短編

告白
一途×鈍感



「好きだ」
茶化すにも、冗談と流すにも真剣過ぎた。
2人で飲んでる時に中学時代の共通の友人がSNSで結婚発表していたことについて一騒ぎした後のことだった。
働き始めてから男ばっかの職場に出会いなんてない。
もう出会い系マッチングアプリするしかないか?等と冗談半分に話したら、さっきまで笑っていた瀧戸が口に付けていたビールジョッキを静かに机に置いた。
目線を机の上にある焼き鳥やキムチに落ち着きなく移らせ、血管の浮いた手を頬からこめかみへ滑らせた。
何か言おうとしていることは明らかだった。
まさか、こいつ、既にやってんのか?彼女ももう出来たとか?整った顔のこいつならあり得ない話ではない。
訝しんだ俺はその後の滝戸の言葉につかんでいた枝豆を落とした。

「あの、さ。ずっと言おうと思ってた」

「…好きだ。向園、お前が。……性的に」

思っても無かった展開に一気に酔いが覚めた。
頭が真っ白になり、口を開けたまま数秒固まった。
意味をやっと脳内に染み込ませた後、真剣な目の滝戸から目を逸らして口を閉じた。さっきまでウイスキーを飲んでいたはずの口の中はカラカラで、声を出そうとして無い水分を飲み込んだ。
いまだに刺さる視線に口を開こうとしたら「突然でごめんな。返事は良いよ。まだ。」そう、いつもの柔らかい声で言われた。
続けて、「マッチングアプリもしたらいいと思う。ただ、お前のことがずっと好きな俺もいたって覚えてて欲しい」とも。
過去形にしたことに何故か引っ掛かりを覚えつつも、分かった、と頷いてすぐにその日はお開きとなった。

解散してからも頭を占めているのは当然、滝戸のことだった。
中学の頃からの友達だ。高校まで一緒で、友人として、バレー部の仲間としてずっと仲良くしていた。
一緒によく遊んだし、馬鹿なこともした。2人だけで会うことになったのは卒業後、成人式で久しぶりに会ってからだった。
それ以来定期的に会うようになり、大学での話を。
大学を卒業後、就職してからもお互いに月に1回は会っては会社や上司の愚痴を。
…今後はどうなるかはわからないが。

"ずっと好き"
その言葉を思い返すと、確かに昔から整った顔のあいつは、モテていた割に付き合った女子は知ってるうちで高校の時の1人だけだった。
ってか、いったいいつからだよ!
もやもやしていた気持ちは家に着いてから次第に苛立ちに変わっていた。

「……性的、まで言うなよ!」
シャワーヘッドから流れるお湯に向かって目を瞑りながら怒鳴った。


アレ以来2ヶ月経った。
その間、2人のトーク画面が動くことは無かった。
時折、たまたま、トーク画面を見てみたりしたが2ヶ月前に俺が送った『駅着いた』が最後の履歴のまま。
当然といえば当然だった。
いつも飲んだ時に次の予定を立てていたし、その日に決まらなかった時や気分によって俺から誘っていた。

いや別に待ってるわけじゃねえし。
好きっつった割に何もコンタクト無いところが腑に落ちないだけだし。

そんなもやもやも、軌道に乗り始めた会社の新規プロジェクトの多忙な日々で吹き飛んだ。
トーク履歴もいつの間にかあいつのものは埋もれて見えなくなっていた。


新規プロジェクトも安定し、やっと定時で帰れることになったある日のことだ。
家でベッドにもたれながら缶ビールを飲み、最近ハマっているゆーちゅーぶを見ていると通知が入った。
すぐにそれをタップした。
間延びして飽きが来ていたこともあったが、それよりも、高校の時のバレー部のグループラインからであったことが大きい。
3年ぶりと随分久しぶりだ。

『久しぶり!実は結婚しました!』
「お前もかよ!」
思わず飛び起きて声を上げた。
思っていたより大きな声が出たことに1人でに恥ずかしさを覚え、思わずお隣さんのいる壁に目を向けた。
幸い壁ドンされることはなく安心した。
なんて送ろうか迷っている間に他のメンバーから次々とコメントが更新された。
俺と同じように驚くものから、祝いの言葉。
取り敢えず祝っとくか。そう、文字を打ち込んでいる間に、久しぶりのアイコンが見えて投稿のボタンを押す手が止まった。

『おめでとう!』

滝戸。
すっかり忘れてた記憶が鮮明に頭を巡った。
携帯片手に合わない視線を部屋に向けている間に、再びトーク画面を見た時には話が進んでしまっていた。
くそ。祝うタイミング逃した。お前のせいだからな。
頭の中で滝戸に八つ当たりをする。

『さんきゅーさんきゅー』
『それで、折角だから久しぶりにお前らに直接会えたらなって思って』
『突然で悪いんだけど、来週の土曜いけたら××駅近くの居酒屋で19時くらいにいける?』

携帯ですぐに予定を確認。
休みだ。
戻ると、頻繁に動いていたトーク画面は止まっていた。俺と同じように予定を確認しているんだろう。
ふと滝戸のことが浮かんだ。
来るのか?
考えていると、まずは部長だった奴が『いける』と送り、それを皮切りに数人参加と不参加を表明し始めた。
その画面を見て、さっきの二の舞は御免だと、あいつが何か言う前に送信ボタンを押した。

『いける!あとおめでと!』

よし。
あいつはどう出るか。
ほくそ笑んですぐ、俺の直後に『俺も行ける。ただ遅れて合流すると思う』の文字が来て目を瞬きすることとなった。
来る、のか。
ふうん。
散歩してる犬が通りすがりに尻尾を振りながらこっちに向かってきた時のような、何とも言えない気持ちを抱きながら机に置いていた缶ビールに口をつけた。

