戻れない単語 ― 仕事中につき使用不可 ―
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幹部会議中につき、その単語は聞かなかったことにする
薄暗いアジト。
鬼兵隊・幹部会議。
地図が広げられ、空気はいつも通り張り詰めている。
中央に立つのは高杉晋助。
「……武市」
武市変平太が、すっと背筋を伸ばす。
「例の件、進めておけ」
「承知しました」
「また子」
来島また子が頷く。
「はいっス」
「奴の監視を続けろ。距離は保て」
「了解っス」
ここまでは完璧。
──そして。
高杉は間を置かず続けた。
「……んで、パパは──」
静止。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
だがその瞬間、部屋の空気が固まった。
万斉の指が、弦の上で止まる。
(……今)
また子の片眉が、0.5ミリだけ動く。
(……今、聞こえたっスよね)
武市の思考が、一瞬だけ脱線する。
(……用語集に存在しない単語ですね)
だが。
誰も、何も言わない。
誰一人として、顔に出さない。
視線も動かさない。
空咳も、眉の動きも、一切なし。
高杉は、自分が何を言ったかに気づいていない。
「……ああ、違ェ」
一拍。
「……俺は、横から詰める」
修正された。
会議は何事もなかったかのように続行される。
各自の内心(※口には出さない)
万斉(……『パパ』……今のリズムは、聞き逃せない音でござるな)
また子(……晋助様がご自身のことをパパ……!? ……いや、考えたら死ぬっス)
武市(……触れてはならない……これは概念事故の類です)
会議終了。
高杉が一言も違和感なく去る。
幹部三人、その背中を見送る。
沈黙。
そして。
万斉が、ぽつりと一言だけ言う。
「……でござるな」
また子「……っスね」
武市「……聞かなかった、ということで」
三人、完全に意見一致。
結論
鬼兵隊・幹部会議において、
・パパという単語は存在しない
・聞いた気がしても聞いていない
・触れた者から死ぬ
という暗黙のルールが、この日新たに制定された。
そして誰も知らない。
この言い間違いが──
高杉晋助が。
確実に戻れない場所へ、一歩進んだ証だということを。
鬼兵隊は今日も忠誠を尽くす。
見ない。
聞かない。
言わない。
それが最善の選択だと、全員が理解していた。
