伏黒恵
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【伏黒視点】
正直、不要な日本のイベント五本の指くらいには入ると思っていた。
津美紀がいた頃は毎年貰っていた。バレンタインの日に友達にあげるからと、不味くもなく美味くもない手作り菓子を味見させられたものだった。
中学の時。
朝は登校すると、下駄箱に何個か入っていて、更に教室の自分の机に何個かチョコの箱が詰められていて、若干イラッとした思い出がある。
添えられている手紙を見ても、話しかけられたことがない女子からも贈られていて、正直、なんの感情も湧かなかった。
頻繁に話すわけではない相手に、好きだと書き綴るその神経が理解出来なかった。
けれど、今ならその気持ちが少しだけ分かる気がする。
「恵はチョコいくつもらえたー?」
バレンタイン当日に、無邪気な笑顔で俺の心を抉ってくるこの人が憎い。
俺は1年で、夢子先輩は2年。学年が違うから、二人で話すタイミングも中々掴めない。けれど、好きな人。俺の先輩は本当に悪気がなくて困る。
「あーいうのって、何個貰っても、好きな人から貰えないと意味ないじゃないですか」
任務の帰り道。補助監督がいる車に向かって二人だけで歩くほんの短い時間、好きな人と話せる大事な時間にこんな話題になろうとは。
「へぇ……クールそうに見えて、意外と恵は情熱的だね」
好きな人いるんだ?という先輩の探るような視線が俺の瞳を捉える。いたずらっぽく微笑む、余裕のあるその表情に少しだけ苛立つ。
――こっちの気も知らないで。
うまい塩梅で、情報が引き出せたら御の字くらいの気持ちだった。先輩のペースを乱したくて、カマをかける。
「夢子先輩は渡さないんですか、好きな人に」
俺が鼻で笑いながら言うと、先輩の足が止まった。
「夢子先輩?」
何かあったのかと俺が振り返ると、目を丸くして、顔を真っ赤にして立ちすくむ彼女の姿があった。口をパクパクとさせながら、俺の方を見ている。
「め、恵……それ、誰から聞いた!?」
思った以上に取り乱す先輩の姿に、ポカンとしてしまう。テキトーに口にしたことが、まさか図星だったなんて。
いや、待て待て。
それならこの反応は、先輩に好きな男がいるってことだ。自分で言っておいて、もしかしなくても俺が入る隙はないのかとショックで目の前が暗くなりかけた。
いつの間にか、補助監督がいる車の横まで着いていて、先輩は補助監督に軽く任務完了の報告をしている。
告白する前にフラレたな、と。
少しだけ頭痛が起きかけている頭を抱えながら、黙って車に乗り込む。考え事をしていて、先輩に呼び掛けられていることに気付かなかった。
突然、俺と一緒に後部座席に乗り込んでいた彼女に袖をグイッと引っ張られる。
「恵ってば、聞いてる?」
ギュッと握られた手に乗せられたのは、水色のリボンがかけられた、小さめの箱。
バッと先輩の方に視線を遣ると、伏し目がちな彼女の耳が赤い。箱が手のひらに乗せられた後に、彼女の温かい指が俺の手に触れる。
「恵……あの……後で、返事ちょうだい」
箱の下に、カサリと紙の感触。返事というキーワードから、もしかしなくても手紙かと勘付いてしまう。
きっと箱の中身はチョコレート。頬から耳まで色付いた先輩の様子から、手紙の内容を予想して自惚れても良いのか。
先輩、と俺が呼ぶと、彼女が赤い顔を上げる。
好 き で す
補助監督には聞こえないように。
声には出さずに、口の動きだけで伝える素直な気持ち。その瞬間、触れ合ったお互いの手の体温がじわりと上がるのを感じつつ、うるさいくらいに高鳴る鼓動が先輩に聞こえていないかと心配になる。
自分の中で色々とキャパオーバーで、会話を続けるほどの余力もない。
二人で手を繋いだまま、無言でそれぞれ景色を眺めていた。時折、こちらを向いて照れ笑いする彼女を抱き締めたい衝動に駆られる。
手を伸ばして髪に触れると、夢子先輩が頬を赤らめて目を伏せる。
いつも無邪気で、からかってくるこの人に、こんな表情をさせているのが自分なのだと、優越感がじわじわと上ってくる。
ああ、俺、この人が好きだ。
END.