短編
ヤリチン×コンビニ店員
あ。またあの清楚系女子違う男連れてる。ビッチだ。清楚系ビッチとかエロ漫画だけかと思ってたわ俺。見た目じゃ分かんないもんだなー。地味にショック。
俺は吉井(ヨシイ)。ラブホ街入り口、ラブホ前のコンビニで働いてるピッカピカの高校一年生。
別に、何も好きでここを選んだわけじゃない。俺の地元はクソド田舎だから高校生が選べるほどのバイト先が無かっただけの話。俺だって、お洒落な服売ってる店が立ち並ぶ場所とかでバイトしたかったっての。なんかモテそうだし。ただ、あそこ…"ラブホ"に少しも興味が無かったかって言われると…………まぁ嘘になる。
初めてのバイトがここかよって最初は嫌々だったけど、意外とこれが楽しい。ド田舎だからあまり人は入ってこない。けど、店の前を通る人を見て勝手に想像するのが最高。人間観察ってやつ。厨二かよとか馬鹿にしてたけど、結構楽しいんだよな、これ。人には言えないけど。いい暇潰しになるし。お陰で習慣付いちゃって学校でもついしてしまうようになってしまった。
そして、そう。
この通りをよく通るやつとそっくりなやつを、学校でも見かけた。というより本人。
ヤツは隠すつもりが無いんだろう。学校で過ごすスタイルと同じく、その大変お整いの顔面を見せびらかすかのように前髪を左右に分け、毎回違った女の子と夜に堂々とこの通りを歩いていた。
学校でもパリピ集団の中心的な立ち位置にいる為、俺が認識するのは早かった。
それに相対して俺はどちらともいえない所に属している。陰キャに交わるオタクの話とかもできない。ふつーの奴等。
だからーーーー
ウィーンと音がなり、自動ドアが開き音楽が鳴る。反射で「いらっしゃいませ」と声を上げた。思考はそのままで客を目で追う。商品棚からちらちらと栗色に染まったチャラい髪が見える。お決まりの所に一時停止すると、"いつもの物"を手にしたのか、踵を返して俺のいるレジの方に向かってきた。
「袋いらないデス」
「はい、合計2点で1080円です。」
「はーい」
ーーー"クラスメイト"だと知られていない。
見たことある顔だなーと思いながら始めの頃は何も感じず、普通に対応していたが、1ヶ月も経てば流石に分かった。それからはいつ気付かれるか分からず、冷や冷やしていた。でもどうやら俺が地味すぎるのかコイツが周りに興味がなさ過ぎるのか、2ヶ月経った今でも気付かれた気配は無い。
ま、というより、このまま気付かないでくれよ。
なぜなら、俺が、気不味いから!
そう心の中でつぶやき、スキンのバーコードにシールを貼った。だって、誰だってクラスメイトにコンドーム事情なんて知られたく無いだろ?俺は絶対に嫌だ。
…使ったこと無いけど。
1100円渡され、機械に入れる。バイト先のコンビニのレジは自動精算機。楽だけどお釣りが出るまでに間があって少しダルい。
その間で、チラッとヤツの顔を盗み見る。
下を向いてスマホを触っている。画面が見えた。ラインをしているらしい。
長く、色素の薄い茶色の自睫毛がスマホを見るために伏せ目になっており、影がかかっている。正面から見る顔は、少し垂れ目。目を開けば二重で学校の女子を落としまくってるアーモンドアイとやらの登場だ。鼻筋が高く、唇は薄く形が良い。ジャニーズにいててもおかしく無い。是非俺ら一般ピーポーの為に芸能人が通う学校に行ってくれ。
遅くなったけど、学校随一のイケメンって言われるヤツの情報。
名前は鈴村 俊太(スズムラ シュンタ)。愛称はシュンくん。身長は、俺が軽く見上げるくらいだから170センチくらい。細マッチョ。体育の時腹筋見えた。それから……猫を飼ってる、らしい。いちごが好き、らしい。甘いものが好き、らしい。焼肉が好き、らしい。アクセは苦手、らしい。ハーフ、らしい。
殆どの情報は何もせずとも学校にいると嫌でも耳に入ってくる。断じて俺がストーカーとかじゃないです。あくまで噂のようなもんだから、らしい、としか言いようがないけど。
あぁ、そうだ。唯一、使ってるコンドームだけは確実に分かる情報だったわ。
とてつもなく不毛な情報になんともブルーな気分に陥った。あの子本っ当!イケメンよね〜!と、同じような年齢の息子さんがいるパートのおばちゃんへ適当に相槌を打ちながら業務に戻った。いつものことだけどさおばちゃん、アイツが買った商品見えてたよね?
