夢小説短編
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「私には浮気するなって散々言っておいて、自分は彼女以外の女とホテルで一発ですか。へー。ふーん」
「いや、あのォ……成り行きっていうかァ……記憶にございませんっていうかァ……」
「成り行きって、便利な言葉ですよねぇ。まるで言葉の養生テープ。どんな不始末もペタッと塞げば済むと思ってる」
「いやいやいやいや! 塞げてねぇから今こうなってんだろ!? つかあれはほんっと違ェの! 俺が気付いた時には、すでに────」
「ベッドの上、ですね?」
「…………」
店内に流れるのは煮詰まった空気と、冷めかけた緑茶の香り。
普段なら甘味処の奥で聞こえる湯気の音も、今はやけに遠い。
私は淡々と湯呑みを置いた。
「……まあ、いいです。別に責めませんよ。浮気も成り行きも《よくあること》なんでしょうし」
喉の奥が少しだけ詰まったけれど、声は思ったより冷静に出た。
「えっ、ちょ、待っ────」
「ただ、私も《よくあること》してきますね」
言い切らないと、ここで崩れてしまいそうだった。
「は?」
「土方さんにデート誘われてたんで。お断りしてましたけど、成り行きで行ってきます」
銀時の顔から、血の気がさぁっと引いた。
まるで白玉に氷水ぶっかけたみたいに、冷えっ冷え。
「……ちょっと待て! なんでそこであのやろーに成り行きで行くの!? あいつに限ってだけはやめとけって!」
「どうして? 誠実そうですけど。少なくとも『記憶にございません』とは言わなそうですし」
「いやいやいや! あいつ絶対チョコパフェ奢らせるタイプの女の扱いわかってねェ男だぞ!? そういうのはダメだって!」
「そういうの、ね」
私は立ち上がり、暖簾をめくる。
振り返らずに一言だけ。
「浮気する男よりはマシだと思いますけど?」
本当は、そんな比較もしたくなかった。
その瞬間、銀時の呻き声が聞こえた。
情けない。でもちょっと、ざまぁみろって気もする。
ドアの外は昼下がり。風が甘くて、少しだけ自由の匂いがした。
*****
「……で、本当に来ちまったのかよ」
「ええ。成り行きで」
「便利だな、その言葉」
銀時の言い訳を丸パクリしてやった。
見よ、この清々しい開き直り。
土方さんは溜息をつきながら煙草に火をつける────が、その手つきがやけに様になってるのが腹立つ。
やめてほしい。なんかドキッとする。
「まさか俺に、万事屋への仕返しデートを頼む女がいるとはな。お前もなかなかのタマだ」
「副長さんだって『あいつの顔見ると胃が荒れる』って言ってたじゃないですか。利害一致です」
「そういう問題じゃねぇだろ。こっちは休日潰してんだよ」
「私も心を潰されましたけど?」
「……っつーか、怖ェな。女って」
そう言いながらも、土方さんは律儀に信号が青になるのを待って歩き出す。
通りすがりのカップルを見て、ちょっと眉をひそめた。
……なんか、こういう人と歩くの、悪くないな。
少なくとも今は、誰かと比べないで済む。
*****
一方その頃。
物陰でバレバレの変装をしている銀髪の男がいた。
「……ちょ、マジで来てんじゃねェか……しかもあいつ、なんかちょっとオシャレしてね?」
隣の神楽があきれ顔で言う。
「ストーカーかアル? ストー銀時アル?」
「いや違ーっつーの! あれは、恋愛現場の監査だっつってんだろ!」
「監査っていうか、成仏しきれない未練タラタラの幽霊みたいになってるネ」
「おいコラ帰れ神楽ァァ!!」
「まだパフェも食べてないアル」
*****
「副長さん、ここのパフェ美味しいんですよ」
「おい。まさか、あいつが好きな店とか言わねぇよな」
「……言ったら、嫌ですか?」
「そりゃ嫌だろ。あいつの名前出されたら、砂糖が胃に刺さる」
「じゃあ内緒で食べましょうか。裏切り者同士で」
「物騒な言い方すんな!」
土方さんが苦笑した瞬間、ふと横顔を見て胸がチクリとする。
────なんだろう。仕返しなのに、思ったより楽しい。
それが少しだけ、怖かった。
「……なに笑ってんだ」
「いえ。ただ、副長さんって意外と優しいんだなって」
「誤解すんな。俺はただ、可哀想な女を放っとけねぇだけだ」
「可哀想って……」
「男運のないタイプって意味だ」
「…………帰ります?」
「冗談だ、座れ」
*****
そして窓の外。
スコープ越しに覗く銀時の目がギラついていた。
「……あのヤロォ、距離近ェな。スプーン貸した? 今スプーン貸した!? 死罪だ死罪!!」
「おまわりさーん、変な人がカフェの植木に話しかけてるアルよ〜!」
「バカ! 通報すんな神楽ァァァ!!」
*****
カラン──。
軽やかなドアベルの音が鳴った瞬間、喫茶店内の空気が凍りついた。
入口に立つのは、銀髪の男。
笑顔が怖い。いや、笑顔なのに怖い。
「よォ〜〜副長さんよォ。ひとりでパフェなんか食ってんの、珍しいじゃねェの」
「……休みの日くらい甘ェもん食わせろ。文句あるか」
「いや? ただ、隣にいる女が俺の彼女だってだけで?」
「修羅場フラグ立ったアル!」
神楽ちゃんが嬉しそうに言う。昼ドラ好きだもんね。
銀時はゆっくりと歩み寄り、テーブルの向かいにどっかり座る。
満面の笑み。けど目は笑ってない。
「で。デートですか? 成り行き? それとも誠実なデート?」
