不器用な距離
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「あ」
「あ」
どちらが先に声を出したのだろうか。
かたや飲み屋の引き戸に手をかけたまま、かたやカウンター席でお猪口を持ったまま固まっていた。まさかこんな日に、こんな所で出会うことになろうとは。
「銀さん、入るならとっとと入ってくれ。寒くてかなわん」
店主である馴染みの親父にそう言われたことで、ようやく動き出すことができた。
扉を後ろ手に閉めて、真っ直ぐにその人物の隣の席に腰掛ける。
「こんな日に一人で呑みか?」
その人物、
「その台詞、そのままあんたにぶつけてあげるわよ」
これが通常の、何もない日であれば気にも留めなかった。
今日は十二月二十四日。クリスマスというやつだ。
恋人同士もしくは友達同士で過ごす傾向が強くなっている昨今、一人で過ごすなんて人は稀少なものとなってしまった。
銀時の目の前にいるこの女性は友達が少ない部類ではなかったはずだ。だからこそ飲食店で一人でいることに違和感を覚えた。
「女子同士なら気楽にクリスマスパーティーとかやるだろ」
「もう先週やったのよ。友達の内の何人かはパティシエでね、今頃大忙しなの。そういうあんたこそどうしたのよ。新八くんや神楽ちゃんは?」
「新八はアイドルのクリスマスライブ、神楽は友達の家で泊まりがけのクリスマスパーティーだよ」
「なるほど。こんな日に一人で家にいるのは寂しくて飲み歩いているわけね」
「別に寂しいわけじゃないですぅー。飲み歩いているのはいつものことですぅー」
「それはそれでどうなのよ」
「そういうオメーこそ、クリスマスの夜に女が一人で居酒屋で酒かっくらってんのかよ」
「わたしにだって飲みたい時ぐらいあるわよ。明日は休店日だし、今日はなんだかご飯作る気分じゃなかったし。それに、ここのモツ煮好きなんだもの。ついつい足を運んじゃって」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるね。サービスだよ」
親父が嬉々とした様子で、餡子の前に熱燗とモツ煮を置く。
「あら。こんなに悪いですわ」
「餡子ちゃんいつも来てくれるし、店頑張ってるだろ。餡子ちゃんの店の甘味、評判良いからさ」
「それじゃあ有り難くいただきますわ」
「若ェ女が来ないからってサービスし過ぎじゃね? 俺にもなんかサービスしてくれよ」
「銀さんは溜まったツケ何とかしてから言いな」
親父の会心の一撃に声を詰まらせると、酒と焼き鳥を頼む。
「じゃあ、なに。クリスマスは毎年、居酒屋で過ごしてたわけ?」
「そういう年もあったってだけよ。男性と付き合っていた時期はクリスマスデートってやつもしていたし。あんただって、そういう経験のひとつやふたつあるでしょうに」
「いや、まぁ、うん」
「なんだか曖昧な返事ね」
「気のせいだろ」
「あ。ちょっと。それわたしのお酒」
「タダ酒みてーなもんだろ。減るもんじゃあるまいし」
「飲んだらお酒の量は確実に減るわよ」
「クリスマスデートっつっても、最終的に行き着く先はホテル一択だろ」
「ほんと最っ低」
「つーか、それ以外に何やるっつーんだよ」
「色々あるでしょうよ。素敵なレストランでクリスマスディナーを過ごすとか、イルミネーション楽しんだりとか、クリスマス関連の映画観るとか」
「性なる夜っつーだろ」
「聖なる夜よ。勝手に汚さないでいただけるかしら」
「そんなにクリスマス好きだったっけ?」
「特別好きってわけじゃないけど、イベント事は割と好きな方よ。世間の波に乗っかるのも結構楽しいし」
「お前はサンタ服着て店頭に立ったりとかしなかったのか? いろんな飲食店でやってるだろ」
「ウチはあくまで和菓子屋だから合わないのよ。サンタ帽子被ると簪が突っかかっちゃうし、和服だとチグハグ感がすごいし。そういえばケーキ屋のお手伝いしていた頃はそういった服着ていたわね」
「着てたの!? ミニスカヘソ出し肩出し胸出しのサンタ服を!?」
「そんな露出狂紛いのサンタ服なんて着てないわよ! そりゃ、まあ、スカートの丈はそれなりに短かったけども。あれってふわふわで暖かそうに見えるけれども、生地自体はおざなりで結構寒いから、体中にカイロ貼ったりしてたのよね。あの時は小太郎や晋助に見られて恥ずかしかったわ」
「……は? 何て?」
