不器用な距離
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冬将軍とやらが江戸にお見えになったらしい。
そのおかげと言うべきか、そのせいと言うべきか。江戸の町には雪が降り積もっていた。少し異常とも言える積雪の量に、張り切りすぎだ加減しろ馬鹿、と冬将軍とやらに文句のひとつやふたつ言いたくなる。惜しむべくは、冬将軍というものが実在しない人物であることだろう。
だがここは粋の街、江戸。
炬燵や布団に入り込んでぬくぬく、なんて興は持ち合わせてなんていない。江戸っ子であるならば異常気象を全て祭りに塗り替える粋の良さを誰も彼もが携えている。
それは江戸に存在するかぶき町とて例外ではない。
「銀さーん、雪持ってきましたよー」
「おー」
借りてきた一輪車に雪を乗せた新八が、銀時の側で歩みを止める。お登勢の音頭により、急遽雪祭りが開催された。各々、己が所属している集団ごとに固まって雪像を作る流れとなったのだ。
それはかぶき町に居を構えている万事屋とて例外ではない。
銀時の前にはふたつの玉と、銀時の身長と同じぐらいの立派におっ立っている棒が。それを見て新八が呆れ声で言い放つ。
「また卑猥物作ってんすか」
「卑猥物じゃねェ。ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だ」
「だからなんでアームストロング、二回言うんですか。こんなの作っているとこ、知り合いに見られたくないんですけど」
「こんにちは。何作ってるの?」
二人の後ろから、聞き覚えのある女性が声を掛ける。銀時の幼馴染みでもあり、銀時たちと同じかぶき町に甘味処を構えている店長でもある
いつもの柳色の着物の上に、ダークグレーの道中着を羽織っていた。雪が降り積もる外であるため、暖かそうな格好をしている。
「キャアアアアア!! 餡子さんは見たらダメです!!」
新八が銀時たちの作った卑猥ともとれる雪像を見せないように動くが、すでに餡子の視界には例の雪像が映し出されていた。
「やだ、これ……ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃないの。完成度高けーなオイ」
「餡子さんまでェェェェェ!? あなただけはと信じていたのに!! この卑猥物本当に浸透してんの!?」
「懐かしいわね〜。
「サラッと怖いこと言ってんですけど、この人」
「お前の店も参加してんの?」
「ウチは参加してないわよ。みんな外で作業して寒いだろうから甘酒でも作ってくれって、お登勢さんから頼まれてね」
「甘酒アルか!?」
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の右側の玉を整えていた神楽が反応する。ぐしゃりと右側の玉が潰れてしまう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛祐介ェェェェェェ!!!!」
「今のご新規さん、祐介誰だかわかんないから!! 何年前の作品だと思ってんだ!!」
「でも今日の甘酒は酒粕で作ってあるから、大人しか飲めないのよ。お酒が飲めない人にはお汁粉があるわよ」
「餡子の作るお汁粉も美味しいから好きアル!」
「ふふ。嬉しいこと言ってくれるのね。お汁粉よそってあげるから、こっちおいで」
餡子が手招きすると、その腕に神楽が抱き付く。
「どこでお汁粉配ってるアル?」
「あっちの方よ。設営テントの下なんだけれども、ここからじゃ目立たないわね」
何かしらの祭事がある度に活躍している設営テントは白色をしているものだから、銀世界が広がっている景色では同化してしまっている。更に設営テントよりも高い雪像が並んでいるため目立つことは困難を極めるだろう。
ぎゅむぎゅむと雪を踏み締めながら、餡子の案内により進んでいく。
「それにしても、みんなすごいわね。題材はともかく、こんな立派な雪像作っちゃうなんて」
