短編

リーマン物
出来杉クンとひねくれ
*ファンタジーサラリーマン




30まで童貞だと魔法使いになる?
クソ面白くも無い。
それならチンコが無くなるって方がまだ笑える。




誰も俺のことなんて好きじゃない。いや、まず俺という存在なんて認知されていない。この事は中学生の頃薄々気付いていた。
親からの愛情は全部可愛い弟に注がれ、学校では地味な俺なんて注目されるはずもなく、滑り込みで入った会社では可もなく不可も無い成績なのに仕事はポンポン回され、いつのまにか殆どが帰っていつも残業なんてザラ。

気がつけば


俺は恋人居ない歴=年齢 だ。

しかも30歳になった。

しかも今。

しかも会社で。

しかも、最悪な事に会社にいるだけで注目される同僚のパーフェクトマンの佐藤と一緒だ。

しかも!隣!!!




はやく帰りたい。いや帰れ。なんでいる。
いつも7時くらいには同僚達と一緒に帰る癖になんで今日に限ってこの時間まで、鬱陶しい。俺達以外このフロアには誰もいないのも気に食わない。
分かりやすく媚びた香水女達にすぐ終わるから大丈夫って言ってたから、少なくとも9時くらいには帰ると踏んでたのに。
いつもと違いこの時間に隣に誰かいるのは激しくストレスだ。変に意識してずっと集中出来て無い。


くそっ。いつもはこの時間になると9割は終わってるのに、今日は半分程度。こいつの所為でと思うと段々イライラしてきた。


良くないとは理解してるが、持って帰ってする事にする。こいつにさえバレなければいいんだ。
頭がまわってない為決断が早い。データをUSBに入れてからパソコンの電源を落とし、なるべく静かに、動作を最小限に書類などをリュックに入れていく。



「誕生日おめでとう、橋本。」



バサっと入れようとしていた書類を落として固まった。


「確か今日だったよな?いつの間にか日付超えててびっくりした。」30代へようこそ。
なんて言って呑気に笑う。


依然固まったままの身体で首を無理やり隣に向ける。
目頭を押さえ少し疲れた顔で爽やかに微笑みこっちを見ていた。


なんで、

「なんで………佐藤が知ってんの。」


10数年ぶりに直接祝われた動揺で思考が停止する。学生までは適当に何人かに祝われてきた。今では祝ってくれるのは高校からの親友ただ1人。そいつだってメールやラインで。音で認識することなんて。


え〜?秘密!といいながら俺が落とした書類を椅子に座りながら前屈みで拾う。
バレたら終わりだと分かっているのに動けない。ひったくって印刷ミスの紙とでも言えば多少誤魔化せるはずなのに。リュックを膝に置いて書類入れていたので持って帰ろうとしていたなんてバレバレだ。
佐藤がジッと拾った紙を見つめる。


「あれ、これ……もしかして持ち帰り残業する気だった……?」

バレた。


「……この時間ならまだ間に合うからさ、終電。家の方が集中できるのと…………今日はちょっと用事があって。」
布団で寝る、な。
幸い今日は有給を取ってある。持って帰る書類も昼過ぎの会議までに上司に送ればいいやつ。


「終電って…今日はバイクじゃないんだ?」だから見かけなかったんだ…。と1人で頷く佐藤。


良く知ってるな気持ち悪い。情報の漏れ具合に嫌になってきた。
俺は残業で終電ギリギリまでいることが多々ある為電車通勤を諦め、会社の近場の駐車場にバイクを置く事にしている。
だが今日は昨日パンクしたのを修理に行く時間がなかった為電車。
いい加減しつこくて鬱陶しい。思わず苛立つ。


「そう、パンクしてて。だから早く帰らせてくんない?ソレも、見逃してくれると助かる。」
「うーん……そう言われてもなぁ……要は橋本は朝までに家に着きたいってことだよな。なんなら

