夏の話
射的も終わり、腹も膨れて満足した俺達は、そろそろ帰るか。そういった雰囲気になり、行きよりも随分とゆっくり、帰りに歩みを進めた。話す内容は上野の合宿のことや、小森は顔の良い人を見ることができず飢えていること、残りの休みをどう過ごすか、休みの課題は終わったか、とか。ちなみに案の定、上野だけ終わっていないようだった。
「もうすぐ花火上がる時間だね!」
「ここから見えるかな?」
通りすがりにそういった会話を何度か耳にした。そういや、教室でそんな話もしてたな。
「花火…見て帰る?僕は別にどっちでも良いけど。」
聞くか迷っていたところ、意外にも提案したのは小森だった。
3人で揃って小森を見ると、真っ直ぐ前を見たまま、頑なに顔を合わせようしなかった。
屋台の前を通った時に見えた耳が、心なしか色が濃い。笑みを深くする遠坂に釣られそうになるのを耐えた。
「折角だし、そうするか」
「いいね!」
異論は無いと3人で頷いた。
お。耳が動いた。
茶化しても良かったけど、こいつのことだから拗ねて、「もういい僕帰る。」ってぼく夏みたいなこと言い出しかねなかったから、これで良かったっぽい。
遠坂が周りを見渡すと、道から外れた所に段ボールを敷いて明らかに花火を待ってます、といったおじさん達を発見した。片手にビール缶持ってまあ…。
「あそこら辺で待ってると見えそうだね」
だな。
人の波から外れて木々の下を通る。
酒盛りをしてるおっさん達や、カップル達から離れた場所を見つけ、腰を落ち着かせることにした。
花火っていつくらいから打ち上がるんだ?ふと気付いて検索をかけてみると、簡易的な作りの、町のホームページに一行、"19:00〜"とあった。
あと30分くらいか。微妙。
胃袋ブラックホールに声を掛ける。
「なぁ、花火上がるまであと30分くらいあるけど、なんか買いに行く?」
聞こえた遠坂が「まだ結構空いてるんだね」と。
「そっか、じゃあやきとり食べてなかったからそれ食べようかなぁ」
「僕はここで待ってるね」
「僕も」
上野に着いてくるかと思ってた小森を意外に思いつつ、2人に待っていてもらうことにして上野ともう一度人波に混じった。
目的のやきとりの屋台に辿り着き、6組程並んでいる列で待ってる間、遠くに見えたフライドポテトの文字に思いつくことがあって上野に声を掛ける。
「フライドポテトなら皆つまめるよな?」
「ん?いいね、後で買いに行く?」
後か。前に並んでる人と屋台で忙しそうに働いている人を見てもう少し時間がかかりそうだな、と思って首を横に振った。
「いや、やきとり待ってる間に俺買ってくる」
「ん〜確かに待ちそうだもんね。わかった」
知らない人についていかないでね、と言ってくるのに、お前の方が声掛けられそうだから気をつけろよ、と肩を叩いてフライドポテトの方に向かった。
待ってる人はやきとりより少なくて、思っていたより早く受け取った。
まだ並んでんのかな。やきとりの屋台に向かったけど、頭一個抜き出てるはずの姿が見えなかった。そんな早く受け取ったのか?周りの邪魔にならないように端に寄って携帯を見たら、
『泣いてる迷子の子がいたから見回りしてる警察の人のところに行ってくる!』
『ごめんね先に戻ってて』と謝るスタンプが。
なんだ。安心した。
『了解』と、打ち込んで、シュポンと送信する。
あいつもちゃんと人のこと面倒見れるんだな。普段の様子から鑑みて、失礼とは思えないことを考えてから携帯の画面を閉じる。
上野に言われたように、先に戻っておくか。
「え、あれ…?」
2人がいたはずの場所に戻ると、何故か2人は居なかった。
いや、ここだよな…?
