乙骨憂太
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クリスマスイブ。
多くの人が賑わう町中で、私と恋人の憂太は夜にデートの約束をしていた。
お小遣い稼ぎのケーキ販売のバイトのノルマを終えた私は、制服であるサンタの衣装を着たままコートを羽織り、待ち合わせ場所に着いた憂太の背後からバッと抱きついた。
「へっ?」
驚いて声になっていない彼から離れ、赤いスカートを両手で広げて目の前に登場すると、憂太が更に目を丸くした。
「憂太、どう?」
「夢子ちゃん、可愛い」
「えぇー……それだけ?」
「え、あ……う、えっと……」
髪もメイクも、いつもと違って大人っぽく仕上げてお姉さん風にしてみたので、彼がどんな反応がするのか楽しみだった。
私の顔をチラッと見て、少しだけ困ったように眉を寄せて頬を掻くと、憂太は照れくさそうに笑った。
「すごく似合ってるよ……なんか夢子ちゃんが綺麗で照れちゃった」
「んふっ……!」
想像以上に憂太がモジモジとするので、思わず吹き出してしまった。
そんな私を見て、憂太が恥ずかしそうに目を逸らす。その様子が可愛らしくて愛おしくて堪らなくて、私は再び彼に抱きついた。
「ありがと!大好き!」
公衆の面前で、彼の着ているコートごとギュッと抱き締めると、憂太が慌てふためいた。
「うわぁ!?ちょ、ちょっと待って夢子ちゃん、ここ外だから!」
私を引き剥がそうとする憂太を無視して、彼の腕にしがみついたまま、イルミネーションが彩る歩道を歩き出した。
「ほら早く行こ!ケーキ予約してあるんでしょ?今夜は楽しもうよ」
「いやあの……僕、明日の朝早いんだけど」
「憂太……嫌って言っても、朝まで寝かさないぜ……!」
「夢子ちゃん、何言ってんだよもう」
彼と腕を組んだまま見上げ、わざとらしいキメ顔で憂太を口説く。
顔を真っ赤にして焦っている憂太の腕に、私の腕を絡めて更に密着すると、彼は観念したのか、抵抗していた腕から力を抜いた。そのまま二人寄り添って歩き出す。
「そういえば……憂太は行きたいところがあるって今朝言ってたけど、どこ行くの?」
「駅前にあるイルミネーション観に行こうかなって。そこ行ってからケーキ受け取って帰る感じでいいかなと思ってたけど……」
クリスマスっぽいデートコースの提案に嬉しくなって、彼の手を握って早く早くと引っ張る。
「じゃあ早く行こうよ」
「うん、夢子ちゃんと行くの楽しみにしてたんだ」
私が思わずはしゃぐと、憂太は優しく笑った。
繋いだ手に力を込めると、同じように握り返してくれる。そんな些細なことが幸せすぎて泣きそうになる。
「……憂太、メリークリスマス!」
歩きながら満面の笑顔で私が言うと、彼もまた微笑み返してくれた。
「わぁ!憂太見て!こんな風にライトアップされるんだね!」
「そうだね。綺麗だよね」
ここから少し歩いたところにある広場には大きなツリーがあり、それを囲むようにしてたくさんの電球が取り付けられていた。
オレンジや黄色、部分的にピンクや青の電球でキラキラ輝く光を見つめていると、心が温かくなっていくような気がする。
スマホを構えてツリーを背景に二人で写真を撮り終えると、今度はツリーを眺めながら憂太に寄り添った。
チラッと視線を送り、さり気なく彼の指に私の指を引っ掛けると、自然に指を絡めて手を繋いでくれる。
「うーん……分かっていたけど、すごい人混みだね」
そう言いながらも、楽しげに笑う憂太の横顔に見惚れてしまう。
本当に格好良い。背も高いし、優しいし、強いし……非の打ち所がないとはまさにこのことだと思った。そんな彼が恋人になってくれて、こうして一緒に過ごしてくれていることが奇跡のように思えた。
「夢子ちゃん?」
