夏の話

「あついあついあついあついあついあつい」
屋上の陰になっているスペースに逃げ込んでいる俺たち。
まだ生き残って交尾の誘いをしているセミとコーラスをするピンクさんの声が耳を通過した。
あつい、って聞くと余計に暑く感じるのは俺の気のせいだろうか。とは言え、涼しいって連呼されても何も変わる気はしないけど。
汗が背中にツゥっと流れるのに気持ち悪さを感じ、シャツを摘んでパタパタと動かした。じわりとまた後頭部に滲む汗に顔を顰める。すると、唐突に生ぬるいながらも強い風圧が首元を滑っていった。強風?
違った。
「……菊池君?」
「んで先輩もお前も持ってねーんだよ」
強風の正体は、菊地君が手に持っていたハンディファンだった。なんで……って…言われても。むしろクラスメイトの大半が持ってきていたことに俺は驚いたのに。中にはコンセントに挿す式のミニ扇風機を机に堂々と置いている人もいた。よくそんなの持ってこようと思ったよね。
「あ〜〜トッシー持ってきてんじゃあん!きゃー!こっち向けてー!」
アイドルと対面したファンのように菊地君に両手を振るピンクさん。
「……………。」
突っ込みを入れる気力も無いらしい。菊地君が真顔無言で扇風機の向きをピンクさんに変えた。途端に蒸しっとした空気が首周りにまとわりつくのを感じた。やっぱり扇風機って大事なんだと実感。俺も買おうかな。思うだけはタダ。だって帰りにも家の近くにも電化製品店無いから。この暑さの中、買いに行くのも面倒だった。
屋上のコンクリートが熱気で歪んで見えるのを眺めていると、ピンクさんが菊地君に話しかけていた。
「アイツおそくなぁい?」
「っすね〜〜溶けてないと良いんすけど」
アイツ?溶ける?
そういえば、いつものもう1人が居なかったのを思い出した。
アイツって赤さんのことなのかな。
……赤さんって溶けるのか。ヨガのことかな、とぼんやり晴天に目を移してすぐ屋上の扉が大きく音を立てて開いた。息を切らし、汗をいくつも額から流して随分暑そうだった。成る程。溶けるって物理的になのか。赤さんを見て納得。頷いた。
頷いた俺と目が合った赤さんは不思議そうに首を傾げたが、すぐにピンクさんに顔を向けて手に持っていたビニール袋を差し出した。
「おそーーーい」
「ア"〜〜?この滝汗見ろ!俺走ったんだぞ!!ほらよ、お前らのご希望のアイス」
「アザーッス!」
「わーい!!!」
受け取ったピンクさんが袋の中をガサゴソと探り、目当ての物を戦利品の様に掲げた。
あれは………自販機のアイス?
………あ、溶けるってアイスだったのか。勘違いで自己完結してたことに少し恥ずかしくなった。3人から視線を外して再び晴天と、ソフトクリームの様に見える真っ白な雲を眺めた。そっか…物理対象違いだったか…。
菊地君もアイスを手に取ったらしく、袋をガサガサ言わせながら赤さんに「この袋どうしたんすか?」と聞いていた。「食堂のおばちゃんが4つも持ってて大変でしょ?ってくれた」と言った赤さんの声が大きく聞こえてきて思わず振り向いた。こっちに近寄ってくる赤さんに驚いて瞬きを繰り返した。
「ほら」
袋を差し出してきた赤さん。
袋?今有料だからくれるってことなのかな。疑問に思ったまま袋を掴むと、重みがあった。
「えっ。中身ありますよ?」
「いやそりゃあるだろ」
呆れたように言った赤さんが袋の中に手を突っ込んで中身を取り出した。
手にしたのは、グレープシャーベットとチョコレートのアイスだった。
「お前どっちがいい?」
くれるらしい。2度目の驚き。乾燥してないのにまた瞬きをしてしまった。
「え……いいんですか?あっ代金2倍とか」
成る程、と思いポケットに入れてる財布を取り出そうとするのを止められた。
「俺を何だと思ってんだよ」
ヤンキー。とは言えず、黙った。何故か目を見開いてショックを受けた顔になった赤さん。そのまま眉を下げて笑うと、再度2つを俺に突き出した。
「いーから、アイツらのついでだし。もう若干溶けてるだろうし早く選べって」
「……じゃあ…グレープシャーベットで。ありがとうございます」
「よっしゃチョコきた」
選んだ方を俺に手渡しして、空いた片手でガッツポーズをした赤さん。チョコ好きなのか。そういえばお菓子の話の時もチョコ系をチョイスしてたっけ。仲良くしようとしていないのに、好みを覚えていることに不思議な気持ちになった。
早く食べろよ。とだけ言って、もう半分ほどまで食べた2人の元に歩いていく赤さん。その後ろ姿を眺めながらアイスの包装を剥がした。
あ。ドロドロ。
剥がした包装からアイスが手に付いたのを舐めていると、3人が休みの日の予定を話していた。
「なーー海行かねえ?」
「いいねえ〜」
「まだやってるんすか?」
「近くのとこは…えーっと9月までやってんぜ」
「んじゃ今度の休み行こ〜!」
海か。まだまだ暑いのによく行こうと思うなぁ元気だな、とアイスをシャリシャリ食べていた俺。
「ッス。…聞いてたろウニ」
美味しい、と食べていた動きを止めた。
「……俺?」
「お前以外ウニ居ないだろ」
俺以外ウニいないの?
「予定合わせるからこっち来い」
赤さんにも手で来るように招かれた。
ピンクさんは何事もないように携帯で予定を確認していた。
え。

えっ?


「断って良いですか」
「俺のアイス食ったろ」
「………。」
「吐くなよ」
「ウニくんウケる」
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