不器用な距離
捌話 残杯冷炙 〜 触るな危険、蛇とドS 〜
「お邪魔するわよ」
万事屋のインターフォンを鳴らした人物は、そう声をかけて玄関扉を開ける。
最早お馴染みとなった万事屋訪問は家主からの意向により、玄関までのお出迎えがなくとも入ってもいいことと相成っている。
それでもいきなり戸を開けるのは不躾かと思ったのか、インターフォンを鳴らしてから入るというのが
「餡子さん。いらっしゃい」
新八が律儀に挨拶をする。
出迎えたのはいつもの万事屋の面子に加えて、もう一人いた。
「あら。小太郎も来てたのね」
「ふむ。今日も攘夷の勧誘にだな」
「あんたも飽きないわね」
幼馴染みの相変わらずの行動に、餡子がやれやれとため息を吐く。
「餡子、今日は何持ってきてくれたアルか?」
神楽がキラキラした目で餡子を見つめる。タダ飯ならぬタダおやつを食べられるということもあるが、単純に餡子の作る甘味が好きなのだ。
それは店の余り物の時もあれば、賞味期限が切れそうな材料で作ったものもあれば、店舗で出す前の品の時もある。
数年間、和菓子屋で働いていた経緯を経て自身の店を構えていることもあり、その甘味は素人が作ったものとはやはり一線を画す。
「今日はどら焼きを作ってきたの」
手に持っている重箱を置く。蓋を開けると、美味しそうなどら焼きがぎっしりと詰まっていた。どら焼きの皮がうっすらと、それぞれ色づいている。某猫型ロボットが大喜びしそうだ。
「ちょっと凝ってみたくてね、中のあんと同じものを生地に混ぜてみたの。さつまいもに、かぼちゃに、桜に、黒糖に、珈琲に、抹茶」
「へぇー、すごくきれいですね。あ。僕、お茶淹れてきます」
「ほう。見事なものだな。店で販売するのか?」
「全部じゃないけどね。よくて二、三種類ってとこかしら。多めに作ってきたから、小太郎からもできれば感想聞きたいわ」
「ならば遠慮なく、ご相伴に預かろう」
「あ、そうそう。神楽ちゃん、これ定春くんの分ね」
簡易的なラッピングがされた半透明な袋を神楽にわたす。その袋の中にもどら焼きがいくつか入っていた。重箱に詰められているどら焼きより、一回りほど小さい。
餡子はこうして定春の分のおやつまで作って持ってきてくれる。体はデカくても分類上は犬であるため、砂糖が含まれる食品は与えられないからだ。
「定春ゥー! おやつ貰ったヨー!」
定春は嬉しそうに「ワォン!」と鳴くと、餡子の体に額をぐりぐりと押し付ける。誰がおやつを持ってきてくれたか認識しているようだ。餡子もそれに応えるように、定春のおでこや喉元を撫でる。
それにしても懐きすぎじゃね? あんなデロデロに甘える定春初めて見るんだけど。
「ふふ。定春くん、くすぐったい」
「定春殿、俺にも……」
何やら期待に満ちた顔でスタンバっていたが、定春は桂の言うことを無視した。
「そういえば餡子さんって試作品作った時、いつもどうしていたんですか?」
人数分のお茶を持ってきた新八が訊ねる。餡子は胃袋の許容量が常人より少ない。何度か食事を囲んで、新八もそれを知った。
「どうしても一人で試食しなくちゃいけない時は、一回で食べ切れる量しか作れないわね。今回みたいな粉物が材料のお菓子だと、多くて三個くらいかしら」
「胃袋が小さいのも考えものだな」
「エネルギー切れになることはないし、そこまで不便には思ってないけどね」
「餡子はもう少し、肉をつけてもよいのではないか。見ているこちらが心配だ」
「これでも昔と比べたら、食べる量増えた方よ。そりゃあ、あんたたちから見たら微々たるものだろうけど」
「しかし、餡子の兄君は大柄だったと記憶していたが」
「うちの一族、基本的には大柄の人が多かったのよ。わたしが小さかっただけで」
「お兄さんがいたんですか?」
「ええ。十五で小太郎ぐらいの背丈はあったわね」
記憶にある餡子の兄の姿を思い出す。年上だったということもあるが、単純な力比べでは銀時ですら勝てなかった。今も生きていれば、銀時の身長など優に越されていただろう。
「
「立ち話もなんですから、好きなところへ座ってください」
「ええ。そうさせてもらうわ」
ソファーの空いているところを探すため、応接間を見やる。やがて餡子の視線が、ある一点に留まる。
餡子が社長机の隅に置いてあるゲージを見て、ビクリと体を震わした。
「ぎ、銀時……それ、なに……?」
餡子が指し示すのは、六十センチもないほどの透明なアクリルのゲージだ。そこから伸びているコードが近くのコンセントに刺さっており、ゲージ内を人工的な光で照らしている。中心にはとぐろを巻いた生き物が、起きているのか寝ているのかわからない眼で銀時を見つめている。
「預かった蛇」そう短く答える。
「客に頼まれてな。電気が一日使えなくなるから預かってほしいって」
「そ、そう……」
餡子はいつもより歯切れの悪い返事をして、その場に立ち尽くしていた。
いつもならソファーに座って味の感想でも聞くのに、座ろうともしない。それどころかソワソワとして落ち着きがない。
「どうした。厠なら、あっちだぞ」
