不器用な距離
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「これで今年の依頼分はようやっと終わりだな」
疲れ切った声と共に、銀時が歩きながら肩を回す。
銀時たち万事屋の三人はこの年末、大掃除の依頼に明け暮れていた。
独り身の老人の家から、お子さんがたくさんいて細かい所まで手が回らないご家庭から、足の踏み場がないほど物が散乱しているゴミ屋敷もどき等々。
クリスマスがひとたび終わってしまえば、町中の装飾や人々の意識は瞬時に正月のものへと切り替わってしまう。その切り替えの早さは商魂逞しいというべきか、何でもかんでもイベント事を取り込んでしまう日本人の悪癖ともいうべきか。
十二月下旬は日本人にとって、やらなければならないことがたくさんある期間である。クリスマスの準備に始まり仕事納めに忘年会、徹底的な掃除に正月の準備。約十日間という非常に短い期間で毎年毎年飽きもせずに、これらのことをすべてこなさなければならないのだ。
それは銀時たちも例外ではない。
「まだ細かい所の掃除と、年末の買い物が残ってますよ」
「もうだりーから帰ってゴロゴロしようぜ」
「早くコタツと一緒になりたいアル」
「年越せなくなるんですけど」
そんなコントともとれる会話をしながら帰路に着いていると、前方から桂と辰馬が歩いているのを発見する。
「お前らが一緒なんて珍しいじゃねーか」
「餡子の店に行く時間を合わせることができてな」
「こんな年の瀬にか?」
昔馴染みとはいえ、
「銀時、忘れたのか。年末には餡子の誕生日があるだろう」
「………………あ゛」
「まさか銀時、餡子の誕生日忘れていたのではあるまいな?」
「あ〜……いや、ホラ、最近忙しかったしィ……」
「その様子では贈り物を用意していないのだろう」
桂がハァ、と息を吐き、銀時の手首を掴む。
「餡子への贈り物を買いに行くぞ。この時間なら、まだ店は開いている。坂本、悪いが暫く頼むぞ」
「任せとき」
坂本と別れ、銀時たちは近場のデパートに足を踏み入れていた。ここならば贈り物を選ぶに困らないだろう、という判断だ。
「それにしても、餡子さんの誕生日って今日だったんですね」
「ああ。あいつは忙しい年末に自分の誕生日を祝わせるのは申し訳ないと思っているのか、自己主張をしないからな。だから毎年この日は俺も、坂本も、高杉も、餡子の元へ赴いて、祝いの贈り物をしているというわけだ」
「へぇー、そうなんですね。やっぱ女性に贈り物するなら、簪とか帯留めが定番ですかね」
「そうだな。あまり装飾が華美でないものなら仕事中でも付けてくれると思うぞ」
「あ! これかわいいアル!」
「リーダーには似合う可愛らしさだが、餡子には少し若すぎるかもしれぬな」
あれはどうだ、これはどうだと商品を見比べてはしゃぐ三人を他所に、銀時はやや冷静な視線を送っていた。
「なんでお前ら、そんなに乗り気なんだよ」
「贈り物を選んでいる時間って楽しいじゃないですか。どんなものが似合うだろうかとか、どんなものなら喜んでくれるだろうかとか」
「早速クリスマスプレゼントのお返しができるアル」
そういえばつい先週、それぞれクリスマスプレゼントを貰ってたんだっけ。
膝下まであるロングスカート丈のサンタ衣装に身を包んだ餡子からクリスマスプレゼントを渡された神楽のテンションは見たことがないほど高かった。そのままテンションに身を任せ、ハグを通り越して鯖折りを決めていたことは記憶に新しい。
「この時期なら、雪の結晶をモチーフにした簪とかどうですか」
「雪兎の髪飾りもかわいいアル」
「積雪に残る猫の足跡の帯留めなんてものもあるぞ」
「迷いますね。餡子さんならどんな物でも喜んでくれそうだから、余計に難しいですよね」
「あいつはアクセサリーに関しては動物とかよりも花が好きだから、今の時期なら冬桜とか、
そう言いながら梅の飾りが付いた帯留めを手に取る。梅の帯留めは既に持っているような気がするし、梅モチーフの贈り物をするには季節を先取りしすぎるだろうか。
ふと視線を感じて、そちらの方を見やる。
三人が、初めてのおつかいを見守るような生温かい視線をよこしていた。
「……あに見てんだよ」
「いや、なに。やはり餡子の好みを熟知しているなと感心していただけだ」
「別に、あいつの好みを熟知しているんじゃねーよ。あいつに似合いそうなやつを見繕っているだけだっての」
「それを世間一般では熟知していると言うのだが……今はまぁいいだろう」
「なんか引っかかる言い方じゃねーか」
「お前も餡子も、もう少し我儘になればいいのにと思ってな」
何やら優しい目つきでそう言われた。
「我儘ねェ……」
桂の言う《我儘》が具体的に何を指しているのかいまいち理解していないが、そう呟くだけに留めた。
「あれ、あいつらは?」
すぐ近くにいたはずの新八の神楽の姿が見えなかった。店内を見やると、少し離れた売り場に移動したようだ。
「なに見てんの」
「イヤリングアル」
「餡子さんって髪の毛あげている髪型が多いから、耳飾りが映えるんじゃないかなって思って」
耳飾りひとつ取っても、数えきれない量のデザインのものが並んでいる。
新八と神楽と桂はまたもや、きゃいきゃいと相談しながら耳飾りを選んでいるようだ。その様子は女学生が友人同士と話し合う雰囲気のようで、銀時はなんとなく疎外感に苛まれる。