仕事も粗方覚え、友達もでき学校にも慣れた早3ヶ月目。
ついに接触してしまった。
寧ろ今までが奇跡だったっていうのは分かってる……分かってるけど!
今までの皺寄せのごとく、1日に何度も立て続けに出くわすとか有りかよ……!?
というわけで
「聞きたいか?いや聞け。まず、寝坊して朝から靴箱でばったり、次に便所の扉を開けた瞬間にすれ違い、体育で同じグループに初めてなって、最後は、なんと、放課後シュンクンの珍しくもない告白後の現場を見ちゃったわくそったれが!!気不味いうえにバッチリ目が合ったわ!!」「草」
1文字で終わらせんじゃねーーー!!!!
マックで端を陣取り、興味無さげだが何気にずっと話を聞いてくれているこいつは俺の親友の山中。小、中と一緒だったが、高校は山中が頭が良かった故離れてしまった。
コーヒーを飲みながら、やっとお前のストーキングじみた話聞かなくて済むようになるな、なんて言ってくる。失礼だな。
「俺に言わせりゃ、ストーキングも人間観察も変わんねえよ」「やめろよ正論」何も言い返せねぇよ。無言でポテトを貪る俺。山中は呆れたような顔をして続きを促した。
「で?ヨシはそのイケメンコンドームとは挨拶交わしたとか名前呼ばれたりとかしたわけ?」
「挨拶........」
「挨拶。」
「............................。」
「無かったか」
無かったわ。
たったつい数時間前のことを暫し考え、答えた。考えるまでも無かった。唯一確実な接点としての体育でさえ、シュンクンはいつものうるさいパリピ集団に囲まれてボールのパスすらなかった。あいつらトイレも一緒系女子かよ。ここで話は適当に流され、山中の学校での話になり、2時間ほど駄弁ってからお開きになった。帰り際に、また進展あればラインして、と言われた。くっっそ....他人事だと思ってあいつ。
明日のバイトが憂鬱でしかない。
「おはようございます」
「おはよー」
昨日みたいなこともなく、何の変哲も無いスクールライフを終えてこの時がやってきてしまった。
まあ今日コンビニに来るかなんてわかんないんだけどさ。
コンビニの裏口から出勤。レジの裏側にある休憩室兼更衣場には先輩がいた。挨拶をして着替えていると、パートのおばちゃんがシフト交代の為に休憩室に入ってきた。
「あっ、吉井くん達。ちょっとバタバタしてて仕事残ってるから、申し訳ないけどあと頼むね」
「はーい」
「了解す」
17時45分。先輩の後に返事をして休憩室を出た。
店の掃除してからレジで引き継ぎ。先輩とはパズドラとかゲームの話をしながら今日の仕事を淡々とこなし、気付けばもう21時だった。
やった、あと1時間で上がれる〜〜!内心小躍り。今日はなんかいつもに増して暇だったからすげーつまんなかったし。店前の人通りも全然で人間観察すらできなかった。
で、そう、実はシュンくんは来なかった。いつもは19時から20時までには来てたのに。時間が過ぎるまで胃が痛かったけど、来なかったら来なかったで拍子抜けだ。ツマンネ。
「暇すね」
「それな........今日ってなんかあったっけ?」さあ?首を傾げて答えた。それより退勤準備を始めたかったから指示を仰ぐ。
「やることってなんかあります?」
「やることな〜.....ん〜じゃあ表のゴミ箱みてきて。いっぱいだったりしたら裏のゴミ捨て場に持ってっといて」
「了解す」