不思議そうに声をかけられてハッとする。いけない、彼を見つめてボーッとしてしまった。
「なんでもないよ!あっ、あっちにも何かあるみたい!」
誤魔化すように笑いかけると、私たちはその場を離れて別の場所へと移動することにした。
しばらく歩くと大きな公園と噴水があって、噴水の水面に映るイルミネーションがとても幻想的だった。
周りにいる人たちと同じように立ち止まって見入っていると、突然体を抱き寄せられた。驚いて顔を上げたと同時に、耳元で憂太に吐息混じりに囁かれる。
「キスしていいかな」
その言葉を聞いた瞬間、痺れのように、ぞわりと身体の奥底から震えるような感覚に襲われて動けなくなった。
ドキドキしながら前を向いてじっとしていると、やがて唇に触れる柔らかい感触があった。
ほんの数秒触れ合っただけで離れていったそれが名残惜しくて、思わず追いかけそうになるけれど、ギリギリのところで踏み止まることができた。
もう少しだけ、彼の温もりが欲しくて、憂太の首に手をかけて引き寄せるところだった。
再び憂太の顔が近づいてきたので反射的にギュッと目を瞑ると、「夢子ちゃん、可愛い」と憂太が呟いて、私の額にそっと口付ける。普通にキスするよりも何だか照れくさくて、口の中がムズムズしてしまった。
唇じゃなかったことに少しガッカリしている自分がいて、一人で恥ずかしくなった。
憂太の手が伸びてきて撫でるように頬に触れてくる。
ビクリとして目を開けると、真剣な表情をした彼と目が合った。イルミネーションの光と私を映したまま、身じろぎ一つしない。熱を帯びた視線に、そのまま吸い寄せられるように顔を近づけようとした時、ポケットの中のスマホが着信音を鳴らした。
一瞬にして我に返り、私は慌てて憂太から離れようとする。しかしそれより先に彼のしっかりした手が後頭部に回ってグッと引き寄せられた。そのまま唇を重ねられてしまい、私は抵抗することもできずされるがままになっていた。
「んん……ッ、ゆ、ぅ……っふ」
どのくらいそうしていただろうか。しばらくしてようやく解放されると、恥ずかしさと酸欠で、私は力なくその場に座り込んだ。
「ご、ごめん、夢子ちゃん大丈夫?」
「う、ん……あ、家族からの電話だったみたい」
余韻でぽーっとしながら、スマホの画面を眺めつつ彼に返事をすると、憂太もしゃがみ込んで私の顔を覗き込んできた。
彼の目を両手で塞ぎつつ、恥ずかしいからあんまり見つめないでと抗議した。
予想外の行動だったのか、少し狼狽えた彼の声を聞きながらなんとか立ち上がると、私はスカートの裾についた汚れを払って歩き出した。
「ゆ、憂太……ケーキ取りに行こう?」
「そ、そうだね、行こうか」
汗ばんだ手を繋ぎ直し、お互い顔が赤いまま、一言も話さずに黙ってケーキ屋さんに向かって歩いた。
ずっと私の心臓が爆発しそうなほど脈打っていた。
顔は火照っているし足取りだって覚束無い。こんな状態で電車に乗って寮まで帰れるか不安になるほどだった。
それでも、ケーキを受け取り、どうにかこうにか最終的には2人で寮に辿り着くころには、その熱も甘くて心地好くて、もう少し憂太と一緒にいたくなるから不思議だ。
「憂太、今日……泊まっていかない?」
緊張しながらも、あくまで自然体を装って聞いた。変なことを言ったんじゃないかとか、断られたらどうしようとか、いろんな考えが頭の中をぐるぐる回る。
だけど憂太は何も答えずに黙ったままこちらを見つめていた。
「だめ……?」
恐る恐る尋ねると、彼は静かに首を横に振った。
「いいよ、僕も夢子ちゃんと一緒にいたいなって、思ってたから」
「え、いいの?本当に?」
「うん」
「ありがとう、嬉しい」
嬉しくて飛び跳ねたい気分だ。憂太の気が変わらないうちに急がないと。
「じゃあ着替えたりして準備できたら連絡するね」
「うん」
