不器用な距離


弍話 輔車相依 〜寄り添う理由はまだ名前がない〜


とある昼下がり。餡子あんこは万事屋に足を踏み入れていた。用があって訪れていたのだが依頼があってのことではなく、銀時自身に用があってのことだった。

以前、依頼があって餡子の甘味処を手伝いに行った時は、飲食店としての清潔さと動きやすさを重視した姿であった。

今、銀時の目の前に居るのは、自身のお洒落を主軸に捉えた格好だ。
食品に異物混入しないようにとシニヨン状にきっちりと纏め上げられていた髪の毛は、ギブソンタックでいつもより上品に見える。

深めの緑の着物に、柄はほとんどない。無地、というやつだろう。だが着物の襟や袖、裾といった部位から白色のレース生地が優雅に見え隠れしている。それらに合わせてか、同じような白色のレースで編まれた手袋をしている。

どこぞの貴婦人かと思わせる風体だ。
そういや元々お嬢様だったな、と銀時の頭の中を過った。


万事屋内には銀時しか居らず、応接間のソファに寝転がってジャンプを読んでいた。餡子が訊ねると定春の散歩ついでに、神楽と新八は買い出しに行ったと伝える。

訪れた客人が餡子と知ると、緩慢な動作で居住まいを正した。

「銀時。ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだけど」

「いいけど、なに?」

「ホテルまで一緒に来てほしいの」

真顔で言い放つ餡子とは対照的に、少し赤くなりながら銀時は慌てふためく。

「は!? おま、ちょ、もう少し段階ってのがあってだな……自分の体は大事にした方がいいっつーか……あの、あれだよ? 嫌っつーわけじゃねェけどさ、いきなりそういうことする間柄じゃねーっつーか。エロ同人的な数ページで濡れ場っつーシチュエーションも嫌いじゃねェけどさ、あくまで二次元的な好みっつーわけだし、現実的にはもっとじっくりとだな」

「なにわけのわからないこと言ってんの。わたしが行きたいのは、ホテルでやってるアフタヌーンティーよ」

「あふたぬーん……?」

聞いたことがあるような、ないような。そんなニュアンスをもって餡子のセリフの一部をオウム返しする。

「そ。ホテルで優雅なティータイムを過ごしましょうってやつよ。いつもなら一人でとか友達と行っているんだけど、このホテルのアフタヌーンティーは二人からの予約しか受け付けていなくて」

表示したスマホの画面を銀時に見せる。

そこは普段高級ホテルなんて縁のない銀時でも、聞いたことのあるホテル名だった。

煌びやかなラウンジに、色とりどりのスイーツ。そこは西洋の御伽話おとぎばなしのような、中世の貴族になったかのような空間だ。女性が憧れるのも無理ないだろう。


「本当は友達と行く予定だったんだけど、都合が悪くなって急に行けなくなっちゃったのよ。わたし一人じゃあ二人分なんて食べ切れないし、キャンセルするのも勿体無いし。どうせ付き合ってくれるのなら、スイーツを楽しく美味しそうに食べてくれる人とがいいのよ。あんた、こういうのイケるクチでしょ?」

「そりゃ大歓迎だけどよ、俺でいいのか?」

「わたしがいいと思ったから誘ってんのよ。それとも都合が悪かったかしら」

「んな事ねーよ。しっかし茶ァするだけだってーのに、だいぶ値が張るんだな……」

卵かけご飯が主食兼おかずと恒例化している銀時にとっては、清水の舞台から飛び降りるような覚悟のいる値段だ。

ましてやスイーツを食べるためだけに、数日分の食費を注ぎ込むなど。新八や神楽から白い目で見られること必死だろう。パチンコや競馬に行って、ただ負けて帰ってくるようなものと考えれば安いものか。

財布にいくら残ってたっけ……と思案する銀時を他所に、その悩みを餡子が吹き飛ばす。

「そこは心配しなくていいわよ。付き合ってくれるんだもの、わたしが奢るわ」

「は? マジ? 女神かよ」

「そうよ。女神様なんだから讃えなさい」

女神様は頼り甲斐のある笑顔でそう言った。



*****



右隣の席には三人組の女性グループが。左隣には二人組の女性グループが。周りを見渡せば女性、女性、女性、女性だらけだ。

場所が有名ホテルということもあるのだろうか、それなりの気合いを入れた格好の人ばかりだ。これからデートにでも赴くような、思い思いのお洒落という名の戦闘服で着飾っている。

