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楽しいなら、それでいい
高杉家。
夕方。
縁側に差す光の中で、高杉は黙って座っていた。
背後には紫苑。
小さな手に淡い色のヘアゴムと、きらきらのヘアピン。
「……動いちゃだめ」
「……ああ」
カチ、と金属の小さな音。
高杉はしばらくそのままでいてから、低く聞いた。
「……なあ、しおん」
「……なに?」
「……楽しいか」
手が止まる。
一拍。
「うん、楽しいよ」
即答だった。
高杉は、それ以上何も言わなかった。
「……そうか」
それだけ。
理由も、代案も、出さない。
数分後。
「……できた」
「…………」
鏡を見せられる。
・きっちり留められた前髪
・左右に不釣り合いなピン
・どこからどう見ても遊ばれている
高杉は何も言わない。
紫苑が少し不安そうに聞く。
「……いや?」
高杉は首を振った。
「……悪くねェ」
紫苑の表情が、ぱっと明るくなる。
「……ほんと?」
「……ああ」
少し離れたところで、
妻がその様子を見ていた。
何も言わない。
高杉は紫苑の手が、まだ髪に触れているのを感じながら思う。
(……楽しいなら、それでいい)
自分がどう見えるかは二の次だ。
この時間が紫苑の中で、楽しかったとして残るなら。
その日。
高杉晋助は言葉を一切使わなかった。
ただ──
飲み込むことで守るという選択をした。
そしてそれを、誰より自然にやってのけた。
紫苑が笑っている。
それだけで、十分だった。
