不器用な距離
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肆話 躊躇逡巡 〜迷いの先に咲く花〜
「坂田さん。相談にのってもらいたいことがあるんです」
そう言った人物は、手に持った植木鉢を万事屋の机の上に置いた。相談者の厳つい巨体に似合わないような、可愛らしい黄色い花だ。
ぎしり、とソファーが音を立てて沈み込む。定春の体重にも耐えうる万事屋のソファーだったが、いかんせん向こうはお客様だ。ソファーが壊れやしないか、そして万が一、ソファーが壊れた際にお客様の機嫌を損ねやしないか、二つの意味で銀時はヒヤヒヤしていた。
有無を言わせない険しい眼力で睨まれては、否と言えるはずもない。NOと言える日本人になりたかった。訊ね方こそ疑問系であるが、鋭い目つきと相まって、脅迫されているのではないかという錯覚に陥る。
「最近、万事屋さんによく出入りしている女性に、避けられている気がするんです」
万事屋によく出入りする女性、とは
甘味処リコリスの店長であり、銀時の幼馴染みだ。万事屋のエンゲル係数を知った彼女はありがたいことに、試作品やら店の余り物を持ってきてくれるのだ。定期的に甘いものを欲している銀時にとっては、渡りに船である。
相談者は万事屋の隣に住んでいる住人であるため、自然と餡子に接する機会も多いだろう。自宅を職場としているならば、尚のこと。
「挨拶をすれば返してくれるんですが、どこかぎこちないというか。僕を不快にしないよう努めてくださっているのは感じるんです」
彼は自嘲気味に笑う。
これが正統派なイケメンならば
「こんな顔ですから、怖がられるのはわかっているんです。相手が女性なら尚更だと思います」
相談者は緑色の拳を握る。手に力を入れたことによって、ただでさえ太く逞しい腕に血管が浮き上がる。
「それでも僕はあの方と、お友達になってみたいんです」
目の前の相談者、となりのヘドロさんは真剣な眼差しでそう言った。
*****
屁怒絽さん。
通称、となりのヘドロさん。
万事屋の隣人でもあり、花屋を経営している天人。花を慈しみ、小動物や虫などの命あるものを大切にする、心優しき住民。
さて。ここまでの説明で、どのような容姿を想像しただろうか。爽やかな好青年? それとも線の細い美青年? はたまた人懐っこい笑顔の美丈夫だろうか?
残念ながら、どれも違う。
鬼を思わせるほど、彫りの深い顔つき。黒白目の中で赫く光る瞳。肉どころか、骨まで噛み砕かれるのではないかと想像させられる鋭い歯。凶悪な顔を、更に凶悪なものへと昇華させている二本の角。一目で地球人の肌の色ではないと認識できる、深緑色の肌。獣を彷彿とさせる黒い剛毛。頭のてっぺんで、ちょこんと咲く一輪の可愛らしい花。
泣く子も黙る、筋骨隆々の天人。それが屁怒絽さんだ。
そのあまりにも凶悪すぎる容姿に万事屋三人どころか、近隣住民ですらまともに近づくことができないでいた。
それなのに、だ。万事屋に直接訪ねられては、回避のしようがない。銀時たちの家は、ここなのだから。逃げられるわけがない。
「ひとまず、一旦整理させてください。ヘドロさんの言う『女性』というのは、黒髪で黄緑色の瞳した方で合っているんでしょうか?」
銀時が冷や汗を流しながら訊ねる。
屁怒絽さんは、少し恥ずかしそうに肯定する。
黄緑色の瞳を持つ人間は、そう多くない。それが万事屋に出入りする女性となれば、かなり絞れてしまう。
「あ、あの……どうして彼女とお友達になりたいんですか……?」
好奇心に負けたのか、今度は新八が訊ねる。
「その……別の花屋さんで、お花を選んでいる彼女を見たんです」
ぽつりぽつりと、屁怒絽さんは話し始めた。
「花の選び方とか、花に触れる手つきがたおやかで。ああ、この人は花を大切に思ってくれる人なんだと感じたんです。それで、その……お話しを、してみたいなって……すみません。こんなことで坂田さんたちに相談なんかして」
「い、いえいえいえ、お構いなくゥ……」
そう銀時は答えたものの、問題大アリだ! と、心の中で毒づく。
まずひとつ目に、屁怒絽さんと餡子のパイプ役を担わなければならないこと。この二人の接点は、銀時の知り合いだという点のみだ。なれば自ずと、銀時が二人を結ばなければならない。
