不器用な距離
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「……あり?」
銀時は思わず、素っ頓狂な声をあげていた。
甘味処リコリスが閉まっていたからだ。
そこは銀時の幼馴染みである
曜日感覚がない生活を送っているが、ジャンプが発売する月曜日前後の曜日はしっかりと記憶している。
今日は火曜日のはずだ。だって昨日、ジャンプ買ったもん、うん。
そう頭の中で独りごちていると、扉に貼り紙があることに気付く。
『本日、臨時休業させていただきます』
彼女の整った字で、そう書かれてあった。
定休日以外に休む場合は、前もって店内にお知らせの貼り紙を掲示してくれるはずだ。先週この店に来た時に、それがなかったということは緊急事態なのではないか。
何かあったのだろうか。
裏手に周り、彼女の自宅の玄関へと赴く。インターフォンを鳴らしてみる。しばらく待っていると、玄関が開けられた。
「あ、れ……銀時……?」
出迎えた彼女は、いつもの彼女らしからぬ姿だった。普段ならば休みであろうと、髪もメイクも服装もピシッと整えているはずだった。
先程まで寝ていたかのように髪はボサボサ。身に纏っているのは少しはだけた寝巻き。どこか焦点の定まらない目。上気した頬。呼吸がしづらそうに息を荒げている。なにかに手をついてようやく立てれる、といった様子だ。
その姿を見て、瞬時に餡子の体を支えてやる。
「調子悪いなら出ずに寝てろって」
「だって……お医者様かと思ったから……」
「上まで歩けそうか?」
「ん……らいじょうぶ……」
舌先の呂律があまり回っていなく、明らかに大丈夫ではない話し方だ。餡子を抱き上げて、段差を登り始める。
餡子の自宅は一階の殆どの部分が甘味処スペースとなっており、プライベート空間は二階にある。そのため、玄関を上がってすぐに階段がある造りになっている。
二人分の体重を受けてギシリ、と階段が鳴く。
餡子はくったりとした様子で、こちらに体を預けてくる。余程しんどいのだろうか。その体温はとても熱かった。少し厚めの寝巻きということを考慮しても、衣服の上からでも熱が侵食していることが手に取るようにわかった。
彼女の寝室に辿り着き、そっと布団の上へ寝かせる。
餡子の寝室はリビングのとなりにあった。となりといっても襖で仕切られている空間だ。
「お前、飯は」
「え、っと……食欲、なくて……なにも……食べて、ない……」
「そんなんじゃ治るもんも治らねェだろ。冷蔵庫、勝手に開けるぞ」
返事は特になかったが、肯定だと認識して冷蔵庫を開ける。卵に、葱に、ボイルされた鳥胸肉。冷凍庫を覗けば、小分けされたご飯もあった。神楽なら一瞬で食べれてしまう量だが、餡子には丁度良いだろう。
小さい土鍋があったので、それらを調味料と共に煮込んでやる。具材は少な目に。食の細い彼女にとっては、これだけでも多いかもしれない。
もう少し煮込めば完全というところで、インターフォンが鳴る。餡子が起きあがろうとするので「俺が出るから、お前は寝てろ」と、声を掛ける。
火を止め、下に降りて、玄関を開ける。
そこにはオカマが立っていた。
ひと目でオカマであると認識できたのは、筋骨隆々という言葉が似合うような体格の良さがありつつも、化粧をバッチリと決め込んでいたからだ。あのマドマーゼル西郷より高い身長に、思わず気圧されてしまった。
「こちら
飛び出た言葉遣いは、見た目からは想像ができないほど柔和なものだった。
「あ、エト……合ってイマス……」
「申し遅れました。わたくし、餡子様にお呼ばれいたしました医者でございます」
そう言って、懐から名刺を取り出す。そこに《クリニック》という文字があるのを確認する。
医者から名刺を貰った経験はないが、目の前の人物の応待からして本物だろう。そう確信して、医者を餡子の寝室へと案内する。
「餡子様」
医者がそう声をかけると、うっすらと餡子の目が開く。
「こんな格好でごめんなさい……」
「問題ございません」
