副長、気分に敗北する
実験台、副長
夜。土方家の居間。
ちゃぶ台の上に並べられたのは、
・例の大人用アイシャドウパレット
・メイクブラシ数本
・コットン
・手鏡
完全にプロの現場である。
そして、その中央。
正座させられている男──土方十四郎。
「……なぁ」
「なに、パパ」
小春は、真剣な顔でブラシを吟味している。
「なんで……俺?」
「だって」
小春は当たり前のように言った。
「ほんとに塗ってみて、イメージ固めたいの」
「固めるってなんだよ……それ、パパの顔でやる必要あるか?」
「ある」
即答。
土方(あるのかよ)
母、公認。
キッチンから、のんびりした声。
「いいじゃない。今日は目じゃなくて、まぶたの上だけでしょ?」
土方「『だけ』で済む話かそれ!?」
妻はコーヒーを持って戻ってきながら言う。
「小春、気をつけてね〜」
小春「はーい」
妻「パパの目に、メイクブラシ刺しちゃダメよ〜」
土方「恐ろしい事言うなッ!!」
小春「だいじょーぶ! ちゃんと、ふわってするから!」
(その、ふわっが信用ならねェ)
実験開始。
「じゃあ、目つぶって」
「……嫌だ」
「つぶって」
「…………はい」
土方、覚悟を決めて目を閉じる。
ひやり、とブラシがまぶたに触れる。
「……ッ」
「動かないでよ、パパ。ここ、グラデーションだから」
「7歳が使う単語じゃねェだろ!!」
小春は、
「ここがベースで〜」
「ここが締め色で〜」
と、ぶつぶつ言いながら真剣そのもの。
土方は内心で叫んでいた。
(俺は今、娘に締め色を入れられている……なぜだ……)
鏡の時間。
「はい、できた!」
「……見たくねェ……」
「見て!」
妻が、容赦なく手鏡を突き出す。
土方「………………」
そこに映っていたのは、
・目元だけやたら陰影のある
・妙に色気の出た
・夜職寄りの副長
土方「…………」
小春「…………」
土方「…………なんだこれは」
小春、満足げにうなずく。
「うん。この色は、強い大人って感じ」
土方「…………」
妻「……ふふ」
土方「笑うな」
妻「だって……意外と似合ってるんだもの」
土方「言うな」
追い打ち。
小春「ねぇパパ」
土方「……なんだ」
小春「これママが使うと、もっときれいになると思う」
妻「そうね」
土方「俺は何のためにここに座ってたんだ」
小春「実験台」
妻「尊い犠牲」
土方「誰が犠牲だ!!」
風呂上がり。
土方は、目元をしっかり洗いながら、ため息をついた。
(……だが)
鏡に映る、自分の顔。
(……小春、ちゃんと色を見てたな……)
居間から、声。
「パパ〜、また今度もいい?」
「…………一回だけだぞ」
「やったー!」
副長は知った。
父親になるということは、いつでも実験台になる覚悟を持つことだと。
