陰陽万事屋堂



ここ最近、妙な気配がする。

誰かにじっと見られているような、そんな感じ。
外を歩けば誰かがついてきているような不快感が付きまとう。家の中なら多少の不快感は薄れるけど、常に見張られているような感じがする。
そんな嫌な空気に晒されて、警察にどう相談すればいいというだろうか。

人影がない。
足跡がない。
姿がない。
確固たる証拠がない。
あるのは視線だけ。

そんな不確定要素だらけの相手に警察側が動いてくれるはずもない。あなたの気のせいですよ、と言われてしまうのがオチだろう。
友人に愚痴のようにして言ってみたら、「幽霊だったりして」と冗談っぽく言われてしまった。
生きている人間だとしても、死んでいる人間だとしても、人間じゃないものだとしても、どれにしてもいい気分ではないことは変わりない。
そんな不安に包まれた日々を送っていた時だった。

ある日、一枚のチラシが目に入った。

小学生が学校の授業の一環で作らされたかのようなド派手な紙だった。
立体レインボーカラーで『万事屋堂』とデカデカと書かれてあった。その下には『人生相談・占い・相性診断なんでも承ります!』との謳い文句の最後に、手書きらしき赤文字で『心霊関係大歓迎!!』とも書かれている。
その『万事屋堂』の住所と、周辺の地図らしきものもある。
デザインセンスなんてないに等しいはずなのに、妙に惹かれてしまった。
何かに導かれるようにして、私の足は『万事屋堂』のある方向へと歩き出した。

たどり着いたそこは『神社もどき』のような建物だった。

入り口には鳥居、両脇には狛犬、庭には灯籠と松の木、日本家屋のような平屋が奥に建っている。日本人以外の人に「この建物は神社です」と紹介しても、なんら違和感を覚えないだろう。そんな造りだ。
よくよく見れば玄関にはインターフォン、玄関扉には郵便受けが設置されている。
『万事屋堂』との看板が出ていることから、この建物が先ほどのチープなチラシの本拠地なのだろう。

私は民家のような、神社のような建物のインターフォンを押した。

玄関扉を開けたのは、メガネの青年だった。この年頃の青年にしては珍しく、着物に袴という出立ちだ。悪く言ってしまえば時代錯誤というか、現代においても少し古臭いというような、地味目な和服だというのが私の印象だ。

「ご依頼ですか? 何か相談事があるとか、それとも占いの方ですか?」

「えっと……相談事、になるんでしょうか……。あの、予約とかしてないんですけど……」

「ウチは飛び込み大歓迎ですよ! 他のお客さんもいないですし。ささっ、上がってください!」

やや強引にそう促され、私は足を踏み入れた。

ごく普通の平屋、といった感じだ。今流行りのデザイン住宅ではなく、昔ながらの造りの家。そんな印象だった。その証拠と言わんばかりに、部屋の入り口には祖父母の家でしか見ないようなビーズカーテンが垂れ下がっている。

「銀さーん、お客さんですよー!」

通された部屋は客間のような、居間のようなところだった。この二つを兼ねているのかもしれない、そう思わせる構造なのだ。
その証拠にこの部屋には年季の入った座卓にローソファーが置かれているのに、雑誌が机や床に散らばっていたり、住民らしき人たちがくつろいでいるからだ。

和で染められた部屋に似つかわしくないように思えるチャイナ服の着た女の子が、ソファーくらいの大きさの白い犬をクッションのようにしてもたれかかっている。女の子の額には文字にも見える模様のようなものが描かれたお札が貼られている。
白い狩衣を着た男性がジャンプを手に、やる気なんて微塵も感じさせない気だるげな目線を送っている。端的に言うならば、死んだ魚のような目だ。
男性の後ろにある床の間に飾られた掛け軸には、なぜか『糖分』とだけ書かれている。

