五条悟
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私には幼なじみがいる。
私はごく普通の一般家庭の生まれ。実家が近く、親同士も顔見知り、幼なじみの五条悟は、呪術の名門五条家の嫡男。
当主にもなってしまったので、数年ほど疎遠になってしまったが、私が高専の補助監督の職についたと耳に入ったのか、忙しいはずなのにほぼ毎日休憩と称してスイーツを持ってきて、仕事やら上層部の愚痴やらを聞かされるようになった。
「夢子、僕の持ってきた物なんでも食べるよね。万が一毒でも入ってたらどうすんの」
「……毒?悟がお菓子に毒入れるわけないじゃない」
「僕とも限らないでしょ」
悟には、たまによく分からない質問をされる。モグモグと悟のくれた高級プリンを食べながら頭にハテナマークを浮かべる。
「まぁ、いいや。夢子はそのままでいてよ」
「……?私はいつも通りだよ。いつも通り悟のくれるスイーツも美味しいし」
私が口の中にプリンを運びながら返答すると、悟がプリンにスプーンを差したまま珍しく考え事をしているようだった。目隠ししているから、表情は分からない。少ししてまた彼の方から話しかけられる。
「夢子ってウソついたことある?」
「んー……晩ごはんつまみ食いしたけど、知らないってお母さんにウソついたことなら」
正直、大人になってからは、ウソって言えるようなウソはついたことがないと思う。ウソをつく必要性もなかったし、ウソをついても周りにすぐバレる性分なので止めた。かろうじて言葉を濁して伝える技術は習得したけれど。
私の返答に、ブハッと悟が吹き出す。
「夢子、それ何歳の話」
「え、えー、14歳頃?」
「ハハッ、いいね……迷ってたけど決めた」
悟が膝を手の平でパンッと叩くと、まだ食べ終わってないプリンを手に持って退室しようとする。仕事か何か用事があるのかなと呑気に考えて、ボーッと姿を見送ろうとしていたが、彼の一言で事態が急変する。
「夢子、君の親御さんから『娘を嫁にもらってくれないか』って言われてたんだけど、OKしとくね」
今度は私がブハッとプリンを吹き出す。
「ゲホッゲホッ……ちょ、さと……何それ私知らない!ちょっと待って!」
爆弾発言を残し、颯爽と去りゆく幼なじみの背を見ながら、思わず吹き出したプリンの処理をする。
それから、悟を捕まえて真相を聞き出し、ストップをかけようと思うものの、これが任務やらなんやらで捕まらない。しかも、1日経っただけで、五条家から感謝の電話までかかってくる始末。
どうやら悟はお見合い話を片っ端から断り、結婚もしないし、子供も要らないと明言してたらしく、それがひっくり返ったものだから、悟の実家ではお祝いムードらしい。
「え、なに、これ……人生詰んだ?」
私の親も酒の席での口約束だったから真に受けると思ってなかったようだ。もうすでに悟から連絡がいったらしく、両親も『悟くんなら安心だ』と笑っていて、私は脱力した。
「そうか、悟は下戸だから酒の席でもしっかり覚えているか……」
軽くめまいと頭痛がする。伊地知さんや他の補助監督仲間には、悟が任務から帰ってきたらすぐ連絡を下さいと伝えた。
そもそも、当事者の私の意思は全スルーされている時点で異議申し立てをしたい。
頭を抱えて廊下を歩いていると、悟の生徒さんの虎杖くんに遭遇した。
「あ、夢野さん。こんちはー」
挨拶を返すと、おめでとうございますとお祝いを言われて嫌な予感がした。
「夢野さん、五条先生と結婚するんだって?昨日、先生機嫌良かったから聞いてみたら教えてくれてさ」
こっちもか!と情報の伝わり方の早さに衝撃を受ける。
「虎杖くん……私、悟から告白どころかプロポーズさえされてないんだけど」
「え……マジで?親公認って聞いてたからすでに婚約してんのかなーって思ってた」
虎杖くんさえ少し引いてるじゃないか。
あのチャランポラン男。幼なじみだからって本当に許さない。次に会ったら首絞めてやる。
「いや、でも五条先生と結婚したら夢野さんは生活安泰じゃ?普通の女の子だったら喜びそうだけど」
「別に自分で働いているから生活はどうとでもなるし、私は身の丈にあった生活が送れればそれでいい。悟が私の意思を確認しないで話を進めたことだからノーカンでしょ」
「えー、なに、夢子は結婚しないつもり?」
「うひゃあっ」
虎杖くんと会話しながら、後ろから聞こえた声に驚く。「あ、五条先生おかえりー」と挨拶する虎杖くんに手を振りながら、悟が私の二の腕をガシッと強く掴む。
