強さを持たない夜兎族の少女は、平穏な日常の夢を見るか?



夜兎、地球でひっそり生きてます


それは、すき焼きの材料を買った帰り道だった。
いつもなら高くて手が出せない牛肉が特価90%オフで売られていたものだから、上機嫌で鼻歌なんて歌っちゃったりしていた。
それがいけなかったのだろう。
路地裏から、ふらふらと出てきた少女に坂田銀時は気付くのが遅かった。

「あぶねッ!!」

ブレーキをかけながらハンドルを精一杯捻ったのだが間に合わず、飛び出してきた少女をおもくそ轢いてしまった。

「なにやってんですか銀さんんんん!!! なんか既視感あるんですけど!!」

「おおおおおお落ち着け新八。急いでタイムマシンを探すぞ」

「お前が落ち着け!! これもやった記憶あるな!?」

新八は自動販売機のドリンク取り出し口に頭を突っ込んでいた銀時を引っこ抜く。

「……あれ。この子、夜兎族なんじゃないですか? 肌が白いし、それに神楽ちゃんと似たような番傘持ってるし」

「んだよ、ビビらせやがって……おい、起きろ。いつまで寝てやがるんだ、ねぼすけが」

「轢いた張本人が言っていいセリフじゃないよね、それ」

「んなことより帰ったらすき焼きだぞ、すき焼き」

「…………あの、銀さん……さっきからこの子、ピクリとも動かないんですけど……」

「んなことあるわけねーだろ。狸寝入りでもこいてんに決まってら。お前、いい加減起きろ……」

少女を叩き起こそうと肩に触れた時に気付いてしまった。
その体温が、異常に低いことに。
真っ白な額から、たらりと赤い液体が流れ落ちる。
汗をダラダラと流す銀時の後ろで、新八が落ち着いた声色で言う。

「……僕今からインタビュー受ける練習しておきますね。安心してください。きちんと『そんなことするような人じゃなかった』って答えておきますから」

「おいいいいい!! 諦めんな!! 諦めたらそこで試合終了なんだよ!!」

「もう試合終了してんだよ!!」


*****


なんだか騒がしい。
近くで誰かが言い争いしているような、そんなうるささだった。
ピントの合っていない天井が見える。わあ、知らない天井だ〜。
言い争う声は、なおも聞こえてくる。むしろヒートアップしているようにさえ感じる。

「揃いも揃って一体なにやってるアルかァァァァ!! こんないたいけな少女を轢いたうえに誘拐してくるなんて!!」

「不可抗力だっつってんだろ!! 仕方ねーだろ、怪我してたんだからよ!! そもそも、飛び出してきたのはそいつだからな!?」

「ちょっと二人とも、いい加減落ち着いてくださいよ。この子が起きちゃいますよ」

もう起きちゃってますけどね〜。まだ頭は覚醒していないけど。
心の中でそんな返しをしていた。
知らない部屋にいる私。知らない人に囲まれている私。
……あれ。もしかして、それなりにやばい状況なのでは?
そう思い至った私は、上半身を起き上がらせる。しかし、その瞬間に激痛が体を駆け巡る。

「あいたたたた……」

私の声に反応したメガネに人が、さっと駆け寄ってきてくれた。

「怪我しているのに、そんな勢いよく起き上がったら危ないよ」

……怪我?
痛みが一番強い場所、頭にそっと触れる。
そこにはやわらかくもザラついた感触があった。

「きみバイクに轢かれたの、覚えてない……?」

バイク……?
なにかとぶつかったような記憶はあるけど、連日の夜勤であまり覚えがなかった。というか、どういう道順で帰宅していたかどうかさえあやふやだ。

「お前夜兎なのに、なんでそんなに傷の治りが遅いネ?」

夜兎。その言葉に、心臓を握りつぶされたかのような冷たさが走る。
まさか……バレた? 私が夜兎だって。

「……や、やややや、夜兎ってなんですか……? わ、私そんなの、し、しし知らない……」

「目、めっちゃ泳いでるぞ。泳いでるっつーか、溺れてね?」

「うう……」

なんで初対面の人に夜兎ってバレてんだろ……現場で長時間肉体労働される……!? それとも誰かの用心棒……!?

