パステルの中で、父は戦う
入店、静かに──ボンドロと通報のはざまで
その日、高杉晋助は珍しく昼前に帰宅していた。
すると、紫苑(しおん・7歳)が、おにぎりまるぬいぐるみを両腕に抱えながら真剣な顔で言ってきた。
「パパ……『ローズマカロンねこたん』が、どうしても……必要なの」
「…………は?」
「ボンドロにしかいないの。『ローズマカロンねこたん』……この世のすべてのゆめかわの理が詰まった存在……!」
「……お前、どこでそんな単語拾ってきた」
「しおん、今……ゆめかわの境地にいるの……!」
高杉はわかっていた。
このゆめかわという魔物を、娘が愛していることを。
そして、自分が避けては通れぬ道に立たされていることも。
「……つまり、買ってこいと?」
紫苑は、ふんわり笑って言った。
「パパが選んでくれたら……ローズマカロンねこたんも……きっと微笑んでくれる」
「……やかましいな。ぬいぐるみに感情移入すんのは、パパの役目だ」
■数時間後・かぶき町のとあるテナントビルのうちの一店舗。
高杉はファンシーショップ『メルティメロウ♥』の前で立ち尽くしていた。
完全なる異世界。
パステルピンクと水色が天井から床まで支配し、音楽はとろける恋するふわふわメロディ♪
店内には、母娘と小学生女子、ふわふわした服の店員。
そして、和服の男が突っ立っている。
その男の名は高杉晋助。
「……ここに……入るのか……?」
目の前のピンクの門(自動ドア)に一歩踏み出せずにいる。
「部下に頼んで……いや、それじゃ意味ねェだろ……」
(あいつは……俺が選んでこそ、価値があると思ってやがる……)
手に握られた娘のメモ:「ローズマカロンねこたん→レア→でも店員さんに聞くのがはずかしいのでパパが聞いて♡」
「………地獄か?」
──そのとき、背後からひそひそ声。
「……ねぇ、あれ見て……」
「え……なんか和服の人がずっと店の前に立ってない……?」
「なにあの人……こわ……通報する……?」
高杉「…………」
(終わったな)
──だが、そのとき。
紫苑のぬいぐるみと共に差し出されたメモの最後の言葉が脳裏によみがえる。
「パパは最強にして、いちばんやさしい勇者です」
「……ふっ、何が勇者だ……。馬鹿みてェな称号を……」
そして、意を決して自動ドアへ踏み込む。
■パステルの嵐、再び
店員「いらっしゃいませ〜〜♡ 本日は『ローズマカロンねこたん』の再入荷日で〜す♡」
高杉「…………どこだ」
店員「えっ」
高杉「ローズマカロンねこたん。お前がたぶん今日の俺のボスだ」
店員「(こわい)」
高杉「……どこにいんだ、ねこたん」
店員「こ、こ、こ、こちらですぅぅう……!」
店員がガクブルしながら案内した先には、ピンクと白のリボンをまとったねこ型シール、キラキラ&ラメ加工の神々しい一枚。
高杉「……お前が……ローズマカロンねこたん……ッ」
■帰宅後
紫苑「……ほんとに……ねこたんだ……! しかもぷっくりキラver.……!」
高杉「……勇者の名、受け取ったぞ」
紫苑「……パパは、伝説になった……!」
ぬいぐるみのおにぎりまると共に、ねこたんをそっと棚に飾る娘の背を見て、高杉はそっとため息をついた。
(……次に頼まれるのは、『さくらんぼメイドぱんだたん』だな……)
今日もまた、高杉晋助は、愛のために静かに戦場を越えた。
そして、ファンシーショップ『メルティメロウ♥』のバイト内チャットには、新たな伝説がこう記された。
「今日、絶対通報される寸前だった和服の人がローズマカロンねこたん買って帰った……しかも一言も笑わなかった……」