「じゃあ大人の話し合いといこうか」
いつものように目隠しをしたままだから、相変わらず感情は分からない。でもその口調は静まり返った水面のように、静かで抑揚がない。
彼の手を振り払おうと力を入れるが、恐ろしいくらいビクともしない。
引き攣った私の顔を見て、虎杖くんが空気を読んでそそくさと去っていった。そのまま、引きずられるように空いている部屋へ連れ込まれる。
「……で、僕に言いたいことは?」
ドンッと大きな音に身をすくませる。
壁際に追い詰められ、私の足の間に悟が膝を入れてくる。顔のすぐ横の壁には悟の手が置かれて、スカートだから足を高く上げるわけにもいかなくて、逃げ場が無くなった。まさか人生初の壁ドンを幼なじみにされるとは思わなかった。
「悟、今すぐ親に電話して結婚の話を取り消してよ。私は同意してない」
目隠しをしていても、背が高い悟からの圧がすごい。負けずに睨みつけながら結婚宣言撤回の要求をすると、珍しく悟がイライラしてるのが伝わってくる。空気がピンと張り詰める。
「僕が結婚相手に求める条件ってなんだと思う?」
悟に急に質問されて、面食らってすぐに思いつかなくて考えた。
名家だから家柄?色んな人とも会話できる教養?人前で恥をかかないよう作法を身につけていること?どれにしても、庶民の私にはどれも当てはまってない。
「……正解は、背中を預けられる人」
そう言って、悟が黒い目隠しを取る。
逆光で青い目だけが光っているように見える。
静かな空間で二人の間にしばしの沈黙が訪れる。悟の答えを頭で反芻するが、今一具体性に欠けていて、ピンとこない。
「背中を預けられる……人?」
「そう、自分だけなら僕一人で守れる」
跡継ぎ問題で、幼い頃は毒殺されかけたこともある。赤子のときは、抱えて外に出ようとして上から刃物が落ちてきたことがあると親から聞いた。親戚もなまじ金があるため厄介で、依頼された暴漢に刺されそうになったこともある。それが五条家だ、とウンザリした様子で彼は頭(かぶり)を振る。今はだいぶ粛清したと呟く彼は当主の顔をしていた。
「結婚したら守るものが増えるのに、背中を刺してくる可能性が少しでもある信頼できない人物とは結婚出来ない。家に帰っても敵かもしれない人物が居たんじゃ休めないでしょ?一人のほうが気楽だよ」
「じゃあ一人でいたらいいじゃない。それが私と結婚するのと何の関係が……」
「再会してから夢子のことをしばらく観察させてもらったし、身辺調査もさせてもらった。
幼なじみで人柄も知ってるし、親同士も顔見知り。夢子は僕のことを全く疑わないお人好し、大した嘘がつけないし、僕の好きなスイーツ攻めにしても文句言わないどころか一緒に食べてくれるし、なによりお金に執着がない」
最終的にこれ以上の優良物件ないと思ったんだよね、と悟から伝えられ、私は頭に疑問が湧く。名家の跡継ぎの嫁がそんなのでいいのか。そのへんにゴロゴロいそうな条件だ。
「あとは、そうだな……」
おもむろに悟の顔が近づく。
「毎晩、抱けるかどうか、かな」
子作りは大事でしょ?と耳元で囁かれ、頬の体温が急上昇する。屈んだ彼の吐息が首にかかると、思わずビクッと体を固くしてしまった。
「夢子」
力尽くで強引に迫るわけでもなく、背と腰に腕を回され抱き締められた。抱き込むように引き寄せられ、悟の肩に顔を埋める形になると、嫌でも彼の匂いと体温を感じる。
そのまま耳を何度か甘噛みされながら、名前を呼ばれる。まるで恋人の名前を呼ぶように熱を帯びた声音に少し狼狽えてしまう。
私の髪に彼の髪が何度か擦れ、夢子、ともう一回名前を呼ばれて、腰を更に強く抱き寄せられる。
ふわっと鼻孔をかすめる彼の首元の香りで、幼なじみが大人の男性であることを改めて思い知る。この香りはウッディノートだったかな。
そういえば、悟は学生の頃はマリンノートの香水つけてたけど、ムスクはあまり好きじゃないと言っていたが今もそうなのだろうか。
包まれた腕の中があったかくて、安心する香りで、全てを預けそうになる。
「抵抗しないんだ?」
囁かれたのは、低く掠れた色っぽい声だった。微かに彼が笑った気がした。ドキドキして鼓動が早くなるのを自覚する。
彼の手でさわさわと頬を触られるのが心地好くて、このまま流されてもいいような気の迷いさえ生じる。頬から顎に指がすべる。悟に顔を上げさせられ、視線がぶつかる。
悟、私は今どんな顔をしてる?
