父性、ログインしました



イオン迷宮・手を引いた先が地獄


イオンには、父親の寿命を削る迷宮がある。
それはRPGでもダンジョンでもなく、ただのショッピングモールの通路だ。


【坂田家・出発】

「燈、トイレ行くなら先に言えよ〜。パパ、迷子センターとか行きたくねェからな〜」

「だいじょーぶだってば!」

銀時はいつものように娘の小さな手を引きながら、イオンの通路を歩いていた。
ガチャガチャコーナーを抜け、フードコートの角を曲がり、エスカレーターの前で立ち止まる。

(……うん、今日も平和)



【土方家・出発】

「小春、走るな。人にぶつかる」

「でもしょだいのシール、急がないと売り切れる!」

「売り切れたら諦めろ」

「やだ」

土方は渋い顔で、娘の手を引きながら歩いていた。



【高杉家・出発】

「紫苑、離れるな」

「うん」

必要最小限の会話。
高杉は、娘の手を確かに握っていた。

(……人混みは嫌いだが、今日は仕方ねェ)



そして──

イオン名物・なぜか方向感覚を破壊する十字の交差通路。

ガチャガチャコーナー、ポップコーン販売機、期間限定ショップ、風船配布。
子どもたちが一瞬だけ、視界から消える魔の数秒。



【異変①:銀時】

銀時は歩きながら、ふと思った。

(……静かすぎね?)

いつもなら
「パパ見て!」
「これかわいい!」
「喉乾いた!」
の三連コンボが来るはずなのに。

恐る恐る手元を見る。

黒髪。
落ち着いた所作。
やたら姿勢がいい。

「………………」
(…………誰?)

ゆっくり顔を上げる。

そこにいたのは──紫苑。

高杉の娘・紫苑。

「………………」

「………………あの」

銀時の声が震える。

「……きみ、誰?」

「……しおん」

(知ってる!!!!!)

脳内で警報が鳴り響く。

(なんで!? いつから!? 俺いつ高杉の娘の手引いた!? これ、事件にならねェ!? 『自称自営業・坂田銀時、少女連れ回し』って新聞載らねェ!?)

「ちょ、ちょっと待って紫苑ちゃん! 燈は!? 俺の娘は!?」

「……あっち」

紫苑が指差した方向に、嫌な予感。



【異変②:土方】

土方は、違和感を匂いで察知した。

(……あれ? 小春、こんなに甘いお菓子持ってたか?)

視線を落とす。

ピンクの服。
ペロペロキャンディ持ってる。
落ち着き皆無。

「…………?」

「パパ〜、これ見て〜」

「…………燈?」

銀時の娘・燈だった。

土方、完全フリーズ。

(…………は? 俺、今、万事屋の娘の手を引いてる? 俺? 副長が? なにこの状況?)
「な、なんでお前がここに……!?」

「さっきね〜、人混みで入れ替わったみたい!」

「『みたい』で済ますな!! これは事件だ!!」

土方の脳裏をよぎる最悪の未来。

(……万事屋に殺されるか、高杉に消されるか、どっちだ……!?)



【異変③:高杉】

高杉は、最後まで気づくのが遅かった。

なぜなら、手を引いている娘が元気すぎたから。

「パパ見て! しょだいに貼るならこのシールとこのシール、どっちが神かな!?」

(……紫苑が『神』とか言うか?)

視線を落とす。

活発。
声でかい。
テンション高。

「……小春?」

土方の娘だった。

高杉、無言。

(……なるほど。これはイオンの呪いだな)

内心世界を半壊させる勢いで焦っているが、表情は一切変わらない。

(……誰も騒ぐな。騒いだ瞬間、地獄が確定する)



【銀時×紫苑】

「えっと……紫苑ちゃん? トイレ行きたいとか、ある? 喉乾いたとか……」

「……ない」

「あ……そ、そう……」
(マジでやりにくい! いや、いい子なんだけどね!?)

突然立ち止まる紫苑。
視線の先には蝶の模様のキラキラ鉛筆。

「……それ、欲しいのか?」

「………………いい」

(絶対ェ『いらない』っつー顔じゃねーだろ!!)
「ガキが遠慮なんてしてんじゃねーよ!! そんな鉛筆、10本でも100本でも買ってやらァ!!」

「……100本はさすがに多い」

「例えだよ!!」


【土方×燈】

「あ。『春爛漫♡恋するいちごクレープ♪』だって〜。おいしそ〜」

「……おい。とっとと合流しに行くぞ」

「いいな〜、甘そ〜、食べたいな〜」

クレープ屋の前から動かない燈。

「燈がこんなとこにいたら、パパが困るだろ?」

「でもあかり、糖分ぶそくで動けないんだよね〜」

土方は眉間を抑える。

(ダメなとこだけ似るんじゃねェ……!!)
「すいません、この……は、春爛漫……こい、する……いちごクレープをひとつ……」

「ここのお店、番号で伝えるところだよ?」

「先に言ってくれ!!!」


【高杉×小春】

「しょだいのシール買う!」

「おい。待て。勝手に行くな」

「こっちとこっち、どっちがしょだいに合うかなあ? え、両方!? 両方いっちゃう!?」

「……買わねェぞ。つかなんだ、しょだいって」

「え……? 買わないの……? しょだいのシールなのに……?」

瞳が潤む小春。
心が傷つく音が聞こえる高杉。

「………………ひとつだけにしろ」

「……!! じゃあね、じゃあね! 『ぶよぶよスライムおじさん』と『湿気ってやさぐれお菓子』どっちがしょだいに合うかな!?」

「……ほんとに、その二択でいいのか?」



【合流:修羅場】

通路の中央。

三人の父親が、それぞれ他人の娘を連れて鉢合わせする。

「………………」

「………………」

「………………」

空気が死ぬ。

子どもたちの笑い声だけが、場違いに明るい。

銀時「……なァ」

土方「言うな」

高杉「……黙れ」

三人同時に視線を落とす。

・銀時 → 紫苑
・土方 → 燈
・高杉 → 小春

完全シャッフル完成。

銀時「……イオン、怖ェ……」

土方「……迷宮かよ……」

高杉「……だから来たくなかった」

子どもたちは、けろっとしている。

燈「みんなで手つないでたら、楽しかったよ!」

小春「うん! パパたち、間違えてたね!」

紫苑「……でも誰も手、離さなかった」

その一言に、父親たちが黙る。

銀時「……それな」

土方「……離すわけねェだろ」

高杉「……当たり前だ」

それぞれ、正しい娘の手を取り直す。

数秒の沈黙。

銀時「……二度と離すな」

土方「同意だ」

高杉「……次からは紐でもつけるか」

銀時「それはそれで通報される」


イオン迷宮は今日も平和だった。
ただし父親たちの寿命は、確実に縮んだ。



【エピローグ】

翌朝。

「……なぁ、燈」

「なに?」

「イオンでは……もうちょっと、パパの近くにいような」

「だいじょーぶだよ」

「なにがだよ」

燈はにこっと笑う。

「パパ、誰の手でもちゃんと握るでしょ」

「……それ、褒めてねェからな?」

でも銀時はその手を、少しだけ強く握り返した。
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