土器土器体育祭

一方その頃〜奴隷の城〜



「あーあー…やる気満々でマァ…。」

立ち上がり、生徒会で作成した書類を受け取った拍子に美月先生は窓から運動場が見えたらしく、肩を落としてそう言った。

「いいことじゃないですか」
何をそんなに気を落としているのか。気になって僕も窓から外を覗き込んだ。
体育祭に向けて綺麗に引かれたラインパウダーでリレーや、騎馬戦など、それぞれ体育祭の競技の練習をしている生徒達が見えた。

あ。柴君。
久々に見知った姿を見付けて心が弾む。今は授業中なので、どうやら美月先生が担任をしているクラスは体育の授業のようだ。

僕の隣に来て窓枠に肘を付いて外を眺めた先生はボソリと呟いた。
「聞いてくれるか白崎…。実はな…やる気出るかな〜って、"俺のクラスが頑張って白組が勝ったら焼肉奢る"って教室で話したらあの有様よ…。」
首を捻って考えた。やっぱり、
「いいことじゃないですか」
美月先生の財布が軽くなるぐらいで。
項垂れる美月先生から視線を再び運動場を向けると、確か陸上部で活躍している生徒が熱血指導をしていた。

純粋に、楽しそうでいいな。と思った。

だって、そんなことを言って項垂れているけれど、美月先生は穏やかに笑って運動場を眺めていたんだから。


「戻りました」
そう言って生徒会室に帰ってきて部屋を見渡し、先程まで居た場所で思ったことを思い返す。

"楽しそうでいいな"

何故なら、ここにいる人達はことごとく目に光が無いから、だ。

「もうこれで計算おわり〜??おわり??」
「すみません…まだあと、この保護者用で使用する金額をまとめているファイルが…。」
申し訳なさそうに宗に返され、短く悲鳴をあげて机に倒れ込む秋葉会計。

「これぐらい俺には何とも…何とも無いぞ…。」
不在の間に積み上がっていた書類に目を通しながらブツブツ呟く生気の無い氷室会長。

「………フフッ。」
いつもであれば、いつ見ても何をしてても何故かお腹を抱えて笑っている桜島副会長は、現在時折小さく笑うだけで静かに目前に積み上がった書類の整理をしていた。

以前の生徒会より静かで過ごしやすい職場環境とはなったが、その異様な雰囲気に小さく息を吐いて、美月先生に確認してもらった書類を木雨の元に持って行った。

木雨の前にある書類は比較的少ない。何故なら、サボっていた3人に大部分を振り分けているから。だから、僕の机に置いてある紙もそこまで無かった。
僕達も鬼ではないので、平等に分担…気持ち3人には多めに、と考えていたのだが、誰に何を言われたのか「俺は有能だ。できないからサボっていたわけではない。これくらい軽く終わらせてやる」と、氷室会長のみならず、やる気に満ち溢れた2人も自主的に手を伸ばしたのだった。

ただ、今こうなるくらいなら言ってくれればいいのに。
と、思ったが、根を上げるまで待つことにしている。秋葉先輩は兎も角、2人はやらなかっただけで仕事ができる人ではあるから、僕らに声を掛けることなくギリギリでも終わらせるんだろうけど。

「はい、特に問題は無いって」
「おー、おおきに」
渡した書類を受け取り、『確認済』とシールが貼ってあるかごに入れた木雨。
席に帰りながら、そういえば、と先程あったことを木雨に雑談することにした。
僕の話をうんうん頷いて聞いていたが、次第に顔を顰めていった。

聞き終えた木雨が手元から顔をあげて僕を睨むように見る。
「……なに。」
暫く無言が続き、一言「…むっちゃ楽しそうやんけ…。」と溢した。
「だよね」
「ええなぁ〜…俺のクラスの担任は真面目やから絶対そんなんせんもん。な、宗ちゃん」
木雨の後ろをたまたま通りがかった宗は唐突に話を振られ、驚いた顔をした。
でも話は聞いていたらしく、苦笑いで相槌をした。
「そうだね、良い先生なんだけどね」
美月先生もそんなこと言うとは思わなかったけど、良い先生だよね。と微笑ましげに宗が笑った。
それに僕と木雨が同意した。勿論、"そんなこと言うとは思わなかった"の部分に。

「でも、折角柴君達が楽しんでくれるなら僕らも頑張らないとね」
僕の言葉に木雨が軽快に笑った。
「せやなぁ、体育祭まであと少しや。俺らももう一踏ん張り頑張ろか」
「そうだね!」
宗も握り拳を作って頷いた。

ただ、うん。
柴君達のクラスには悪いけど、僕達生徒会"紅組"も負けるつもりはないよ。

あとでリレーの順番を氷室会長に改めて相談しようと決意した。



「…これさっき俺サインしなかったか?」
「ちゃいますよ、ほら、ここ」
「フフッ」
「慧ちゃんがこいしい…」
「じゅ、ジュースか何か買ってきましょうか…?」
「宗、甘やかしたら駄目だよ」
9/76ページ