クリスマス
【柴】
馬鹿だ。
目前に広がる死体……いや、寝体×3。
どうも柴です。姉さんは元気ですか。どうせ今日も義兄さんとイチャイチャしてんでしょうね。それも、いつもより倍。
はーー末長く爆発しろ!!!
俺は友人に呆れ果てて早急におうちに帰りたいです。ああでも間近でイチャイチャ見るのも勘弁。
なんて考えてる場合じゃない。
上野と遠坂が急にアルコール摂取勝負を始めて早1時間。2人は夢の国に沈んだ。丁度見てなかったが多分ほぼ同時に机に突っ伏した。
開けた缶は合わせて20数本。大丈夫かよ…。
見渡すと俺1人で片付けるのには手に余るくらいに暴れ過ぎた残骸がそこかしこに散らばっている。
くそ……こうなりたく無かったから止めたのに……っ何、が、
『漢同士の闘いだから止めないで、柴。見守ってて欲しい、』
『柴君、大丈夫だからそこで見てて』
だァ〜〜〜??俺も男なんだけど?!?!何が根拠の大丈夫なんだっつの!!!
2人に沈む前に水を飲ませてやった恩は必ず返させてやるからな…主に食堂で…!!
ブツブツ呟きながらゴミだらけのテーブルを片付ける俺。偉い。
流石に1時間も観戦しながら水ばっか飲んでたら酔いも覚めた。なので、生ゴミや洗い物は流し場に持っていくことにした。
明日もどうせまともに片付けられんの俺だけだろうし、なるべく今のうちに楽にしておきたい。
ゴミをまとめた後、寝れるようにテレビの前のテーブルを片付けて、向かい合わせの2人に毛布を掛けた。
俺のベッドから持ってきた毛布だしストックなんて無いし、もう皆で雑魚寝にする事にした。
何しろ暖房機のおかげでそれ程寒くない。実家だとあり得ない設備の高さに万々歳だ。
中々見る事のない3人の寝顔も撮ってやった。念を入れて無音カメラのアプリで。
ふはは高く売れそうだ。
姉さんに。
あ、上野の写真なら小森喜んで買おうとす
「…女装…?誰だてめぇ」
る、かなあーーーー……。
聞き覚えのあるイケボが後ろの方から聞こえた。
どうやら警戒しているような声色。当たり前だ。俺なら110と口に出してる。
俺はというと、あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
口を薄く開くも声が出ない。
どうやら俺も動揺しているようだ。
ビビりすぎて心臓止まるかと思った。
だって音聞こえなかったし。とか言ってみたり。
ゆっくり振り向く。
「………………。」
「……………………、」
「…………………………。」
「……………………………何してんだ、柚木」
はっはっはーーー何してんだろ、俺。
なんて思いつつ。
ゆる〜く笑みを返した。
当たり前だが惶でした。
でも今日帰ってくるとか聞いてない。明日の早朝って言ってましたけど。
改めて汚い女装をしている事実を思い出し、俺の目のハイライトは完全に消え失せた。
上野達の前でなら悪ノリありーの酔いの場ありーのでまだ見せられるが……正常な状態の惶とは条件が違う。マジ無理。というか既にアイツら沈んでんだからなんで俺着替えてなかったんだよ馬鹿野郎。
この世は残酷だ。願わくば過去に戻り上野が袋からこの低俗コスを出した瞬間引き千切ってやりたい。
あーめん。
「大丈夫か?」
黙りこくった俺に不思議そうに声を掛ける惶。悪い。もう少しかかる。
明後日に飛んでいた思考を元に戻し、なんて返そうか考える。
あーと、えーと、なんて言おう、早かったな。もアレだし、俺のコレも話せば長くなるし、えーーと……あーーーとりあえず、
「め、メリークリスマス…。」
へらっ。心なしか口角が引き攣っていた気がするがご愛嬌ってことで。
「....メリークリスマス」
釣られたのか、和らいだ表情になった惶から返事を頂いた。
うっ……見慣れててもイケメンってのは狡い。顔の周りがキラキラしてやがる。
その後は残っていたちょっとしたゴミ等の片付けを惶にも手伝って貰い……勿論着替えてから。やっぱズボン落ち着く。
そしてある程度落ち着いた所で、もう1つの足の高いテーブルで一息つくことになった。
俺は微温いお茶。惶にはホットコーヒー。いつもだと砂糖を2杯ほど入れるのに、今日は1杯にも満たない程度の量だった。
