の匂い嗅いでたりとか、結婚したいとか、夢子ちゃんの願望が浮き出たということか。
もう完全に相思相愛じゃないか。急激に耳が熱くなるのを自覚しながら、握っている彼女の手を優しく握り直す。
「僕、夢子ちゃんの子供の頃を知らないから、昨日は見ることが出来てすごく嬉しかったんだ」
正直にそう告げると、夢子ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せて、「実はね」と呟いた。
「本当はもっと早く本当の気持ちを伝えたかったんだけど、昨日の動画見せられたら恥ずかしすぎて言い出せなくて。昨日のことも覚えてないし、迷惑かけちゃったかもしれないと思ったら怖くて……」
最後の方は小さく消え入りそうな声で話す夢子ちゃんは、しゅんとした表情で項垂れていた。僕も本音を伝えたくて、彼女の方に体を向けるように座り直す。
「夢子ちゃんと同じ気持ちだよ。僕も好きな夢子ちゃんとずっと一緒にいたい」
僕の言葉に、目を見開いた夢子ちゃんの顔が赤く染まっていく。照れているのか、繋いだ手にギュッと力が込められた。
えへっ、と僕が笑うと、彼女も赤くなった頬のままで微笑んでくれる。
「今日は夢子ちゃんと一緒に夜の御飯食べたいな」
「……ふふっ、オムライスでいい?」
「うん、フワフワ卵にして、ケチャップかけて食べようか」
それから二人で他愛のないことを喋りながら、穏やかな時間を過ごす。
笑う彼女の横顔を見ながら、もし結婚して子供が出来たら、昨日のリトル夢子ちゃんみたいな女の子が生まれるのかなと考えて、一人可笑しくなった。
真希さんが昨日の動画をうっかり五条先生に見せてしまい、「乙骨先輩がロリコンだって五条先生が言いふらしてます」と一年の伏黒くんに言われ、パンダくんと狗巻くんは爆笑する始末。
結局、僕は皆にからかわれる運命らしい。
でも、こんな平和な日常も悪くないかなと、密かに思った。
END.
思わず、刀を仕舞っていたケースが肩からずり落ちそうになった。
「……憂太、驚くなよ?」
「え、え、どういうこと?」
単独任務から帰還した僕の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
頬をポリポリ搔きながら苦笑するパンダくんに抱えられているのは、3歳くらいの子供の姿になった夢子ちゃん。そしてその横に並んでいる真希さんと狗巻くんも、なぜか小学生くらいの身長になっていたのだ。
「パパ、パッ、パンダくん!ど、どうなってるの?!」
「落ち着けよ、憂太。だから言ったろ、驚くなよって」
取り乱した僕に向けられた真希さんの呆れた声も、華麗に耳をすり抜けていく。だってこんなの、驚くなという方が無理だ。
「すじこ……」
「ホント、なんで私まで……」
狗巻くんと真希さんは本気で落ち込んでいるみたいだけど、僕は思わず三人の姿に見入ってしまう。
子供の頃の夢子ちゃんって、こんな感じだったんだ。控えめに言って、最高に可愛い。天使の輪っかが輝く髪の毛に、くりんとしたお目目。不安そうに胸元の服を握りしめてモジモジしている。
いつも真希さんに負けないくらいに、バッサバッサと呪霊をなぎ倒す彼女がこんな姿になるなんて、誰が想像出来たであろうか。
好きな人の子供の頃の姿を見ることが出来た歓喜で見入っていると、夢子ちゃんはキョロキョロしながらパンダくんにしがみついていて、それを見た真希さんと狗巻くんも顔がニヤけている。
「任務で対峙した呪詛師の術式でな、3人とも年齢逆行……つまり、真希と棘は五歳若返ったんだよ。夢子は術式モロに食らって、十歳以上若返りで一時的な記憶喪失。悟の話では、一日経てば元に戻るらしいから安心しろ」