俺車だし送るけど?」
いや、いい。間髪入れずそう言おうと口を開きかけたのに佐藤はまだ話を続ける。急に良く喋る。


「まずこれ、俺が得意な案件じゃん。」
知るか
「なんかもたついてるなーと思ってたけど、俺に聞くか頼めばよかったのに…。」
見てんじゃねぇよ
「それに」
まだあんのか「何」
「見たところそんなに無いし、2人でならこれくらい1時間もかからないからパパッとここでやっちゃお?俺のはもう終わりだし。」
クソ有難迷惑
「あー…………でも佐藤明日も仕事だろうし早く帰った方がいいと思うけど…もうそっちの終わったんでしょ。」
「いや、今日は休み取ってるし全然大丈夫!」

「…………………………やっぱ悪いし……。」
「気にすんなって!俺らならすぐ終わる!」

「あー…………………………………うん……。」


押しに負けた。くそっ、どうにでもなれ。どうせすぐなんて終わらない。こうなったら佐藤の貴重な休みを俺が潰してやる。




そう、思っていたのに。


「っあ〜〜〜〜〜〜終わった終わった!ほら、すぐ終わったろ?」


終わってしまった。


本当に1時間以内。5時間程かけたもう半分の無駄さと佐藤のパーフェクトマンぶりがよく分かり渇いた笑いをこぼす事しか出来ない。

「……こんなに早く仕事出来るなら佐藤1人で会社まわるな。」
俺の溢した嫌味に楽しそうに笑い、それ俺凄いなと言って続ける。

「でも普段はこんなすぐ終わんないよ。橋本の資料とか下準備丁寧だったお陰。俺は、それを、まとめただけ。……いいとこ取りしちゃったな。」
それに俺1人で会社がまわるなら〜〜秘書に橋本が要るな、と悪戯っぽく笑いかけられた。


はっ。パーフェクトマンは俺にさえ世辞が上手い。
じゃあその時は超高賃金で雇ってくれと軽口を作り笑いと共に返し、お互い帰り支度を始めた。



佐藤の車がある駐車場に向かうと俺がいつも使っている所と同じだった。通りで知ってたわけだ。気持ち悪さには変わりないけどな。
車は黒のセダンで、雰囲気の落ち着いた佐藤に年相応で合っていた。


ベルトを締めながら家を聞かれ、内心嫌々で近くのコンビニを答えるとどうやら知ってるようでナビを触らず車を出した。



「橋本って車の免許取ってないの?」
ギラギラと目に痛い大通りのネオンを眺める。夜の人間が蛾のようだ。
「取ってない。」
「そっかー、便利なのに。」
金がかかるだけだろ。唯一の利点は風が当たらないぐらいだ。


この後も佐藤は無愛想な俺にめげずに話題を振ってきた。休みの日は何を、好きな食べ物は、だとか。婚活の予行練習でもしてんのかこいつ。彼女にでもしてろ。


「付き合ってる子とかは、いたりする?」

はあ?


「…………あのさ。気ぃ使ってくれて悪いけど、それとか答える必要あんの?


正直、さっきからお前面倒くさい。」

俺に彼女いるのかとか。馬鹿にしてんのかよ。


態度で示してるつもりだったがこれだけハッキリ言えば流石に何も言わないだろう。婚活練習に付き合うのはもう十分だ。この発言を周囲に話されれば会社で多少居心地悪くなるだろうが、どのみち誰とも交流なんて無いから何も変わらない。


上辺だけの奴等と仲良くなんざ、しようとも思わない。虚しいだけだ。


どうせ俺を認識する人なんていないんだから。




赤信号でゆっくり車が止まる。もうそろそろコンビニだ。
ふと、やっと静かになった隣を見ると佐藤は下を向いて号泣していた。

はっ。佐藤泣くこととかあるんだな。
住宅街が映る窓に向き直る。




……………………。


「なっっっ!?!!」
「ぅ…………ぅっ……っ」

思わず二度見。
なんで泣いてんのこいつ?!!
耳をすませば確かに啜り泣いてる音が聞こえた。
もしかしてアレで泣いたのか?!俺のあの言葉で?!!?あれくらいの言葉で泣くとか新入社員かよ?!