ふたつ目に、屁怒絽さんが恐いこと。近くを通るだけでも恐ろしいのに、会話をしなければならないのだ。こちらから話しかけなければならないというオプション付きだ。考えただけでも身が竦む。
最後にみっつ目。これは銀時自身がというより、餡子に問題がある。相手が地球人、もしくは地球人のような見た目の天人ならば、ここまで頭を悩ませる必要はなかった。
彼女はまだ、あの事を引きずっているのだろうか。
「とにかく、だ。例の《彼女》に、話しを通してみる。けれど会いたいかどうか、友達になりたいかどうかは彼女に任せる。もし彼女が会いたくない、友達になりたくないと言うなら潔く身を引いてほしい」
さて、どう出る。
銀時は思案する。嫌な汗がたらりと、銀時の背中を伝う。
それほど間をおかず「わかりました」と、屁怒絽さんは静かに答えた。
「彼女から返答が来たら教えてください。どんなお言葉でも受け止めますから。本日は突然お邪魔して、申し訳ありませんでした」
恭しくお辞儀をし、万事屋を後にする。
「……で、どうするんですか。本当に屁怒絽さんからの依頼受けるんですか?」
となりのヘドロさんが帰った後、議題にあがるのは自然と先程の内容となる。
「餡子が取って食われるアルヨ」
「いや、流石にそれは……ないでしょ」
一瞬の迷いがあるところに、となりのヘドロさんに抱いている恐怖心を如実に語っていた。
「まあ、成り行きに任せるしかねーだろ」
餡子の反応がこの場で見れない以上、そう答える他なかった。
*****
「なァ餡子。お前とお友達になりたいっつー奴がいるんだけど、会ってみる気にならねェか?」
「わたしと?」
万事屋を訪れたある日のこと。唐突な銀時の言葉に、餡子は疑問符を浮かべる。こんな提案をされることは初めてであったし、何より銀時の声色に真剣味が含まれている。いつもの飄々とした感じではなく、こちらを気遣う素振りが見受けられる。
「銀時の知り合い、なのよね?」
「まァ、そーさな」
少し曖昧に答えられた。知己ではあるけれども、そこまで親密な仲というわけではないのだろうか。
「となりに住んでいる奴なんだけどよ」
万事屋の左右にはどちらも家屋が建っている。片方は一般的な民家、もう片方は店舗という形を成している。前者の民家には、老夫婦が住んでいたはずだ。餡子も何度か挨拶を交わしている。
まさか今更お友達になりたい、というわけでもあるまい。お友達になるにしては、年齢が離れすぎている。となれば、対象は自ずと後者へと絞られる。
「おとなりってまさか、花屋さんの……?」
店に入ったことはないし、店主と思しき人にも挨拶くらいしか交わしたことがない。世間話なんて、もっての外。餡子に興味を持たれる理由などわからなかった。
「察しがいいな。どうする。嫌だっつーなら俺の方から断っとくけど」
銀時がこうして聞くのも、《あの事》が関係しているのだろう。完全に吹っ切れたとは言い難いが、十年以上も前の出来事なのだ。あまり《あの事》を思い出したくないため、意図的に避けてきたこともある。だから歯切れの悪い答えしか返せなかった。
「別に嫌、じゃないわ。ただ……」
「やっぱ、まだ無理か?」
「その……わたしの踏ん切りがつかないだけ、なんだと思うわ……」
「けど理由なく、ずっと避けるっつーわけにもいかねェだろ」
銀時の言葉に、餡子は思わず言い淀む。
「そりゃあわたしだって、このままでいいとは思ってないわよ。悪い人もいれば、良い人がいるっていうのもわかってる。理解はしているけれども、その……」
「どうしてそんなに渋っているんですか? 餡子さんなら即決しそうなんですけど」
新八の質問に少し間を置いて答える。
「……襲われたの。わたしの家が。天人に」
「…………え?」
新八のみならず、神楽の酢昆布を囓る動きすら止まった。
「突然のことだったの。わたしはなんとか逃げ出せれたけれど、他の人たちは……」
きゅっと口を引き絞る。
家族の最期を誰一人として見届けることはできなかった。
悠長に家中を見て回ることなど、できる余裕すらなかったからだ。
その後、家に戻ることもできなかった。単純に危ないということもあったが、死体を見てしまっては、生きていないことが確定してしまうから。それが怖くて、確認できなかった。