「酔っ払いに絡まれないよう気をつけてね〜」
自動ドアから出るタイミングで、レジから身を乗り出した先輩が手をひらひらさせそう言った。なんてことを。いや、そういやそんなことあったって言ってたなこの人。だから最近ずっと俺にやらせてたのか。
恐々周囲を窺いながらも何事もなくゴミをまとめることが出来、安心しながら腰を上げた。そういや、自動ドアの横で作業してんのに何の音もないなんて珍しい。20分前に3人出入りしてからは誰も来てないのか。自動ドアによる音声を聞かないことに不思議に思いながらも裏側にゴミを持っていくことにした。
無意味なロックを外してゴミを投げ入れた。あーー、これでまた暇になる。汚れた手を背中に無造作に擦り付けて居ると、ふと高い音が耳に入った。仕事中であることを忘れて耳をすますと、どうやら女性の叫び声だった。しかも尋常じゃない剣幕で誰かを探してるようだった。
え、こ、こっわ。
しきりに"スズ!!どこなの!!"と呼んでる。もしかしたら娘さんかもしれない。それなら納得なんだけど、それにしても怖いっって......!好奇心に惹かれたけど恐怖心には劣る。徐々に近寄ってくる声にビビりながら、いちよう戻ったら先輩に通報でもしてもらうか相談しようと早足で表に行った。
表に出て店前を見ると、店内の明かりに照らされた黒い人影が丸まっていた。ゴミ箱の横でまるで、何かに隠れるように。あっ。もしやさっきの声が探してた"スズ"かもしれない。
なんでこの時そう思ったのかは今でもよく分からない。
でも、あ、れだけの剣幕だからてっきり....もっと幼いのかと思ってたけど、身を縮こませて居るのは大学生か高校生サイズだよな....?
とりあえず声をかけようと店の方に近づいた時だった。さっき俺がいた裏の通りの方からあの女性の叫び声が。もう、すぐ近くまで来てるようだった。声のする薄暗い裏の通りから目線を元に戻すと、黒い人影がこっちを驚いた目で見ていた。きっとさっきの声の主が俺だと勘違いしたんだろう。
しかも、丸まっていた状態よりずっと観察しやすようになっていた。
逃げれるように咄嗟に立った身長は俺より高く。
慌てて着たと思われる黒いフードはチャックが閉じられておらず、両手で服を寄せているその間からは肌が見え。
下には紫のボクサーパンツのみで裸足。
いつもは真ん中分けの前髪もぐしゃぐしゃで。
大変お整いの顔は怯えていた。
シュンくんだ。
あまりの非日常感に逆に冷静になった俺。脳みそフル回転。いつもこのくらいの冴えが欲しい。勝手な先入観で色々勘違いしてたけど、こいつがあの半狂乱の女性の探してた"スズ"で間違いない、と思う。まず、"スズムラ シュンタ"の苗字でのアダ名なところは恐らく、親子じゃない。それから、
あの女性は普通じゃ、無い。
薄暗い裏通りから一瞬見えたその女性の姿は明らかに"異様"だった。
走り回っていたと一目で分かる程、長い茶髪の髪は乱れていて、この人も裸足だった。赤いワンピースは何度か転んだのか、所々破けていた。1番異様と思えたのは、手に持って振り回している小さなナイフだった。ネオンに鈍く照らされた刃物が、より不気味に見えた。
思わずシュンくんの方を見やると足や手が数カ所赤くなってるのが見える。
脳みそはフル回転。異様な女性とシュンくんを同時に視界に入れている俺から出た言葉は1つだけだ。
「ぁ、」
お、俺ーーーーーーーーーー!!!!
