パステルの中で、父は戦う
副長、ピンクに染まる──ボンドロ巡回異常アリ
ある日の朝、土方十四郎は朝刊をめくりながら、トーストをかじっていた。
その隣、ランドセルを背負った小春(こはる・7歳)は、両手を組んで拝むように言った。
「ねぇパパ、ボンボンドロップシールの、『ひみつのティアらりん』がほしいの……!」
「は? なんだそりゃ」
「女の子みんな持ってるの。明日交換会でさ、小春だけうんちマスコットのシールしかないの……」
「誰だよそんなもん配ったの……万事屋か?」
「ちがう、うんちデザインって人気あるんだよ! でもそれと『ひみつのティアらりん』じゃ釣り合わないの!」
「……ティア……なに?」
「ひみつのティアらりん!」
「呪文かよ……」
小春の目は、今にも涙で潤みそうだった。
あの、ギャン泣きした『しょだい死亡事件』を思い出した土方は、重い腰を上げる。
「……分かったよ。巡回のついでに見てくる」
「ほんと!? パパ、世界一だいすき!!」
「……お前、たまにそれ言ってガチで利用してくるよな……」
■午後、真選組巡回中
隊士「副長、次はかぶき町の商業エリアですね」
土方「ああ。……(チラ)」
ふと視界に入った、ピンクと水色に染まる地獄──ファンシーショップ『メルティメロウ♥』。
(……あの店……)
看板には、燦然と輝く宣伝文句:「今週のイチオシ♥ ボンドロ最新作『ひみつのティアらりん』再入荷!」
「──ッ!」
咄嗟に足が止まった。
(ここか……ここにいるのか、ティアらりん……!)
──しかし。
自分の視線を下へやると、そこには黒い隊服フル装備の自分の姿。
「…………」
(おい待て。今これ着てんの真選組の隊服だぞ。隊士たちに見られたら終わりだろこれ。なんでよりによって今日、ここを巡回コース組んだ俺──)
だが、脳裏に浮かぶ娘の言葉。
『小春だけ持ってないの……うんちマスコットしかないの……』
(……やるしかねェ)
「おいお前、10分休憩だ。俺、あっちの喫煙所に寄ってくる」
隊士「へい、副長!」
(ウソだ。禁煙店って書いてあんだ、あそこ)
土方、決死の覚悟で店に踏み込む。
■ピンクの嵐、到来
「いらっしゃいませ〜〜〜♡ 『ひみつのティアらりん』はこちらでぇ〜〜す♡」
店員の声がやけに高く響く。
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!! もう帰りたい!!!)
でも娘のために、一歩、また一歩。
足音だけが妙に重く響く、隊服の革靴。
棚の前までたどり着くと、ピンクの台紙がずらりと並ぶ。
ティアらりん・ドレスver.
ティアらりん・泣き顔ver.
ティアらりん・トイレ中ver.
「どれだよォォ……正解どれだよォォォ……ッ!」
──そこへ天使が現れる。
小さな女の子(推定5歳)「それ、今一番人気の泣き顔ver.だよ」
土方「マジか……ありがとよ……!」
少女「わたしもパパに買ってもらうの♡」
土方「お、おう。俺も……娘に頼まれて……」
少女「でも……その服でくるパパははじめて見た……」
土方「うっせ、いいだろ隊服くらい……っ!」
■帰宅後
小春「わあああああああああああ!! これが泣き顔ver.!? すごい! パパ、ほんとに買ってきてくれたのぉ!? しょだいにも貼るね! 眉間じゃなくて胸のとこに!! なんか意味深でかわいいの!!」
「やめろ、しょだいの人格がブレる」
娘に抱きつかれながら、土方は思った。
(……もう二度と隊服でファンシーショップは行かねェ……)
だが、手に入れたティアらりんと娘の笑顔は、少しだけ、副長の心をやわらかくしたのだった。