「お前、名前は?」

「え、え〜っとぉ………………や、山田、です……」

「なにその偽名代表みたいな名前! 絶対本名じゃないでしょ!?」

「ぎ、偽名なんかじゃ、な、ない、ないですよ〜……?」

「目溺れてる、溺れてる」

ああ〜……めっちゃ見られてる……。
持っていたはずの傘は、どっかいっているのか近くにない。
チラリと窓を見やる。
……あ、だめだ。太陽が元気に活動していらっしゃる。
しかも、ここが二階以上なら飛び降りた瞬間に死が確定する。
人生にセーブポイントがあればよかったのにな。

「あ〜……とりあえず悪かったな。前も見ずに路地裏からふらふら出てくるうえ、こんな貧弱な夜兎がいるとはな」

……あれ? 私今、一応謝られているんだよね?
おかしいな。グサグサと言葉のナイフが突き刺さる。
否定しようのない事実なだけに、攻撃力が増す。

その時、盛大にお腹の音が鳴る。

「おいおい、誰だよ。こんな時に腹の音鳴らしやがるのは。神楽か?」

「私、こんな地響きみたいな音じゃないネ。マジカル戦士みたいなかわいいSEアル」

「逆に嫌なんだけど、そんなお腹の音」

「誰でもねーってことは……」

三人の視線が私に集中したため、気まずさから床を凝視する。
だって仕方ないじゃん。家に帰ったらご飯食べようと思っていたんだもん。
今が何時かわからないけど、本来ならご飯を食べ終わっていることだけは確かだ。

「ひ、ひとまずご飯でも食べませんか? 腹が減ってはなんとやらと言いますし」

あれよあれよという間に、知らないお宅のご飯に招かれてしまった。
目の前にはぐつぐつと煮えたぎるお鍋が。
他の人たちがお肉を取り合っている隅っこで、ひたすら白滝と豆腐をちみちみと食べている。あ、マロニーもある。

「あ? なんだお前、ベジタリアンか?」

「あ、いえ……そういうわけでは……」

「ガキが遠慮してんじゃねーよ。卵すら割ってねーじゃねーか」

私のお皿を奪うと卵を割り入れ、具材をどんどん入れられていく。
お肉はもちろんのこと、白菜やネギも山盛り追加されていった。
気がつけば私のお皿は、ミニすき焼き鍋と化している。
こ、こんな豪華なもの食べても許されるのだろうか……?
おそるおそる、お肉を口に含む。とろけるほど柔らかいとか、旨みがぎゅっと詰まってるとか、そういった高級感はない。ないが、安心する味のような気がする。

私がミニすき焼きに手こずっている間に、女の子は四杯目のすき焼きをよそっていた。

「神楽おめっ、それ俺が育てていた肉だぞ!!」

「早い者勝ちネ。世の中弱肉強食アル」

「すき焼き食べてる時くらい喧嘩しないでくださいよ!! きみも、遠慮せずにおかわりしていいからね」

「ひゃ、ひゃい……」

おかわりしたくても、私のお皿には半分くらい具材が乗っかったままだ。というか、知らないお宅で出されたご飯をひょいひょいおかわりなんてできなくない?
そもそも、食べるのそんなに早い方じゃないし。家族の中じゃ食事の量が一番少ないのにも関わらず、食べ終わるのも一番遅かったくらいだ。

「……お前、食べるの遅いアルな。食べる量も少ないし。夜兎なのに夜兎っぽくないアル」

再び言葉のナイフが突き刺さる。鋭利すぎない……?
いや、まあ、私がしょぼすぎるだけなんだけど。

「おい神楽! いくら本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるだろーが!」

……これ私、擁護されてるの? それとも援護射撃されてる方?
アサルトライフル並みのスピードで攻撃されている気がする。

結局すき焼きは、一杯おかわりしたあたりで終了した。
私の胃袋が満足したというよりは、材料がなくなったから終了せざるを得なかったって言う方が正しいんだけれど。
というか、なんで私は知らないお宅ですき焼き食べているんだろう。

「あ、あの。お皿、私洗います!」

「え!? きみはお客さんなんだから座ってて。それにこっちには轢いちゃった負い目もあるし……」

後半は小さく呟いててよく聞こえなかったが、あまりしつこくするのも失礼な気がしておとなしく座っていることにした。床に。正座で。

「なんで床に正座!? ソファーに座れ、ソファーに!!」

銀髪の人に持ち上げられて、ソファーに強制的に座らされてしまった。

「ほら。おめーの傘」

馴染みのある傘を渡された。
私がいつも持ち歩いている番傘。日光の元を歩く際、生命線ともいえる傘。
いっそのことなくなってしまえばいいのに、と思いつつも自分から捨てることができなかった物。

「……ありがとう、ございます」

それでも私の物を拾ってくれたことには変わりないため、ひとまずお礼を口にする。

私の隣に、女の子が座ってくる。

「私以外で地球で働いている夜兎初めて見たアル。お前も苦労してんだな」

その言葉に、乾いた笑いを返すことしかできなかった。
……ん? 私以外の夜兎……?