視線を逸らすと、あるものに目を惹かれる。
彼女が好みそうなシンプルな装飾で。
彼女が好きそうな季節の花で。
彼女によく映えそうで。
彼女によく似合いそうで。
それを手に取ってじっと見つめていたら、気付かないうちに側へと来ていた新八と神楽に声を掛けられる。
「あっ。素敵なデザインじゃないですか」
「餡子に似合いそうアル」
「お前ら、いつの間に……」
「これにしましょうよ!」
「賛成アル!」
その商品をレジへと強引に持っていかれ、綺麗なラッピングをされて再び銀時たちの手元へと戻ってきた。
甘味処リコリスの扉を開けると、餡子と辰馬が椅子に座ってなにやら談笑していたようだ。
餡子は予期せぬ来客に少し驚きの表情を見せているが迷惑だというような雰囲気は出ていなく、むしろ歓迎しているようにも感じる。一方辰馬の方はといえば「ようやく来たか」と少し疲れた顔をしていた。
「いらっしゃい……あら、銀時たちじゃない。小太郎と一緒に来るなんて珍しいわね」
「あー……まァ、たまにはな」
店に入るなり、神楽が満面の笑みでプレゼントの小箱を餡子に差し出す。
「餡子、お誕生日おめでとうアル!」
鳩が豆鉄砲を食らった顔というのがピッタリと当て嵌まるだろう。丸い目を更に丸くして、神楽の手にある物に視線を移す。
「え、あ、ありがとう。突然のことでびっくりしちゃったわ」
「僕たちまとめてのプレゼントで申し訳ないですけれど」
「そんなことないわ。ねえ、開けてみてもいい?」
「勿論ネ! 早く見てほしいアル!」
綺麗に包装された紙を、そこまで慎重にしなくてもいいのにと思うほど丁寧に開いていく。
「わあ……可愛い。椿のイヤーカフね」
渡した箱の中に入っているのは、クリップ型のイヤーカフだ。少し大ぶりの椿が三輪並んでいる。
その場で付けようとしてくれようとしているのだが、鏡がないため上手く挟めないようだ。
「付けてやるから貸してみろ」
そう声を掛けて、餡子からイヤーカフを受け取る。付けやすくするために、耳の前に僅かに垂れている髪の毛を耳の後ろに掛けてやる。イヤーカフを付けるあたりをつけるために、餡子の右耳の縁に触れる。
普段、他人がおいそれと触れる箇所ではないからか餡子の体がピクリと小さく反応する。
耳フェチというわけではないが、餡子のものは良い耳の形をしていると思う。模型のような綺麗な形を保っているし、程良い弾力があるし、ほんのりと温かい。
「ほら、付けれたぞ。痛くねェか?」
「うん、大丈夫」
確認するかのように、自身の耳とイヤーカフに軽く触れる。
「どう? 変じゃない?」
見やすいように顔を左へと向ける。
餡子の可愛らしい耳の上部から、椿の花が咲いているように見える。
「すっごく似合っているアル!」
「ほんと? 嬉しいわ」
そう言った彼女は、はにかむような笑顔を向ける。
「早速、今から付けさせてもらうわね」
「これからどこかお出掛けですか?」
「師匠とね、お食事に行くの。毎年わたしの誕生日になるとお食事に連れて行ってくれてね。どんなおしゃれしていこうか迷っていたの」
弾むような声色で言う彼女は、今にも踊り出しそうな勢いだ。これだけ喜んでくれれば、プレゼントを渡した甲斐があるというものだ。
「餡子」
桂が餡子にそっと耳打ちする。
何やら言い終わると、餡子の視線が銀時の方へと向けられる。
パチリ、と目が合う。
黄緑色の綺麗な瞳が、銀時をじっと見つめていた。
彼女の頬に赤みがさしたかと思うと、目線を外されてしまった。
甘味処リコリスからの帰り道、餡子に何を言ったが問い詰めてみたが、桂は面白そうに「大したことは言ってないぞ」と繰り返すだけだった。
*****
師匠とのお食事が終わって、お風呂から出たところだ。
小太郎から貰ったエリーちゃんの着ぐるみパジャマに身を包む。裏起毛で温かいだけでなく、ふわふわした肌触りでとても気持ちいい。エリーちゃんの足の形をしたルームシューズまで入っていて、こちらも心地よい布地だ。足元は尚のこと冷えやすいから、とても助かる。
晋助から貰ったホワイトムスクの香りがするネイルオイルで指先の手入れをする。柔らかく、ほのかに甘みを感じる香りは体をよりリラックスへと導いてくれる。
ソファーには辰馬から貰ったハンドマッサージ機が。お風呂に入る前にやってみたのだが、気持ち良い所にピンポイントで刺激してくれて便利だ。
机の上には銀時たちから貰ったイヤーカフが。お風呂に入るまで付けていた代物だ。みっつ連なった椿の花が素敵なデザインをしている。
小太郎にそっと耳打ちされた内容を思い返していた。
「その耳飾りは、銀時が選んだものだぞ」と。
そう言われて、銀時の方へ視線を向けてしまっていた。
それがいけなかった。
彼とバッチリと目が合ってしまったのだ。
それがなんだか恥ずかしくて、顔に熱が集まってしまうのを感じて、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
変なやつと思われたのだろうか。
目を背けたことについて問い詰められることも、問い質されることもなかったから、わたしの思い過ごしかもしれない。
椿のイヤーカフを
新たに仲間になったその箱は、そこに入るのが当然だとでも言うような顔をして収まった。