笑顔で手を振って、一度各々の部屋に戻る。とりあえずシャワーを浴びようと思って浴室に入ると、そこでやっと冷静になった。
勢いで誘ってしまったけど、よく考えたらこれはかなり大胆な発言だったんじゃないだろうか。しかもクリスマスに泊まりに来ないかなんて。
「うわぁ……っ」
恥ずかしすぎて悶絶する。
こんなはずではなかった。もっと可愛くスマートに誘うつもりだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
「よし、とりあえず自然な感じで憂太と話そう」
言ってしまった過去は巻き戻せない。
決意を新たにして風呂場を出ると、彼はどれを着たら喜んでくれるか悩みながら、可愛い部屋着たちの中から服をチョイスした。
それから小一時間後、付き合ってから初めて憂太を部屋に招き入れると、彼は興味深そうに室内を見回し始めた。
「わ、意外と片付いてるね」
「意外って何よ。憂太、失礼ね」
「いやそういう意味じゃないんだけど……なんかこう、可愛いぬいぐるみとかをいっぱい置いていそうなイメージがあったからさ」
ごめんごめんと申し訳なさそうに謝る憂太を見て少しだけ胸が痛む。
本当は可愛らしいものに囲まれて過ごす時間が好きだったりするのだが、小学生でもあるまいし、彼にそんな子供っぽい一面を見せるわけにはいかない。大きなぬいぐるみの類は実家に送ってしまった。
ソファを指差して座るよう促すと、憂太は素直に従って腰掛けた。2人分のコーヒーを淹れて、隣に座って彼の顔を見ると、いつもより血色が良いように思える。
何気なく手に触れると、やっぱりいつもより体温が高い気がする。もしかして、風邪でもひいているのではないだろうか。
「憂太、大丈夫?顔赤いし、体調悪いなら無理しなくても……」
「違うよ、全然平気だから気にしないで!むしろ元気だよ?ほらこの通り!」
空元気で大袈裟に腕を振り回す憂太の様子は明らかにおかしかった。
「ちょっとごめんね」
憂太の腕を降ろさせて、額に手を当てた。熱はないみたいだが、やはり体温が高いような気がする。
「やっぱり熱いよ。具合悪いんじゃないの?」
「……実は朝から頭がフラフラしてたんだ」
「えぇっ、それなのに私に付き合ってくれたの?」
「夢子ちゃんと一緒だと楽しいからさ。それにせっかくのデートなんだから、最後まで一緒にいたかったんだ」
申し訳なさそうに笑い、困ったような表情の憂太の言葉を聞いて、私は思わず俯いて顔を手で覆った。一緒にいたい、と言われて嬉しくない女子はいないだろう。
私ばっかりドキドキさせられてずるい。憂太はこういうことをさらっと言える人だ。素直に彼自身の気持ちを伝えてくれるから、私もつられて素直な気持ちになる。
でも今日は、体調が悪い時くらいは、ちゃんと休んでほしい。
「でも、憂太……風邪なら、早く寝ないと治らないよ?今夜はベッド貸してあげるから、寝てよ」
「え、そしたら夢子ちゃんソファで寝ることになるよ」
「私は構わないよ、憂太のことが心配だもん」
私のしつこいくらいの説得に、渋々といった様子だったが、憂太は大人しくベッドに横になった。幸いにも彼はラフな格好で来てくれていたので、寝るときにも特に問題はなさそうだ。
「じゃあお休み、夢子ちゃん」
「あ、あのさ……憂太……」
明日こそは一緒にいたい。
そのお誘いをなかなか言い出せないでいると、憂太は不思議そうに首を傾げた。
いざ言おうとすると緊張してしまう。ベッドから降りた彼が、私の顔を覗き込むように見てくる。
「夢子ちゃん、どうしたの?僕にできることならなんでも言って?」
「じゃ……じゃあ言うけど……今日の続きしたいから、明日の夜も一緒にいてくれますか?」
緊張しすぎて敬語になってしまった。