だからコイツの服装や髪型にも力が入っていたのか。と、真正面に座る女性を見やりながら銀時は合点がいった。

違和感が仕事しない、とはこのことだろう。おそろしいほど、この場に似合っている。

そのまばゆく会場は女の園、という言葉が当て嵌まる状況だ。お嬢様学校に間違えて入り込んでしまったかのような、形容し難い焦りを感じる。

男を誘い込もうとする吉原の方が、まだマシかと思う居心地に銀時は襲われていた。


そんな華々しく、可憐で、優雅な空間に足を踏み入れてしまった銀時は場違い感にさいなまれ、心配そうに餡子に耳打ちをする。

「……なぁオイ。俺、浮いてねェか?」

「大丈夫よ。男性だっていることだし」

視線を移せば、確かに数名いる。だが見渡す限りの男性は、彼女らしき女性を連れ立っている。男性のみで来ているグループは皆無だ。

心配なんていらない。そんな意味を込めて言葉を続ける。

「それに誘った時に言ったでしょ。付き合ってくれるなら、楽しく美味しそうに食べてくれる人とがいいって。スイーツを楽しむのに、男も女も関係ないわ。甘いものを食べるのが好き。理由はそれだけで十分よ」

「違ェねーや」

ようやく銀時の表情から、緊張の二文字が少し解けていく。

「んで、どう注文すればいいんだ?」

「スイーツは予め決まっているから、わたしたちはドリンクだけ選べばいいの」

店員さんがドリンクを聞きに来たので、それぞれ注文する。

しばらくすると頼んだドリンクと、芸術品と見紛うばかりのスイーツが並べられていく。

季節のフルーツをふんだんに使われたケーキ。
見たことはあるが食べたことのないデザート。
見たことがなく名前も知らない西洋のものらしきお菓子。

スイーツ一つ一つの大きさはそこまで大したことはないが、両手では数えられないスイーツがセッティングされていく様は圧巻だ。

なるほど。このような非日常感が味わえるのなら、世の女性がこぞってアフタヌーンティーに熱をあげる理由もわからなくない。

パティスリーで購入したケーキを食べるのとは違う高揚感を味わえるのだ。


「あ、銀時。写真撮りたいから、食べるのちょっとだけ待ってて」
スマホを取り出し、いくつも別の角度から写真を撮り続ける。カメラ特有のシャッター音がしないため、動画を撮っているようにも見える。

「何だっけ……イ、なんちゃら? とかいうやつにあげんの?」

テレビで何となく耳にした単語と知識で訊ねてみる。こういうお洒落で可愛い食べ物を写真に撮って、ネットにあげるのが女性の間で流行っていると聞いたことがある。

銀時の周囲にいる女性はそのようなものを行なっている様子がないので、完全に眉唾物だが。

「わたしの場合、半分仕事みたいなものだからなんとも言えないわね」

スマホの画面から視線を銀時に逸らしつつ、撮影を続けながら言う。

「勿論撮ったやつもSNSにあげるけど、写真をあげることだけが目的なわけじゃないのよ。スイーツ単体のデザインだったり、盛り付け方だったり参考にしたいもの」

「仕事熱心なこって」

「飲食店のオーナーとしては日々研鑽けんさんを積み重ねていかなきゃ、お客様に飽きられちゃうわ」

「大変そうだな」

お互い自営業の身であるから、それなりの苦労は知っている。

だが何でも屋と飲食店のオーナーでは、畑が違うことも重々承知している。餡子が感じている苦悩を、銀時には理解できないこともあるだろう。

「そうだけど、楽しいから苦ではないわよ。さ、食べましょうか」

「……なァ。コレ食う時にさ、マナーとかってあんのか?」

銀時が声をひそめて訊ねる。

なんとなく。厳粛な空気が漂う空間だ。ファミレスで食べるようなマナーではいけない気がした。

自分一人だけならまだしも、餡子が同席しているのだ。己が遠巻きに噂され、後ろ指を差されるのは慣れっこだ。だが、自分のせいで餡子まで礼儀知らずとレッテルを貼られるのは我慢ならなかった。

そんな銀時を馬鹿にするわけでもなく、揶揄からかうでもなく、ただの会話の延長線上のような感じで返す。

「そうね……食べる順序はケーキスタンドの一番下からとか、ケーキスタンドのお皿は外さないでナイフとフォークで取り分けるとかあるけど、一番は楽しんで食べることよ。余計なことに気を回して、お腹にただ食べ物を詰めるだけだなんてときめかないわ。スイーツを食べるんだもの。楽しまなくっちゃ」