ここはいかがわしい店舗が軒を連ねるかぶき町。エロティックさを兼ね備えた雪像ばかりだ。着物をはだけさせた女性像、強風に着物があおられている女性像、
「自分の店のPRも兼ねてるからな。気合いも入るってもんだろ」
「餡子さんのところは参加しなくてよかったんですか? お店の宣伝にもなるっていうのに……」
「わたしを含めて三人しか従業員いないし、みんな揃って立体像作れる体力も技術も持ち合わせていなくて。それよりもあったかくて甘いものを配る方が性に合っているのよ」
餡子は力仕事が得意というわけでもないし、造形に明るいというわけでもない。作れたとしても、小さい雪だるまや雪兎あたりが関の山だ。妥当な判断だろう。
「あのテントの下で配っているの」
そう指差す先には『かぶき町内会』と書かれた設営テントだ。会議用テーブルの上には二口のガスコンロと大鍋が置かれていた。ふたつ用意されているのは甘酒とお汁粉がそれぞれ入っているからだろう。
「店長、おかえりなさい!」
鍋の番をしていたであろうギャルっぽい娘が餡子に声を掛ける。
「おまたせ。あったかいところで休憩していらっしゃい」
「はーい!」と元気よく返事をすると、設営テントの隣にあるかまくらに入っていった。
「あのかまくらは餡子さんたちが作ったんですか?」
「いいえ。ずっと外にいたら寒いし休憩できないだろうからって、お登勢さんが男衆に声を掛けて作ってくれたのよ。中には火鉢もあって結構あったかいし、雪の壁で外からの視線も遮れるし、絶好の休憩所ってわけ。それよりお汁粉どうぞ」
紙コップに注げられたお汁粉は甘い匂いを放ちながら白い湯気が立っていて、いかにも温かそうだ。
「銀時はどっちにする?」
「じゃあ、お汁粉で」
「熱いから気を付けなさいな」
そう言われてコップを受け取る。いつもより薄い容器に入っているため、お汁粉の熱さがダイレクトに伝わる。
ひとくち啜れば、甘味処リコリスで食べたお汁粉と寸分違わぬ味がする。
自分で作ってしまうと砂糖を加減せずにドボドボと入れるため甘ったるいお汁粉になってしまうが、餡子が作るお汁粉はほっとする甘みがじんわりと体に沁み渡る。同じ材料を使ってどうしてこうまで差が出るのかが不思議だが、この味が存外好きだ。
お汁粉は甘ければ甘いほど良いと思っていたが、小豆の甘さと砂糖の甘さの調和がとれていると安心するような甘味になるのだと感心する。
「やっぱお前のお汁粉美味ェな。なんか隠し味でも入れてんの?」
「んー……まぁ、入れているといえば入れてるかも」
「珍しく曖昧な返事だな」
「そこは、ホラ。企業秘密ってやつ」
唇に人差し指を押し当てて、はにかんだ笑顔で言われる。
こんなお茶目な動作もするんだなと思うと同時に、俗っぽい仕草が意外と似合ってて可愛いと思ってしまった。
「……銀時? どうしたのよ、ぼーっとして。舌ベロ火傷しちゃった?」
「いや……なんでもねェ」
「なあに。そんなに美味しかった?」
お汁粉は餡子得意の一品なのだろうか。含んだ笑みで言う彼女は、どこか自慢気だ。
「ああ。毎日作ってほしいぐらいだ」
「え、」
雪に全ての音が吸い込まれたのではないかと思うほどの静寂が包む。
ゆっくりと自分の口から発せられた言葉を頭の中で繰り返す。途端、ぶわっと恥ずかしさが込み上げる。とんでもないことをポロッと溢してしまったようだ。
餡子の方を盗み見ると、茹で蛸のように真っ赤になっていた。驚きのあまり瞳がビー玉のようにきゅっと縮こまり、顔の温度を反映しているのか黄緑色の目の中に朱が滲んだような色をしている。口をポカンと開けたような間抜けな顔をしていた。
「いやいやいやいや、今のはアレだからね!? 毎日食べても飽きない甘みがあるっていう意味っつーか、毎日食べたいほどお汁粉が好きって意味っつーか、お茶感覚で食いてェ意味っつーか、いくらでも食べられる味っつーか、安心する味っつーか、別に毎朝味噌汁作ってくれ的な意味じゃねーからな!?」
「え、あ、そ、そうよね。そういう意味よね。あんた甘いもの好きだから、そういう意味しかないわよね。え、そういう意味よね?」
「そうそうそう、そういう意味だから。銀サン甘いもの大好きだからさァ。え、そういう意味だよな?」