それを見て今日何があったか察しがついた。
「っ…、その感じだと満喫してきたみたいで良かったな」
「………………。」
「っぶはっ....ふっ……!」
可愛い弟妹が安易に想像でき、微笑ましくて吹き出してしまう。返事はうんざりした目線。多分弟妹さんが残したホールケーキ処理班だったんだろう。
惶の表情がいつもより分かりやすいから笑いが止まらない。3人が寝てるから声を抑えるのが辛い。
どんだけ食ったんだよ……!やべえ、ツボだわ。
ひぃひぃ言ってる俺を軽く睨んでコーヒーを飲み続ける惶。てかお湯入れたてだったのに熱くねえのかよ。大人。
笑いの波が尾を引きながらも、そんなことを頭の隅でぼんやりと考えた。
「それで、柚木は今日何してたんだ?」
笑いの波も落ち着き、深呼吸してる俺に声を掛けてきた。
「……まぁ大体見て分かるけどな。」
ですよね。
周りを見渡して呆れたように呟くのに対し数回頷く。ゴミはある程度片付けたが、飾り付けはほぼそのままだ。
そら見たら分かる。ご想像通りです。
不思議そうに、元々やる予定だったのか?と聞かれたから軽く経緯を説明。俺は無実。
「ふ………………いいクリスマスになったんじゃねぇか?」
それは〜〜〜〜まあ確かに。軽く頷いた。
「…でもこいつら自由過ぎだろ。」
「だな。」
少しむくれる俺に、惶が目元を和らげながらお兄ちゃんモードで対応してくれる。もうやめろください。眩しい。
あまりの優しい眼差しに耐え切れず、時計の方を見ると、12時を過ぎていたことに気が付いた。
まじか。もうこんな時間に。
「じゃあえっと、もうこんな時間だし、歯だけ磨いて俺寝るわ」
飲んでいたコップを流しに持っていき、此れ幸いと洗面所に歯磨きをしに行った。
疲れたし眠いし、風呂はもう朝だ。
歯磨きを終え、ついでに便所に行ってからリビングに戻ると惶が俺の分のコップも洗ってくれていた。
申し訳ないがありがたい。
礼を言ってそのまま2人の待つオフトゥンに体を滑り込ませていると、硬く静止する声が聞こえた。
「待て、待て。」
「….?」
「何 してる」
「ね、寝ようとしてる….?」
戸惑いながら夢現で答えると、無言で半分ほど入ったオフトゥンから引きずり出された。
なに。こわい。やっぱ風呂入んないと駄目か。何せお兄ちゃんモードだもんな。
そう思ったままなすがままにされていると、胸の前に方腕を回され、足だけ軽く引きずった状態で廊下に出た。くそーやはり風呂ですか。
諦めて目を薄く開いて脱衣所の方を見る。が何故か方向転換して俺達の自室のある方に向かった。
あ….あー。
「ここまで連れてきてくれてあれなんだけど、布団、リビングのでもう無くて、あいつらと寝るし……大丈夫、なんだけど」
出来ればこのままUターンしてリビングに連れて行って欲しい。半目のまま言外に伝える。
「分かってる。俺んとこで寝ろ。」
「うん悪い……..、うん?」
寝ぼけていた脳では返答をうまく処理できず、目を見開き上を見上げて惶の顔を凝視する。ちょっと目が覚めたんだが。
俺んとこで寝ろ?成る程つまり?
「床?」不潔だし?
「………………..もう目ェ瞑って寝とけ。」
でかい溜息が頭上から降ってきて、扉の開く音がした。
き、禁断の惶サンの部屋……..。じっくり見ようと周りを見渡している間も無くベッドに放り投げられた。
俺は枕か?もう筋力について突っ込むのはやめました。
ベッドから香る嗅ぎ慣れない匂いに包まれながらも、入り口から横向けに設置してあるベッドの扉側に顔を向け、くの字に乗っかって目だけでちらりと惶を見た。
惶は既にこちらに背を向け、棚の引き出しを開け閉めしていた。
少し開いた扉の隙間より漏れ出る光から、手にした物は衣類だろうと分かった。
そのまま惶はこちらを見ることもなく出て行き、扉が閉まる。
月明かりと外の微かな照明だけが部屋をぼんやりと照らしていた。
暫く無心で家具の光の輪郭を眺めていると、僅かに水の跳ねるシャワーの音がした。
風呂に関連付け、ここまで運ばれているときに柔らかく香ったケーキのような甘い匂いを思い返す。
そういや俺、大丈夫なのか?匂いに思い当たりがあり過ぎて思わず自分のTシャツの匂いを嗅いだ。
……やっぱ分かんねえ。ちょっと火薬くさいか?