見回してみたけど、酒盛りしてるおっさんは2人と別れる時と同じ場所にちゃんと居た。あとの違いはカップルがちょっと減っていたくらい。
とりあえずしゃがんで待っておくことにした。携帯を付けて消すことを繰り返す。遠坂なら送ってきそうなものの、依然2人からの連絡は無い。なんてことをしているとバッテリーが赤くなっていることに気が付いた。やべ。いつもだったらこういう時は機内モードにしてバッテリーを温存しておくんだが、今はそういうわけにもいかないか。
だんだん冷えてくるポテトを残念に思う。
あーここに来る前にゲームすんの控えとけば良かった…。
携帯も触れず、話す相手もいないのはだいぶ暇だ。通り過ぎる人を眺めていた。
そうしていると、林の方から微かに声が聞こえたのに気が付いた。集中して耳を澄ませる。
……複数人の男の声。
振り返って、人気の全く無い暗がりをじっと見るも、姿を捉えることはできない。
………。
いや怪しくないか?
一瞬、遠坂と小森が頭をよぎったが、そんなわけないだろ、と内心頭を振った。
……そんなわけないか?暇だし、2人かどうか少し確認だけして戻っても良くないか?
ここでただずっと待っとくのもなんだし…。
携帯を最後にもう一度付ける。
誰からも連絡が無いことを確認。
よし、ちょっと行ってすぐ戻る。
すっかり酔っ払って上機嫌なおっさん達の後ろを通り過ぎ、フライドポテトをお供に暗がりに向かう。
奥に進むに連れて全く人気が無くなる。それに反比例して複数の声が近くなる。
まだ若い葉が足元でカサリと音を立てていた。
振り返ると随分と光から遠ざかっているのが分かった。ここまで来てようやく声の正体に気付いた。新しい明かりが前方に見える。ライターだ。バレないように木に隠れて様子を伺う。
Tシャツにハーパン。柄シャツにジーパン。煙草。
ガラの悪い男3人組だった。
男の1人が携帯のライトの機能を使って辺りを照らしている。そこには寂れた鳥居と石段も見えた。小さな古い神社がここにはあるらしかった。ヤンキーの溜まり場にはうってつけってことか。
ちょっと前のことを思い出して、ヤンキーに縁があるとか嫌だな。と苦く思った。
あいつらじゃなかったし、用はもう無い。バレて絡まれないうちに帰るか。そう振り返ってから後退りする。
チっと近くの葉っぱが光る。
俺の近くの木に光が当たり、嫌な予感に冷や汗が。蒸し暑いはずが、手先から熱が引き、顔が青ざめたことを自覚した。男達に背を向ける。
その後すぐ、泥棒にスポットライトが当たるように光を背中に受けたことが自分の浴衣の色が分かるようになって認識した。
「あ?誰かそこいる?」
「は?」
よし。走ろう。
話し声と同時に走り出した…
…ものの、馬鹿みたいに走りずらいこれ!!!
草履貸してもらうんじゃなかった!!
手にはもうお供のフライドポテトもいない。
元々の探し人である2人が浴衣着ようと言った主犯であることを思い出して恨みを募らせるものの、怒りで別に足が速くなるわけもなく、すぐに追いつかれてハーパンの男に浴衣の袖を掴まれた。
「逃げんなって」
逃げるだろ。
ハーパン以外付いてきていないことに気が付いて袖を振り払おうとしたが、レンタルであったことが気に留まりできなかった。煙草臭い手で触んなよ。レンタルだぞこれ。
こっちにライトを照らしてくる方に男が袖をそのまま引っ張って連れて行くのに、伸びないことを祈りながら従うしかなかった。
しゃがんで煙草を吸ったままの男に向かい入れられる。
「迷子かなボク〜?」
うん。つったら返してくれんかな。
「それより綺麗な浴衣着てんな、デート?」
ギャハハと笑う臭い男。
眩しくて目を細めていると、1人が舌打ちをした。
「…お前にらんでんの?」
焦る。違う、と伝えようと首を横に勢いよく振ったけど、聞く気はないようで、立ち上がって浴衣の襟を掴まれた。息が詰まる。
「殴らねーうちにさっさと財布だせよ」
「イッ…」
掴まれた襟を離す拍子に後ろに強く押されて地面に腰を打ちつけた。いっって…!
俺から慰謝料請求したい。
尻餅をついたまま、下を見て財布を出すか迷う。今財布を出しても、殴ってきてからでもどうせ金は取って行くつもりだろう。
くっそ、暇だからってこんな所まで1人で来るんじゃなかった。迂闊さに悔やんでも現状は変わらない。しかも、こいつらに素直に財布をだしても、じゃあ用済みってお見送りしてくれるとも思えない。
レンタル屋に弁償を考えて草履を捨てて逃げるか?いやでも男3人がどれくらい速く走れるのか…と考えていると、襟を突き放した男が足を踏み出したのが見えた。
逃げる、を取ろう。
草履に手をかけた時、チカっと辺りを照らす光が数回。
「あ…?」
「は…?」
「なん……?」
雷…?
