副長、気分に敗北する
……それ、使う気?
夜。土方家。
食卓の上に、そっと置かれた一つの紙袋。
小春は、どこか誇らしげな顔でそれを前に座っていた。
「ママ、見て」
「なに?」
キッチンから戻ってきた母が、紙袋を覗き込む。
中身──
深みのある色が並ぶ、大人用アイシャドウパレット。
母「…………」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
表情が止まる。
土方(来る)
母はパレットを手に取り、光にかざして色を確認する。
ボルドー。
ブラウン。
ゴールド。
「……十四郎」
土方「……はい」
「これ、どこで」
「……イオン」
「誰が選んだの」
「……小春」
小春「わたし!」
母はふうっと一息ついてから、とても落ち着いた声で言った。
「……それはね」
沈黙。
小春は少しだけ身構える。
「今は使わない」
即ジャッジ。
土方(ですよね)
小春「え……」
母は、しゃがんで目線を合わせる。
「色が悪いわけじゃない。むしろ、きれい」
「でしょ?」
「でもね」
指先でパレットをとん、と叩く。
「これは、目に塗るための色」
「……うん」
「小春の目は、まだ何も足さなくていい」
小春、黙る。
「それに、これはね」
母は、少しだけ笑った。
「『大人が自分をどう見せたいか』を考えるための道具なの」
「…………」
「小春は、まだ『どう見せたいか』より『どう遊びたいか』のほうが大事」
土方(……強ェ)
母はパレットを元の箱に戻す。
「だから」
一拍置いて。
「これは、しまっておく」
小春「……ずっと?」
「ううん。いつか、『これが使いたい』じゃなくて『これが似合う』って思えたとき」
「…………」
小春は、少し考えてから聞いた。
「……ママも、昔こういうの使ってた?」
母は少しだけ目を伏せてから、笑った。
「使ってたわよ。背伸びして、失敗もいっぱいした」
「…………」
「でもね、今思うの」
母は小春の頭を撫でる。
「『早く大人にならなくてよかった』って」
小春はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……じゃあ」
「うん?」
「それまで、パパの顔に塗る」
土方「待て」
即ツッコミ。
母、吹き出す。
「それは、今すぐ却下」
土方「即かよ!!」
小春「え〜!」
母「パパは、何も足さなくていい」
「え、褒めてる?」
「一応」
土方「一応かよ!!」
その夜。
パレットは、棚の一番上にしまわれた。
小春はすみっコぐらしのキッズコスメで、腕に色を塗りながら言った。
「……あれ、しまってていい」
土方「……そうか」
「いつか気分じゃなくて、ちゃんと使う」
母は、それを聞いて微笑んだ。
「その日が来たら、一緒に選びましょ」
小春「うん」
土方は、二人を見ながら思う。
(……母親ってのは……判断が早くて、逃げ場がねェ……)
だがその判断があるからこそ、今日も家はちゃんと回っている。
