副長、気分に敗北する
副長、気分に敗北する
イオン・コスメ売り場。
土方十四郎は、人生であまり立ち入ったことのない棚の前に立っていた。
整然と並ぶパレット。
色名はどれも信用ならない。
『ロマンティックサンセット』
『ナイトエンジェル』
『ミスティローズ」』
(……世の中の女は何を基準に選んでいやがるんだ)
その横で、小春(7歳)は一点をじっと見つめていた。
そして、静かに言う。
「あのね、これ欲しいの✨」
差し出されたのは、完全に大人用のアイシャドウパレット。
深みのあるブラウン、ボルドー、ゴールド。
どう考えても大人の女寄り。
土方「……小春」
「なに?」
「それは……大人用だ」
「知ってる」
即答。
土方(知ってるのかよ)
「ほら、こっちにしないか?」
土方は素早く、すみっコぐらしのキッズ用コスメを手に取る。
「ほら、小春の好きなすみっコだぞ。色も優しいし、対象年齢も……」
「今はそういう気分じゃないんだよね〜」
軽い。
あまりにも軽い。
土方「……気分?」
「うん。気分」
(気分で人生の分岐決めんな)
「これはな、小春。今の年齢には強すぎる色だ」
「でも、かっこいいじゃん」
「かっこいいが、それを使う場面がない」
「あるよ」
「どこだ」
「おしゃれごっこ」
「……その『ごっこ』で使うには、完成度が高すぎる」
小春は腕を組み、じっと土方を見る。
「パパさ」
「……なんだ」
「パパ、『似合う』で選んでるでしょ」
「当たり前だ」
「でもね」
小春はパレットを胸に抱えた。
「今日は、『似合う』じゃなくて『なりたい』なんだよね」
土方「…………」
(……強ェ)
完全に言葉を失う。
「……じゃあ、これは?」
土方、最後の抵抗。
キャラものじゃないキッズコスメを手に取る。
「これは子ども用だし、ラメも控えめだし……」
「今は、控えめじゃない」
(即詰み)
沈黙。
周囲の親子がちらちら見ている。
土方は、深く息を吸ってから言った。
「……分かった」
小春「ほんと!?」
「だが条件がある」
小春、身を乗り出す。
「なに?」
「今日は見るだけ。使うのは家で。パパとママがいるときだけ」
「…………」
「目の周りには塗らない。腕か、手の甲だけだ」
「…………」
「それが守れないなら、これは諦めろ」
小春は数秒考え──
「……それでいい」
土方「……よし」
内心、
(負けたが、全敗ではない)
と自分に言い聞かせる。
帰宅後。
「パパ〜、見て〜」
小春は、手の甲にうっすら色を乗せて見せる。
「…………」
土方、真剣に見る。
「……悪くねェな」
「でしょ!」
「でも」
小春「でも?」
「やっぱり、すみっコも似合うと思うぞ」
小春は一瞬考えてから言った。
「……次の気分でね」
土方「……気分最強だな」
副長は知った。
子育てにおいて、理屈は気分に勝てないという事実を。