「サンタ服って可愛い見た目に反して寒かったって」
「違う。その後」
「カイロ貼りまくったって話?」
「その後。あいつらは見たわけ? 餡子のミニスカサンタコスを?」
「ちょっと。言い方」
「で、見られたの?」
「バッチリと。写真まで撮られちゃって。まあ、その後ケーキ買わせたから別にいいんだけどね」
「その服ってまだ持ってんの?」
「借り物だったからもう持ってないわよ。仮に持っていたとしたら何させる気なのよ」
「もう一回着てもらおうかな、なーんて」
「自分で言うのもなんだけど、アラサーのミニスカサンタ姿って見たいわけ?」
「あ? 見たいに決まってんだろ」
「……あんた、もう酔いが回ってんの?」
「ヅラや高杉には見せれて、俺には見せられねーの?」
「別にそういうわけじゃないわよ。そもそも偶然見られたってだけだし」
「じゃあいいだろ。
「
「サンタ服ぐらい俺が買ってやるから」
「そんなもんにお金使うくらいなら、先にツケを何とかしなさいよ」
「ツケは来年でもどうにかなるけど、サンタの格好できるのはクリスマスだけだろ」
「……圧倒的に間違っているのに、堂々と否定できないところが腹立つわね」
「あーあ。餡子がサンタの格好でもしてくれたら、神楽が喜ぶだろーになァ……」
「う……ここで神楽ちゃん持ってくるの卑怯じゃないの……」
「神楽、ああ見えて地球のイベント好きだからなァ……俺らみたいなむさ苦しい男がサンタの格好するより、餡子みたいな姉ェちゃんがサンタの格好した方が神楽も喜ぶだろーになァ……あーあ、残念だ」
「もう、わかったわよ。そんなに着てほしいなら着てあげるわよ。何でもいいからサンタ服持ってきなさいな」
「マジで!? じゃあ、谷間とヘソが見えるタイプの……」
「やっぱ自分で選ぶわ」
「何でもいいからサンタ服持ってこいっつったのはオメーだろーが」
「言ったけど、そういう意味じゃないわよ。神楽ちゃんを喜ばせるためなのに、キャバ嬢やコンカフェ嬢みたいな格好してどうするのよ。誰が得するっていうよ」
「俺が得する」
「あんたが得してどうすんの。数秒前の自分の台詞復唱してきなさいな」
「大体よ、ここは欲望の街、かぶき町だぜ? 普通のサンタ服探す方が難しいっつーの」
「探せばちゃんとしたのあるでしょうよ。特殊な限界集落じゃないんだから」
「なにお前、知らねェの? かぶき町で売られている服の面積は体の三十パーセントまでって決まっているんだよ」
「どこのえっちな漫画の設定?」
「お前もかぶき町に住み着くからには、こういったローカルルールも知らねェとダメだからな」
「……そう。ちょっとお登勢さんに確認してくるわね」
「ごめんなさい。全部嘘です。だからババアに告げ口だけは勘弁してください」
「まったく。よくもまぁポンポンと嘘が飛び出る口だこと」
「俺を誰だと思っていやがる。口先から産まれた男だぞ」
「そんなことで胸を張らないの」
「んで、ほんとに着てくれるわけ?」
「言っちゃったもんは仕方ないわよ。その代わり、そういった服が置いてありそうなお店の案内頼んだわよ。この町のこと、まだそんなに詳しくないんだから」
「任せとけ任せとけ。ちゃんと連れていってやるよ」
「言っとくけど、えっちなお店の服は紹介しないでよ」
「…………大丈夫、大丈夫」
「今、怪しい間があったんだけど」
「き、気のせいだろ。それより、そろそろ出ねェと店閉まっちまうぞ」
「わかった。親父さん、お会計お願いします。この人と一緒でいいわ」
「餡子の奢り? ラッキー」
「この後、わたしに服買うこと忘れてない?」
「忘れてねーって。どうせお前のことだから、新八や神楽にクリスマスプレゼントでも用意してんだろ?」
「なんでバレてるのかしら」
「行動読みやすいんだよ。無駄に律儀だからな」
「無駄には余計だと思うんだけれど」
「あいつらのためだろ?」
「まぁ、あの子たちいつもお店に来てくれるし、顔合わせたら元気良く挨拶してくれるし、日頃のお礼みたいなものよ」
「それでも、だよ。ありがとな」
「なんか……真正面からお礼言われるの照れちゃうわね」
「餡子の照れ顔なんてレアじゃねーか。もっとよく見せてみろよ」
「やだってば、もうっ」
側から見ればまるでカップルのようなやり取りをしながら去っていく二人の背中を見つめながら、居酒屋の親父がぼそりと呟いた。
「メリークリスマス」
