夢小説短編
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土方十四郎は悩んでいた。己がモテることに。
……いや、正確に言えば『モテるが故に起こる厄介ごと』に、だ。
顔なのか地位なのか判断はつかないが、それなりに女性からモテる。
こんなことを言ったらモテない男共から反感を買うのだろうが、生半可に『モテる』からこそ困ることがある。
真選組という肩書き、常に刀を持ち歩いているが故に、しつこく迫ってくる女は皆無であった。それが何故か、最近では付き纏ってくる女が現れたのだ。
真選組として市中を見廻っている時も、プライベートで町をぶらついている時も、女はひっそりとこちらを見つめてくる。
町角の陰から、店の暖簾の向こうから、仕切り板の反対側から、振り返るたびに必ずそこに女がいた。
いつも同じ距離、同じ動作、同じ目。
あまりにもしつこかったため、己の獲物をちらつかせながら脅したこともある。これ以上自分の周りをうろつくならばたたっ斬る、と。攘夷浪士ですら裸足で逃げ出すような威圧にも負けず、女は「丸腰の女性を斬ったなんて知られたら、真選組はどんな目で見られるんでしょうね?」と、飄々と言ってのけた。
実に嫌なところを突いてくる女だった。
これが味方であったのなら頼もしい限りだったが、残念ながら今の土方にとっては『敵』でしかなかった。
「……何が目的だ」
真選組の情報か。それとも自分に相手をして欲しいだけか。もしかして特定の攘夷浪士の解放だろうか。
「あなたを見ていたいだけですよ。ゆくゆくは私のことも見て欲しいだけです。現に、ほら。今は私のことを見ていてくれているじゃないですか」
恍惚とした笑みで女はそう言った。
話にならない。
話が通じない。
目の前にいるものが、本当に同じ人間なのかすら疑いたくなる。
人の話を聞かない連中は、土方の周りにたくさんいる。
キャバ嬢にしつこく付きまとうゴリラ上司。
嫌がらせばかりしてくる腹黒ドS王子。
気が付けばミントンに興じている地味部下。
人を食ったような面をしている糖尿天パ。
それらとは全く違った不愉快な理不尽さを土方は感じていた。
言葉はわかるのに、会話は成り立たないその厄介さに。
「くそっ……どうすっかな……」
女にストーカーされて参ってるなど口が裂けても言えない。
侍たる己が、たかが女に付き纏われて疲弊しているなど言えるわけがない。
上司に悩みを話すことも、部下に愚痴をこぼすこともできるわけがない。
大きな悩みの種が増えたことで、胃の奥に小石を呑み込んだまま歩いているような痛みが、じわじわと内側を擦り続けていた。
*****
「ねえ、十四郎。最近疲れているんじゃない?」
久々に会った彼女に、そう言われた。
いつもなら「疲れた顔してる」と微笑みながら言われるのだが、今回は少しニュアンスが違って聞こえた。
「そ、そうか? 気のせいだろ」
「前も酷い時あったけど、今はキツネに追い詰められた野ウサギみたいな目してる」
「どんな目だ、それは。俺は野ウサギっつーわけか? できれば、もう少し強そうなやつがいいんだけどな」
「まあ確かに、野ウサギよりかは強いと思うけどね。今のはものの例えってやつだし」
「なんだそりゃ」
「でもさ、食物連鎖の頂点にいるオオカミにだって、天敵はいるんだよ? 自分よりも強い動物とか、自分よりも狡猾な動物とかさ」
狡猾。その言葉に、コーヒーカップを口へ運ぶ動作が一瞬止まってしまう。
思い浮かんでしまったのは、あの女の顔だ。
自身が丸腰の女だということを盾に己を脅してきた、あの女の顔が。
「オオカミより強い生き物がいるのなら、見てみたいものだな」
そう言ってやり、頭の中の靄を振り払うかのようにコーヒーに口をつける。
「いるよ。ニホンオオカミを絶滅に追い込んだのは人間だし、弱っている時とか寝込みを襲われたら自分より力のない生き物にだって負けちゃうんだから。自分が最強生物だと驕り高ぶっていると、いつかその地位が脅かされるかもね。それこそ、なんの力もないと思っていたキツネとかに」
そう言い切ると、彼女は涼しい顔をしながらカフェラテを口に運ぶ。
妙に様になっている所作のように感じた。
セリフと動作を頭と体に叩き込んで演技をしている女優のように、それは自然なものだった。
