甘ったるい地獄
副長、甘さに殉ず
バレンタイン当日。
土方家の居間。
ちゃぶ台の上に、小さな紙箱が置かれていた。
「……パパ」
小春は少し照れた顔で言う。
「これ」
「…………」
土方は一瞬だけ瞬きをしてから、姿勢を正した。
(来たか)
箱を開ける。
中身はハート型、星型、チョコペンで書かれた歪な文字。
典型的・平成女児チョコ。
「……作ったのか」
「うん。ママと一緒に」
土方の脳内で「甘いの苦手」という言葉が浮かぶ。
だが、即座に消した。
(んなこと言ってる場合じゃねェだろ……!!)
「……ありがとな」
一個、手に取る。
妻が何も言わずに、コーヒーを淹れて待機しているのが視界に入る。
(……分かってやがる)
ぱくっ。
「………………」
一瞬。
口の中に広がる、砂糖の直撃。
(……甘ッ)
チョコのコクより先に、砂糖が殴ってくる。
歯に、妙な存在感。
「…………」
小春がじっと見ている。
「……どう?」
土方は喉を動かし、ゆっくり言った。
「……うまい」
嘘じゃない。
だが、真実でもない。
(甘ェけど……小春が作った)
二個目。
三個目。
コーヒーが、砂糖の海に浮かぶ救命ボートのように感じる。
妻が黙ってカップを差し出す。
「……助かる」
「でしょうね」
小春は不安そう。
「……パパ、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ」
即答。
(大丈夫じゃねェ)
だが、止めない。
最後の一個を、じっと見つめてから言った。
「……小春」
「なに?」
「……パパにくれて、ありがとな」
数分後。
土方は、静かに天井を見ていた。
「……甘ェ……」
妻が横で呆れつつも言う。
「全部食べたのね」
「ああ」
「無理しなくてよかったのに」
「……無理じゃねェ」
「……意地?」
「……父親だ」
小春はほっとした顔で笑った。
「……よかった」
土方はゆっくり身体を起こし、小春の頭を撫でた。
「……来年はな」
「……うん?」
「……砂糖、ちょっと減らしてみるか」
小春、首を傾げる。
「……でも、甘い方がいいんじゃないの?」
土方「……研究だ」
妻がくすっと笑う。
「次は、パパ用レシピね」
「……頼む」
今年のバレンタインは甘くて、苦くて、胃に重い。
だが──それでいい。
副長は今日も一つ、父親として勝った。
(※翌日、胃薬常備)