口も身体も動かず固まる俺をしばらく不審げに見ていたが、甲高い声が近寄ってくるのに気付き、どうすればいいのか逡巡していた。そうだ。状況の分かった俺が何かしないと.....!でも、なにを、どう?時間が無いことに焦り、汗が止まらない。さっきまでフル回転していた脳も何処かへ吹き飛んでしまった。俺なんかが、こんな状況、どうにかできるわけ
再び女性が大きな叫び声をあげだしたのにおびえて裏通りの方向を見たシュンくんを見て、ようやく身体が動いた。
どうなるにしても、何かしないと。
全力で地面を蹴ってシュンくんまで近寄り、フードを手繰り寄せていた手を強引に掴んで先輩の待つ店に飛び込んだ。遅くなった俺に批難を飛ばそうとした先輩も、連れてきた異様な格好のシュンくんと俺の様子に驚愕の顔を浮かべて口を噤んだ。未だあの冴えた頭は戻ってきてない為、先輩には「警察をお願いします!」とだけ言って、シュンくんを連れたままレジから休憩室に雪崩れ込んだ。
人が2人程並んだら精一杯な幅の休憩室。俺とシュン....鈴村の荒い呼吸音と店内の声だけが響いていた。体育の準備運動の距離より遥かに短い距離なのに、息の乱れ方と心臓の跳ねる感じは段違いだった。心臓。......。耳元で聞こえるこの音は.....?
うあっっっっ。
咄嗟に身を起こすと、鈴村が下になっていた。慌てて謝罪して退こうとする俺を止めるかの様に、さっきより密着する様に鈴村が首ごと抱き寄せて来た。人肌に動揺が走る。なっ??え、こいつ、え????あまりの困惑に、パニックになり掛けてる俺の耳元で鈴村が囁いた。
「店員さん、巻き込んじゃってすみません。その、......これ、安心するので、もう少しだけこのままで......」俺は安心できません。
そう思っても典型的な日本人の俺は、「ぁっ、......はい......」としか言えなかった。
「.................。」
無言のこの空間が辛い。ごめん重いよな鈴村、そう小声で言おうとしたが。
そうだ。俺、まだバレてないんだわ。名前とか言ったらそれこそ俺も不審者になるじゃんこの状況。この時同級生だと言えば良かったのにと、後で後悔した。
「........店員さんって」
「っ!.......は、い」
驚きすぎて普通の声量になりかけて思わず口を抑える。
思いっきり店内の方に意識をやってたから、油断してた。身体が跳ねた事がだいぶ恥ずかしい。なんだよこいつこんな時に、とか八つ当たりじみたことを思ってしまう。
「よくレジしてくれてる人ですよね」
!!!?!
「そうです、ね」
覚えられてんの!??!目が泳いだが、顔がお互い見えないことに感謝。動揺がバレてないことを祈りながら返事をした。
でも、そのすぐ後に女性の声が店内に響いたから動揺なんて隠す必要もなかった。
若干落ち着き掛けていた俺たちにとって、(俺は別で動揺していたが)再び緊張の糸が張り詰めたのがよく分かった。思わず2人して息を止める。先輩の声が聞こえた。もう、あの時で今日のエネルギーを使い切ったのかと思えるほど膝立ちしている足はガクガクで、あまりの緊張で心臓がうるさく、音すらもよく聞こえない。何か出来るほどの力はもうゼロに等しかった。上半身を鈴村に預け、店内で対峙してるであろう先輩の無事と、早く、一刻も早く警察が来ることを祈るしかできなかった。
男女の声が店内から聞こえ、どのくらい経ったのか。店内が静かになったことに気がついた。聞こえるのは店内放送のみ。嫌な予感がした。嫌な想像しかよぎらない。静かに身体を起こして鈴村と顔を見合わせた。強張った顔をしていた。多分、俺もそんな顔をしてるんだと思った。ただ、こんな時でも呑気に頭のどこかで、初めてこんな近くで鈴村を見たけど綺麗な顔だな、などと考えていた。現実逃避。馬鹿だ。