自分の鼻が可笑しいのか、それぐらいしか自分の服から認識は出来なかった。
不安になりながら顔をベッドヘッドに向けると、無地の枕と、後で畳もうと思ったんだろう。Tシャツが何枚かくしゃくしゃになって放置されているのが分かった。
そう言えばと思い返す。
惶の匂いってどんなんだったっけ。
いや、俺は変態じゃ無い。
違う。
嗅ぎたいとかじゃなくて知的好奇心と言うかそういう奴なんだ……..!!
誰に言い訳するわけでもなく必死に頭で弁解をした後、まず改めてベッドの匂いを嗅いだ。
矢張り嗅ぎ慣れない、不思議な匂いだった。
ただ、惶がよく使っているジャコウジカ?とかいう甘い香水の香りがして何だか落ち着き、少し眠くなった。
次にそのまま手を伸ばし、Tシャツを手繰り寄せ抱きしめて息を吸った。
こんな所惶に見られたら現行犯逮捕案件だな、と乾いた笑みを浮かべながら匂いに頭を巡らせた。
服は俺と同じ、いつもの匂いで安心する。
俺と同じなのは至極簡単で合理的な理由。
態々洗濯物を分けて洗うのが面倒になり、現在は惶と洗剤を揃え一緒くたに洗っているからだ。
顔を服に埋めていると僅かに惶本人の匂いなのだろう、鼻につかず、落ち着く匂いがした。
やべー……….見られる前に片付けとかねえと……………。
そう思いながらも体は重く動かず、気持ち良く俺の意識は沈んでいった。
途切れた曖昧な記憶の中、額に触れた柔らかな感触と、落ち着く香りに包まれた様な気がするのは俺の夢に中の記憶なのかもしれない。
馬鹿だ。
目前に広がる死体……いや、寝体×3。
どうも柴です。姉さんは元気ですか。どうせ今日も義兄さんとイチャイチャしてんでしょうね。それも、いつもより倍。
はーー末長く爆発しろ!!!
俺は友人に呆れ果てて早急におうちに帰りたいです。ああでも間近でイチャイチャ見るのも勘弁。
なんて考えてる場合じゃない。
上野と遠坂が急にアルコール摂取勝負を始めて早1時間。2人は夢の国に沈んだ。丁度見てなかったが多分ほぼ同時に机に突っ伏した。
開けた缶は合わせて20数本。大丈夫かよ…。
見渡すと俺1人で片付けるのには手に余るくらいに暴れ過ぎた残骸がそこかしこに散らばっている。
くそ……こうなりたく無かったから止めたのに……っ何、が、
『漢同士の闘いだから止めないで、柴。見守ってて欲しい、』
『柴君、大丈夫だからそこで見てて』
だァ〜〜〜??俺も男なんだけど?!?!何が根拠の大丈夫なんだっつの!!!
2人に沈む前に水を飲ませてやった恩は必ず返させてやるからな…主に食堂で…!!