「そっか……よかったぁ」
パンダくんの説明に、僕はホッとして胸を撫で下ろす。それにしても、僕だけ単独任務だったのが悔やまれる。みんな一緒の任務なら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
そんなことを考えていると、不意に下から服を掴まれた。視線を下げると、いつの間にか隣に来ていた夢子ちゃんが、じっと僕の目を見上げてくる。パンダくんが「夢子ちゃーん、これは憂太お兄ちゃんだよ」とおふざけ半分で夢子ちゃんに紹介している。彼女はこちらをチラチラ見ながら神妙に頷いている。
「ゆうたお兄ちゃん!こんにちわぁ」
「こ、こんにちは……」
パァッと目が輝いた、満面の笑みが眩しい。子供特有のハキハキした高い声で挨拶されて、幼女パワーに圧されて思わず頬が熱くなる。夢子ちゃん、本当に天使みたいだ。
一瞬、僕は息をするのを忘れてしまった。しゃがみ込んで、視線を合わせて手を差し出すと、小さくて体温が高い手が、ぎゅっと僕の手を握りしめたのだ。
ふにふにと柔らかくて温かな感触に、心臓が壊れそうなほど脈打っている。
「ゆうたお兄ちゃんの手、大きいね!ねぇねぇ、もっと遊んで?」
「あ、遊ぶ?!」
まさかの言葉に驚いているうちに、今度は反対の腕をぐいっと引かれる。そこには目を輝かせた狗巻くんがいた。
「しゃけっ」
「え、何するの?」
戸惑う僕を無視して、狗巻くんは僕の手を掴むと走り出そうとグイグイ引っ張られる。立ち上がって慌てて振り返ると、真希さんもパンダくんも夢子ちゃんも楽しそうな様子で、付いて来る雰囲気。
今日はもう任務に行けないので、解散ということで良いと五条先生からもメッセージが届いていた。ああ、もうこれ遊ぶしかないよね。絶対楽しい予感しかしない。
こうして僕たちは、とりあえず高専の教室から廊下へと出た。
「夢子ちゃん、何して遊ぶ?」
「ん~とねぇ、おままごと!」
即答だった。反応の早さに、さすがにちょっとびっくりしていると、夢子ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
それから少し考えるように俯いて、パッと顔を上げたと思ったら満面の笑みを浮かべていた。
「あのね、ゆうたお兄ちゃんはパパ役やってくれる?」
「ぱっ……パァッ!?」
「お、いいな。じゃあ俺はママやるぞ」
「ツナマヨォ」
パンダくんもノリノリでママ役を立候補すると、真希さんがすかさず「夢子のママは私だからダメだ」と言ってくる。皆が張り切っている、なんだか微笑ましいやりとりに、思わず笑ってしまった。
「よし、それじゃあおままごとの始まりだ!」
パンダくんの合図で、夢子ちゃんのおままごとに付き合うことになった。最初は普通の家族ごっこだったはずなのに、気がついた時にはなぜか配役が増えていた。
僕は夢子ちゃんのパパ。
真希さんは夢子ちゃんのママ。
狗巻くんは夢子ちゃんの弟。
そして、パンダくんはペットの犬のタロウだった。パンダなのに犬とはこれ如何に。
「パパぁ、ごはんできたよぉ」
「ありがとう。今日のご飯は何だい?」
「えへへ、オムライスですぅ」
夢子ちゃんは嬉しそうに笑うと、寮のキッチンを借りて真希さんや狗巻くんと作ったオムライスを、皿に盛り付けてテーブルに置いた。今の僕たち、おままごとしてる筈なんだけど、いつの間にやら実生活に反映されている。
「いただきまぁす」
夢子ちゃんはそう言うと、スプーンを手に取ってオムライスを食べ始める。
うん、口の周りに付くケチャップを拭ってあげたくなる。ポロポロ落ちるご飯もご愛嬌。そんな様子を見ながら、僕もスプーンを手に持つ。