医者が餡子が横たわる布団の横に座る。
「診察しますよ。起き上がれますか?」
「ええ……」
医者の手を借りて、餡子が上半身を起こす。
焦点の合っていないぼんやりとした眼のまま、餡子が腰紐を解き始める。
「男性はあっち」
ピシャリと襖を閉じられる。
寝室を追い出されてしまった。
仕方がないのでリビングにあるソファーに座って、机の上に置いてあった女性誌をパラパラとめくる。ジャンプどころか、少年漫画の一冊すら置いていないようだった。普段であれば絶対に開かない雑誌であるが、時間を潰せそうなのがこれだけなので致し方ない。
しばらく経つと、医者だけが寝室から出てきた。
「あなた、餡子様の殿方かしらん?」
「いや……ただの幼馴染みだ」
「あら、そうなのねえ」
「なァ、餡子は大丈夫なのか?」
「《あれ》は四方草家の持病みたいなものなのよォ。四方草家が毒に強いことは知っているのかしらン?」
「ああ……」
「体内に残った毒素を定期的に発汗して排出しなくちゃならないのよン。高熱はその副作用。でも、ここ最近は毒を摂取していなかったと思うのだけれど、どうしてかしらねえ?」
その言葉を聞き、銀時の脳裏にあるものが浮かび上がる。
先日行われた飲み会にて餡子が食べさせられた、それ。
銀時たちが《
あれ以外に原因が思い至らなかった。
あれを毒物認定した餡子の体が拒否反応を起こした結果がこれなのだろう。そうなると餡子が体調を崩した責任の一端は銀時にあるのではないか。そう思うと冷や汗が止まらなかった。
「まあ餡子様、このお店構えたばかりなんでしょう? よっぽど疲労が溜まってたのねん」
「アンタ一体……」
「ワタシは四方草家お抱えの医者だったのよん。今は普通の町医者やってるけどもね。普通の薬じゃあ効かないから、特別に調合した薬が必要なのよン」
カバンからいくつかの袋を取り出していく。
「こっちが解熱剤。こっちが痛み止め。これが胃薬。あんた、勝手に飲んじゃあダメよ。普通の人じゃあ強すぎて死んじゃうから」
「誰が
「それもそうね」
医者が同意するように笑った。
「何かしら食べさせた後に飲ませてちょうだいね。餡子様、食が細くて大変かもしれないけど」
「あんた、もう帰るのか?」
「そうよン。誰も居ないのなら暫く様子を見るつもりだったけれど、誰かが居るのならワタシは必要ないでショ?」
「……心配じゃねェのか。男と二人っきりにして」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔とは、こういう顔のことを言うのだろう。
きょとんという擬音が出そうな顔をしていたかと思ったら、優しい目つきでフッと微笑まれた。
「ワタシだって《男》にあたるわよ。それに餡子様が気を許した相手が居るなら大丈夫でしょうよン」
テキパキと荷物を片付け始める。
「それにアンタがただの知り合いだったら、こうして餡子様のお宅に上がってすらいないわ。警戒心が人一倍高いお人だから、自分が弱っている姿なんて他人には見せられないわよン」
帰り支度を済ませたのであろう医者が立ち上がる。
「もし容態が悪くなったらいつでも連絡してねェン。すぐ飛んでいくわョン」
バチコン、という効果音が付きそうなウインクをして帰っていった。
銀時はというと、作りかけだったお粥に着手していた。とは言っても、材料も調味料も土鍋に既に入っているため、あとは焦がさないように煮込むだけだ。殆ど調理完了しているため、ものの数分で完成となる。
出来上がったお粥を餡子の寝室まで持っていく。
「餡子、起きてるか?」
銀時の声に反応して、涙で薄らと濡れた黄緑色の瞳がゆっくりと姿を現した。起き上がろうと腕にぐっと力を入れるのを確認したから、少しでも負担を軽減してやろうとその手伝いをしてやる。
「食べられるだけでいいから」
茶碗によそった粥を渡す。
「ん……ありがと」
匙で掬った粥に数回息を吹き当ててから少量を口に含む。それをゆっくりと咀嚼する。口に合わないものを無理矢理食べているような食べ方ではなく、生命維持活動に欠かせないはずの食べ物を取り込む動作すら辛いといった食べ方だ。