「成り行きです」
あえて同じ言葉で返してやる。銀時のこめかみがピクッと跳ねた。
「お前なァ……成り行きって便利な言葉だよなァ、ほんっとに!」
「はい、銀さんのお気に入りですから」
「言葉のリサイクルやめろォォ!!」
土方さんはうんざりしたようにコーヒーカップを置いた。
「おい万事屋、ややこしくすんな。こっちは相談だ。デートっつっても、まぁ慰めっつーか……」
「慰め!? 慰めってなに、もしかして膝貸してもらった? 肩貸してもらった? ついでに唇も貸してもらったァ!?」
「ねーよバカ! てめーみてーな安いドラマ展開するか!」
「どっちが安いドラマだよ!? 一晩で完結してっからなァ!?」
「はいはい、男子高校生みたいな喧嘩やめなさい」
私はパフェのスプーンをくるくる回しながらため息をついた。
「そもそも、浮気したのは銀さんの方でしょ」
「うっ……そ、それは……成り行きで……」
「はい、出ました、言葉の養生テープ」
「……お前、それ気に入ってんな」
「便利なんですよ、ペタッて貼るだけで責任感なくなるんで」
土方さんが吹き出した。
「……お前らほんと夫婦漫才みてぇだな」
「誰が夫婦だ!!」
「誰が漫才だ!!」
同時に怒鳴る二人。完璧なツッコミのシンクロ率。
その後、気まずい沈黙が落ちる。
テーブルの上には、溶けかけのパフェ。
銀時の眉間の皺、土方さんの苦笑、そして私の────少しだけ、寂しい笑顔。
焦らせたかっただけなのに、胸の奥がちくりとした。
「……まあ、そろそろ終わりにしよっか。仕返しも、これで十分」
「は? 終わり?」
「はい。私の目的は、銀さんを焦らせることだったので」
「……ッッざけんなぁ……!!」
「焦ってくれたなら、本望です」
本当は、ちゃんと向き合ってほしかっただけだ。
土方さんは立ち上がり、ぼそっと呟いた。
「……ったく、やっぱお前ら似合ってんだよ。喧嘩すんのも込みでな」
「副長さん、フォローが優しいですけど、今それ余計です」
「だろうな。じゃ、精々仲直りしろ。俺まで胃が痛ェ」
そう言って去る土方さんの背に、銀時がひとこと。
「……借り作ったな、副長さんよォ」
「てめーの体で返しに来い」
銀時はしばらく無言だった。
そして、ぽつり。
「……なあ、あのデートの成り行き、どうだった?」
「すごく誠実で、楽しかったです」
「……ちっ、誠実め」
「不誠実よりはマシですよ?」
「ぐっ……!!」
「次、甘味代で許してあげます。倍額で」
「おい、それ脅迫だろ」
「成り行きです」
*****
夜。近所のファミレス。
店内には、静かな甘い香りだけが残っている。
「……で、倍額のパフェってこれか」
「はい。誠実に支払うって大事ですよね?」
銀時はテーブルに座り、どんよりとした顔でパフェを見つめていた。
いちご、生クリーム、マカロン、アイス。豪華すぎる。
もはやパフェというより、罰金の塔。
「……これ、食っても甘くねェ気がすんだけど」
「気のせいです。愛の味ですよ」
「毒味の間違いじゃねェ?」
「じゃあ一口どうぞ。味見してみたら?」
差し出したスプーンを前に、銀時は目を細めた。
「……なんか、これで仲直りとか言ったら、ドラマみてェだな」
「銀さん。現実もドラマも、演技次第ですよ」
「お前……時々怖ェほどキマってんな」
「元凶が目の前にいるんで」
「ぐっ……!」
数分後。
パフェの半分が消えたころ、銀時がぽつりと呟いた。
「……悪かったな」
「……何がですか?」
「お前、怒ると逆に静かになるだろ。あのとき、マジでビビった」
「怒る価値もないと思っただけですよ」
「それが一番怖ェの」
銀時はパフェの底をつつきながら続けた。
「……正直、あの夜のこと、ほんとに覚えてねェ。飲まされたのか、寝ぼけてたのか……でも、お前に誤解させたのは事実だ」
「…………」
「お前に『浮気するな』って言ってたくせに、自分がやってたとか、笑えねェ。ほんっと、クズだよな」
「……知ってます」
それでも、嫌いになれない自分が一番厄介だった。
「容赦ねェな」
「でも、そういう正直なとこは嫌いじゃないですよ」
「…………は?」
「誠実に反省してるならいいんです。次やったら、命の保証はしませんけど」
「こっわ!」
沈黙が流れる。
ふたりの間には、空になったパフェグラス。
銀時がふと、口元に指を伸ばした。
「……クリーム、ついてる」
「え? どこ────」
指先で触れた瞬間、銀時が小さく笑った。
「……取ってやった」
「……ありがとうございます」
「いや、ほんとは舐めようかと思ったけど」
「殺しますよ」
「はやっ!!」
笑いがこぼれた。
どちらからともなく、少しだけ顔が近づく。
許したわけじゃない。でも、突き放すほど強くもなかった。
けれど、あと数センチのところで────
「……おかわり、ある?」
「え?」
「甘いもん、まだ足りねェ。今度は仲直りパフェで頼む」
「……もう、甘党のくせに」
「お前のほうがよっぽど甘ェだろ。俺なんか、口の中で虫歯できた気がするわ」
照れ隠しみたいなやりとりに、二人の笑い声が重なった。
窓の外は、夜更け。
街灯に照らされたガラス越しに、並んだ影が少しだけ近い。
成り行きで始まった喧嘩も、
成り行きで、ちゃんと恋に戻っていく。
こんな成り行きなら、たまには悪くない。
そんな気がした。