「"スズ"くん?.......スズムラくん?どこ?」
自動ドアから流れる音声と共に女性の声だけが聞こえた。
今度こそ心臓が止まるかと思った。
恐怖と絶望と....後悔で目の前の服にしがみつく。
ああ……やっぱり、くそ…………俺なんかが、俺みたいな!漫画とか本の知識も無く、機転が利く程の頭脳も無く、運動も、何にも無い俺が。
何かしないと、とかくだんねーこと考えたから…………こんな、現実的じゃ無いことに俺が何かできるはずが、無いのに、先輩まで、巻き込んで。
後悔が後から後から溢れて止まらない。
もう嫌だ。
目がじわっと熱くなる。
ガタ。キィ。
物音がした。レジの横。壁一枚、距離はすぐそこまで迫っていた。
何も出来ず、目の前の黒いフードにしがみつき、固まるだけの俺の頭に腕がまわった。鈴村しかいなかった。震えてる。何も出来なくて、ごめん。俺も鈴村に腕をまわした。
ガチャ
「えっ!?あ〜〜〜〜......えっと、ごめんなさい........その、君達は"すずむら しゅんた"君と、ええと....ここのアルバイトの、"よしい"君で間違いないかな....?」
「「は」」
扉に立っていたのは女性の、警官だった。
足にぶつかったから扉が開いた、ということは理解せざる終えなかったけど、多分、2人とも目を瞑っていて、警察が来たということに全く気付かなかった。俺たちは狂気の女とは思えない問い掛けに、店内の光が洩れる眩しい背後を振り返り、ようやく呆然とした声を洩らした。残念ながら俺は声のトーンに反応しただけで、言われた内容は全く理解できていなかったけど。
その後の記憶はあまり無い。
放心状態の俺たちを保護してくれた警官は、パトカーで警察署まで連れて行き、そこで鈴村とは別々で事情聴取をされた。俺は当事者なわけでも無いので軽く話しをしてからすぐに帰らされた、と思う。
気がつけば家にいて、朝になっていた。
朝になると腹が減りまくってて、変な感じがした。
その日、親に急かされ嫌々登校すると、鈴村は休みだった。
後日先輩から聞いた話。
俺らが店に飛び込んだ後、外の方が騒がしくなり、複数人の警察に取り押さえられている女が見えたらしい。すぐ後に、目撃者がいたということでコンビニに俺らを保護してくれた警官が話を聞きに来た。
この時の店内の男女の会話がこれだったんだとわかった。
それで一旦店のすぐ外で話をして、後は俺の体験通り。警官が保護しにきたという事だった。当たり前だけど、俺が鈴村を見つけた時点で何件も警察に通報があったらしく、既に数人の警官が女を追いかけていたそうだ。
馬鹿な妄想だとは思うけど。本気で命の危険を感じたし全部夢だったのかもってすげー怖かったから、バイトでいつも通りの先輩の姿を目にした時なんか、安心しすぎて足の力抜けかけた。
ここら辺では結構のニュースになってたし、連日鈴村への心配や噂とかエグかった。けど、学校のやつらは2週間も経てば夏休みの話などであっという間に話は流されてしまった。
「結局あの時、別に、俺が何をしても変わんなかったってことすよね.....」
「ん?あぁ、気狂女?かもなー........あ、ただ、」
「はい?」
「もしかしたら........もう少し取り押さえるのが遅かったら、コンビニの中に入った可能性もあったらしい」
「こわ」
「こわ」
その時は思わず先輩と噴き出して笑ったけど、内心冷や汗止まらなかったし鳥肌もヤバかった。
それから.......当たり前だけど、遂に認識されてしまった。
「おはよ、吉井。古典の宿題した?」
「あっ」
「だと思った!見る?今日の購買の唐揚げと引き換え」
「しゃ、しゃーなしな……」高めの唐揚げ弁当を選ぶなんて……俺のバイト代……。
俺の中ではまだ陽キャに対する戸惑いが若干有りつつも、徐々に距離を縮めて来れてると思う。陽キャのコミュ力すげえよ。3ヶ月なんとなく一緒につるんでた奴より、よっぽど今会話してる。