それらの動作を三回ほど繰り返したところで、餡子の手の動きが止まる。
「……ごめん……もう……」
「気にすんな。よく頑張って食べたな」
お粥を下げ、医者から説明された薬を渡す。餡子は慣れた手つきで一包みずつ取り出す。どれもこれも粉薬だった。
三包み分の薬を一気に口に含み、コップの水を飲み干した。
餡子がコップを持って立ち上がろうとしたので慌てて諌める。
「待て待て待て。どこ行くつもりだ」
「コップ……片付けようと、思って……」
「そういうのは俺がやるから、お前は大人しくしてろ」
「でも……」と、尚も強情っぱりな彼女の手からコップを奪い取り、布団を掛けて無理矢理寝かし付けてやる。
「体動かすだけでも辛いんだろ。無理すんな。自営業は体が資本だろーが」
幼馴染みからの言葉としてなのか、それとも同じ自営業の者からの言葉としてなのか、そのどちらかが餡子に届いたようで不承不承ながらも布団を胸の上まで引き寄せて寝る体制に入るようだ。
食器を一旦片付けようと思い立ち上がろうとすると、袖を微かな力に引っ張られる。見やると餡子が袖を掴んでいた。
「あ……」
おそらく咄嗟に出てしまった行動なのだろう。その証拠に困った顔をしつつも、手を離そうとする。
「なに? どこにも行かねェよ」
そう言ってやり、引っ込もうとする餡子の手を握ってやる。熱のせいか、銀時の手の温度より確実に温かかった。
「なんかして欲しいことでもあんの?」
「そ、の……なんでも、ない……」
「病気の時ぐらい我儘言ったって、誰も怒んねェよ」
やがて躊躇いがちに声を出す。
「……そばに、いて……ほし、い……」
消え入りそうな声でそう言った。
「側にいてやっから。だから安心して寝ちまえ」
彼女の髪をすくうようにして撫でてやると、目がとろんと溶けていく。
やがて、すぅすぅと静かな寝息が聞こえ始めた。
柔らかな頬をぷにぷにと押してみるも起きる様子はなく、きちんと寝入ったようで一安心する。
改めて、食器類を片付けるために立ち上がる。今度は袖を引かれることがなかった。
片付けを終えて餡子の様子を見ると、布団が乱れていた。寝相は悪い方ではなかったはずだ。
熱が高くて苦しいのだろうか。
微かではあるが餡子の口から苦しそうな息が漏れており、眉間には皺が寄っている。熱さまシートでも貼ってやった方がいいのだろうか。
他人の、それも女性の部屋を物色することに些か抵抗を感じるが、今は緊急事態だと己に言い訳をする。
目的の物はあっさりと見つかった。
使ったものを手当たり次第に仕舞ってしまう銀時とは違い、用途別にきっちりと仕分けられていたために発見が早かった。
枕元にあったタオルで額の汗をポンポンと押し当てるようにして拭って、シートを貼ってやる。
突然の冷たさに餡子の体が小さく反応するが、すぐに元の静かな寝息をたて始める。心なしか、表情が少し穏やかになった気がする。
乱れた寝巻きの隙間から、ブラジャーがチラリと覗いていた。太めの肩紐で装飾がなく、胸全体を覆うようにした造りのブラジャーだ。着物の襟に手を差し込み、餡子を起こさないようにそっと直してやる。
銀時とて健全な成人男性だ。これが平時であればラッキースケベに感謝し、下着を凝視して目に焼き付けていただろう。だが相手が弱っている時につけ込むようなことはしたくなかった。
「油断しすぎだろ」
彼氏でもない男にこうも無防備な姿を晒して危機管理能力が少し足りてないのではないかと心配する反面、己は警戒心を抱かなくて済む相手なんだという愉悦感が確かにあった。
*****
餡子が目を覚ますと、部屋は薄闇に包まれていた。
今、何時なんだろう。
枕元に置いてあるスマホの時間を確認する。もうすぐ午後六時になろうとしていた。銀時が来たのが十一時前だったから、六時間近くも眠っていたのか。
流石にもう帰ったのだろうか。
……帰っただろうな。