「え、ええ……」
「うわ。女性になんてこと言ってんすか」
「デリカシーの欠片もないネ」
「餡子。こちらへ座るといい」
桂が指し示すのは自分の左側、即ち蛇のゲージの真隣だ。
「え、と……その……立っている方が楽だから、このままでいいわ……」
「普段は立ち仕事なのだろう。休められる時に休ませた方がいいぞ」
「それもそうだろうけど……」
「遠慮しているのか? 気にすることはないぞ。実家のようにくつろぐがいい」
「なんでお前がそのセリフを言うんだよ。そこは家主である俺が言うことだろうが」
桂が餡子の腰に手を回しながら、ソファーへ誘導する。
「ちょ、ちょっと待っ……」
餡子が珍しく焦ったような声を出す。
「ひっ……!」
三歩ほど前に進んだぐらいだろうか。そう小さく悲鳴を上げると、腰に回された手をするりと抜けて桂の後ろに隠れる。
「やだっ……むり……っ!」
「餡子? どうし……」
「だ、だめなの……蛇、苦手なの……っ!」
ぎゅっと桂の羽織りを掴む。その様子は怖がる幼子のようで、普段しっかりしている餡子からは想像できない仕草だ。
「小さい頃に蛇を噛ませられて、それ以来だめなの……」
「ああ。蛇に噛まれてトラウマになったんですね」
新八が腑に落ちたような声音をしていたが、餡子の次の言葉に疑問を浮かべる。
「ち、違うの……
「噛ませられたって、どういうことですか……?」
「その、さっき四方草家は毒に耐性があるって言ったでしょう? 毒の耐性をより高めるために、毒蛇を何度も何度も噛ませられていたの」
「随分とアグレッシブなご家庭だったのだな」
うんうん、と桂が頷く。
「アグレッシブの一言で片付けていいんですか」
「だ、だから蛇だけは、どうしてもだめなの……っ」
「蛇の悪戯仕込んだ時は平気だったじゃねーか」
「あれ銀時の仕業だったの!?」
松下村塾時代、餡子の机に蛇の玩具を仕込むという悪戯をしたことがあった。餡子のことが嫌いだったとか、そういうことではない。いつもツンとした澄まし顔をどうにかして崩してやりたかった。男児生徒特有の阿呆な思考回路によるものだ。
蛇の玩具といっても、本物そっくりな玩具は当時の銀時は手に入れることはできなかった。明らかに木で作られたということはパッと見でも判断できる玩具だ。
それを餡子の机に仕込んだのだ。
「平気じゃなかったわよ! 驚きすぎてフリーズしていただけなんだからっ!」
そういえば。蛇の玩具を見た瞬間の彼女は固まっていた。あれは蛇の玩具だと理解していない故の反応とばかり思っていた。
「しっかし、お前にも苦手なモンがあったとはねェ……」
ニヤリと意地の悪い笑みを、銀時は思わず浮かべる。
「な、なによ……」
餡子が後ずさる。逃がさないように、その腕を掴む。じりじりと蛇がいるゲージに近づける。
「ほ、ほんと、だめだから……っ」
「まー、まー。触ってみたら案外平気かもよ?」
「やだやだやだっ……むり、だってば……っ!」
餡子の目には薄い膜が張っていた。普段見せることのない表情に、加虐心がむくむくと湧いてくる。
「やっ……」
「何してるアルかァァァァ!!!」
神楽が飛び蹴りを喰らわす。銀時の体は壁に叩きつけられ、パラパラと木片が崩れ落ちる。
「嫌がっている女性に迫るなんて最低ですね」
「侍の風上にも置けんな」
「ドSでも、やって良いことと悪いことがあるアルヨ」
「餡子さん、今日のところはもう帰った方がいいですよ。夕方まであの蛇、預かる手筈になっているので。ここにいたら、
「餡子。店まで送ろう。歩けるか?」
「だ、だいじょうぶ……」
「フラフラしてるアルヨ。私も送るネ」
神楽がくるりと振り返る。
「どら焼き勝手に食べたら承知しないアルからな。定春、見張ってるアル」
「わん!」と定春が返事をすると、銀時の頭に齧り付く。
「いだだだだだだ! 傷口に歯がめり込んでるゥ!!」
「それじゃあ僕も餡子さん送ってきますから、おとなしくしていてくださいね」
この場合のおとなしくって、なに!?
おとなしく定春に噛まれていろってことか!?
ピシャリと扉が閉じられて銀時と、定春と、預かった蛇のみの空間になった。定春はガジガジと銀時の頭を噛み続けている。
「お前も、いつまで俺の頭噛んでんの?」
銀時の質問に答えるように、頭を咥えたまま「わふん」と鳴く。
それにしても。珍しいものが見れた、とゲージ内の蛇に視線を移す。こんな小さい蛇一匹で、ああまで嫌がるとは。
お化けや幽霊を怖がる様子はなく、虫ですら不快感を表すことはあれど本気で嫌がる素振りを見せなかった餡子が、だ。
あんな表情を見せられたら、ドS心がくすぐられるというものだ。普段から平常心を保っている相手なら尚更だ。
あと、ちょっと、なんとなくエロかった。
そんな銀時の思考を読み取ったかのごとく、定春が齧り付いていた銀時の頭を一旦離し、丸呑みする。
「定春なにしてんのォォォ!? あっ、臭っ!! 生臭い!! ペッしなさい、ペッッ!!」
新八と神楽が帰ってくるまで、銀時の頭は定春の口内に収められたままだった。