しかし、これだけの年月を経て誰にも出会わないことを鑑みると、自分以外に生き残りはいないのだろう。
「おかげで御家は断絶。わたしは後ろ盾もなにもない、ただの小娘に成り下がったの」
「すみません……そんなお辛いこと聞いて……」
「いいのよ。もう十年以上前のことだし、当時はそんなところ、たくさんあっただろうし」
餡子は無理矢理笑顔を貼り付けた。
そう。よくあった話だ。力の弱い者が襲われ、侵略され、蹂躙され、侵寇され、嬲られ、奪われる。
わたしはまだ、運の良い方だろう。命も貞操も無事だったし、匿ってくれる居場所も見つけれた。その居場所も、数年後には焼け落ちてしまったけれども。
「ただすれ違うだけとかビジネスでってならまだ平気なのよ。けどプライベートで対面して会話をするってなると、どうしても強張っちゃって。特に、その……人間とかけ離れた容姿だと」
ふう、と、ひとつ深呼吸する。
わたしの家を襲ったのは
「身勝手なのは重々承知しているのよ。わたしだって、この手で散々天人を屠ってきた」
「状況が違ェだろ。一方的に蹂躙される一般人と、死ぬ覚悟を持って戦場に立つ兵士じゃあ」
「それでも命の重さには変わりないわ」
「なんでもかんでも背負うのは止めろっつったろ。そんなことしたって誰も救われねェよ」
「救うつもりも、救われるつもりもないわ。ただのケジメよ」
「お前は何でもかんでも馬鹿真面目に考えすぎなんだよ」
銀時が頭をガリガリと掻く。
「
餡子が思わず口籠ってしまう。それは肯定の意を表しているも同義だ。
「そうやって悩むっつーことは少なからず、友達になってみたいことの現れだろ。本当にダメなら即座に切り捨てるだろ、お前なら」
銀時の言う通りだった。
店主の顔つきは恐ろしいが、店頭に並べられている花たちはどれもこれも手入れが行き届いていた。花を扱う手つきも丁寧で、顔に似合わず悪い人ではないかもしれない、と思い始めていた。
「わかったわ。約束、取り付けてくれるかしら」
*****
後日、餡子と屁怒絽さんは対面していた。万事屋で。
向かい合ってソファーに座っている構図になっている。
「あの、銀さん? なんで万事屋でやるんですか?」
新八が声をひそめて、銀時に疑問を投げかける。
「ヘドロさんのお宅はまず論外だろ。いくらなんでも、友達になってすらいない異性の家にはあげられねェ。同様の理由で、餡子の自宅もNGだ。となれば、
万事屋の三人は、襖を数センチ開いた隙間から居間を覗いていた。
本来ならば自分たちはいない方が正しい選択だろうが、自宅を提供している身として完全に留守にさせるわけにもいかない。餡子たちがいる居間のとなりの部屋の和室で、二人の動向を見守りながら待機していた。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます」
と、屁怒絽さん。
「いえいえ。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
そう餡子が返す。
二人の会話は、そんな堅苦しい挨拶から始まった。先に切り出したのは屁怒絽さんだ。
「餡子さん、ご趣味はなんですか?」
「固い! 固いよ、屁怒絽さん! お見合いみたいになってるよ!」
「お互い、根が真面目だからな。まァ、こうなっちまうだろうよ」
餡子はこういう場面には慣れているだろうが、いかんせん相手があの屁怒絽さんだ。大なり小なり萎縮していることだろう。初対面の相手に対して巨漢、強面、異星人の三拍子揃って緊張しない奴がいるなら見てみたいものだ。
「趣味ですか? そうですわねえ……甘味巡りを好んでよく致してますわ」
「なるほど。女性は甘いもの好きといいますし」
「それもありますけれど、これでも甘味処の店主なものですから」
餡子は懐から、見覚えのある名刺を取り出す。銀時の手元にもあるものと同じ名刺だ。
「申し遅れました。わたくし、甘味処リコリスの店主、
「これはこれは、ご丁寧に。ヘドロの森の店主、屁怒絽です」
こちらもまた、畏まって名刺を渡す。友達紹介のはずなのに、ビジネスのワンシーンを見ている気分だ。友達になるのって、こんなに堅苦しいものだったっけ?