男が戸惑うのに釣られて星を隠す雲が無いはずの空を見上げた。
それから、この場にそぐわない明るい声が。
「激写!〇〇進学校に通う男子生徒が煙草を吸い暴行事件!!
なんちゃって、ネ」
聞き覚えのある声に驚いて、聞こえた方に目を凝らす。男がライトを照らすと、寂れた鳥居を抜けた先の石段の上に悠然と立ってピースして見せる白いシャツに黒のスキニーを履いたその人は、普段はふわふわしたパーマの髪をそのままにしていたはずだが1つにまとめていた。光に眼鏡が反射して目元は良く見えない。
加賀屋先輩…?なんでここに。
「お前っ記者か?!」
「クソッ」
「いいから引きずりおろせ!」
慌てて加賀屋先輩の方に走り出す男達に今度は俺が焦る。どう考えても加賀屋先輩は喧嘩が出来るとは思えない。
加賀屋先輩が言ったことは信じ難かったが、この反応からして思い当たるんだろう。確実に加賀屋先輩の手に持っているカメラを狙うためにそっちに集中してる今、人数を分散させるために石でも投げつけてやるか。手元を探っていると、ライトに照らされた加賀屋先輩が手を挙げた。その手にあるのは。
……棒?
「これなーーんだ?」
カメラから手を離して、首元に紐が揺れる。棒を両手で持ち、片方の腕を、まるで重さを感じているかのようにゆっくりと引き上げる。チラリと反射して光る。その鈍い光は、さながら刃物のようだった。
えっ。
「か、刀?!」
そう、1人の男が戸惑って放った単語のそれとしか思えない見た目だった。
いやまさかそんな。っていうかなんでここにそんなもの持ってきてんだよ。
鳥居の前、石段を登る一歩手前で止まる男達は足を踏み出すか悩んでいるようだった。
1人が、2人を叱咤するように怒鳴った。
「ホンモノ持ってるわけねーだろうが!」
これには俺も同意見だった。
でも、ふふん。と余裕を見せながら加賀屋先輩が刀を男に向ける。
と、横に振る。
ズッ…という音と、横にあった木の枝が、落ちた。
逃げ腰だった2人はそれを見て短く悲鳴を上げると、威勢が良かった男を置いて脱兎の勢いで走って行った。
2人の後ろ姿を見て途端に弱腰になったが、加賀屋先輩が刀を木に刺すのを見て威勢を少し持ち直す。
「…銃刀法違反で通報してやるからな」
「よく知ってるね!…じゃあ賢いキミは未成年者喫煙禁止法と恐喝罪って知ってるかな〜?」そう言って鼻で笑う。続けて、首を傾け、ん〜?と煽った。
得体の知れない人間に近づくのは諦めたらしい。男は返事で舌打ちをすると、煙草をそのままに2人が逃げた先へと走って行った。
黒い姿が遠ざかり、見えなくなって、息を大きく吐いた。
手に痛さを感じて、そういえば石を握っていたことを思い出した。石を落として加賀屋先輩の方に近寄った。
「うーーーたん〜〜!!!!大丈夫??煙草臭いね??副流煙吸わせたアレら今から喉元切ってこようか???」
軽いステップで石段を降りてくる加賀屋。
こっっわ。離れた。
「それより、その、それ、まさか本物とか言わないデスヨネ…?」
手に持っている刀らしきものを指差した。
「ん?」
これ?と言わんばかりに振ったのに顔を顰めた。危ないな。
「ヤダな〜!そんなわけないじゃん」
ホッとした。ふと気付く。じゃあさっき枝を切ったのは?答えはすぐ判明した。
「これは、撮影の小道具として持ってきたけど、ハサミとか持ってくるの面倒で先だけ刃物を分解して埋め込んだ便利グッズなのサ!」
危ねぇ奴。
ってか、今"撮影の小道具"つった?こんな所で?
