不器用な距離
陸話 寸歩不離 〜触れたのは、手だけ〜
「
神楽ちゃんがレジ横に、お行儀良く並べられている物を指差して言う。
今日は万事屋三人揃って、わたしの経営する甘味処リコリスに足を運んでくれていた。季節が切り替わる時期だから、という理由で訪れてくれたそうだ。
和菓子は季節によって出すものを変えるため、今日からメニューを一部変えているのも事実だ。その事を伝えていないのにも関わらず、新商品を察知する銀時の甘味センサーはなかなか侮れない。
神楽ちゃんが見つめているものは棒の先に、動物の立体像が付いているものだ。発泡スチロールと色紙で簡易的に作ってあるスタンドに、それらは刺さっている。犬、兎、虎、猫、鳥、馬、金魚などの他に、エリザベスやジャスタウェイも紛れている。
「飴細工よ。職人の方とお知り合いになれたから、教えてもらったの。夢中になって作ってたら、食べきれる量じゃなくなっちゃって。商品として売り出すにしても未熟だし、お客様に配っているの」
「これ全部、餡子さんが作ったんですか? どう見ても売り物レベルですよ」
「そう言ってくれて嬉しいわ。けど、わたし自身が満足していないのよ。ただ動物を形作っただけのような気がして。職人の方の作品は生命力に満ち溢れているというか、生き生きとしていて。それを見ちゃうと、わたしのはまだまだね」
飴職人の方の作品は、本当に素晴らしかった。今にも動き出しそうで、月並みな言葉を贈るならば、生きているようだった。二日三日で達人の域に到達できるとは思っていないが、それでも上には上がいることを痛感させられる。
「あれ。餡子の手、真っ赤アル」
神楽ちゃん程ではないが、わたしの手は比較的白いから、火傷の痕が目立ってしまう。今日も空いた時間を見つけては飴細工を作っていたから、その痕は真新しいものばかりだ。一日やそこらで完治できるものではない。
ゴム手袋を付けて作業をすれば、高温の飴によりゴムが溶けてしまう。耐火性のものもあるにはあるのだが、細かい作業には向いていない。お菓子作りにおいて、指先の感覚は大事だ。
指先、特に利き手の人差し指というのは、人体で二番目に敏感な部位だ。目視では見分けられないものを、感覚だけを頼りに形作っていく。飴細工には殊更必要な感覚だ。
「高熱の飴を素手でいじるから、どうしてもね」
「痛くないんですか?」
新八くんが心配そうに訊ねる。
「今はあんまり」
本当は少しだけ痛むのだが、二人を心配させないようにそう言った。あまりにも鎮痛な面持ちでわたしの手を見てくるものだから、思わず手を引っ込めようとする。
手を隠そうとすると、銀時にその手を掴まれた。
じっと手を見つめられ、火傷の痕をなぞるようにして銀時の指が、わたしの手をゆっくりと伝う。
腫れ物に触るかのように慎重に。
大切なものを扱うかのように丁寧に。
その感触がなんだかこそばゆくて、ピクリと手が反応してしまう。
「夢中になるのはいいけどよ、あんま無茶すんなよ。キレーな手してんだから」
「え…………?」
驚いた。銀時にしては珍しくストレートな言葉に、間抜けにも素っ頓狂な声しか出せなかった。思わず視線を上げて、銀時の顔を見つめてしまった。
その視線は相変わらず、わたしの手を見つめたままだ。
その
時が止まった、気がした。
しばし間があって、銀時の頬がさっと朱色に変わる。
「一般論! あくまで今のは一般論だからな!!」
慌てた様子でそう言ってくる。それでもわたしの手を包むようにして掴む銀時の手は優しげだ。
「だいたいだなァ、お前は飴細工職人じゃなくて、和菓子職人だろ。商売道具は大切にしろ。指先の感覚ってのは和菓子職人にとっては大事なもんだろーが。わかったらオロナミン塗って、手を安静にさせとけ」
「オロナミンは飲むやつですよ。塗る方はオロナインですってば」
「伝わればどっちでもいいんだよ! ほら、とっとと帰るぞ」
ぶっきらぼうに代金を支払い、レジ横にある飴細工を一本持っていく。それに倣うようにして新八くんと神楽ちゃんも飴細工を一本ずつ引き抜く。