信号が変わり発進したものの、とめどなく目から水分を消費してるため助手席の俺はいつ事故が起きるやもと気が気じゃない。何処かで停止させたいが、目的地であるコンビニも俺が佐藤の様子に驚愕してる間にゆっくり通り過ぎていた為わざわざ戻るように言わなければならない。それはなんか嫌だ。しかも住宅街に入った為もう他に停まれる所なんて覚えがない。詰んだ。


……しょうがない。事故は御免だ。


「佐藤、次の十字路過ぎた所に茶色い屋根のアパートがあるからそこに車停めて。場所決まってないから佐藤の停めやすいとこでいいから。」


しゃくりあげながらもコクコク頷くのを横目で確認して小さく溜息を吐いた。心なしか宥めるような声色になった自分の甘さに。


だって、俺は悪くない。


少し走って俺の住んでるアパートに着き、涙をこぼすのに耐えて少し歪んだ駐車をするのを眺める。今更だし耐えてる方が視界歪むでしょ何してんの。




荷物を適当に放って部屋の真ん中のカーペットに座るよう伝えた。車内の距離で話すよりは家にあげた方がマシだと思い、入れた。車の時よりはだいぶ落ち着いたのか軽くしゃくりあげる程度になっている。


「お茶、水道水、どっち。あと鼻水カーペットに落とすなよ、目の前の机のティッシュ使って。」
紅茶やらココアなんて無い。


佐藤は声を出そうとしたが小さい掠れ声だった為数度咳払いをして、お茶でお願いします…と言った。


2人分の水をヤカンで沸かす。その間コンロの前に立ちながら鼻をかむ佐藤を眺めた。
まるで会社の時とは別人だ。ほんの少し前までは爽やかパーフェクトマンだった奴が、今は目と鼻を赤くして整った顔を歪めている。心成しか絵文字の"しょぼん"に似てる。鼻で笑ってうるさくなってきたヤカンを止めた。


お茶を真ん中のテーブルに持って行き、礼を言ってくる佐藤に適当に返事をした俺はパソコンが置いてある机の前の椅子に座った。椅子をくるりと回転させカーペットの上に座った佐藤に向き直った。両手でマグカップを持ってお茶を啜っているのを半目で見ながらやっと本題に。


「それで、何で泣いたのか……聞いた方がいい?」
聞かないでいいなら別に興味ないし全然。というか面倒臭くなりそうだから聞きたくない。茶飲んで落ち着いたら帰って欲しい。首を横に振れ。


ほっと息を吐いて伏せ目がちだったアーモンド型の綺麗な瞳がこっちを上目遣いで見て、

首を縦に振った。


だろうな。

暫く話し出すのを待ったが口をもごつかせてるだけの佐藤。俺気が長い方じゃないんだけど。腕を組んで溜息をつく。


「…………実はよく泣く方とか?会社で見た事ないけど。」
首を横に振る。
「…じゃあ、俺が恐かったとか?」
少し間が空き首を横に振る。

じゃあなに。

なんだよこの質問形式。当てるまで終われないとか無いだろうな?もう無理だ。もう思い付かない。佐藤から視線を外して湯気のたったお茶を飲む。


「……橋本が恐いんじゃなくて、橋本に嫌われたかもしれないのが…恐かった。」
呟くように声が聞こえた。


「……………………それだけ?」
「お、大雑把に言うと…。」

その歳で繊細過ぎだろ。小学生か。


誰かに嫌われたこととか……まぁ無さそうか。好意に囲まれて悪意とは距離がありそうだしな。


「あ、そ。じゃあこういう人種もいるって学べて良かったな。」
間髪入れずそうじゃないとさっきより声の音量を上げて言われた。なんだよ。


「そうじゃなくて……、俺を嫌ってる人が結構いることぐらい知ってる。」
意外。そんないたのかって事と理解していたのと二重で。
「だから…………その、橋本に…嫌われるのが…恐かったんだってば…っ」

また潤み出してきらきらと光を受ける瞳に、ほんの少しだけ、罪悪感。


「……佐藤と交流なんて無いし、なんで」


俺に嫌われるのがそこまで恐いわけ?


思わず口から出たが最後まで言えず空気に溶けた疑問。音に出したらまずい気がした。



あぁ。でも、これは俺が悪かった。


口に出さなければ良かった。あっそ、って聞き流せば良かった。



決意を固めたような佐藤の顔を見てそう思った。




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最早短編じゃない気が。
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