「あの……あなたも夜兎、なんですか……?」

「そーアル! この安月給ボロ職場で働いてやっているネ」

「無理矢理押しかけたの間違いだろーが」

「こんなにちっこいのにわざわざ地球にまで来て出稼ぎアルか?」

「わ、私は、その……と、とりあえず、家を出たくて……」

「規模のデケェ家出かよ。よーやるわ」

「というかこんなに腰の低い夜兎の人、初めて見ましたよ」

「わた、私は別に、夜兎じゃ……」

「何言ってるアルか。おんなじ夜兎の血の匂いするネ! 新八がお金ない時に作る味噌汁みたいな匂いアルけど」

「それ薄味って言いたいのか!? お湯から味するだけマシだと思え!!」

「ああああああのっ……!」

またもやヒートアップしそうになったから、思い切って声をかける。
三人の視線が私に突き刺さる。

「ご、ご飯、ごちそうさまでした。お、お金払います……」

「いい! いいって!! 気にしないで!! 一方的に悪いのはこっちなんだし!!」

財布を取り出そうとしたら、慌てた様子でメガネの人に止められてしまった。

「じゃ、じゃあ、あの、私帰りますね……お、おじゃましました……」

「帰るっつったって、その足でどう帰るつもりだ」

足……?
視線を落とすと、私の足首には見覚えのない包帯が巻かれていた。

「多分折れてはないとは思うけど、自力で歩くのは厳しいかな〜って……」

え、だって自力で移動…………できてないや。私が自力で動いたのはソファーから降りた時だけだ。そんなものに足の力はほとんど必要ない。

「んで、そこでひとつ提案がある」

銀髪の人が少し仰々しく言った。

「しばらくここに住め」

私の脳みそは少しの間フリーズした。

「まあ、おめーを轢いちまった責任もあるし。一人暮らしなら、なおのこと生活できねーだろ」

今は痛みを感じないが片足が使えないとなると、日常生活でも仕事でも支障をきたすのは自明の理だ。
特に私が今働いている場所、コンビニ店員なんか立ちっぱなしが当たり前だから仕事なんて余計にできるわけがない。

「んじゃ行くか」

「行くってどこへ……?」

私がそう尋ねると、当然だという顔をして銀髪の人が言った。

「どこって、おめーん家に決まってんだろ。着の身着のままで寝泊まりするつもりか?」

そんなこんなで、みんな揃って私の家に行くことになった。
一人は私を運ぶ係、他の二人は私の荷物運びということらしい。
私は銀髪の人におぶされながら傘をさしているという、奇妙な行動をしている。

見えてきたのは今の私の住処である、少しオンボロな長屋だ。

「……これ、きみの家であってる?」

そう問われたので首肯する。

「年頃の娘が、こんなセキュリティガバガバな家に住んでいいと思ってんの!? そりゃ長屋ってのは便利だよ!? それと安全は違うからな!?」

なぜか怒られてしまった。
荷物を整理し終わって、あることにふと気づく。
お仕事どうしよう、と。

「あの……帰りに私の職場に寄ってくれませんか……? 店長にお話ししておきたくて……」

「それくれーいいけどよ、どこだ?」

「三丁目のコンビニです……」

そう言っただけなのに「ああ、あそこか」と、すぐにわかったみたいだ。私なんか、いまだに家と職場あたりしか覚えられていないというのに。
仕事に欠員出ちゃうなー、深夜帯に人全然いないのに店長一人で大丈夫かなー。そんな呟きがいつの間にか口から漏れ出ていたみたいで「……深夜のコンビニでバイトしてんの?」と聞かれた。

「ええ……まあ、はい……」

「そりゃその歳で水商売に手ェ染められるよりかはマシだけど、もう少し時間帯考えな!? 何かあったらどーすんの!? 危ないでしょーが!!」

なぜか、また怒られてしまった。

ぐちぐちと説教を受けつつ、私が目を覚ました場所へと戻ってきた。
長屋で一人静かに過ごしていた時とは違い、こうして私の生活はかなり騒がしくなった。
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