いつもなら「ありがとうございました」やら「また、いらっしゃい」やらと声をかけていたが、今回はそうしなかった。いや、できなかった。無言で銀時の去っていく背中を見つめることしかできなかった。
銀時たちの姿が見えなくなり、火傷の痕をそっとなでる。先程、銀時になぞられたのと同じようにする。餡子の頭の中には、銀時の言った言葉が繰り返されていた。
『キレーな手してんだから』か。
触れられたところが再び火傷になったかのように熱くなっている気がする。ドクドクと脈打っているように感じる。この高鳴りは火傷の痕によるものなのか。
それとも────。
「恋、してますね。店長」
「ひゃっ」
意識外から声をかけられて、思わず変な声が出てしまった。声のした方を向くと、バイトの娘が楽しそうな顔つきで見ていた。
甘味処リコリスでは、現在二人のバイトの娘を雇っている。一人はおさげに眼鏡と典型的な内気な娘。もう一人はギャルのような明るさを持った活発な娘。今日シフトにはいってくれているのは、後者の娘だ。
「こ、恋……?」
「はい! 店長、恋する乙女みたいな顔してましたよ!」
「まさか、そんな……」
「えー? 自覚ないんですかぁ? あんな熱烈視線送っているのに?」
「ねっ……!? そんな視線送ってないわよ」
いや、まぁ、なんというか。昔と比べたら大人の雰囲気を纏っているというか、大人の男性特有のかっこよさが滲み出ているようには感じる。
以前、銀時と共に赴いたアフタヌーンティーの帰り道に元カレに絡まれた際、その対処の仕方に少しときめいたのは事実だ。
「あーし、前までは変なペット連れたロン毛のお侍さんとか、包帯巻いたお侍さんとかの方が店長に合ってるかなーって思っていたんですけど、今日の銀髪のお侍さん見てたら、この人も店長とお似合いだなーって」
「まったく……人の色恋に首を突っ込まないの」
「えー、いいじゃないですかー。店長そういうの表に全然出さないんですからー。商家の息子さんをこっ酷くフったって聞きましたよー! 性格はアレですけど、顔はまあイケメンだったのに」
流石はかぶき町。噂が回るのは早い。
先日、商家の息子さんとお見合いデートというものを行った。お化け屋敷でわたしを置いていったあげく、自分のことは棚に上げて銀時のことをこき下ろしたのでガツンと言ったのだ。
後日、その親父さんと息子さんが謝罪に来た。
「女性を置き去りにするような愚息で申し訳ない」と。
あの様子では、息子さんが跡を継げるようになるのは、かなり先のことだろう。
「彼らとは幼馴染みってだけよ」
「でも、幼馴染みから始まる恋ってのもあるじゃないですかー」
「本当にあなたは恋愛トークが好きね」
「年頃の女の子なら誰だって好きですよー。店長はそういう話、しなかったんですか?」
「まあ、そうね」
わたしには元々許嫁がいたものだから、誰々が好きとか、誰々がかっこいいとか、そのような感情を抱くことがなかった。そして、そんな話を対等にできるような女友達もいなかった。
松下村塾にはわたしも含めて女の子が何人か通っていたが、わたしの家が大きすぎて対等な関係を築けなかった。
一般人からしたら高嶺の花、武家からしたら目の上のたんこぶというのがわたしの、
「店長って大人な恋愛に手慣れていそうな雰囲気ですけど、実際は初心な恋愛しそう」
女の子というのは、どうして恋愛事になると妙に鋭いのだろう。
実際に、本気で人を好きになったことはないと思う。過去に何人かと付き合ったことはあるが、交際というのがどんなものか興味があったのと、付き合い始めたら恋愛感情を抱くことがあるかもしれないと思ってのことだった。
結果は見事に惨敗。
未だに他者を本気で好きになるという感情がわからないままだ。
いつか、わかる時が来るのだろうか。
「もう。あまり揶揄わないの。おしゃべりはおしまいにして、机の上のものを片付けてちょうだい」
「はーい」
間延びした返事をしつつも、テキパキと片付け始めた。
その間に裏へ行き、使いかけの軟膏の蓋を開ける。それを手全体に揉み込ませるようにして優しく塗り、調理用手袋で先程の熱を閉じ込めるようにして覆い隠す。
軽く髪型を直すと、表へと舞い戻った。
胸に宿った小さな淡い想いには、未だ気づかないままだ。