「こんな所で写真撮ってたんです?1人で?」
刃物を鞘に戻すのを見ながら聞いた。
「ううん、上の神社の前でポートフォリオとして女の子に協力してもらってたんだよ」
上を見上げるのに釣られて石段の上の方に目を向けると、白いワンピースを着た長い黒髪の女性が月明かりに見えた。
ポートフォリオ…。ちゃんと写真部っぽいことしてたんだな…。
ハッと、女の人1人あんなところに取り残してるとか駄目だろ。そう先輩に言おうとしたら、明るい光が空に弾けた。
ドン!!ドンドン!!
遅れて鼓膜を揺らす、大きな音。
花火だ。
呆然と見上げる。木々から開けているここからは空前面に大きな花火が見えた。
光っては鼓膜を揺らし、チリチリと落ちて消える粒。
ネットで写真を見ることがあったけど、久しぶりに直接目にしたそれは、肌に直接認識させるような強烈な迫力があり、やっぱり
「綺麗、だね」
綺麗だった。
パシャっと横から聞こえ、視線だけ向けると俺にカメラを向けている加賀屋先輩。意外とも思えなくなったことに毒されたな、と思った。ただ、断続的に光を受けている加賀屋先輩の表情が、いつも頬を緩ませているものではなく、真剣だったことに心臓が痛く感じた。先輩の方が、写真に撮った方が綺麗に映っただろうな、と。
「浴衣似合ってる。かわいい」
「…そうすか」
可愛いを否定するのも面倒だった。
「ところで」
「うん…。」
「今撮ってます?」
音聞こえないけど。
「心のメモリーに……。」
「きもちわる」
ゾワってした。その発言してなんで許されると思ったんだ?
後ずさるのを見て今度はパシャっと撮られた。心のメモリー(笑)と実写とで何をどう使い分けてるんだこいつ。知るつもりもないので聞くこともない。
もうあのヤンキー…ってあれ同じ高校生だったのか、てかなんで加賀屋先輩はそれを知ってんのか、と逸れた思考を元に戻す。
今はもうどうでもいい。
ヤンキー以外に小森と遠坂も居なかったし、ここから離れて元の場所に戻ろう。
カメラから手を離し、俺の動向を見ている先輩に向き直る。
「先輩、さっきはありがとうございました」
「うーたんのためなら、これくらい朝飯前サ!!
朝飯前に会えるなら歓天喜地だけど!!」
ドヤ顔。
なんかもう、残念なんだよな。
でも、本当に頼りになる先輩なのはよく分かった。声が聞こえた時、安心できたから。理由も無く、もう大丈夫だなって。
今更だが、携帯の通知を確認しようと電源を押す。も、反応がない。
は?
たまに反応しない時あるし。そう何度もカチ、カチ、と繰り返したが、反応が無い。
………バッテリーが死んだらしい。
クソッ、やっぱ機内モードにしとけば良かった。
つぶやきを拾った加賀屋先輩が自身の携帯を取り出してロックを解除、何度か画面をタップする。
「小森くんなら元のところに帰ってるって」
なんて?
「迷子を探してるお母さんを手伝って、子供見つけたって!」
なんて?
「3人みんな一緒だってサ!!」
なんて????
はあ???