「害獣って決めつけるのは人間側の勝手な判断だけどさ、今の野ウサギにとってはキツネって害獣でしかないよね」
「お前、一体何するつもりだ……?」
「大丈夫。十四郎には迷惑かけるつもりはないよ。いつも通り過ごしてくれればそれでいいから」
「いつも通りって……」
「いつものように市中見回りをして、いつもみたいにいつもの食堂でマヨネーズ丼を食べて、いつものように眉間に皺を寄せたままいてくれればいいだけだから」
彼女はにっこりと微笑んだ。
それは「断捨離でもしてみようかな」というような、実に軽やかなものだった。
最後のは余計だ。なんていうツッコミも入れる余裕なんてなかった。
*****
いつも通り、見回りをしている時だった。
いつも通り感じる、いつもの視線。
その感覚に、背中が粟立つのがわかる。
これはもう、条件反射のようなものだ。
すっかり染み付いてしまった、嫌な習性だ。
タバコを吸うふりをして、視線を向ける。
いた。
例の女だ。
相も変わらず、スマホのレンズをこちらに向けてくる。
口から漏れ出た息がタバコの煙を吐き出したものなのか、ただのため息なのかわからなくなっていた時だった。
「なァにしてんの」
どこに潜んでいたのだろうか。
突如として現れたナマエが、女の腕を引っ捕まえる。
女の抵抗虚しく、引き摺られるようにして路地裏へと連行されていった。
捕らえられた獣のように、抵抗だけが手足に残っている不恰好な動きだった。
急いで二人が消えた路地裏へと向かう。
人々が暮らす舞台裏のようなそこは、生活の吐きだまりのような生乾きの匂いが口の中を満たしてくる。
ギャイギャイと姦しい声だけが聞こえる。聞こえる声はあの女だけのもので、ナマエは一切声を上げていない。
パァン、と乾いた音が響いた。
ようやく二人の姿を捉えた時には、ナマエの右手がビンタを終えていた。
女は頬を押さえる間もなく、ナマエに顎を掴まれて顔を上げさせる。強く掴みすぎて女の頬周りの肉が集約されて、粘土細工を乱暴に押し潰したような歪んだ口元となってしまっている。
「……お前さ。誰の男に手ェ出してんのか、わかってやってんのか?」
それは、地の底から響いてくるような低い声だった。
頬を撫でるふりで顎を固定し、唇の端をわざとらしく緩める。
「もう一度近付いたら────殺すぞ」
彼女は真剣どころか、竹刀の一本すら握ったこともなかったと聞いている。
だというのにこの迫力は、真選組の隊士以上のものを持ち合わせていた。
周囲の空気でさえ斬ってしまえるほどの鋭さを感じる。
「十四郎に触れたら殺す。近付いたら殺す。話しかけたら殺す。影踏んだだけでも殺す。視界に入れても殺す。……わかった?」
「で、でも! ずっと見ていたのは私……っ!!」
ガァン!! と鋭い音が響く。
ナマエが近くにあったバケツを蹴った音だ。
その一撃によって歪んだバケツは、カラカラと悲壮な音と共に退場していった。
「聞こえなかった? それでも近付くっていうなら、その足を切り落としてやろうか。それでも触れるっていうなら、その手をちぎり取ってやろうか。それでも話しかけるっていうなら、その舌を引っこ抜いてやろうか。それでも視界に入れるっていうなら、その目玉を抉り取ってやろうか」
声を荒げることを一切せず、ただ淡々と言葉を連ねていく。
「ねえ。どうしてやろうか」
自分に向けて言われたわけではないのに、心臓を鷲掴みされたかのような冷たさが這う。
「ひっ……!!」
女が後ずさる。
ナマエは怒鳴ったわけでも、凄んだわけでもなかった。
幼子を問いただすかのような、やたら穏やかな声色だった。
ただしその声には、温度が宿っていなかった。
聞いた者の心を凍てつかせ、震え上がらせるような、そんな冷たさ。
一歩、ナマエが踏み出した。
女は背中だけを前へ押し出されるように、転がるように逃げていった。
声にならない声を上げながら、服を泥にまみれながら、とても人目に晒せない顔をしながら。
姿と声がなくなった頃、ナマエがくるりと振り向いた。
まるで散歩の途中で小石を蹴り飛ばしたかのように。
「終わったよ。害獣駆除」
なんてことなかったかのように言い退けていた。
「……お前、なにして……いや、助かったわ」
苦言を呈そうとした。が、解決してくれたことは事実なのでひとまず礼を言うことにした。
「お前、あんな危なっかしいマネするやつだったか?」