餡子が頬杖を付いて妖艶に微笑む。

現実離れしたラウンジの雰囲気のせいだろうか。それとも、平時に比べて華やかな衣装やメイクのせいだろうか。いつもより婀娜あだっぽく見える。

「楽しむ、か」

「ええ。スイーツって本来なら、食べなくても生きていけるもの」

どこかで聞いたことがある。人間が生きていくためには、五大栄養素が必須なのだと。バランスの良い食事でそれらは補える。

だがスイーツには、この栄養素に大幅な偏りがある。食べなくても生きていける。故にデザート類は《嗜好品》と呼ばれているのだ。

「必要がないからこそ、惜しみなく情熱を注げるのよ。わたしは食べる立場としても、作る立場としても、創意工夫を感じられる瞬間が楽しいの」

そう語る彼女の瞳は、眩しいくらいに輝いていた。

全てを見透かす大人のような眼で。
かと思えば、子供のような無邪気な眼で。



*****



銀時たちは帰路に就いていた。

お互い住む町は同じなので、一緒の方向へと歩みを進ませる。

致す会話は必然的に、先程のアフタヌーンティーについてになる。

「やっぱり男性と来ると、いろんなスイーツ試せていいわね。女性同士だと、どうしても胃袋の許容量が少ないから」

「だけど『甘いものは別腹』だろ?」

「別腹にも限度はあるのよ。わたし、そんなに食べられる方じゃないし」

「そういや、そうだったな」

昔から、よくそんな少ない量で満足できるなと思っていた。幼少期のみならず、戦時中もあまり食べていなかったと記憶している。

初めはたくさん食べる姿を見られるのははしたないとか、食料が乏しいため遠慮しているとばかり思っていた。勿論、多少はそのような思惑もあったのだろう。

だが銀時の隣に並び立つこの女性は、あまり食べられなくても満足感を得られるみたいだ。逆に食べすぎると気持ち悪くなるらしく、銀時たちが食べていた量の半分程度で十分と言っていた。

そもそも身近な比較対象女性が合単位で米を食らう少女であるため、あまり参考にならない気がする。あれに比べたら、そこそこ食べている銀時ですら少食の部類に入ってしまう。

「悪ィな。ガキ共のお土産まで」

銀時の手には、先程のホテルに併設されていたカフェでお持ち帰りしたケーキの箱がぶら下がっている。たまに購入しているスーパーの激安ケーキに比べると、何倍もする値段のものだ。

「社長を無断でお借りしたんだもの。それに子供には美味しいものを食べさせてあげたいじゃない」

そう言う餡子の横顔は、どこか寂しそうに見えた。

その《子供》とは、誰のことを指しているのだろうか。万事屋に住み着いている《子供》だけなのか。それとも攘夷戦争中、餡子が面倒を見ていた《子供》なのだろうか。

その真意を確かめようと、銀時が口を開こうとする。

「……あのよ、」

「餡子!!」

銀時の声を遮り後ろから餡子を呼び止めるその声に、二人して立ち止まり振り返った。


銀時たちと同年代だろうか。極端に若いわけでもなく、極端に歳を召しているわけでもない。二十代半ば特有の若々しさが顔から滲み出している。

男性が信じられないものを見たような顔で、こちらを見ている。

「誰?」と銀時が小声で訊ねる。

「元彼よ」餡子もまた小声で返して補足する。

「だいぶ前だけども」

「そ、その男は一体……!?」

男が驚愕の眼差しで銀時を指差す。その指は微かに震えている。

「わたしのダーリンなの」

抑揚があまり感じられない声で、銀時の腕に抱きつく。

餡子が肘で銀時の脇腹を軽く突く。話を合わせろ、ということらしい。

「どーもー。ダーリンでーす」

へらっと笑って悪ノリに付き合う。

男は大層ショックを受けているらしく、口をあんぐりと開けたまま固まっている。

「こ、こんな間抜け面に俺は負けたのか……」

初対面の人間に対して、とても失礼なことを言われている気がする。

よく気の抜けた顔やら、死んだ魚のような顔やら言われているが、あくまで気が置けない間柄だからこそ言えることだ。見ず知らずの人間に言われたとあれば、少しは腹が立つというものだ。

そんな銀時の心情を知ってか知らずか、男は餡子だけを見ている。

「餡子! もう一度付き合ってくれ! 俺には君が必要なんだ!」

「あなたとはもう終わったはずよ」

「俺の気持ちは変わらない! いや! 前以上に君を愛してる!!」

男はここが屋外であることや、銀時という部外者がいるのにも関わらず、声を張り上げて愛を叫んでいる。一昔前の恋愛ドラマの主人公のように悦に入っている。だが、そんな男を冷めた目と、冷めた口調で餡子は一蹴する。

「そういうところが嫌なのよ。独りよがりで、人の都合なんて考えもしない。おまけに『仕事と俺どっちが大切なんだ』なんて、そんなの仕事に決まっているじゃない」

「だって……それは! 餡子が仕事ばかりにかまけているから……」

「あなたとのデートを仕事を理由にドタキャンしたり、無理矢理仕事を詰めてあなたと会う機会を減らすなんてことしていないわ。こちらだって生活していくのにお金が必要だし、社会的信用を失いたくないもの」