「ゆーたお兄ちゃん、おいしい?」
「美味しいよ。夢子ちゃんの作った料理なら何でも美味しい」
思わず本音を口にしたら、「ゆうたお兄ちゃん、大好きぃ!」と言われて抱きつかれた。こんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいなぁ。僕は夢子ちゃんのパパさんの設定なのに、お兄ちゃん呼びになっているのがまた可愛い。
「わんわん」
2足歩行の犬のタロウ……ではなく、パンダくんがお尻を振りながら、ドヤ顔で僕たちの前をノリノリで歩き回る。自分は愛されるペットだとアピールしたいのだろうか。
「パンダお兄ちゃん、はい、あーん」
夢子ちゃんがオムライスを一口分掬って差し出すと、パンダくんはパカッと口を開けた。その光景はまるで餌付けされているみたいで、なんだか可愛くて笑いそうになる。
「んー、うめぇ!やっぱり可愛い女の子が作った飯が一番うまいわー」
「そうだろ、夢子は私の娘だからな。私が育てた」
「おかか!いくら、明太子」
「はぁ?何言ってんだよ!夢子は私の娘だろうが」
いつの間にか喧嘩を始めた同級生に、思わず唖然としてしまう。これはいったいどういうことなんだろう。犬のタロウが「うめぇ」とか言ってるし、真希さんは継母だろうと狗巻くんが言ってて設定がカオス。
「ゆ、ゆうたお兄ちゃん……」
困った様子の夢子ちゃんが僕を見上げてくる。ああ、本当に天使だ。思わず頬が緩んでしまう。
「大丈夫だよ、夢子ちゃん。ほら、みんな仲良しだよ」
僕の言葉に、夢子ちゃんがホッとしたように笑顔になる。ああ、この笑顔だけで僕は幸せだ。あとオムライス3皿はいける。
「ゆうたお兄ちゃん、だっこ」
「え?う、うん……」
椅子から降り、走り寄ってきた夢子ちゃんを抱き上げると、彼女はぎゅっと首元にしがみついてきた。
子供特有の甘い匂いと温かさにドキドキするけど、不思議と嫌じゃない。むしろこのままずっと抱きしめていたくなる。
なんで憂太だけなんだ、と。狗巻くんは隣で少しガッカリしていた。
「夢子ちゃん、軽いね。羽みたいだよ」
「しゃけ!ツナマヨ、こんぶ?」
「え?あ、狗巻くん失礼な。変なとこ触ったりしないよ」
「えへへ!夢子うれしい!ねぇねぇ、ゆうたお兄ちゃん、もっとぎゅってして?」
「え……あ、う、うん……こうかな?」
甘えた声で言われ、恐る恐る腕の力を強めると、夢子ちゃんはキャッキャ笑いながら「もっと!」と言ってきた。何これ天国。可愛い。ぎゅっとする度に彼女の笑顔が溢れる。
「ゆーたお兄ちゃん、だいすき!」
「ぼっ……僕も夢子ちゃんのこと大好きだよ!」
「ゆうたお兄ちゃん、ちゅっ!」
「はわっ……!?」
突然、頬っぺたに柔らかい感触がしたと思ったら、目の前には真っ赤になった夢子ちゃんの顔があった。
「ゆーたお兄ちゃん、わたしのおよめさんになってくれる?」
「お、お嫁さん……!?」
「だめ……?」
不安そうな表情で見上げられ、心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。いや、僕がお婿さんじゃなくてお嫁さんなのかとツッコミたいところだけど、そんなことはもうどうでも良かった。
「だ、ダメじゃないよ!」
慌てて否定すると、夢子ちゃんはパァァァァァァァァッという効果音が聞こえてきそうなほど、満面の笑みを浮かべた。あ、ダメだ。可愛くて昇天しそうだ。
思わず鼻血が出そうになったところで、ふいに夢子ちゃんが後ろから誰かに抱きつかれる。そこには真希さんがいた。
小さな肩越しに顔を出すと、そのまま夢子ちゃんに向かって声をかける。
「おい、夢子。それなら私はどうなるんだ?」