警官に名前を呼ばれた事を覚えていたこと、普通にバイトの名札で、鈴村には身バレした。助けてくれたお礼だと先輩との勤務中に菓子折りを持ってきた鈴村は、次の日には学校で目があった瞬間今まで学校では見た事ないほどの驚いたリアクションと大声で俺の発見を知らせてくれた。あの時が過去イチ、注目された時間だった。お陰で今では観察される側になっててだいぶ居心地が悪い。3ヶ月つるんでたやつは鼻が利くのか鈴村の反応後すぐ離れ、もう他の人と仲良くしてるようだった。なんてやつだ。
そいつはさておいて、鈴村は噂の知識で偏っていた俺の偏見とは裏腹に結構、普通に良い奴。宿題見せてくれたり、女子にモテるらしい香水とか服とか教えてくれる。たまに距離が近いなって時があるけど、多分陽キャって距離感こんなもんなんだろ?最近、休み時間になると椅子に座った俺の上に座ってくるのは冗談でも、まだちょっと慣れない。顔近いし。やっぱ、顔整ってるから男の俺でもドキッとすんの、嫌だし。みんなの視線も痛いし。
そうだ、今日鈴村ん家に泊まりに行くからちょっと、軽く、やめてくれるか言ってみよ。
ーーー→
今夜全力で逃げてほしい。
でもヤリチンに好かれたのが運の尽き。グッバイ吉井くんの処女。
あ。またあの清楚系女子違う男連れてる。ビッチだ。清楚系ビッチとかエロ漫画だけかと思ってたわ俺。見た目じゃ分かんないもんだなー。地味にショック。
俺は吉井(ヨシイ)。ラブホ街入り口、ラブホ前のコンビニで働いてるピッカピカの高校一年生。
別に、何も好きでここを選んだわけじゃない。俺の地元はクソド田舎だから高校生が選べるほどのバイト先が無かっただけの話。俺だって、お洒落な服売ってる店が立ち並ぶ場所とかでバイトしたかったっての。なんかモテそうだし。ただ、あそこ…"ラブホ"に少しも興味が無かったかって言われると…………まぁ嘘になる。
初めてのバイトがここかよって最初は嫌々だったけど、意外とこれが楽しい。ド田舎だからあまり人は入ってこない。けど、店の前を通る人を見て勝手に想像するのが最高。人間観察ってやつ。厨二かよとか馬鹿にしてたけど、結構楽しいんだよな、これ。人には言えないけど。いい暇潰しになるし。お陰で習慣付いちゃって学校でもついしてしまうようになってしまった。
そして、そう。
この通りをよく通るやつとそっくりなやつを、学校でも見かけた。というより本人。
ヤツは隠すつもりが無いんだろう。学校で過ごすスタイルと同じく、その大変お整いの顔面を見せびらかすかのように前髪を左右に分け、毎回違った女の子と夜に堂々とこの通りを歩いていた。
学校でもパリピ集団の中心的な立ち位置にいる為、俺が認識するのは早かった。
それに相対して俺はどちらともいえない所に属している。陰キャに交わるオタクの話とかもできない。ふつーの奴等。
だからーーーー
ウィーンと音がなり、自動ドアが開き音楽が鳴る。反射で「いらっしゃいませ」と声を上げた。思考はそのままで客を目で追う。商品棚からちらちらと栗色に染まったチャラい髪が見える。お決まりの所に一時停止すると、"いつもの物"を手にしたのか、踵を返して俺のいるレジの方に向かってきた。
「袋いらないデス」
「はい、合計2点で1080円です。」
「はーい」
ーーー"クラスメイト"だと知られていない。
見たことある顔だなーと思いながら始めの頃は何も感じず、普通に対応していたが、1ヶ月も経てば流石に分かった。それからはいつ気付かれるか分からず、冷や冷やしていた。でもどうやら俺が地味すぎるのかコイツが周りに興味がなさ過ぎるのか、2ヶ月経った今でも気付かれた気配は無い。
ま、というより、このまま気付かないでくれよ。
なぜなら、俺が、気不味いから!