「現行犯で捕まえて一発で仕留めた方が都合が良いんだよ。それに女を駆除するには、同じ女の方がやりやすいからね」
「だからって、あいつが逆上して刃物でも持ち出してきたら……」
「そんなことよりさ」
不意にスカーフを引っ掴まれた。
思わず呼吸が乱れる。
ぐい、と迷いなく引き寄せられた。
引き寄せられた瞬間、首元に見えない輪が嵌められたような錯覚がした。
ナマエの顔が間近に迫り、土方は思わず息を呑んだ。
背は俺の方が高かったはずだ。
だのに、俺の方が追い詰められているかのような気持ちになる。
俺が少しでも腰を屈めば、ナマエが少しでも背伸びしてしまえば唇同士がくっついてしまいそうな距離だ。
「……ねえ、十四郎」
彼女の声は妙に艶かしく聞こえ、ドキリと心臓が跳ねる。
「あの女のこと、どれくらい考えてた?」
「は? 考えてねェよ」
即座に否定すると、ナマエはにこりと笑う。
しかし、目は笑っていない。
「恋愛面ではそうだよね。十四郎の心があの女に傾いただなんて微塵も思ってない。でもさ、考えてたでしょ? あの女をどうしたらいいんだろうって。あの女のことをどう解決したらいいんだろうって。そればーっかぐるぐる考えてさ」
彼女は、俺の頭の中を覗き見したかのように言う。
それはここ数週間、俺が考え続けていたことだからだ。
「だめだよね? 私以外の女のこと考えるなんて」
強引に合わされたナマエの目は、己の獲物を決して渡さまいとするヒグマのような執着心を携えていた。
だがそれは高温で激しく燃え盛る火柱ではない。静かに、長く、確実に焼き尽くす
「……ねえ。私以外、考えられなくしてあげよっか?」
「っ…………」
何か言おうとして、言えなかった。
セリフが思いつかなかった。
言葉が出てこなかった。
喉が、ひくりと鳴った。
エサを待つ金魚のように、パクパクと口を開け閉めすることしかできなかった。
せめてもの抵抗として、視線だけを逸らす。
「…………好きにしろ」
ようやく己の口から出てきた言葉は蚊が鳴くような、なんとも頼りないものだった。
「じゃあ、私の好きにするね」
大型の獲物を捕まえることができたかのような満足げな笑みを浮かべていた。
「覚悟、しておいてね」
嗚呼。俺はもう、戻れないのかもしれない。
ナマエ視点の裏話→
ナマエは気に食わなかった。
己の獲物がちょっかいをかけられていることに。
彼氏である土方十四郎はそれなりにモテる。
理由はひとつ。顔がいいからだ。
ミーハーな女どもが群がるのだ。
そこまでは、まあ仕方ないことだろう。
かく言う私も、十四郎の顔が好きなのだから。
十四郎のそばに寄る女は真選組副長という座と、十四郎の単純な顔の良さに憧れているだけ。
例えるなら、俳優に黄色い悲鳴をあげるのと同じだ。
そこまでなら目を瞑ってあげられる。ステージの上で輝く姿を誰もが見たいだろうから。
しかし、そうではない者も現れてしまう。
十四郎が誰のものか理解せずに。
きっかけは十四郎が市中の見回りをしているのを、たまたま見かけたときだった。
一定の距離を保って、十四郎のあとをつけている女がいるではないか。
十四郎の様子を伺う限り、これが一回や二回ではなさそうだ。
私は一瞬で悟った。
人のものに手を出そうとしている泥棒ネコがいる。
人の獲物を掻っ攫おうとしている横取りキツネがいる。
人のものを取ったら泥棒。
そんな理屈、寺子屋に通う子供だって知っている。
それすら理解できないのなら、教えてやるしかない。
十四郎がただストーカーされているならば、本人が軽く脅せばことが済むはずだ。
『鬼の副長』とのあだ名がある通り、威圧すれば並大抵の者なら逃げてしまう。
あの十四郎がその手のことをやらないわけがない。
きっと脅しが不発に終わったのだろう。
十四郎のことだ。
女にストーカーされているなんて、口が裂けても言えないだろう。
だから会った時に、カマをかけてみることにした。
そうしたら『狡猾』という言葉に反応していた。
ああ、やっぱりか。
きっと、あの女のことを思い出しているのだろう。
気に食わないなあ。
あの女には当然のこと、十四郎にも。
もう少し、自覚を持ってもらわないと困る。
それならば、私がやることはひとつだ。
十四郎にまとわりつく邪魔者を排除する。
ある日、十四郎を張っていたら見つけた。
あの女だ。
十四郎に堂々とスマホのレンズを向けている。
肖像権というものを知らないのか、この女は。