「うるせー新八。アポ取れ、アポ」

「アポ必要なほど、客なんて来ないでしょうに。それよりお客さんですよ! 相談事があるらしくて……」

「あー……んじゃ、いっちょやりますか。あ、テキトーなとこに座ってて」

その言葉に甘えて、男性の反対側にあるソファーに腰を下ろす。
狩衣を着た男性が、ぐっと伸びをする。

「んで。相談、だっけ?」

読みかけのジャンプを傍にやり、真正面から見つめられる。
その目が妙に鋭い。
眠たげな瞳の奥で、何かを測るようにじっとこちらを見ている。

「どーもォ、初めまして」

にこりと人好きのする笑顔で、一枚の紙を差し出される。
渡された名刺には『陰陽師 坂田銀時』と書かれてあった。

「おんみょうじ……? 陰陽師って現代でも存在しているんですね……」

「陰陽師っつっても、相談事聞いたり、姓名判断したり、占いしたりっつーのが主な仕事だな。そりゃ数は少ねーけど、細々とやってんのよ」

陰陽師なんて昔の仕事か、フィクションの職業とばかり思っていたけど、現代にも存在しているんだ。私のそんな疑問を感じ取ったのか、坂田さんはわかりやすく説明してくれた。
私を案内してくれたメガネの青年が湯呑みを置いてくれる。私の隣には誰も座らないのに、なぜが湯呑みが二つ置かれた。

「その……私の気のせいかもしれないんですけど……」

「ああ。大丈夫ダイジョーブ。他人に話してみるだけでもスッキリするってことあっから。おねーさんのペースでいいから話してみて?」

こういった事柄には慣れているのだろうか。完成された営業スマイルで彼はそう言った。
その彼の態度を受けて、私はポツポツと話し出した。

外にいると誰かの視線を感じること。家にいれば監視されているような感じがすること。その割には姿形や足音といった物的証拠がないこと。一人暮らしだから不安が大きいこと。今日もチラシをたまたま見て、一人でここへ足を運んだこと。

最初は営業スマイルで相槌を打っていた彼の顔が、話が進むにつれて青ざめていった。

「……おねーさん。一つ確認したいことがあるんだけど、いいかな?」

もったいぶった聞き方に違和感を覚えつつも、素直に首肯する。

「ここへは一人で来たの?」と、当たり前なことを聞かれる。

戸惑いながらも肯定する。
すると、長く深いため息を吐かれた。

「そりゃそうだよね……二人で来てたら、一緒にソファーに座るよね……うん……」と、自己完結をしていた。

「あの……銀さん、まさか……」

「その『まさか』だよ。うわー、最悪だ……オメーが茶ァ二人分置くからだぞ……」

坂田さんは何やら諦観した様子で天井を見上げていた。

「うだうだしてないで、さっさと仕事するがヨロシ」

そうぴしゃりと言い放つのは、一番年下っぽい女の子だった。かわいい顔に似合わず辛口なのかもしれない。

「てめーにはわかんねーだろーがよ。俺のこの繊細な心がよ」

「ただのチキンハートなだけネ」

「札の能力強めて動けなくしてやろうか?」

「うっわ。いたいけな美少女を動けなくしてどうするつもりネ。ロリコンアル」

「額の札にうんこ書き足してやるからな」

「そんなことしてる場合じゃないでしょーがァァァァ!!! お客さん置いてけぼりですよ!?」

メガネの青年がツッコミでシャウトする。二人の言い合いはそれで中断されたみたいだが、坂田さんがすっかりやる気をなくしてしまったようなだらけた体勢でソファーに体を沈める。

「霊媒だきゃー嫌なんだよー。あ〜、やだやだ。気付かなきゃよかったのによォ。はあ、最悪だ。お天気お姉さんの朝の占いが最下位だった以上に最悪だ」

朝の占いのやつって、お遊び感覚で見るやつのような……というか、こんな状況でそんな情報いらない……。
先ほどの営業スマイルが、すっかり形を潜めてしまっている。
雰囲気がヤンキーというか、チンピラというか。そんな俗っぽい感じになってしまっていた。

「あの、一体何があるんですか……?」

「あーっとですねェ……そのォ……なんて言いますかァ……」

坂田さんが何か言い淀んだ、その時。

「おねーさんの隣にキモい感じの男がいるネ」

女の子が私の隣を指差す。そこは、もう一つの湯呑みが置かれている空間でもある。
私の隣には誰も座っていない。湯呑みに注がれたお茶は少しも減っていない。湯呑みから立ち昇る湯気が乱れることもない。変化なんて、何もないのだ。

「くおら神楽!! 勝手にくっちゃべんなっつってんだろーが!! あと指差すな!!」

「だって、こっちをじーっと見てきてキモいアル」

「だからって、人を指差しちゃいけませんって何度も言ってんだろーがァァ!! 特にああいう童貞拗らせてるやろーはメンタルめんどくせーんだよ。新八を見てみろ。あれが童貞ディフェンディングチャンピオンの姿だ」