ブツブツ呟きながらゴミだらけのテーブルを片付ける俺。偉い。
流石に1時間も観戦しながら水ばっか飲んでたら酔いも覚めた。なので、生ゴミや洗い物は流し場に持っていくことにした。
明日もどうせまともに片付けられんの俺だけだろうし、なるべく今のうちに楽にしておきたい。
ゴミをまとめた後、寝れるようにテレビの前のテーブルを片付けて、向かい合わせの2人に毛布を掛けた。
俺のベッドから持ってきた毛布だしストックなんて無いし、もう皆で雑魚寝にする事にした。
何しろ暖房機のおかげでそれ程寒くない。実家だとあり得ない設備の高さに万々歳だ。
中々見る事のない3人の寝顔も撮ってやった。念を入れて無音カメラのアプリで。
ふはは高く売れそうだ。
姉さんに。
あ、上野の写真なら小森喜んで買おうとす
「…女装…?誰だてめぇ」
る、かなあーーーー……。
聞き覚えのあるイケボが後ろの方から聞こえた。
どうやら警戒しているような声色。当たり前だ。俺なら110と口に出してる。
俺はというと、あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
口を薄く開くも声が出ない。
どうやら俺も動揺しているようだ。
ビビりすぎて心臓止まるかと思った。
だって音聞こえなかったし。とか言ってみたり。
ゆっくり振り向く。
「………………。」
「……………………、」
「…………………………。」
「……………………………何してんだ、柚木」
はっはっはーーー何してんだろ、俺。
なんて思いつつ。
ゆる〜く笑みを返した。
当たり前だが惶でした。
でも今日帰ってくるとか聞いてない。明日の早朝って言ってましたけど。
改めて汚い女装をしている事実を思い出し、俺の目のハイライトは完全に消え失せた。
上野達の前でなら悪ノリありーの酔いの場ありーのでまだ見せられるが……正常な状態の惶とは条件が違う。マジ無理。というか既にアイツら沈んでんだからなんで俺着替えてなかったんだよ馬鹿野郎。
この世は残酷だ。願わくば過去に戻り上野が袋からこの低俗コスを出した瞬間引き千切ってやりたい。
あーめん。
「大丈夫か?」
黙りこくった俺に不思議そうに声を掛ける惶。悪い。もう少しかかる。
明後日に飛んでいた思考を元に戻し、なんて返そうか考える。
あーと、えーと、なんて言おう、早かったな。もアレだし、俺のコレも話せば長くなるし、えーーと……あーーーとりあえず、
「め、メリークリスマス…。」
へらっ。心なしか口角が引き攣っていた気がするがご愛嬌ってことで。
「....メリークリスマス」
釣られたのか、和らいだ表情になった惶から返事を頂いた。
うっ……見慣れててもイケメンってのは狡い。顔の周りがキラキラしてやがる。
その後は残っていたちょっとしたゴミ等の片付けを惶にも手伝って貰い……勿論着替えてから。やっぱズボン落ち着く。
そしてある程度落ち着いた所で、もう1つの足の高いテーブルで一息つくことになった。
俺は微温いお茶。惶にはホットコーヒー。いつもだと砂糖を2杯ほど入れるのに、今日は1杯にも満たない程度の量だった。
それを見て今日何があったか察しがついた。
「っ…、その感じだと満喫してきたみたいで良かったな」
「………………。」
「っぶはっ....ふっ……!」
可愛い弟妹が安易に想像でき、微笑ましくて吹き出してしまう。返事はうんざりした目線。多分弟妹さんが残したホールケーキ処理班だったんだろう。
惶の表情がいつもより分かりやすいから笑いが止まらない。3人が寝てるから声を抑えるのが辛い。
どんだけ食ったんだよ……!やべえ、ツボだわ。
ひぃひぃ言ってる俺を軽く睨んでコーヒーを飲み続ける惶。てかお湯入れたてだったのに熱くねえのかよ。大人。
笑いの波が尾を引きながらも、そんなことを頭の隅でぼんやりと考えた。
「それで、柚木は今日何してたんだ?」
笑いの波も落ち着き、深呼吸してる俺に声を掛けてきた。
「……まぁ大体見て分かるけどな。」
ですよね。
周りを見渡して呆れたように呟くのに対し数回頷く。ゴミはある程度片付けたが、飾り付けはほぼそのままだ。
そら見たら分かる。ご想像通りです。
不思議そうに、元々やる予定だったのか?と聞かれたから軽く経緯を説明。俺は無実。
「ふ………………いいクリスマスになったんじゃねぇか?」
それは〜〜〜〜まあ確かに。軽く頷いた。
「…でもこいつら自由過ぎだろ。」
「だな。」