「真希ママはねぇ、ゆーたお兄ちゃんのお姉ちゃんなのぉ」
設定がまた変わった。真希さんは僕のお姉さんらしい。
「おー、そうかそうか。それじゃあ私のことは真希お姉ちゃんって呼べ」
「まきおねえちゃん?」
「おう。よくできたな」
頭を撫でられて嬉しそうに笑う夢子ちゃんを、真希さんは優しい眼差しで見ている。さすがお姉ちゃん。ままごととはいえ、妹への愛情が溢れている。
そのうち降りたいと夢子ちゃんが言い出したので、床にゆっくり降ろそうとしたら、ピョンと僕の腕から飛び降りたので焦った。彼女は全力で椅子にのぼってから、テーブルのスプーンを掴んで僕に差し出してくる。
「はい、スプーン。ゆうたお兄ちゃん」
「ん?」
「ゆーたお兄ちゃんのオムライス、夢子にちょーだい?」
そう言うと、夢子ちゃんは小さな口を開けて待っている。僕は思わず目を見開いて固まってしまった。だって、その仕草はまるでキスをせがんでいるようで、可愛いすぎてヤバい。
待っている時の顔が見たくて、その後の僕は、何度かオムライスを夢子ちゃんに食べさせることになった。
「パンダお兄ちゃん、はい」
「ん、サンキュー」
満腹になった夢子ちゃんは、スプーンでオムライスを掬うと、それをパンダくんに差し出した。パンダくんはそれを口に含むと、「美味い!」と言いながら彼女の髪を優しく撫でる。その様子を見ながら、ふと疑問が湧く。
「結局、パンダくんは今は何役なの?」
「んー、ペットの犬タロウ」
「あ、やっぱり犬なんだね」
「まぁな。ちなみにパンダで犬なのは、パンダみたいな犬って意味じゃないぞ。パンダの中のパンダが犬になったって意味だからな」
「え、ハイレベルすぎて不可解だよ」
パンダ界の頂点を極めたパンダが、夢子ちゃんというご主人様の犬に成り下がったという意味なのだろうか。謎すぎる。
僕が頭を抱えていると、今度は狗巻くんが近づいてきて、夢子ちゃんに話しかけた。
「いくら、こんぶ?」
「いぬまきお兄ちゃんはねぇ、ゆうたお兄ちゃんの親友なんだよ」
親友かぁ。なんだか照れくさいけど嬉しい。狗巻くんも同じ気持ちだったのか、いつもより表情が明るい気がする。
「ゆーたお兄ちゃん」
「うん」
夢子ちゃんは隣に腰掛けた僕の膝に移動してきて、嬉しそうに胸に頬擦りをする。その愛らしさに思わずキュンとする。
「ゆーたお兄ちゃん、いいにおいがするぅ」
「そっか。夢子ちゃんもいい匂いだよ」
「ゆうたお兄ちゃん、だっこ、ぎゅっ」
「うん」
夢子ちゃんのリクエストに応えて抱き上げて、上体を傾けて抱きしめると、僕の首に細い両腕が回されて、夢子ちゃんは僕の首元に顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。僕も負けじと夢子ちゃんの首元に顔を埋めると、柔らかな彼女の小さな身体からは、甘い香りが漂ってきた。
幸せだ。こんなに可愛い女の子とイチャイチャできるなんて。
しかもみんなも、夢子ちゃんが天使だからみんなデレデレしている。これはこれで悪くないかもしれない。
「おい、憂太。あんまり夢子にベタベタすんじゃねーよ。こいつ子供なんだからな」
真希さんの言葉にハッとして顔を上げると、全員から白い目を向けられていた。しまった。つい調子に乗ってしまい、幼児趣味の男だと勘違いされてしまったかもしれない。
「ち、違うよ!そういうつもりじゃ……」
慌てて弁解しようとするも、誰も聞いてくれない。
「しゃけ、いくら」
「そうだな。夢子は私の娘だから、憂太には渡せないな」
「ツナマヨ」
「ゆーたお兄ちゃん……?」
3人が口々に抗議し始める中、夢子ちゃんだけは不安そうな表情を浮かべていた。ああ、そんな目で見つめられたら、僕は心底困ってしまう。