多分、あなたに一度も見せたことない顔をしていると思う。胸が苦しくて、顔が熱い。
「夢子……そんな顔されると期待する」
私を見て少し驚いたような顔をした後、悟が目を細めて微笑する。
恥ずかしくて、顔を逸らそうとすると、彼の手が後頭部に回される。
逃げられないと思ったのもつかの間、彼の唇に息を奪われる。少し抵抗して下を向いて口を閉じると、顎に指をかけられて強引に上を向かされ、下唇をやわく噛まれる。歯列を舌でなぞられると、早く開けろ、と催促されているようで、恥ずかしくて泣きそうになる。
私がまだ抵抗すると、何度もついばむように口付けされ、彼の方から戯れてくる。ちゅっ、ちゅと軽く吸い付かれるとこそばゆい。
「ひゃっ……」
不意打ちに声が出てしまう。彼の手が腰から下に滑り、急に私のお尻を掴んだ。
僅かに開いた口の隙間から彼に侵入され、戸惑う私の舌に優しく絡んでくる。ゆるゆると中を探られ、上顎を擦られた気持ち良さに鼻から甘ったるい声が漏れ、意識せずに上半身がピクリと動いてしまった。
舌の付け根を舌先で撫でられて、喉からお腹がザワザワしてくる。悟が角度を変えるとクチッ、クチと水音が響いて、耳から頭も彼に占領される。キスは初めてではないが、意識を全部悟にもっていかれすぎて息の仕方も忘れた。
彼の胸板を叩くと、やっと気付いてくれたのか糸を引いて唇が離れる。
「……ッは、さと、る、息……」
「ごめん、ごめん……夢子大丈夫?」
湿った熱が離れると、少し名残惜しい気もする。ジン、とまだ甘く舌が痺れて口内が落ち着かない。彼の肩に顔を埋めて私が息を整えていると、
「夢子、僕の本気伝わった?」
悟の指に髪を梳かれながら、耳打ちされる。
違う。欲しいのはその言葉じゃない。
「……こういう時は好きって言ってよ」
小さい声量で抗議すると、そうだね、と言いながら彼の笑い声が降ってくる。
「夢子、好きだよ」
真剣な告白と、ちゅっ、と髪越しに伝わる彼の唇の感触に、また体が疼いてくる。
「まぁ、チャンスは逃したくなかったから、性急に話を進めちゃったけどね」
五条家のいざこざに巻き込むのは気が引けたから迷ってたけど、夢子は昔から変わらなくてすごく安心したし、君と一緒なら僕も荒んだりせずに、変わらず一生を歩んでいけそうなんだ。そう言いながら、悟が鼻先を私に擦り付けてくる。
「夢子、言うの遅くなったけど……僕と結婚してくれる?」
どこまでも優しく、甘く、耳に響くプロポーズだった。
悟がそんなことをする人ではないと、幼なじみだから分かっていたけど、あまりにも言葉が無くて、五条という家のために愛のない結婚に利用されるのではないかと不安が拭えなかった。
「もし、私が今すぐ結婚するのは嫌だっていったらどうするの?」
「今すぐ夢子を押し倒して既成事実作る」
彼に少し意地悪をしたくなったが、返ってきた言葉と真顔になった悟の目が本気だったので、素直にプロポーズにOKしておこうと実感した。
燃え上がるような恋ではないし、子供の頃から知った仲だから良いところも悪いところも知っている。生まれ持った能力のせいで、彼がどんな苦悩を抱えたかも知っている。
彼の家のことは私にはどうにも出来ないことだから、子供の頃、隠れて泣いていた彼の背中に自分の背中をくっつけて、言葉は無くともずっとそばに居たこともある。
たまに会う度に背が伸びて、その内に声変わりもして、昔みたいに接することが出来なくなっていったけど、高専に入ってからは仲間ができて、楽しそうだったし、親友ができたと聞いて私も安心していた。
在学中に親友とは袂を分かつ残念な結末を迎えたと聞いた時は、久しぶりに電話で話をした記憶がある。
「夢子は変わらなくて安心した」
と、電話の向こうで寂しそうに笑ったあなたに、どこまで踏み入って聞いてもいいのか距離感が分からなかった。いつまでも無邪気にはいられず、大人としての距離を推し測る術に長けていった結果、一時的に彼とは疎遠になった。
大学卒業後に就職先がなかなか見つからず、たまたま高専の補助監督の枠が空いていて、採用してもらうことができた。研修やら訓練を受けて現場に出るようになると、ある時急に悟が現れた。
「夢子、ケーキ食べない?」
ポカンとする私の手のひらにケーキの箱を乗せて笑うあなたに、正直、聞きたいことは山程あった。
でも、一緒にスイーツを食べてグダグダ話している空気が心地好くて、2人とも踏み込むタイミングを見失っていたと思う。
今度、聞いてみようかな。
いつから私と結婚しようと思っていたのか、高専卒業後はどう過ごしていたのか、あなたの過去を一つずつ知っていきたいと思った。
ありがとう、悟。
今さら気付いたけど、私もあなたのことが誰よりも好きみたいです。
END.
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