少しむくれる俺に、惶が目元を和らげながらお兄ちゃんモードで対応してくれる。もうやめろください。眩しい。
あまりの優しい眼差しに耐え切れず、時計の方を見ると、12時を過ぎていたことに気が付いた。
まじか。もうこんな時間に。
「じゃあえっと、もうこんな時間だし、歯だけ磨いて俺寝るわ」
飲んでいたコップを流しに持っていき、此れ幸いと洗面所に歯磨きをしに行った。
疲れたし眠いし、風呂はもう朝だ。
歯磨きを終え、ついでに便所に行ってからリビングに戻ると惶が俺の分のコップも洗ってくれていた。
申し訳ないがありがたい。
礼を言ってそのまま2人の待つオフトゥンに体を滑り込ませていると、硬く静止する声が聞こえた。
「待て、待て。」
「….?」
「何 してる」
「ね、寝ようとしてる….?」
戸惑いながら夢現で答えると、無言で半分ほど入ったオフトゥンから引きずり出された。
なに。こわい。やっぱ風呂入んないと駄目か。何せお兄ちゃんモードだもんな。
そう思ったままなすがままにされていると、胸の前に方腕を回され、足だけ軽く引きずった状態で廊下に出た。くそーやはり風呂ですか。
諦めて目を薄く開いて脱衣所の方を見る。が何故か方向転換して俺達の自室のある方に向かった。
あ….あー。
「ここまで連れてきてくれてあれなんだけど、布団、リビングのでもう無くて、あいつらと寝るし……大丈夫、なんだけど」
出来ればこのままUターンしてリビングに連れて行って欲しい。半目のまま言外に伝える。
「分かってる。俺んとこで寝ろ。」
「うん悪い……..、うん?」
寝ぼけていた脳では返答をうまく処理できず、目を見開き上を見上げて惶の顔を凝視する。ちょっと目が覚めたんだが。
俺んとこで寝ろ?成る程つまり?
「床?」不潔だし?
「………………..もう目ェ瞑って寝とけ。」
でかい溜息が頭上から降ってきて、扉の開く音がした。
き、禁断の惶サンの部屋……..。じっくり見ようと周りを見渡している間も無くベッドに放り投げられた。
俺は枕か?もう筋力について突っ込むのはやめました。
ベッドから香る嗅ぎ慣れない匂いに包まれながらも、入り口から横向けに設置してあるベッドの扉側に顔を向け、くの字に乗っかって目だけでちらりと惶を見た。
惶は既にこちらに背を向け、棚の引き出しを開け閉めしていた。
少し開いた扉の隙間より漏れ出る光から、手にした物は衣類だろうと分かった。
そのまま惶はこちらを見ることもなく出て行き、扉が閉まる。
月明かりと外の微かな照明だけが部屋をぼんやりと照らしていた。
暫く無心で家具の光の輪郭を眺めていると、僅かに水の跳ねるシャワーの音がした。
風呂に関連付け、ここまで運ばれているときに柔らかく香ったケーキのような甘い匂いを思い返す。
そういや俺、大丈夫なのか?匂いに思い当たりがあり過ぎて思わず自分のTシャツの匂いを嗅いだ。
……やっぱ分かんねえ。ちょっと火薬くさいか?
自分の鼻が可笑しいのか、それぐらいしか自分の服から認識は出来なかった。
不安になりながら顔をベッドヘッドに向けると、無地の枕と、後で畳もうと思ったんだろう。Tシャツが何枚かくしゃくしゃになって放置されているのが分かった。
そう言えばと思い返す。
惶の匂いってどんなんだったっけ。
いや、俺は変態じゃ無い。
違う。
嗅ぎたいとかじゃなくて知的好奇心と言うかそういう奴なんだ……..!!
誰に言い訳するわけでもなく必死に頭で弁解をした後、まず改めてベッドの匂いを嗅いだ。
矢張り嗅ぎ慣れない、不思議な匂いだった。
ただ、惶がよく使っているジャコウジカ?とかいう甘い香水の香りがして何だか落ち着き、少し眠くなった。
次にそのまま手を伸ばし、Tシャツを手繰り寄せ抱きしめて息を吸った。
こんな所惶に見られたら現行犯逮捕案件だな、と乾いた笑みを浮かべながら匂いに頭を巡らせた。
服は俺と同じ、いつもの匂いで安心する。
俺と同じなのは至極簡単で合理的な理由。
態々洗濯物を分けて洗うのが面倒になり、現在は惶と洗剤を揃え一緒くたに洗っているからだ。
顔を服に埋めていると僅かに惶本人の匂いなのだろう、鼻につかず、落ち着く匂いがした。
やべー……….見られる前に片付けとかねえと……………。
そう思いながらも体は重く動かず、気持ち良く俺の意識は沈んでいった。
途切れた曖昧な記憶の中、額に触れた柔らかな感触と、落ち着く香りに包まれた様な気がするのは俺の夢に中の記憶なのかもしれない。