「なんで加賀屋先輩のところに連絡きてるんだよ」
携帯を口元に当てて、フフフ、と笑う。気持ち悪いな。
「上からうーたん見つけた時に既に連携済みなのである」
それを早く言え。
なんだよ、もしかして上野が保護した迷子の子と、遠坂達が手伝った迷子探しは結びついてたのかよ。
「はーーー…。」
いや…なんか…良かったけど。
良かったけど、俺だけ無駄に空回りした感がつらい。
石段にハンドバックを置いていたらしく、石段に駆け上がり、また降りてきた加賀屋先輩。
そこまで送るよ、と言った先輩にあそこまでなら問題無いと伝えた。
それから、
「あ、先輩。上にいるお姉さんに撮影邪魔してすいませんって謝っておいてください」
「ん?」
ん?ってなんだ。
だから、と言い募ろうとしたけど、加賀屋先輩の発言に頭が真っ白になった。
「撮影は昼のうちに終わって、今はボク1人だけど?」
…………。
「そ………………っす、か………。」
引き攣る顔。そんな嘘つく必要ない加賀屋先輩を疑うことは無かった。不思議そうに俺を覗き込んでくるのに反応ができなかったのが悔やまれる。
それから、加賀屋先輩に手首だけ動かして別れを告げた。
視線を前に向けたまま、一切振り返らず、その後は3人と無事合流することができた。
おわり
「もうすぐ花火上がる時間だね!」
「ここから見えるかな?」
通りすがりにそういった会話を何度か耳にした。そういや、教室でそんな話もしてたな。
「花火…見て帰る?僕は別にどっちでも良いけど。」
聞くか迷っていたところ、意外にも提案したのは小森だった。
3人で揃って小森を見ると、真っ直ぐ前を見たまま、頑なに顔を合わせようしなかった。
屋台の前を通った時に見えた耳が、心なしか色が濃い。笑みを深くする遠坂に釣られそうになるのを耐えた。
「折角だし、そうするか」
「いいね!」
異論は無いと3人で頷いた。
お。耳が動いた。
茶化しても良かったけど、こいつのことだから拗ねて、「もういい僕帰る。」ってぼく夏みたいなこと言い出しかねなかったから、これで良かったっぽい。
遠坂が周りを見渡すと、道から外れた所に段ボールを敷いて明らかに花火を待ってます、といったおじさん達を発見した。片手にビール缶持ってまあ…。
「あそこら辺で待ってると見えそうだね」
だな。
人の波から外れて木々の下を通る。
酒盛りをしてるおっさん達や、カップル達から離れた場所を見つけ、腰を落ち着かせることにした。
花火っていつくらいから打ち上がるんだ?ふと気付いて検索をかけてみると、簡易的な作りの、町のホームページに一行、"19:00〜"とあった。
あと30分くらいか。微妙。
胃袋ブラックホールに声を掛ける。
「なぁ、花火上がるまであと30分くらいあるけど、なんか買いに行く?」
聞こえた遠坂が「まだ結構空いてるんだね」と。
「そっか、じゃあやきとり食べてなかったからそれ食べようかなぁ」
「僕はここで待ってるね」
「僕も」
上野に着いてくるかと思ってた小森を意外に思いつつ、2人に待っていてもらうことにして上野ともう一度人波に混じった。
目的のやきとりの屋台に辿り着き、6組程並んでいる列で待ってる間、遠くに見えたフライドポテトの文字に思いつくことがあって上野に声を掛ける。
「フライドポテトなら皆つまめるよな?」
「ん?いいね、後で買いに行く?」
後か。前に並んでる人と屋台で忙しそうに働いている人を見てもう少し時間がかかりそうだな、と思って首を横に振った。
「いや、やきとり待ってる間に俺買ってくる」
「ん〜確かに待ちそうだもんね。わかった」
知らない人についていかないでね、と言ってくるのに、お前の方が声掛けられそうだから気をつけろよ、と肩を叩いてフライドポテトの方に向かった。
待ってる人はやきとりより少なくて、思っていたより早く受け取った。
まだ並んでんのかな。やきとりの屋台に向かったけど、頭一個抜き出てるはずの姿が見えなかった。そんな早く受け取ったのか?周りの邪魔にならないように端に寄って携帯を見たら、
『泣いてる迷子の子がいたから見回りしてる警察の人のところに行ってくる!』
『ごめんね先に戻ってて』と謝るスタンプが。
なんだ。安心した。
『了解』と、打ち込んで、シュポンと送信する。
あいつもちゃんと人のこと面倒見れるんだな。普段の様子から鑑みて、失礼とは思えないことを考えてから携帯の画面を閉じる。
上野に言われたように、先に戻っておくか。
「え、あれ…?」
2人がいたはずの場所に戻ると、何故か2人は居なかった。
いや、ここだよな…?
見回してみたけど、酒盛りしてるおっさんは2人と別れる時と同じ場所にちゃんと居た。あとの違いはカップルがちょっと減っていたくらい。
とりあえずしゃがんで待っておくことにした。携帯を付けて消すことを繰り返す。遠坂なら送ってきそうなものの、依然2人からの連絡は無い。なんてことをしているとバッテリーが赤くなっていることに気が付いた。やべ。いつもだったらこういう時は機内モードにしてバッテリーを温存しておくんだが、今はそういうわけにもいかないか。
だんだん冷えてくるポテトを残念に思う。
あーここに来る前にゲームすんの控えとけば良かった…。
携帯も触れず、話す相手もいないのはだいぶ暇だ。通り過ぎる人を眺めていた。
そうしていると、林の方から微かに声が聞こえたのに気が付いた。集中して耳を澄ませる。
……複数人の男の声。
振り返って、人気の全く無い暗がりをじっと見るも、姿を捉えることはできない。
………。
いや怪しくないか?