「こちらのお花屋さんは、屁怒絽さんお一人で運営なさっているのですか?」
「ええ、恥ずかしながら……いつも閑古鳥が鳴いているので、一人で十分なんですよ」
どうしてなんでしょうかねえ? と疑問符を浮かべる屁怒絽さん。世の中知らなくていいことがたくさんあるとは、正にこの事だろうなと銀時は思った。
「餡子さんはお花、お好きですか?」
「好きですよ。幼い頃からお花を嗜んでいまして、その影響で。最近では、プリザードフラワーやハーバリウムなんかも興味がございまして。生花の一瞬の美しさも素敵ですけれども、長い間姿を保ってくれるところにも美しさを感じますね」
「なんか、良い感じじゃないですか? 最初はどうなるかと思いましたけど、結構会話弾んでいますね」
「いや……ダメだな、ありゃ」
銀時のその発言に、新八と神楽の視線が集まる。
「どうしてアルカ? 餡子も屁怒絽さんも、楽しそうにお話ししているアルヨ」
楽しそう、ね。側から見れば、そう見えるわな。
「餡子の言葉遣いを、よーく聞いてみろ」
そう言うと二人はしばらくの間、餡子の発言に耳を澄ませていた。だが銀時の言ったことに疑問があるのか、怪訝な顔をして振り向く。
「別におかしいところなんてないアル」
「いつもより、丁寧な言葉遣いとしか…………あっ」
新八はピンときたようで、小さく声を漏らす。
「そう。
あの時は見知った銀時が居たということも大いに関係しているだろうが、銀時がいなくとも、ああまで丁寧な言葉遣いはしないだろう。
餡子があそこまで丁寧な言葉を使うのは、滅茶苦茶怒っている時か、警戒心が高い時だけだ。前者ということは考えられないから、後者しか残らない。あの悪癖は無意識に行っているから、余計にタチが悪い。
出会った初めの頃は、あのような丁寧な言葉というか、お嬢様言葉というやつを遣っていた。銀時たちと触れ合う内に段々と言葉の武装が剥がれ落ちていき、次第にタメ口になっていった。育てられた家が家だから、仕方ない部分もあるが。
あの言葉遣いは、餡子なりの武装だ。
弱い自分を守るため。己を強く見せるため。それ自体は悪くないが、友達になりたいという相手に対しては悪手だ。
ここは俺が介入するべきか? 無理矢理にでも会話の主導権を握ってやらないといけないか? とすら銀時は思い始めていた。
「あの……餡子さん」
ここで、屁怒絽さんが動きを見せた。
「よかったらこちら、受け取ってください」
そう言って取り出したのは、花束だ。
赤、白、ピンク、黄、橙、藤色と鮮やかな色彩をしている。菊のように見えるが、花弁の形が違う。八重咲きが見事な花だ。
「これは……百日草、ですわね……」
「やはりご存知でしたか」
屁怒絽さんは照れくさそうに笑う。
「僕は花屋ですから。花で語らう方が伝わりやすいと思いまして」
花束を餡子の前に差し出すと、少し戸惑いつつも受け取った。
「こちらは、屁怒絽さんがお育てになられたんですか?」
「ええ。僭越ながら。
「そんなこと、ございません」
はっきりとした口調で、屁怒絽さんの顔を真っ直ぐ見つめてそう言った。
「わたしのことを考えて贈っていただいたものに、悪いものなんてありません。その……ありがとう、ございます。わたし、とても嬉しいです」
餡子は花束をぎゅっと抱え込む。
「実は、わたしからも渡したいものがあるんです。甘いものが嫌いじゃなければいいんですが」
長方形の箱を取り出す。プレゼントというには地味な色合いと装飾だ。
「こちらは……?」
「《練り切り》という、地球のお菓子なんです」
屁怒絽さんが箱を開ける。その中には、向日葵が咲いていた。正しくは、練り切りで作られた向日葵だ。店では売っているところを見たことがなかったから、この日のために餡子が作ったのだろう。
「わたしたち、なんだか似ていますね」
ふふ、と餡子が笑う。
「お互いに贈ったものが自分の得意分野で、お花というモチーフも一緒ですし」
「あ……本当ですね」
つられるようにして、屁怒絽さんも笑う。
「今度こそ、良い感じアル」
「うん。餡子さんの言葉も
先程とは打って変わって、楽しげな雰囲気を醸し出している。これなら、もう心配はいらないだろう。今まで受けてきた仕事の中で心労が絶えなかったが、充足感に満ち足りた気分だ。銀時は安心のため息を吐き出した。
*****
後日、銀時は甘味処リコリスに訪れていた。
新八と神楽は連れておらず、一人での来店だ。この店に訪れるのは久しぶりだ。血糖値が高すぎて甘いものを控えろと言われているうえに、素寒貧でいることが多いからだ。行きたくとも行けないという状況だったが、この度めでたく堂々と行くことが叶ったのであった。
「あら、珍しいわね。あんたが足を運んでくれるなんて」
「久々に依頼が入ったからな。今日は懐があったけェぞ」
「しばらく、もってくれるといいけれど」
そんな軽い冗談をお互いに交わす。
「てっきり、二丁目のケーキ屋さんに入り浸っているものだと思ってたわ。あそこ新製品出したばっかだし」
「俺もそう思ったんだけどよ、今日は和菓子の気分。胃袋がクリームよりも、小豆を欲していたからな」
「ふふ。そういう時も、あるわよね」
銀時は適当な席に座った。
「それで、何にするの?」
「そーさなァ……」
そう言い、メニュー表に手を伸ばす。
銀時の座った席には、出窓が設置されている。その空間には、色鮮やかな百日草の花が楽しそうに揺れていた。
