土器土器体育祭

お菓子パーティ



「古典の例のやつ暗記した?明日から暗唱当てられるやつ」
ポッキーに手を伸ばした拍子に思い出し、3人に聞く。
「当然だろう」
「僕はまだ少し不安かなぁ」
ハンッと鼻で笑う小森に顔を向けて苦笑いする遠坂は、しっとりチョコを口にして、これ美味しいね…と呟いてしみじみと頷いた。

「えっ…暗記…なに…知らない…。なんで教えてくれなかったの柴…」
「寝てた?」
「寝てた」
即答すんな。知らねえよ。起きろ。
ばりぼりおにぎりせんべいを食べながら悲壮な表情を浮かべる器用な奴に、冷たい目でエールを送る。
「はんばえはんばえ」
「柴君、口に入ったまま喋っちゃだめだよ」
すいません。

遠坂に注意されるとは思ってなくてちょっと背筋シュッとした。


「ところで聞いて良いでしょうか」
「えっはい」
「はい?」
「うん」
「ん?」
各々の返事と共に声の方に振り返った。
その先にいるのは、「どうしてここでお菓子パーティーなんて開いていらっしゃるんでしょうか」額に青筋を立てた塩島委員長です。


俺らの目前には広い机。その上に広がるお菓子お菓子お菓子。各自のペットボトル飲料。すぐ近くの棚には整頓されたファイルが立ち並ぶ。すぐ近くには8つの向かい合った作業用デスク。

そうですここは風紀室。

やめろ違います俺は無罪。
隣に座っている遠坂の影に隠れるように小刻みにスライドした。

「加賀屋先輩が"昼休みに風紀室に集合しててネ"ってラインがきまして…。」
「お菓子は」
「…ふ、付属品です…。」
「柴さん以外は」
「付属品です」
俺を睨む小森の視線なんてな、塩島委員長の青筋に比べると屁でも無いぜ。

午前中にラインが来ているのを見て俺は行くか迷ったが、一応行くことにした。それで、ゆっくり昼を過ごせない、ということでいつもより軽めに昼を済まることに。
それに3人が勘付いて話を聞いてきて、皆どうせ特に用事も無いし行っても良いだろ、となり、途中コンビニを通りがかった時に上野が街頭に群がる蛾のように入っていき、お菓子という付属品を持ち寄ることになり、今に至る。
俺らほら、食べ盛り…だから…。

「あの人から聞いてなかったんすか?」
パイの実をつまみながら上野が聞いた。
塩島委員長は、自身専用の机の上に肩肘を付いて眉間に手を当てたあと、大きくため息を吐いて返事をした。
「軽くは聞いてましたが、パーティを開くとは思っていませんでした」
すいません。

後でちゃんと片付けはしてくださいね、と言い、小声で「全くアイツはいつ来るんだ」と文句を漏らした。

直後。

「ヤーヤー!呼んだ?お待たせ!!」と扉に悲鳴をあげさせて登場したのは俺たちを待たせていた張本人だった。

アレ、大所帯!と目を丸くしたのも束の間、颯爽と大股で俺らのいる机に近寄ってきてそのまま手を大きく広げた加賀屋先輩。顔の向きを俺に固定してるのに悲鳴をあげそうになった。ポッキーの空き箱を投げつけて回避。

「うーたんの愛が痛いネ!!!」
ただの空き箱のゴミだ。そのダメージは。

茶番を続けられることを危惧して別のダメージが入りそうなゴミを手繰り寄せていたが、どうやらすぐに話し始めるようで、加賀屋先輩は風紀委員用の他の椅子を拝借して背もたれを肘置きにして腰掛けた。

「ボクってば多忙だから時間押しちゃってさ……うーたんの昼休みももうすぐで終わっちゃうから手短に話すね!」
ナチュラルに俺を混ぜるのやめろ。

来訪者がきた時から、作業をしていた手を止めていた塩島委員長が話を促した。

「それで〜〜、早速だけどみんな、"権現寺陽介"が昨日退職したのは知ってる?」
権現寺陽介。
陽介。
陽介にピンと来ず部屋の空気が一瞬固まったが、すぐに分かった。何故ならその名前は朝から学校中持ちきりだったからだ。
学校が学校なので大声で話すような生徒は見かけ無かったが、色んな噂をひそひそとしているのを見た。賄賂がバレた、不倫がバレた、等々。また、クラスにいた担当の部活動の生徒は寝耳に水だったらしく、戸惑いを隠せない様子だった。
俺らもそのうちの1人だ。朝教室に向かう途中で会話が聞こえ、教室に入ると小森が困惑したような表情で俺と上野を見て、口を開いた。
「権現寺先生が、昨日退職した」と。

誰も声を上げない部屋の空気を察するに、どうやら塩島委員長も同じ状況らしい。
全体の顔を見回して納得するように加賀屋先輩は頷いた。

「オッケー!話が早いネ!ほんとはうーたんだけにベッドの上で聞かせるつもりだったんだけど…」
ベッドでそんな話聞きたく無い。

いやベッドにも行かねえよ。

「勿体ぶっていますが、真相をご存知ということですか?」
ぶった斬った塩島委員長。流石だぜ。
そんな彼に加賀屋先輩が邪気が欠片も見えない満面の笑みを浮かべた。

「9割はネ」
ピースまでした。そのまま手のひらを上にくるっと回して指を広げ、数えるように指を折る。

「彼の行動の原因、指示者、これまでの犯歴……と、ここまでは分かってるんだけどォ〜

"この学校に10年勤めていた、1人の教職員を退職させることができる人間"だけ、
まだ分かってないんだよネ」

誰も物音を立てない部屋で聞こえる、明るい、けれど平坦な声は、どこか不気味に感じた。

指をトン、と机に乾いた音を響かせたのは塩島委員長だ。

「それで?深く突っ込むつもりはありませんが、指折り数えたその内容を聞かせてくれるんですか?」
「イヤ!」
話さねえのかよ。ずっこけそうになったせいで、部屋の重たくなりつつあった空気は散漫した。
なんで俺を呼んだんだよ…。と、俺の呟きを拾った加賀屋先輩が指を鳴らした。

「そ!被害者のうーたんには話を聞く権利があると思って…ね…、ボクの部屋……あとで、来る?」
「行きません」
「ベッド、入る?」
「入りません」
「つれないうーたんもソーベリーキュート!!」
っすか。

「それで?」
俺と共に冷たい目線を送る塩島委員長が、部屋が凍えるような声を。
「おっと、違った違った。ここからがそう、本題。…なんと計画は終わりじゃ無いんだな〜これが」



「(計画…?)」
「(計画…。)」
「(なんの話だ…?)」
「サクサクサク…あ、美味しい。遠坂くん、これ美味しいよ」
「抹茶味?ありがとう食べてみるね」
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