銀時の腕から手を離し、男に一歩距離を詰める。

「それにね、わたしが働いていたところの雇い主にはいくら返しても返しきれない恩があるの。その人を裏切ることなんてできないわ」

「そんなの、恋人が優先に決まっているじゃないか! 俺はそうしてきた! だから餡子もそうするべきなんだ!」

「それなら別れて正解ね。わたしはその意見に賛成できない。同じ考えの方とお付き合いしてちょうだい」

「俺につり合うのは餡子しかいないんだ! それに餡子だって俺のこと、まだ好きなんだろう? そいつと付き合っているのも、俺を嫉妬させようとする作戦なんだろ?」

それまでツンと澄まし顔一辺倒で淡々と言葉を返していた餡子だが、初めて厭悪を抱いている表情を見せた。

不愉快で、気持ち悪く、煩わしく、早くこの場から去りたい。そんな感情が隣にいる銀時にありありと伝わってくる。

男の言動に分かりやすく嫌悪しているのだが、当の本人は微塵も気にしていない。寧ろ、好意を寄せていると勘違いしている。

「あなたのこと好きでもなんでもないわ。だからもう、わたしに関わろうとしないで。放っておいてちょうだい」

「ああ、餡子のツンデレってやつだね。君は素直じゃないからね。でも、そろそろデレてくれてもいいんじゃないかな」

男が餡子の腕を掴もうと、手を伸ばす。

それより早く、銀時が餡子の体を引き寄せる。


目の前の獣に触れさせないように。

目の前の狂気にかどわかされないように。

餡子の体に負担がないように優しく。

それでいてさらわれないように力強く。


「元彼クン、ごめんねー? 今は俺のカノジョだから」

餡子の手の甲に、見せつけるようにして唇を落とす。

すると男がようやく動揺らしい動揺をし出した。

「お、お、俺には手さえ繋げさせてくれなかったのに、こんな阿呆面男には許すのか……!?」

またもや酷い言われようだ。確かに女性にはモテないが、目の前の勘違い野郎に比べればマシだろう。

というか、手すら繋いでなかったのか。今時の子供でも、もう少し進んでいるだろうに。男が奥手すぎたのか、餡子が軽率に触れ合うのを許さなかったのか。おそらく後者であろう。

「そうよ。彼の方があなたより何倍もいい男よ。わたしのこと理解してくれるし、なにより社長だし」

「社長……こんな間抜け面が……」

おかしい。褒められているはずなのに、心にダメージがクリティカルヒットする。主に外野のせいだが。

しかし相変わらず、この幼馴染みの女は嘘が上手い。嘘を吐かず嘘を言う手腕は見事なものだ。

「……そうか。その男に脅されているんだな!? そうだろう!?」
餡子の深いため息が聞こえる。

どちらかというと温厚な餡子をここまで苛立たせる人間はそういないだろうに、目の前の男はいとも簡単にやってのけてみせた。

「銀時。ちょっと屈んでくれる?」

その言葉通り膝を少し曲げて、目線を餡子の頭の位置にまで下げる。
銀時の頬を包むようにして手を添えて、顔を近付けた。


それは口付けの格好そのものだ。

違う点といえば、唇同士が触れていないことだけだ。だがはたから見れば、キスをしているように見えるだろう。


一瞬だったかもしれないし、数十秒だったかもしれない時間を置いてから、餡子の顔が離れていく。

見せつけるようにして、銀時の首に腕を回す。

「こういうことだから、わたしの前から消えてくださるかしら」

「嘘だ……嘘だ……餡子が、そんな……」

男はブツブツと、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返している。その音量は一言発するたびに大きくなっていく。

「嘘だァァァァ!!」

男は最終的に絶叫しながら走り去っていった。


男の姿が見えなくなって、初めて餡子が安堵の息を吐く。

「……出しに使って悪かったわ。あの人、いつまでもしつこくって辟易していたの。これで諦めてくれればいいけど」

余程あの男に苦労させられていたのだろう。餡子の声は疲れきっていた。

「彼氏のフリならいくらでも受けてやっから、遠慮なく言えよ。特別価格でやってやるぜ」

「あら。でもお高いんでしょう?」

餡子が試すような笑みで言う。

それに対し、深夜のテレビショッピングの販売員のようなテンションで返す。

「なんと今なら特別サービス期間。ケーキ一箱分の値段なんですよ、お姉さん」

「とてもお得じゃない。もしかして現物支給でもいいのかしら?」

「甘いものなら何でも大歓迎! 万事屋だからな。頼まれれば犬の散歩から地球の平和、はたまた彼氏役でも何だってやるぜ」

「じゃあ早速依頼しちゃおうかしら。家に着くまで彼氏役、お願いするわ」

するり、と再び銀時の腕に絡ませる。

「任せときな。きっちり彼氏役こなしてやるよ」
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