銀時の狼狽具合に釣られてか、餡子の方も挙動不審な態度と言葉になっていた。乱れている髪の毛なんてないのに耳に髪の毛を掛ける動作を何度も繰り返したり、自身の指で自身の指を絡ませたりしている。普段の彼女からは想像できないほどのまごつき具合だ。
ふと銀時が視線を餡子の方へと向けると、彼女の視線もまた銀時の方を向けていた。バチリと視線が絡み合ってしまい、気恥ずかしさから同時に顔を背けてしまう。
瞬間、顔を背けたことを後悔する。これでは照れていると言っているようなものではないか。だが今更、彼女の方を向くという勇気も持ち合わせていない。
そうなると自然と会話が途切れてしまう。
何か話さなければ。
この沈黙がすごく、とても、かなり、気まずい。
話題。何か話題はないのか。
お汁粉はどうだろうか。いや、だめだ。ついさっきお汁粉を話題にしてこんな空気になってしまったのを忘れたのか。
雪像はどうだろうか。だめだろ。ここにはいかがわしいものしかない
し、自分たちが作っていたのはただの猥褻物だ。これ以上気まずい空気には耐え切れない。
視線だけを動かすと、未だに雪下ろしがされていない家屋が目に入る。
これしかない、と銀時の脳細胞がゴーサインを出す。
「あ、あーっとだな……お前ん家の雪下ろしとか雪かきとか、一人でやるの大変ならやってやるからいつでも言ってこいよ。雪って結構重いし、女手でやるには骨が折れるだろう、から」
「そ、そうね。お願い、しようかしら。力仕事は苦手だから、手伝ってくれると助かる、わ」
「お、おう」
少し冷めてしまったからなのだろうか。口に含んだお汁粉は何の味もしなかった。
*****
顔がとても熱い。熱でも出しているのではないかという錯覚に餡子は陥っていた。それほどまでに一瞬にして顔に熱が集まってしまっている。それは冷めることを知らないマグマのように、簡単には引いてくれなかった。
雪がしんしんと降り積もっている気温だというのに、温泉にでも浸かっているかのような温度感だ。
あの場では即座に聞けなかったが、どういう意味だったのだろうか。
あんな、「毎朝俺の味噌汁を作ってくれ」みたいな言い回しを。
すぐに否定していたから、そういう意味で言ったのではないだろうと信じたいけれども。それでもプロポーズのような空気だったのは否めない。いや、それはわたしが勝手にそう認識しているだけかもしれない。
自慢のお汁粉を褒められて、意図はどうであれ毎日作ってほしいと、毎日でも食べたいと言ってくれて。嬉しくないはずがない。
この高揚感はどこから表れたものだろうか。
甘味を扱う者としてだろうか。
一介の友人としてだろうか。
それとも、別の何かとしてだろうか。
この気持ちは一体、何なのだろうか。
出口のない迷路に迷い込んだかのように、名前のわからない感情が同じ場所をぐるぐると周っている。
初めて経験する濁流のような想いの名称は、未だ判明しないままだ。
*****
「あの二人、あれで付き合ってないって言ってんすよ。どう思うすか」
「爆ぜろリア充って感じです」
いつの間にかかまくらから出ていたギャル娘が、新八の隣りに来ていた。普段であれば可愛い女の子が側にいれば少なからず緊張してしまう新八であったが、今回ばかりは気にも留めなかった。
「店長が少ーし押せばあの銀髪のお侍さん、ころっと落ちるっていうのに、店長ってば全然行動に移さないんすよ」
「あー、こっちも似たようなもんですよ。人には散々ヘタレだダメガネだとか言っときながら、肝心な時には自分だってヘタレなくせに」
「まぁ大人っぽい雰囲気なのに、時たま見せる初々しいところがギャップを感じて可愛いんすけどね」
「こっちは見てらんないですよ。どこか見栄を張っているというか、意地になっているというか」
「お互い、上司の恋愛で苦労してるっすね」
「同感です」
新八がお汁粉を啜る。
それはとても甘くて、甘すぎるのではないかと感じるものだった。
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