わたしは銀時の恋人でもなければ、家族でもなければ、同居人でもないのだから、銀時がこんな時間までわたしの面倒を見る必要性はないのだ。ただの、幼馴染みなのだから。
汗を存分に吸った下着が肌に張り付いて気持ち悪い。高熱を出すと、いつもこうなのだ。常人より汗をかきやすい
まだ体温は高いままだが、昼間に比べればマシになった方だ。これならシャワーぐらいなら浴びても問題ないだろう。そう結論付けて、替えの下着と寝巻きを持って浴室へと入る。
少し熱めのお湯を頭から浴びる。
それにしても。なんだか、とんでもないことを銀時にしてしまった気がする。
『そばにいてほしい』だなんて、子供じみたことを言ってしまうなんて。
やはり体が弱っている時はだめだ。
誰かに縋りたくなってしまう。
誰かを求めたくなってしまう。
誰か近くにいてほしくなってしまう。
何かしら食べて薬を飲んで、早めに寝てしまおう。
そうすれば、このマイナス思考も少しは上昇してくれるだろう。そう決意し、シャワーを止める。
汗を洗い流せたおかげで、だいぶスッキリした。
わしゃわしゃと髪の毛の水分をバスタオルで吸い上げ、体に付着した水滴を拭き取る。いつもなら寝巻きを着る前にボディクリームやら何やらを塗っているのだが、今日くらいはいいだろう。シャワーを軽く浴びただけなものだから、体が冷えやすくなっている。本当に風邪をひいては洒落にならない。
さて。家に何か食べられそうなものはあっただろうか。居間のソファーに背を預け、ドライヤーの温風を髪の毛に当てながら考える。
昼間に銀時が作ってくれたお粥が残っているなら、それを食べてしまおう。残っていなければ、まあ、冷凍したご飯が余ってるはずだから簡単にお茶漬けにでもしてしまおうか。
そんなことを考えている時だった。
廊下に通ずる居間の扉が突然開けられる。
ドライヤーをかけているとはいえ、階段を上がる気配にすら気付けなかった。感覚が鈍っているのか、それとも本調子ではないためなのか。結論は出ないが、慢心していたのは事実だ。まさかの泥棒か? そう思ったのも束の間。見知った顔に安堵の息を吐くと同時に、こんなところにいるはずがないという動揺が走る。
「ぎ、銀時……? なんで……」
思わず髪の毛を乾かす手を止めてしまう。
そんなわたしの心中には気付いていないのか、わかったうえでスルーしているのか、わたしの顔を心配そうに覗き込む。
「風呂入って大丈夫なのかよ」
「昼間よりかは熱下がったし、シャワー軽く浴びただけだから。それより、その……とっくに帰ったものだと思ってたから……」
「病気の女を途中でほっぽって帰るほど薄情じゃねーよ。お前ん中の俺ってどうなってんの?」
「だ、だって……」
「頭乾かしてやっから。そのまんまだとマジで風邪ひくぞ」
わたしの手からドライヤーを優しく奪うと、ソファーの後ろに回って背もたれ越しにわたしの髪の毛を乾かし始めた。
誰かに頭を乾かしてもらうなんて、いつぶりだろう。
銀時の手は乱暴というわけでもなく、ガサツというわけでもなく、美容院で施術されるのとは違った心地良さがある。万事屋でいろんな仕事をしているのだっけ。
気持ち良くて、思わずうとうとしてしまう。
「眠くなっちまった?」
ドライヤーからの排気音があるというのに、銀時の言葉はすんなりとわたしの耳に届いた。
「ん……少し……気持ち良くて……」
「そうか」
腰まで届くような長さの髪で乾かすのに時間がかかるというのに、銀時は文句のひとつも言わなかった。
「オメーの髪、サラッサラのストパーで羨ましすぎるだろ」
「これでも定期的に美容院行ってストパーかけてもらってるわよ」
「マジか。俺もストパーかけようかな……」
「あんたの髪質だと、かけてもすぐに落ちちゃいそう。それにストパーって結構お金かかるわよ」
「ぐっ……」
「ストパーなんてかけなくてもあんたの髪、結構好きよ。ふわふわで柔らかいし、なによりあんたの髪だってすぐにわかるもの」
髪の毛を乾かしていた銀時の手がピタリと止まってしまった。
「……銀時?」
