短編

一人暮らしで自炊とか初めの1ヶ月くらいで諦めた俺はいつもスーパーの弁当頼り。

あの動画を見てから今日で1週間。
試験勉強は捗らないし、今日もやりもしないガチャガチャコーナーの前を通り過ぎる。

今日もいない、か。
というか、近所とは限らないのになんでこんなに期待してんだろ……。見かけた所でそもそもどうすんだよ俺。声掛けんのか?なんて?いつも見てます!って?ひよこ顔隠してんのに?
…ばからし。

弁当をセルフレジでバーコードを読み取る。
電子マネーでお金を払った後、通りすがりに出来心でガチャガチャコーナーを再度チラッと見た。

ら、いた。

おじさんが。
中年?40台後半くらい。
白髪混じりの黒髪。
中肉中背。
清潔感のある白シャツに黒のジーパン。
腕組みをして唸っているようだった。
少し変な人。

なにも知らなければ。

素知らぬ素振りで後ろを通り、バレないように観察する。

見覚えのある手。
指輪の跡もある。



………。どうすりゃいいわけ?

想像してた通りの展開。
頭の中はパニックだ。真っ白。

少し離れた所で固まっている俺の存在に気付いたらしいおじさんが、振り向いて少し目を見開く。目が合った。

「あ。ごめんね?邪魔だったかな?」
「っ!」

こ、

この声だーーー!!!!

頭を抱えそうになる。それこそ俺が変なやつだ。

ずれて退こうとするおじさん。



でも。
もし、そのまま帰ってしまったら。
タイミングが合わなければ、今後会うことはできないかもしれない。
こんな機会無い。


そう思ったら、

そのおじさんの腕を掴んでしまっていた。



困惑した様子で眉を下げて微笑むおじさん。
どうしよう。
可愛い。
ダラダラ冷や汗は流れるも興奮した脳内はタンバリンとファンファーレを鳴らしている。気が早いぞ俺ッ!!

「その〜…どうしたのかな?おじさん何かしたかな…?」

馴染みの声に表情がつくだけで一気に景色が変わる。アプリのフィルター使ってるみたいだ。

「あの、手だけでも離してくれると……」
「アッ、す、すいません」

手をパッと離した俺に、道の邪魔になってるし、話があるなら端っこに行こっか。と提案されて(優しい。)ガチャガチャコーナーの少し暗くなっている端っこに移動した。丁度良く3人掛けの椅子もあった為、間を開けて2人で並んで座る。

「………。」
「……………。」

………っべぇ〜〜〜〜!!
どうすりゃいい?!??引き留めた手前言わないわけにもいかないしいやこの際知り合いに似ていたでもいいけど?!?
でも、チラッと隣を横目で伺うとぼのぼのの様な汗をかいてこちらのリアクション待ちをしているおじさん。

こんな可愛いのを見ると、これっきりなんて惜しい。無理。
この際不審がられてもいい。
というかそれ以前に人違いだったら良………よかねぇわ。
意を決して口を開く。

「あの…っすね」
「んっ、うん。はい。」
突然話出した俺に驚き、慌ててこちらに向き直る姿に、可愛い!!!!!と叫びたくなるのを抑えた俺を讃えてくれ。
「んんっ。……その、実は俺、ゆーちゅーぶをよく見てて」
「…うん」
「もし人違いだったら申し訳ないんすけど…………

ひよこさんですか…………?」
「………………。」

今更も今更で、間違っていたらあまりに恥ずかしいと思い、最後は自分の足元を見て言った。

けど、無言。

エッ。なに。もしかしてガチで違うとか?それはエグい。俺が。

パッと横を見ると、顔を覆ったおじさんがいた。

なにしてんの。

「あの…?」
今度は俺が困惑気味に声をかける番だった。

片手を外して俺の方にフリフリする。
「その。ごめんね。違うんだ、いや違うって何が…その、恥ずかしいっていうか、嬉しいというか、ほんとに見てくれてる人がいるとか思ってなくて」
確かに俺の垢はサブでアイコンはないからそう思われても仕方なかった。
「…じゃあ。…ひよこさんで合ってますか?」
「…はい。…うん、はい。いつも見てくれてありがとうございます……。」
深々と頭を下げられた。
「っやっぱりなんか恥ずかしいね!ひよこって呼ばれるのも!」

真っ赤になった顔を両手で仰ぐ姿がくっそかわいい。これ以上俺の性壁を歪めないでください。

ずっと照れている様子のひよこさんが可哀想で話を変えることにした。
「ひよこさんがガチャガチャ見てたのって、次やる動画のやつっすよね?」
「うんっ、あ、そうです」
「…フハッいいすよ、全然年下ですし俺。敬語とか」
敬語に直すと少しキリッとするのに吹き出した。
「いいんですか?…ありがとう、じゃあ君も…あ、名前とかって聞いても大丈夫なのかな…」
「全然。伊藤綾人(イトウアヤト)です。綾人でいいっすよ」
ホッとした様に下がっていた眉が戻る。
「えっと、じゃあ私は、」
「ストップ」
「ん?!」
手を顔くらいまで上げて、ひよこさんの言葉を遮った。

流石にゆーちゅーばーに本名を聞くのは憚れる。というより、ひよこさんによって開拓されてしまったオタク心が聞くなと言っている。
近所で、知り合いになれただけ喜べ俺。

「あー。……俺のことは気にしないでクダサイ」
「でも…私だけ匿名なのは…それにひよこさんって呼ばれるの結構恥ずかしいし…」
「…じゃあヒヨさんならいいすか?」
「それはいいけど…いいの?ほんとに?」
………。
ほんとは知りてぇよ!!!あの動画を見ている数人の中でも俺だけが知ってるって優越感欲しいよ!!!!けど、あのひょっとこで隠された顔が見れただけ俺はだいぶ舞い上がってるから!!!今は!!!良い!!!
「い、いっす……はい。」
「ふふ。そっか。わかった。ありがとうね綾人くん」
1人立ち上がってこっちに一歩踏み込んだヒヨさんは、俺の頭を軽く撫でて笑った。
手が大きい。
遠い距離にあったあの手。
見上げたヒヨさんの笑顔に心臓が跳ねた。
ヤバい。
かも。
いや、ヤバい。

バクバクと動悸がする俺を置いてヒヨさんがガチャガチャコーナーに向かっていった。


「綾人くーん、ガチャガチャ迷ってるんだけどどれがいいかなー?」
「ッちょっと待ってください」



「えっ500円のとかあるの!?」
「っすねぇ」
「私の時代、100円とかが普通だったんだけど…!?」
「マジすか。まあ今のクオリティエグいっすからね」
「へぇ〜すごいんだねぇ」


感心しているヒヨさんを横目に、これからどうやって距離を詰めてやろうかな。と打算する俺をどうか許して欲しい。



ーーー→
続編。
おじさん受が好きでめっちゃ捗ってしまった。
こういうの好きでまだちょっと続く…かも…。
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