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見ないという選択
拠点。
薄暗い室内。
部下たちは既に揃っていた。
扉が開く。
入ってきたのは、高杉晋助。
足音。
気配。
いつもと変わらない。
頭以外は。
高杉は、無言で定位置に立つ。
部下たちが一斉に顔を上げ、一瞬だけ止まる。
そして。
全員、視線を逸らした。
露骨ではない。
だが、完全でもない。
・壁を見る
・床を見る
・書類を見る
・なぜか天井を見る
誰一人、高杉の顔を正面から見ない。
(……?)
高杉はそれを不審には思わない。
だが、いつもより避けられている。
「……状況を報告しろ」
低い声。
部下が一歩前に出るが、視線は顎より下。
「……は。西側の動きですが──」
話している最中、視線が一度も上がらない。
別の部下も同様。
「……異常はありません」
「…………」
(……妙だな)
高杉はふと、横の柱に映る影を見る。
そこに映っていたのは──
前髪の横で、きらりと光る小さなハート。
キラキラ。
どう見ても、子ども用のヘアピン。
(………………)
一瞬、時が止まる。
(……紫苑)
だが。
高杉は何も言わない。
手も伸ばさない。
外そうともしない。
「……続けろ」
声は一切乱れない。
部下たちは、一層目を逸らす。
(触れない)
(聞かない)
(見ない)
それが彼らなりの忠誠。
会議終了。
部下たちは誰一人として、高杉の前髪について触れなかった。
ただ、最後に一人だけ。
「…………」
言いかけて、やめた部下がいた。
高杉はそれに気づいていたが、何も言わなかった。
夜。
帰宅。
紫苑が静かに顔を上げる。
「……パパ」
「…………」
「……つけたまま、行った?」
高杉は一拍置いてから答えた。
「……ああ」
「……いやだった?」
高杉はほんの少しだけ考える。
「……視線は逸らされた」
紫苑「…………」
「……だが」
一言、低く。
「……外す理由も、なかった」
紫苑の口元が、少しだけ緩む。
「……じゃあ、成功?」
高杉「……ああ」
その日。
部下たちは語らない。
いつも以上に見ないようにした、その理由を。
そして高杉は知っている。
それが──
最も穏便で、最も正しい対応だったことを。
キラキラのハートは、今日も外されない。
それはこの男が、自分からは決して外さない境界線だった。