一瞬、遠坂と小森が頭をよぎったが、そんなわけないだろ、と内心頭を振った。
……そんなわけないか?暇だし、2人かどうか少し確認だけして戻っても良くないか?
ここでただずっと待っとくのもなんだし…。
携帯を最後にもう一度付ける。
誰からも連絡が無いことを確認。
よし、ちょっと行ってすぐ戻る。
すっかり酔っ払って上機嫌なおっさん達の後ろを通り過ぎ、フライドポテトをお供に暗がりに向かう。
奥に進むに連れて全く人気が無くなる。それに反比例して複数の声が近くなる。
まだ若い葉が足元でカサリと音を立てていた。
振り返ると随分と光から遠ざかっているのが分かった。ここまで来てようやく声の正体に気付いた。新しい明かりが前方に見える。ライターだ。バレないように木に隠れて様子を伺う。
Tシャツにハーパン。柄シャツにジーパン。煙草。
ガラの悪い男3人組だった。
男の1人が携帯のライトの機能を使って辺りを照らしている。そこには寂れた鳥居と石段も見えた。小さな古い神社がここにはあるらしかった。ヤンキーの溜まり場にはうってつけってことか。
ちょっと前のことを思い出して、ヤンキーに縁があるとか嫌だな。と苦く思った。
あいつらじゃなかったし、用はもう無い。バレて絡まれないうちに帰るか。そう振り返ってから後退りする。
チっと近くの葉っぱが光る。
俺の近くの木に光が当たり、嫌な予感に冷や汗が。蒸し暑いはずが、手先から熱が引き、顔が青ざめたことを自覚した。男達に背を向ける。
その後すぐ、泥棒にスポットライトが当たるように光を背中に受けたことが自分の浴衣の色が分かるようになって認識した。
「あ?誰かそこいる?」
「は?」
よし。走ろう。
話し声と同時に走り出した…
…ものの、馬鹿みたいに走りずらいこれ!!!
草履貸してもらうんじゃなかった!!
手にはもうお供のフライドポテトもいない。
元々の探し人である2人が浴衣着ようと言った主犯であることを思い出して恨みを募らせるものの、怒りで別に足が速くなるわけもなく、すぐに追いつかれてハーパンの男に浴衣の袖を掴まれた。
「逃げんなって」
逃げるだろ。
ハーパン以外付いてきていないことに気が付いて袖を振り払おうとしたが、レンタルであったことが気に留まりできなかった。煙草臭い手で触んなよ。レンタルだぞこれ。
こっちにライトを照らしてくる方に男が袖をそのまま引っ張って連れて行くのに、伸びないことを祈りながら従うしかなかった。
しゃがんで煙草を吸ったままの男に向かい入れられる。
「迷子かなボク〜?」
うん。つったら返してくれんかな。
「それより綺麗な浴衣着てんな、デート?」
ギャハハと笑う臭い男。
眩しくて目を細めていると、1人が舌打ちをした。
「…お前にらんでんの?」
焦る。違う、と伝えようと首を横に勢いよく振ったけど、聞く気はないようで、立ち上がって浴衣の襟を掴まれた。息が詰まる。
「殴らねーうちにさっさと財布だせよ」
「イッ…」
掴まれた襟を離す拍子に後ろに強く押されて地面に腰を打ちつけた。いっって…!
俺から慰謝料請求したい。
尻餅をついたまま、下を見て財布を出すか迷う。今財布を出しても、殴ってきてからでもどうせ金は取って行くつもりだろう。
くっそ、暇だからってこんな所まで1人で来るんじゃなかった。迂闊さに悔やんでも現状は変わらない。しかも、こいつらに素直に財布をだしても、じゃあ用済みってお見送りしてくれるとも思えない。
レンタル屋に弁償を考えて草履を捨てて逃げるか?いやでも男3人がどれくらい速く走れるのか…と考えていると、襟を突き放した男が足を踏み出したのが見えた。
逃げる、を取ろう。
草履に手をかけた時、チカっと辺りを照らす光が数回。
「あ…?」
「は…?」
「なん……?」
雷…?
