短編



「橋本が、ずっと好きだったから。」



耳を塞いでおけばよかった。

あんなチープな言葉に動揺してしまう自分が憎い。
真っ直ぐな視線が嫌だ。違う。全部全部、どうせ何もかも嘘なんだ。あんな満たされてる人間が俺なんかに、あり得るわけがない。30年も生きて今まで何もなかった俺にいきなりこんな、


ああそうか、そうだ…………馬鹿にしてる。



合点がいって思わず喉で笑う。


珍しく今日残業してたのも、車で送ってきたのも、車での会話も、初めて見た涙も、今も、全部、全て、総て、何もかも、



演技だ。



この異様な空気に危うく流され信じるところだった。そうだ。有り得るわけがない。しかもこの既視感。入社して2年くらい経った時似たような事があったのを思い出した。どうせアイツらだ。なんだ、お前も"ソッチ側"だったのか

まさか、男を使ってくるとは思わなかったけどな!

また引っかかるところだったなんてあまりの馬鹿らしさに涙が出そうだ。笑い過ぎたせいか少し胸が痛い気がするが気にすることじゃない。不審げにこっちを見ている佐藤に向けて伏せていた目を向ける。


「名演技だったな佐藤。ドラマみたく決めてもらったところで悪いが俺は夢見がちな女じゃない。どうせ会社の悪趣味な連中とのいつもの遊びだろ。

泣くまでしてもらったのに悪いな、簡単に騙されなくて。」もう用は済んだだろ?バレたんだし帰ったら?


そう言い放つ俺を佐藤が呆然とした顔で見る。さっきの様にすぐ言い返すわけでもないこの反応は当たりだ。


さて、イレギュラーはもう無い。あとはこいつがすごすご帰るだけだ。興味がなくなり残ったお茶を一気に飲み干す。喉が熱い。佐藤の横を通り過ぎ寝室にスーツを掛けにいく。


寝室を出ると、まださっきと同じ体勢で居た。違う点といえばお茶が冷めているところと表情。眉を寄せて険しい顔をしている。


「まだ居んの。」
「……ねぇ、橋本。色々聞きたい事あるけど、…………まずごめん。急にあんなこと言って」

やっぱり遊びか。

「本当は言うつもり無かった。ほんとは…………車で色々話しして少しでも距離が縮んで、仲良くなれたらって思ってただけなんだ」

おいおい、それは呆れる、「もしかしてまだその遊び続けん「聞けってば!!!」っ…!!」


急に立ち上がった佐藤に両肩を壁に荒く押し付けられ、衝撃で一瞬息がつまる。

急に、何すんだコイツっ……!!怒鳴る為に口を開けた瞬間に肩に重みが。左肩からは掠れ声で小さくごめんと聞こえた。



「…………何に対して」
「全部。…………ごめん、橋本はすぐには信じてくれないって分かってる。でも、本当に好きなんだ。」

「っは、信じられるわけないでしょ」
「うん。どうすれば信じてくれるのか俺にはまだ…分からない。だから、信じてくれるまでずっと、ずっとずっと、毎日言い続けるよ。…好きだって。」
「…別にいらないから。離せ。それと、」
肩に置かれた手は簡単に振り解けた。








「今、すぐ、俺から離れろ…!半径1km圏内に入ってくんな!!」

「うぅ………………ほんとごめん…でもそれは無理…………。」


何故か硬くなってるブツが足に当たっている。不快感が半端ない。少しは真剣に聞いてやってたのにこいつ………………あり得ねー。ドン引きだ。



耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い下を向く橋本から距離を取る。


「ううう……しょうがないじゃんん……橋本の匂い初めてこんな近さで嗅いじゃったんだもん……!」
「三十路がもん言うな!知るか!気持ち悪い!」
「そういう直球なとこも好きだけど今はツライ……。」
「いっ、…………てろ!馬鹿!」


顔から手を離し、とぼけた顔でこっちを見てきたが、次第に顔が緩んで会社で見たことのない程ゆるっゆるな顔に。
何だよ。


「やっと、少しは信じてくれたみたいだな。」
何言ってやがる。今までしたことないくらいの残業のダメージが今来たか?なんて何でもない軽口を叩こうにも口が回らない。


「俺の恥が橋本の気持ちを少しでも軽くできたなら嬉しい。」


そう言って俺が離した分の距離を再び詰めてくる。強い視線に目を向けられず斜め下を見る。ゆらゆらコップの冷めたお茶が波打っていた。さっきの時机に当たったんだろうな。頭はぐるぐる思考が巡るのに身体がピクリとも動けない。


「……本心じゃないんだろ。」

一歩。

「好きでもない相手に興奮したり勃ったりしないって。」

一歩。

「そんなの、……知るか。」

一歩。

「うん。だから知ってこうよ。これから。お互いに。」

あと、一歩。で立ち止まられた。
手を広げられ思わず顔をあげる。

っ、優しい顔で見やがって、お前、なんて、おまえなんて……



片足を半歩前に、出した。




「〜〜〜〜〜ありがと!!」



肩を引き寄せられ力一杯抱きしめられた。圧迫感に息がつまる。
でも、こんな感覚知らない。じんわりと広がる何かに動揺してしまう。なんだこれ。
…あぁ、そういえばこんな風に誰かに抱きしめられたことなんてなかった。その相手が男で、ましてやこいつなんてな。
手を伸ばして佐藤の服の端を掴んだ。


………………目が、熱い。



少しして気持ちも落ち着き、ため息を吐く。


「そろそろ離れろ変態。」
「やだなぁ〜…これからは恋人なんだからそれは無いでしょ〜」


ん?
胸あたりに手を置き上半身を反らして顔を見る。


「………………こいびと?」
「……こ、恋人」
「………………。」
「……………………。」



!!

「あのありがとってまさか……!!俺はOKした訳じゃ無いっての!!!」「アッそう言えば付き合ってくださいって言ってない!」


顔を見合す。



「付き合ってください!!」
「NOだ!!!!」

ドンッッッッッッッ

「「…………。」」


ついに隣人が怒った。
…………最悪だ。佐藤のせいで次から隣人に顔を合わせづらくなった。


さっきより小声でなーんで〜〜?と言ってくる佐藤をいなして腹が減ってきた為ご飯を俺の分だけ用意しに冷蔵庫に向かった。そういえば晩飯食べてなかったんだ。面倒臭がって卵かけご飯で済まそうとする俺を見つけると佐藤は叱ってきて、テレビで見かけるようなお洒落なご飯を作った。

ちゃっかり自分の分も用意した佐藤と一緒に真ん中の小さな折り畳み式のテーブルで遅すぎる晩飯を食う。
にこにことうるさい佐藤を睨んだ。


「てかそもそも佐藤ゲイなの?」
「違うよ、今まで女の子としか付き合ったことないし。でも最近ずっと橋本でしか勃たなくなって困ってる。」
「お前……何でもかんでも言うのやめろよ…。」



30年生きて初の告白を受けた。
しかも、誕生日に。
しかも、同性に。
しかも、毛嫌いしていた奴。
とんだバースデープレゼントだ。




ちなみにその日ちゃっかり佐藤は泊まっていきやがった。
告白云々に関しては…また、親友に相談しようと思う。




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消化不良だったので!
1度裏切られたら一生完全に信用しない系の繊細受け好きです。それを強引にまるっと包み込む攻めも好きです。
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