パステルの中で、父は戦う
ボンドロのためなら、地獄もパステル
日曜の午後。リビングのちゃぶ台で、燈(あかり・7歳)は真剣な面持ちで言った。
「パパ……お願いがあるの」
銀時は、プリン片手に振り返る。
「ほいきた。まずおこづかいちょうに書くか?」
「ちがうの。ボンドロのシール……『さくらんぼエンジェるん』が欲しいの……」
「え……なんて? さくらん……ぼ……えんじぇ……」
「『さくらんぼエンジェるん』。今週のシール交換、これがある子が神なの」
「神の基準、シール1枚かよ……」
「お願い! あのね、あかり、こないだもらった『おにぎりまるマステ』あげちゃって……手札が今、終わってるの……」
「手札って言うな、カードバトルみたいにすんな」
しかし、娘の潤んだ目は訴えていた。
「これが手に入らなかったら……あかりの交渉権が……ない……!」
「……交渉権!? 小学校の政界かここは!?」
──そしてその次の日。
銀時は、とある店の前でフリーズしていた。
そこはかぶき町にある、とあるテナントビルのうちの一店舗。
ファンシーショップ『メルティメロウ♥』。
パステルピンクと水色、白いレースで彩られた夢のような空間。
天井から吊るされたクマ天使。
BGMは『とろけるマシュマロ・ラブソング』。
男一人で踏み込んではいけない世界だった。
銀時、入口で足が止まる。
「ムリムリムリムリ。こんなん男が入る店じゃねーって! 見てみろよ、パステルカラーのピンクとブルーとホワイトがひしめき合ってんだよ! 三すくみだよこんなん!」
周囲の親子連れがチラ見する。
銀時はサングラスを深くかけ直す。
「くそっ……俺の娘が『さくらんぼエンジェるんで交渉権を得る』とか意味わかんねェこと言い出さなきゃ……!」
しかし、頭の中に浮かぶのは、燈のあの潤んだ瞳。
『パパが選んでくれたら……きっと勝てる気がするの……』
「……俺の選んだ一枚で、娘が勝てる……なら……ッ!」
意を決して、銀時、足を踏み入れる。
ジャラン……と可愛らしい風鈴音が響く。
「いらっしゃいませ〜〜♡ 本日のゆめきらシリーズはこちらでぇ〜す♡」
「うおおおおお……ッッッ!! 鼓膜が溶けるゥゥゥ……ッ!!」
即・脳がバグる。
目に入るのはハート、星、うさぎ、いちご、リボン、そして……
『さくらんぼエンジェるん♡』のポップアップディスプレイ。
銀時、咄嗟にスマホを取り出し、娘とのLINEを確認。
《これ↓ 》
と貼られたスタンプ画像付きのLINEには、ピンク髪のうさぎ天使が『ちゅ☆』してるデザイン。
「よし……ビジュアル一致。お前だな、エンジェるん……ッ!」
だが、商品棚の前で──
「……これがパール加工か……いや、こっちのはぷっくりシール? は!? どっちが強いの!? どっちが交渉権あんだよ!!」
テンパる銀時。
後ろから女児に「おじさん、だいじょうぶ……?」と声をかけられる。
「おじさんって言うなァ!! 一応娘に頼まれてんだァ!!」
さらに追い打ち。
店員「お子さんへのプレゼントですか〜〜♡」
「うん、いや、そうなんですけども!? ちょっと待って!? どっちが神ですか!? 『さくらんぼエンジェるん』のぷっくりver.とラメver.のどっちがレート高いんですか!? これが娘の社会的立場に関わるんですッ!!」
店員「……え、え〜〜と、ぷっくりの方が今週の人気ですね♡」
「っしゃぁああああああ!!!! 買いまァあああす!!!」
■帰宅後
「パパ……! ……これ、ぷっくりver.……!?」
「(ドヤ顔)」
「これ……これ、ほんとの神だよパパ……!!」
「だろ? パパがな、神を買ってきたんだよ」
「おにぎりちゃんのおでこに貼るね!」
「ちょ、貼るの!? 神をぬいぐるみに貼るの!? それ交渉用じゃ……いや……娘が笑ってるなら、まぁいいか……」
銀時、静かに自分の魂の一部をパステルに捧げた日だった。