「童貞関係なくない!? つーか、いい加減にしろよおめーら!! 客いるっつってんだろ!! 話脱線させてどーすんだ!!」

「これだから数十年童貞拗らせてるやつはダメなんだ。すぐヒステリックになりやがる」

「ほんと、やーヨ。しばらく近寄らないで」

「僕ら童貞とかそういうの関係ないですから!! そんなことより! あれ! あれ何とかしましょうよ!!」

メガネの青年は私の隣をビシッと指差す。勿論、私の隣には何もない。けれど、三人は私の側に誰かがいるかのような態度で会話を進めている。

「あれ? あれって何? 具体的名称言ってくれないと銀さんわかんないや。つーか何も見えない。何も知らない」

「アンタ陰陽師でしょーが!! とっとと祓ってあげないと、このおねーさん可哀想でしょーが!!」

「陰陽師は霊媒師じゃねーんだよ!! つーか霊媒はやりたくねーんだよ!!」

「来る仕事選んでたらここの家賃払えねーよ! 既に何ヶ月分滞納してんと思ってんだ!」

「あの……」と私が声をかけると、一斉にこちらに視線が集まる。

「私の悩みの業種が違うというのであれば他を当たってみますので……お話だけでも聞いてくれてありがとうございました」

そう伝えて席を立とうとしたのだが、

「待て待て待て待て!! あー……悪かったから、いっぺん座ってくれや」

そう言われてしまったため、もう一度ソファーに腰を下ろした。
坂田さんは頭を掻きながら、私の肩の向こう側をちらりと見やった。私には見えない『誰か』がいるらしい空間を。

「確認するけど、アンタが感じてるのは『視線だけ』なんだよな? 窓の外から何かが覗いてきたり、自分以外の声を聞いたり、夜中に目が覚めたら体が動かなくなったりっつーのはないわけだ。その視線は今もあるか?」

「今もあります……けど、いつもよりマシな感じです」

「大方、同種みてーなのがいるから気が散ってんだろーな。新八」

「了解です。おねーさん。すみませんけど、僕と握手をしてもらってもいいですか?」

「えと……はい……」

メガネの青年に、両手を包み込まれるようにして握られた。それは優しい温度で、緊張気味で手が冷たくなっていた私の手とは対照的だった。

「んじゃ、そのまま後ろ振り向いてー」

坂田さんがあまりにも軽い口調で言うものだから、なんの疑問も抱かずに指差された方向を見た。

そこには人がいた。

あまりにも暗い人。

雰囲気が暗い人なんていう形容詞だけじゃなく、本当に暗い。鉛筆でひたすら濃く描かれたような人がそこに立っていた。体の向き的にはこちらを見ているはずなのに、目線がどこにあるのかわからない。

「な、なん……」

なんなんですか。そんな一言さえ、私の口からは発せることができなかった。

「地縛霊っつーやつだな、こりゃ」

「じ、地縛霊……!?」

思わず復唱する私に、坂田さんは気の抜けた声で「んー」と返す。

「この部屋入った瞬間から、ベタベタ纏わりつく感じしてたんだよな。おねーさんにくっついて来たっぽいな、相当気に入られてんぞ」

「き、気に入られて……?」

ぞわりと、背筋を冷たい何かが撫でた。

温度も音もない気配だけが、やけに生々しく張り付いてくる。

「……『見てた』んだよ、ずっと。お前のこと」

坂田さんの声が低くなる。

「歩くたび、眠るたび、風呂入るたび。お前が動くたびに、こいつはそこで立ってた。動かねェ代わりに、そこで見張ってる。地縛霊ってのはそういうタチ悪いもんだ」

私の指先が小さく震えた。
言葉を失っている私を見て、坂田さんは立ち上がる。

「ま、そこまで怖がんなくていい。そっちには手ェ出せねーからよ。『見てるだけ』だったんだからな。ただ、これ以上恐怖心を与えちまうと増幅しやがる。何より、おねーさんが安心して過ごせねーだろ」

軽い言葉のようでいて、その声には確かな重みがあった。
きっとこの人は、嫌がりながらも放っておけない人なんだろう。

「あー……やるしかねーか……マジ嫌だけど」

そうぶつくさと文句を言いながら、袖に手を入れる。お札、というものだろう。短冊のような大きさの紙に、絵のような模様のようなものが描かれている。
それを私の肩に貼られる。

すると、さっきまであったはずの不愉快な視線がふっと消えていった。私に視線を寄越していたであろう主は、先程と変わらずに立っているままだ。

「おねーさんとアイツとの繋がりを切った。アイツはおねーさんを見つけたことで繋がりができた。『見る』ことしかできねーやつだから、おねーさんをちょいと隠してアイツから見えなくしただけだ」