男が戸惑うのに釣られて星を隠す雲が無いはずの空を見上げた。
それから、この場にそぐわない明るい声が。
「激写!〇〇進学校に通う男子生徒が煙草を吸い暴行事件!!
なんちゃって、ネ」
聞き覚えのある声に驚いて、聞こえた方に目を凝らす。男がライトを照らすと、寂れた鳥居を抜けた先の石段の上に悠然と立ってピースして見せる白いシャツに黒のスキニーを履いたその人は、普段はふわふわしたパーマの髪をそのままにしていたはずだが1つにまとめていた。光に眼鏡が反射して目元は良く見えない。
加賀屋先輩…?なんでここに。
「お前っ記者か?!」
「クソッ」
「いいから引きずりおろせ!」
慌てて加賀屋先輩の方に走り出す男達に今度は俺が焦る。どう考えても加賀屋先輩は喧嘩が出来るとは思えない。
加賀屋先輩が言ったことは信じ難かったが、この反応からして思い当たるんだろう。確実に加賀屋先輩の手に持っているカメラを狙うためにそっちに集中してる今、人数を分散させるために石でも投げつけてやるか。手元を探っていると、ライトに照らされた加賀屋先輩が手を挙げた。その手にあるのは。
……棒?
「これなーーんだ?」
カメラから手を離して、首元に紐が揺れる。棒を両手で持ち、片方の腕を、まるで重さを感じているかのようにゆっくりと引き上げる。チラリと反射して光る。その鈍い光は、さながら刃物のようだった。
えっ。
「か、刀?!」
そう、1人の男が戸惑って放った単語のそれとしか思えない見た目だった。
いやまさかそんな。っていうかなんでここにそんなもの持ってきてんだよ。
鳥居の前、石段を登る一歩手前で止まる男達は足を踏み出すか悩んでいるようだった。
1人が、2人を叱咤するように怒鳴った。
「ホンモノ持ってるわけねーだろうが!」
これには俺も同意見だった。
でも、ふふん。と余裕を見せながら加賀屋先輩が刀を男に向ける。
と、横に振る。
ズッ…という音と、横にあった木の枝が、落ちた。
逃げ腰だった2人はそれを見て短く悲鳴を上げると、威勢が良かった男を置いて脱兎の勢いで走って行った。
2人の後ろ姿を見て途端に弱腰になったが、加賀屋先輩が刀を木に刺すのを見て威勢を少し持ち直す。
「…銃刀法違反で通報してやるからな」
「よく知ってるね!…じゃあ賢いキミは未成年者喫煙禁止法と恐喝罪って知ってるかな〜?」そう言って鼻で笑う。続けて、首を傾け、ん〜?と煽った。
得体の知れない人間に近づくのは諦めたらしい。男は返事で舌打ちをすると、煙草をそのままに2人が逃げた先へと走って行った。
黒い姿が遠ざかり、見えなくなって、息を大きく吐いた。
手に痛さを感じて、そういえば石を握っていたことを思い出した。石を落として加賀屋先輩の方に近寄った。
「うーーーたん〜〜!!!!大丈夫??煙草臭いね??副流煙吸わせたアレら今から喉元切ってこようか???」
軽いステップで石段を降りてくる加賀屋。
こっっわ。離れた。
「それより、その、それ、まさか本物とか言わないデスヨネ…?」
手に持っている刀らしきものを指差した。
「ん?」
これ?と言わんばかりに振ったのに顔を顰めた。危ないな。
「ヤダな〜!そんなわけないじゃん」
ホッとした。ふと気付く。じゃあさっき枝を切ったのは?答えはすぐ判明した。
「これは、撮影の小道具として持ってきたけど、ハサミとか持ってくるの面倒で先だけ刃物を分解して埋め込んだ便利グッズなのサ!」
危ねぇ奴。
ってか、今"撮影の小道具"つった?こんな所で?
「こんな所で写真撮ってたんです?1人で?」
刃物を鞘に戻すのを見ながら聞いた。
「ううん、上の神社の前でポートフォリオとして女の子に協力してもらってたんだよ」
上を見上げるのに釣られて石段の上の方に目を向けると、白いワンピースを着た長い黒髪の女性が月明かりに見えた。
ポートフォリオ…。ちゃんと写真部っぽいことしてたんだな…。
ハッと、女の人1人あんなところに取り残してるとか駄目だろ。そう先輩に言おうとしたら、明るい光が空に弾けた。
ドン!!ドンドン!!