「なァにしてんの」
女のスマホを破壊したい衝動を抑えつつ、女の手首を掴むことでなんとか溜飲を下げる。
流石に他人の物を壊したら一線を超えてしまう。けれど、人のものを盗もうとする相手への牽制なら許される。
女の頬を感情に任せて、おもくそ叩いてやった。
予想以上に痛かったのか、もしくはビンタされるとは思わなかったのか、女が間抜けヅラで呆然としている。
人のものに手を出したということを理解していないのか、この女は。
「……お前さ。誰の男に手ェ出してんのか、わかってやってんのか?」
言葉のみよりも、痛みを伴った方が理解が早い。
それと恐怖も忘れずに付け足しておく。
「もう一度近付いたら────殺すぞ」
周りくどい言い方ではなく、バカでもわかるようにストレートに。
「十四郎に触れたら殺す。近付いたら殺す。話しかけたら殺す。影踏んだだけでも殺す。視界に入れても殺す。……わかった?」
「で、でも! ずっと見ていたのは私……っ!!」
目の前の女を蹴りそうになったのを、近くにあったバケツを蹴ることで収める。
危ない、危ない。これ以上この女に暴力を振るってしまったら、過剰防衛になるところだった。
「聞こえなかった? それでも近付くっていうなら、その足を切り落としてやろうか。それでも触れるっていうなら、その手をちぎり取ってやろうか。それでも話しかけるっていうなら、その舌を引っこ抜いてやろうか。それでも視界に入れるっていうなら、その目玉を抉り取ってやろうか」
なおも理解しない女に、懇切丁寧に教えてやる。
これ以上、十四郎に近付いたらどうしてあげるのかを。
「ねえ。どうしてやろうか」
「ひっ……!!」
女が化け物でも見た目をして後ずさる。
人の男に手を出すあんたの方が、よっぽど化け物だろうに。
私が一歩踏み出すと、弾かれたようにして逃げていった。
それは、圧倒的捕食者から命からがら逃れる獲物のようだった。
あの女の姿が見えなくなり、声が聞こえなくなった頃、くるりと振り向いた。
十四郎が見ていることは承知の上での行動だ。
「終わったよ。害獣駆除」
「……お前、なにして……いや、助かったわ」
注意から入るなんて十四郎らしいなあ。その後、不祥不精ながらもお礼をきちんと言うところとか。
「お前、あんな危なっかしいマネするやつだったか?」
「現行犯で捕まえて一発で仕留めた方が都合が良いんだよ。それに女を駆除するには、同じ女の方がやりやすいからね」
「だからって、あいつが逆上して刃物でも持ち出してきたら……」
「そんなことよりさ」
なおも小言を言おうとする十四郎にイラッとしたため、感情に任せてスカーフを引っ張る。
焦った顔が目前に迫る。
この表情は私がしているんだと思うと、優越感が浸る。
けれど、許したわけではない。
「……ねえ、十四郎」
彼の名前を呼んでやればいつも開いている瞳孔が、さらに開かれる。
「あの女のこと、どれくらい考えてた?」
「は? 考えてねェよ」
「恋愛面ではそうだよね。十四郎の心があの女に傾いただなんて微塵も思ってない。でもさ、考えてたでしょ? あの女をどうしたらいいんだろうって。あの女のことをどう解決したらいいんだろうって。そればーっかぐるぐる考えてさ」
きっと誰にも相談することができなかったんだろう。
私にはもちろん、他の真選組の人たちにも誰一人として。
十四郎が他の女にうつつを抜かすなんて一欠片も考えていない。
だけど、私のことより他の女のことを考えていたことは事実だ。
私の名前を呼ぶたびに、私だけを見ていればいい。
それ以外を考える余地なんて、本来どこにもない。
「だめだよね? 私以外の女のこと考えるなんて」
そこんところはきっちり線引きしないと。
十四郎が誰のものなのか。
「……ねえ。私以外、考えられなくしてあげよっか?」
「っ…………」
十四郎が息を呑むのがわかった。
何か言おうとして、言えなかったであろうことも。
瞳が揺らいでいるのがよくわかる。
本人はきっとポーカーフェイスを気取っているあろうけど、私には十四郎の動揺が筒抜けだ。
「…………好きにしろ」
「じゃあ、私の好きにするね」
ようやく私のものだって自覚してくれたのだろう。
「覚悟、しておいてね」
この獲物は、私のものだ。
誰にも渡してなるものか。
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