柔らかな口調でそう言うと、黒い人の前に立つ。

「お前が見るべきなのは生きてる人間じゃねーよ。教えてやっから、そっちを見ろ」

坂田さんは、真っ黒な人の額にお札を貼った。

お札が貼られた瞬間、黒の輪郭がほろほろと崩れ、光の粒子が空気に溶けていく。まるで長い夢から醒めたように、音もなく消えていった。

「い、今のって……」

「なんつーの……成仏させた、っつー感じだな。俺からしたら、いるべき場所へ案内してやっただけなんだけどな」

坂田さんはふわふわとした髪の毛を、わさわさと掻く。

「まあ…未練がある幽霊っつーのがわかりやすいだろうな。自分が死んだことに気付いてなくて、誰も自分のことを認識してくれなくて。力がないから、たまたま目についた人を見続けることしかできなくて」

そう説明する坂田さんの横顔が、なんだか寂しく見えた。

「おねーさんにとってはとんだ災難だったかもしんねェけどよ。あんま恨まないでやってくれや」

そんな物憂げな顔で言われてしまえば、誰が恨めるというのだろうか。

「解決してくれたのなら、私から言うことは何もないです」

「……そっか。あんがとな」

ぽん、と頭に手を置かれた。
その手は温かくて、優しくて、人を護る柔らかな手だった。

この人は生きている人も、すでに亡くなってる人も、全てを護ろうとしている人なんだ。
そう感じられた。


*****


「ババア!! テメェ勝手に『心霊関係大歓迎』って書いただろ!! 除霊は受け付けねーっつってんだろーが!!」

居間に銀時の怒号が響き渡る。手には例のチラシが握りしめられ、空いたスペースには立派な手書きの『祓ってスッキリ☆』のキャッチコピーが追加されていた。

「アンタ霊媒の素質あるんだから使わないでどうするんだい!? そういうのは溜まった家賃払ってから言いな!!」

銀時が怒鳴りつけた相手、お登勢は腕を組み、堂々たる反論。猫背気味の銀時は「うぐっ……」と喉を詰まらせた。

「だいたいなんなんだい。陰陽師のくせに幽霊が苦手って」

「別にいいだろーが! 除霊だけが陰陽師の仕事じゃねーんだよ! 俺はな、もっとこう……開運とか、厄除けとか、人生相談とか、そういう平和的な仕事がしたいんだ!」

「それで家賃のひとつも払えないようじゃ、どうするってんだい! 平和的に腎臓の一つでも売っぱらってきな!!」

「臓器売ることのどこが平和的!?」

「金がないなら作るしかないだろう」

そんなやり取りを眺めている他の二人と一匹。正しくは三体なのかもしれない。

「あーあ……またいつものが始まった……」

呆れたように呟いているのは新八。彼がこのやり取りを目撃したのは一体これで何回目であろうか。

「私たちには関係ないことヨ」

ローソファーの上でゴロゴロしながら神楽がそっけなく言う。
飽きたように定春が、くわあ……と欠伸をする。

銀時とお登勢は相変わらずギャーギャー言い合っているが、お登勢の方が優勢になりつつある。そろそろ霊媒系の仕事を押し付けられて終わりかな、と新八は悟っていた。

「ほら! 霊媒の仕事はたんまりあるんだよ!」

紙の束を、どんっと机に置かれる。

「勝手に仕事持ってくんなっつてんだろーがババア!!」

「じゃあ他に金稼ぐアテがあるってんだい?」

黙った。先程までの口達者が別人のようにおとなしくなった。

「だー!! わかったわかった!! やりゃーいいんだろ!?」

いくつかの紙を乱雑に掴み取る。

「これならすぐに行けそうだな……」

盛大にため息を吐く。

「あー……マジ行きたくねェ……」

「文句言う暇があったら働きな!!」

「はいはい、どーせまた俺が悪者だよ」

ぶつぶつ言いながら玄関を出ていく銀時の背中を、風鈴がちりんと鳴って見送った。

「行きたくねェとか言いつつ、結局ちゃんと行くんですよねえ」

新八のぼやきに、神楽が酢昆布を齧りながら言う。

「そーアル。なんだかんだで、困ってる人ほっとけないタイプネ」

外では、銀時がため息混じりにチラシを見ている。

「……『猫の霊が離れません』……ってマジかよ……」

その顔は、心底イヤそうで。でも、ほんの少しだけ優しかった。
今日もこの町はどうしようもなく騒がしく、どうしようもなく優しい。
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