遅れて鼓膜を揺らす、大きな音。
花火だ。
呆然と見上げる。木々から開けているここからは空前面に大きな花火が見えた。
光っては鼓膜を揺らし、チリチリと落ちて消える粒。
ネットで写真を見ることがあったけど、久しぶりに直接目にしたそれは、肌に直接認識させるような強烈な迫力があり、やっぱり
「綺麗、だね」
綺麗だった。
パシャっと横から聞こえ、視線だけ向けると俺にカメラを向けている加賀屋先輩。意外とも思えなくなったことに毒されたな、と思った。ただ、断続的に光を受けている加賀屋先輩の表情が、いつも頬を緩ませているものではなく、真剣だったことに心臓が痛く感じた。先輩の方が、写真に撮った方が綺麗に映っただろうな、と。
「浴衣似合ってる。かわいい」
「…そうすか」
可愛いを否定するのも面倒だった。
「ところで」
「うん…。」
「今撮ってます?」
音聞こえないけど。
「心のメモリーに……。」
「きもちわる」
ゾワってした。その発言してなんで許されると思ったんだ?
後ずさるのを見て今度はパシャっと撮られた。心のメモリー(笑)と実写とで何をどう使い分けてるんだこいつ。知るつもりもないので聞くこともない。
もうあのヤンキー…ってあれ同じ高校生だったのか、てかなんで加賀屋先輩はそれを知ってんのか、と逸れた思考を元に戻す。
今はもうどうでもいい。
ヤンキー以外に小森と遠坂も居なかったし、ここから離れて元の場所に戻ろう。
カメラから手を離し、俺の動向を見ている先輩に向き直る。
「先輩、さっきはありがとうございました」
「うーたんのためなら、これくらい朝飯前サ!!
朝飯前に会えるなら歓天喜地だけど!!」
ドヤ顔。
なんかもう、残念なんだよな。
でも、本当に頼りになる先輩なのはよく分かった。声が聞こえた時、安心できたから。理由も無く、もう大丈夫だなって。
今更だが、携帯の通知を確認しようと電源を押す。も、反応がない。
は?
たまに反応しない時あるし。そう何度もカチ、カチ、と繰り返したが、反応が無い。
………バッテリーが死んだらしい。
クソッ、やっぱ機内モードにしとけば良かった。
つぶやきを拾った加賀屋先輩が自身の携帯を取り出してロックを解除、何度か画面をタップする。
「小森くんなら元のところに帰ってるって」
なんて?
「迷子を探してるお母さんを手伝って、子供見つけたって!」
なんて?
「3人みんな一緒だってサ!!」
なんて????
はあ???
「なんで加賀屋先輩のところに連絡きてるんだよ」
携帯を口元に当てて、フフフ、と笑う。気持ち悪いな。
「上からうーたん見つけた時に既に連携済みなのである」
それを早く言え。
なんだよ、もしかして上野が保護した迷子の子と、遠坂達が手伝った迷子探しは結びついてたのかよ。
「はーーー…。」
いや…なんか…良かったけど。
良かったけど、俺だけ無駄に空回りした感がつらい。
石段にハンドバックを置いていたらしく、石段に駆け上がり、また降りてきた加賀屋先輩。
そこまで送るよ、と言った先輩にあそこまでなら問題無いと伝えた。
それから、
「あ、先輩。上にいるお姉さんに撮影邪魔してすいませんって謝っておいてください」
「ん?」
ん?ってなんだ。
だから、と言い募ろうとしたけど、加賀屋先輩の発言に頭が真っ白になった。
「撮影は昼のうちに終わって、今はボク1人だけど?」
…………。
「そ………………っす、か………。」
引き攣る顔。そんな嘘つく必要ない加賀屋先輩を疑うことは無かった。不思議そうに俺を覗き込んでくるのに反応ができなかったのが悔やまれる。
それから、加賀屋先輩に手首だけ動かして別れを告げた。
視線を前に向けたまま、一切振り返らず、その後は3人と無事合流することができた。
おわり