「大丈夫だよ、夢子ちゃん。心配しないで」
夢子ちゃんを安心させようと、笑顔を作ってみせる。すると彼女は、ホッとしたように頬を緩めた。
「ゆうたお兄ちゃん、だーいすき!」
そう言って夢子ちゃんは僕にしがみつくと、また頬っぺたにチュッとキスをした。
「夢子、ゆうたお兄ちゃんと結婚する!」
「あ、ずるいぞ、憂太!」
「おかか!」
「待ってよ、夢子ちゃん!」
突然のことに驚いて固まる僕の腕の中から、彼女は軽々と抜け出していく。その後からパンダくんと狗巻くんが、彼女と追いかけっこを始めていた。
こうして、夢のような時間が過ぎていった。夕方になり、遊び疲れて眠そうな夢子ちゃんを医務室の家入さんに預け、名残惜しくもみんなとはお別れとなった。
「ゆうたお兄ちゃん、また遊ぼうね」
バイバーイと手を振る彼女に手を振り返しながら、解散した。もう二度とこの楽園を味わえないだろうと思うけど、いつも手厳しい夢子ちゃんの子供の頃の姿を堪能出来て幸せだった。
翌日。夢子ちゃんは術も解け、いつもと同じ年齢に戻っていた。だけど、なぜか彼女に避けられているような気がしてならない。目が合う度にサッと逸らされるし、廊下ですれ違っても挨拶だけで必要最低限しか喋ってくれなかった。
何でだろうと悩みながら教室に向かうと、そこには真希さんがスマホをいじっていた。僕はチャンスだと思い、思い切って尋ねてみた。
「真希さん……僕、夢子ちゃんに避けられているんだけど、何かあった?」
そう言うと真希さんは一瞬目を丸くした後、フイッと顔を背けて笑いを堪えていた。
「報告書を書かなきゃいけないから、朝一で夢子にこれ見せたんだよ」
真希さんのスマホを見ると、いつの間に撮っていたのか、昨日の動画が再生された。それは、僕が夢子ちゃんにキスをされている場面。
「こっ、これは違くて!」
「分かってるよ。憂太は大きい方の夢子が好きなんだもんな」
必死で否定する僕を見て、真希さんはクスクスと笑った。そして、動画の場面は最後の方へ。
『夢子、ゆうたお兄ちゃんと結婚する!』
高らかに宣言する幼女の夢子ちゃんの声が部屋に響き渡る。デレデレしてる自分の姿も動画で流れて恥の上塗りだった。
ニヤニヤする真希さんの隣で、僕は恥ずかしさのあまり悶絶していた。
「わー!真希さん!もう動画止めて!」
「やだよ」
「お願いします」
「仕方ねーな」
渋々といった様子で動画を止めてくれた。よかった。これ以上は耐えられない。
「でも、どうして僕を避けるのかなぁ」
「そりゃあ、術で小さくなって記憶がなかったといえ、彼氏でもない男に抱き着いてプロポーズしたんだからな」
気まずい事この上ないだろうと、真希さんが苦笑した。確かにそうだ。普通に考えたらドン引き案件だ。
僕だって逆の立場だったら、どう反応したらいいのか分からない。むしろ、避けてしまうかも。
そう思うと、夢子ちゃんが可哀想になってくる。やっぱり僕が悪いよね。あんな可愛い子に好きだと言われたからって、調子に乗りすぎた。
「夢子ちゃんに謝ってこようかな」
「許してくれるかどうかは別として、謝るのはいいんじゃないか。ベタベタ触ったわけだし」
「そうだよね……」
僕は重い足取りで教室を出た。とりあえず、夢子ちゃんのスマホにメッセージを送ってみる。
《今日、時間が空いてたら話したいことがあるんだけど》
すると、すぐに既読がついた。
《いいよ。私も憂太に言いたいことがあるの》
返信内容にドキッとする。まさか、嫌われてしまったんじゃないだろうか。嫌な予感を抱きつつ、僕は待ち合わせ場所に向かった。