その日はあっという間に来た。
20歳を超えてからは学生の頃より時間が経つのが倍近く早いことを最近実感する。
折角夜に予定があるならと、昼から外に出て時間までショッピングモールや古本屋をまわった。
特に買うものはなかったが、途中で結婚する奴に祝いの品でも買うか、とネットで無難な物を調べ、シンプルで肌触りの良い素材のタオルセットをチョイスした。

時間が来て予定の居酒屋の前に行くと、前にはすでに数人集まっていた。会うのは成人式以来と久しぶりだったが、全員身だしなみが落ち着いた程度で、見たらすぐに誰か分かった。
背を向けて話してるうちの1人であり、ここに集めたおめでたい当事者の背にサーブするように手を弾ませた。
「よ!久しぶり、皆元気そうじゃん」
「向園!久しぶり、お前もな」
痛っと声を上げてすぐに振り返り、俺を認識して嬉しそうに破顔したのに釣られて頬を緩ませた。
そのまま買ったばかりの、梱包されたプレゼントが入った紙袋を押し付けた。
「あと、おめでと」
「うわ!え、わざわざありがとうな」
残り数人のメンバーが来るまで先に着いていたやつと現況を話していたが、店前は邪魔になることと店も予約してくれていたらしく先に中に入ることになった。

席に着いてからも話は尽きず、昔の話や今してることについてひとしきり盛り上がった。
また、遅れてきた残りのメンバーが来たことを皮切りに、ようやく聞けると言わんばかりに新婚に向かって結婚相手について根掘り葉掘り話し始めた。
ひとしきり新婚をいじり倒した時、"あいつ"が遅れて店に来た。
ツマミが良かったこともあり、飲むペースが早くその時には全員ほとんど酔っ払いとなっていた。
「ちょっと皆ペース早くない?」
整った顔を崩して呆れたように笑いながら自然と俺の隣に着いたことにドキッとした。
肩が触れるほどに近い。
他のメンバーと久しぶりの挨拶を交わしているのをビールを飲みながら上目遣いに隣を伺ったが、滝戸は告白なんてなかったように平然としていた。
こんな近いのに。
滝戸がからみ酒されているのをなんだかつまらなさを感じながらとりつくねを口に運んで聞いていた。

「俺も出会いがねーーんだよ!」
「営業なのに?」
「職場は事務のおばちゃんばっか!しかも既婚者!」
「あはは、不倫はやめとこうな」

そういえば、からみ酒してるやつは昔から理想が高かったことを思い返した。
クラス1の美人ばっか狙っては見事に玉砕してたな。
馬鹿だ。
こいつは結婚遅くなりそうだな。
口元に笑みを浮かべて残り少ないビールを口に含んだ。
「あーーそーいえば滝戸、やっと向園に告ったってマジなん?」
「うん」
「ブッ!!」
吹いた。
俺の行為に騒ぐメンバーの声が右から左へ流れ、目の前の皿に残っていたツマミが濡れて雫が滴るのを呆然と眺めた。

「俺のチャンジャーーーー!」
「うるせー!待って、おい、おいこら滝戸」
チャンジャが乗っている皿を持って悲痛な悲鳴をあげる、爆弾発言をしたやつを一喝してすぐ綺麗な横顔を睨んだ。
「言ったの?こいつらに?」
「うん」
やっとこっちを見た滝戸は酒が回ってきたのか、顔を少し赤くして平然と頷いて見せた。
あまりに普通なその反応にわたわた手を動かしてしまう。
なんで?!
焦ってメンバーの顔を見渡して驚く。
2度目の衝撃。
誰も特に大きく反応してるやつがいない。
なんで???!
ジョッキを音を立てて机に置き、納得するように頷いてるやつに声をかけた。
「なんで無反応なんだよ!皆知ってんの?!」
「いや、告ってたこと自体は俺は知らなかったけど、なあ?」
「おー、だって、なあ?」
「なー、滝戸隠す気皆無だったし」
「はあ?!」
「一途だな〜〜」
着替えの時絶対向園と一緒に行ってたし。向園だけに異常にボディタッチ多かったし。懐かしいな〜。とゲラゲラ笑うメンバーを信じられない目で見る。
呆然としたままの俺の手を滝戸がお手拭きで拭いてくる。
顔を向けるといつも通りににこっと笑いかけてきて半笑いになる。引き攣ってる。
肌が触れて反射的に手を引いた。
「付き合うん?」
なんだと?
「ううん、返事はまだ」
「付き合えばいいじゃん〜頻繁に会ってたのお前らくらいだし」
「な、そんな、いや、」
なんて言えば良いか頭に浮かばず、言葉が詰まる。
思わず元凶である隣を助けを求めるように見てしまう。
元凶は俺の様子を見て邪気のない笑みを浮かべていた。
「うーん。やっと意識してくれたみたいだからこのままで。今はまだ、いいよ」
「お前らが付き合うならめでたいことが続くな〜」
勝手なことばっか言いやがって。
肩に体重がかかり、俺の顔を覗き見てくる滝戸に眉を顰めて手をシッシッと追い払うように反対側に体を逃した。

愛おしそうに見てきたように思えたのも、俺の顔が熱いのも、全部。
全部、酒のせいだ。

「……もう誘わねえし」
「じゃあ俺から誘おうかな」


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一途なイケメンとか誰だって落ちるだろ。
なので、何度か飲み誘われてそのうち彼は陥落します。
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