不審に思い振り返ろうとしたが銀時の手がわたしの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し、視界がわたし自身の髪の毛によって遮られてしまう。
「わっ。な、なにっ?」
「なんでもねーよ」
そう言う彼はどこか拗ねたような、ぶっきらぼうな言い方だった。
「ほら、終わったぞ」
「あ、ありがと……」
髪の毛を乾かしてくれただけではなく、その後のブラッシングまでやってもらってしまった。骨董品や芸術品を扱うかの如く注意深く、かつ丁寧に、手入れをされてしまった。
家にいた頃は他人にされていたのが普通だったが、今は成人しているし、一人暮らしの身である。他者に世話を焼かれることなど余程のことがないとされたりしない。至れり尽くせりで、なんだかむず痒い。
「飯食うだろ? 座って待ってろ」
そう言われてしまっては、おとなしく座って待っている他なかった。手持ち無沙汰だったので、何と無しにテレビをつける。観たい番組というものが特にないため、おそらく視聴者がたくさんいるであろう番組にチャンネルを合わせる。今の時間帯はまだニュースを放送しているが、もう暫く経てばバラエティ番組が始まるだろう。
ぼんやりとテレビを眺めていたら、机に二人分の器が置かれる。
「ほら、できたぞ」
深底の器からは湯気が立ちのぼり、旨味を凝縮した香りが日本人のDNAを刺激する。可愛らしいキャラクターが描かれたかまぼこ、少し多めに盛られた葱、見るからに濃厚な出汁を吸った小麦色のお揚げ。まごう事なき、きつねうどんだ。
お出汁の香りに食欲をそそられたのか、わたしのお腹が小さく鳴った。暫く聞くことがなかったことと、よりによって男性の前で鳴ってしまったことにより思わず顔に熱が集まってしまう。
「あんだけしか飯食ってなかったら腹減るわな」
くくっ、と銀時が喉で笑う。
「待ちきれねェ奴もいることだし、冷めないうちに食おうぜ」
いただきます、と二人同時に手を合わせる。
「あ。このお出汁、美味しい」
「だろ? 行きつけの乾物屋のおばちゃんに貰ったんだよ」
「もしかして買い物行ってくれたの……?」
餡子の記憶が正しければうどんに乗っているお揚げも、かまぼこも家の冷蔵庫にはなかったはずだ。
「あー……
そっぽを向くようにしてうどんを啜る。
銀時が照れ隠しする時によくやる行動だ。
昔からその仕草は変わらないなと懐かしく思う。
銀時が用意してくれた食事を、今度は完食することができた。洗い物ぐらいは自分でやろうとしたのだが、それも銀時がやってくれた。というか「病人は甘えてりゃいいんだよ」と言われて奪われてしまった。
「それじゃあ、そろそろ帰るわ」
洗い物を終えた彼はそう言った。
部屋で見送るのはなんだか失礼な気がして、玄関で見送ることにした。
「調子悪くなったらすぐ連絡しろよ。夜中だろーがすっ飛んでやっから」
「もう。心配しすぎよ」
くちゅん、とくしゃみが出てしまった。厚手の寝巻きにしたのだが、やはり玄関は一層冷えてしまう。
「言わんこっちゃねェ。あったかくしてとっとと寝ろ」
「ええ。今日はありがとね。助かったわ」
「まァお前がああなっちまったのも、俺にも責任の一端はあるわけだし」
責任? なんのことだろう。
「俺が出たらすぐに戸締りしろよ。外寒ィんだから」
「わかったってば」
後ろ手に銀時が玄関を閉める。
「うおっ、寒ィ」という言葉を聞きながら、玄関の鍵をかける。
上に上がろうとしたのだが、玄関に置いてある小物入れに見覚えのない鍵が置いてあることに気付く。家の鍵にしては細身の鍵だ。倉庫か引き出しの鍵だろうか。もしそうなのだとしたら、こんな所に置いておくだろうか。
訝しんでいると、玄関の向こう側から声を掛けられる。
「あ、餡子……? その辺に原チャリの鍵落ちてない?」
心底気まずそうに言う彼の言葉に、くすりと笑みがこぼれてしまう。
最後の最後で締まらないなんて、彼らしい。
「あったわよ。今、開けるわね」
閉められたはずの玄関が再び開けられた。