校舎裏にあるベンチに座っていると、程なくして夢子ちゃんがやってきた。彼女は俯きがちに僕の隣へ腰掛けた。二人とも無言になってしまう。謝らなければいけないのは僕の方だから、先に口を開く。
「ごめんね、夢子ちゃん。本当に申し訳ないと思って……」
「違うの」
「え?」
夢子ちゃんの言葉の意味が分からず困惑していると、彼女は意を決したように顔を上げた。その瞳にはうっすら涙の膜が張っていた。
「憂太のことを避けてたのは、憂太のせいじゃなくて……」
そこまで言ったところで、彼女の言葉は途切れた。ぽろりと零れた雫が、頬を伝っていく。
夢子ちゃんは震えた声で僕の名を呼ぶと、勢いよく飛びついてきた。そのままぎゅっと抱きしめられる。
「え、ちょっ……夢子ちゃん!?」
突然の出来事に慌てる。夢子ちゃんは構わず続けた。
「私、前から憂太が好きだったの」
耳元で囁かれた告白に、頭が真っ白になる。好きって聞こえたような気がして、自分の耳を疑った。
「え、えぇっ……夢子ちゃん……?」
僕が心底驚いていると、夢子ちゃんは少し身体を離して、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「好きなの、ずっと一緒にいたい」
彼女は僕の手を取ると、そっと指先を絡めて握ってきた。柔らかくて、僕よりも少し小さな手が触れて、胸がドキドキしてくる。
これは期待して、両想いだと自惚れてもいいのだろうか。
「昨日、夢子ちゃんが子供の姿になった時の記憶はないんだよね?」
「記憶は無いけど、憂太のことを好きな気持ちが、子供の素直な思考で爆発したんだと思う。一緒にご飯食べたいな……とか、ぎゅっと抱き締めてほしいな……とか……全部」
言う通りなら、ホッペにチュウとか、僕の匂い嗅いでたりとか、結婚したいとか、夢子ちゃんの願望が浮き出たということか。
もう完全に相思相愛じゃないか。急激に耳が熱くなるのを自覚しながら、握っている彼女の手を優しく握り直す。
「僕、夢子ちゃんの子供の頃を知らないから、昨日は見ることが出来てすごく嬉しかったんだ」
正直にそう告げると、夢子ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せて、「実はね」と呟いた。
「本当はもっと早く本当の気持ちを伝えたかったんだけど、昨日の動画見せられたら恥ずかしすぎて言い出せなくて。昨日のことも覚えてないし、迷惑かけちゃったかもしれないと思ったら怖くて……」
最後の方は小さく消え入りそうな声で話す夢子ちゃんは、しゅんとした表情で項垂れていた。僕も本音を伝えたくて、彼女の方に体を向けるように座り直す。
「夢子ちゃんと同じ気持ちだよ。僕も好きな夢子ちゃんとずっと一緒にいたい」
僕の言葉に、目を見開いた夢子ちゃんの顔が赤く染まっていく。照れているのか、繋いだ手にギュッと力が込められた。
えへっ、と僕が笑うと、彼女も赤くなった頬のままで微笑んでくれる。
「今日は夢子ちゃんと一緒に夜の御飯食べたいな」
「……ふふっ、オムライスでいい?」
「うん、フワフワ卵にして、ケチャップかけて食べようか」
それから二人で他愛のないことを喋りながら、穏やかな時間を過ごす。
笑う彼女の横顔を見ながら、もし結婚して子供が出来たら、昨日のリトル夢子ちゃんみたいな女の子が生まれるのかなと考えて、一人可笑しくなった。
真希さんが昨日の動画をうっかり五条先生に見せてしまい、「乙骨先輩がロリコンだって五条先生が言いふらしてます」と一年の伏黒くんに言われ、パンダくんと狗巻くんは爆笑する始末。
結局、僕は皆にからかわれる運命らしい。
でも、こんな平和な日常も悪くないかなと、密かに思った。
END.