恥ずかしくて死にそうだ。少しの間があって、憂太は一瞬ポカンとした後、嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。
「……うん。わかった」
彼の返事を聞いた瞬間、一気に力が抜けた。
「よかった……」
「ふふ、ありがとう夢子ちゃん」
憂太は目を細めて柔らかく微笑み、私の隣に立つと、そっと肩を抱き寄せてきた。突然のことに驚いて固まってしまう。すると彼は耳元で囁いた。
「好きだよ」
ボッと顔が火照って、全身の血液が沸騰する。心臓が爆発しそうなほどドクドクと激しく脈打っていて、とっさに上ずって掠れた声が出てしまった。
「え……う、あ、そ、そんなの知ってる!早く寝てよ!」
「はいはい」
明らかに激しく動揺した私の様子に憂太は笑いながら、ベッドに潜り込んだ。それを見届けて、私は黙ってしゃがみ込む。
憂太は天然の女たらしだ。
出会った時のオドオドした感じは無くなり、大事なものは大事だと言葉にして、最近は頻繁に愛の言葉を口にする。穏やかで優しく、呪術師としても腕が立つ。
いつもニコニコとして、無自覚にも皆に親切だから、勘違いして告白してくる女性もいる。
まぁ、あんなのされたら誰だって惚れちゃうだろうとは思っちゃう、私の自慢の彼氏。心臓が落ち着いてきたので、はぁ、と溜息をついて立ち上がる。
とりあえずクローゼットを静かに開けてパジャマを取り出して着替え、洗面所へ行こうと部屋のドアを開けると、そこには憂太の字で「メリークリスマス!来年も夢子ちゃんと過ごしたいな」と書かれたメッセージカードと、いくつかのプレゼントの箱が置いてあった。
「え、ちょっ……憂太、いつの間に置いたの?部屋に来た時はケーキしか手に持っていなかったような……っていうか、お金大丈夫だったのかな」
驚いてベッドの方に目を遣ると、既に彼は穏やかな寝息を立てている。
日中は任務もあっただろうから、今日は彼に甘えて無理させてしまったな、と反省した。それにしても、いつの間にかプレゼントを置くというサンタ顔負けの早技に苦笑が洩れた。
寝ていて無言のサプライズに呆れながらも、一つ一つ手に取って確認していく。
私が前に欲しいって言ってた、猫耳がついたフワフワのパーカーの部屋着が一番最初に目についた。パーカーとセットになっているモコモコのあったかい靴下、タオルハンカチ、美味しそうなお菓子やシャンパン。
どれも私が喜びそうな可愛いデザインの物ばかりだ。前に何気なく話したことを彼が全て覚えてくれていたことに、じぃんと胸が熱くなる。
「うわぁ……明日お礼しなきゃ。選んでくれたケーキもお菓子も明日食べなきゃな」
憂太が選んでくれたものは全て私の好みを押さえているものだった。
逆だな、彼が選ぶものは全部好きだと思っちゃうから、自分でも重症だと思う。
「わぁ……これ可愛い」
奥の方にあった、綺麗に繊細な模様の刺繍が施された手鏡が入ったプラスチックの箱を手に取る。以前はこんなものを貰っても困るだけだと思っていたが、憂太が一生懸命考えてくれたものだと思えば大切にしたいと思った。
憂太は優しい。優しすぎるくらいだ。
私のために頑張ってくれて、いつも側にいてくれる。そんな彼のことが好きだ。彼のために、私も何かしたいと自然と思えるから恋は不思議だ。
「大好きだよ」
小さく呟いて目を閉じ、私は自分の唇に触れた。デートのキスの感触を思い出して、ほんのり微熱を帯びる頬を冷たい手で冷やす。
両思いのはずなのに、今もただ彼への想いを募らせている自分がいる。きっと、彼の優しさや笑顔に触れるたびに、彼を求める思いはどんどん積み重なっていくと思う。
「憂太、おやすみ」
明日は、元気な君に会えますように。
寝ている彼の黒髪を指で梳いてから、額にそっと口付け、私もソファで眠りに落ちた。
END