そう心の中でつぶやき、スキンのバーコードにシールを貼った。だって、誰だってクラスメイトにコンドーム事情なんて知られたく無いだろ?俺は絶対に嫌だ。
…使ったこと無いけど。
1100円渡され、機械に入れる。バイト先のコンビニのレジは自動精算機。楽だけどお釣りが出るまでに間があって少しダルい。
その間で、チラッとヤツの顔を盗み見る。
下を向いてスマホを触っている。画面が見えた。ラインをしているらしい。
長く、色素の薄い茶色の自睫毛がスマホを見るために伏せ目になっており、影がかかっている。正面から見る顔は、少し垂れ目。目を開けば二重で学校の女子を落としまくってるアーモンドアイとやらの登場だ。鼻筋が高く、唇は薄く形が良い。ジャニーズにいててもおかしく無い。是非俺ら一般ピーポーの為に芸能人が通う学校に行ってくれ。
遅くなったけど、学校随一のイケメンって言われるヤツの情報。
名前は鈴村 俊太(スズムラ シュンタ)。愛称はシュンくん。身長は、俺が軽く見上げるくらいだから170センチくらい。細マッチョ。体育の時腹筋見えた。それから……猫を飼ってる、らしい。いちごが好き、らしい。甘いものが好き、らしい。焼肉が好き、らしい。アクセは苦手、らしい。ハーフ、らしい。
殆どの情報は何もせずとも学校にいると嫌でも耳に入ってくる。断じて俺がストーカーとかじゃないです。あくまで噂のようなもんだから、らしい、としか言いようがないけど。
あぁ、そうだ。唯一、使ってるコンドームだけは確実に分かる情報だったわ。
とてつもなく不毛な情報になんともブルーな気分に陥った。あの子本っ当!イケメンよね〜!と、同じような年齢の息子さんがいるパートのおばちゃんへ適当に相槌を打ちながら業務に戻った。いつものことだけどさおばちゃん、アイツが買った商品見えてたよね?
仕事も粗方覚え、友達もでき学校にも慣れた早3ヶ月目。
ついに接触してしまった。
寧ろ今までが奇跡だったっていうのは分かってる……分かってるけど!
今までの皺寄せのごとく、1日に何度も立て続けに出くわすとか有りかよ……!?
というわけで
「聞きたいか?いや聞け。まず、寝坊して朝から靴箱でばったり、次に便所の扉を開けた瞬間にすれ違い、体育で同じグループに初めてなって、最後は、なんと、放課後シュンクンの珍しくもない告白後の現場を見ちゃったわくそったれが!!気不味いうえにバッチリ目が合ったわ!!」「草」
1文字で終わらせんじゃねーーー!!!!
マックで端を陣取り、興味無さげだが何気にずっと話を聞いてくれているこいつは俺の親友の山中。小、中と一緒だったが、高校は山中が頭が良かった故離れてしまった。
コーヒーを飲みながら、やっとお前のストーキングじみた話聞かなくて済むようになるな、なんて言ってくる。失礼だな。
「俺に言わせりゃ、ストーキングも人間観察も変わんねえよ」「やめろよ正論」何も言い返せねぇよ。無言でポテトを貪る俺。山中は呆れたような顔をして続きを促した。
「で?ヨシはそのイケメンコンドームとは挨拶交わしたとか名前呼ばれたりとかしたわけ?」
「挨拶........」
「挨拶。」
「............................。」
「無かったか」
無かったわ。
たったつい数時間前のことを暫し考え、答えた。考えるまでも無かった。唯一確実な接点としての体育でさえ、シュンクンはいつものうるさいパリピ集団に囲まれてボールのパスすらなかった。あいつらトイレも一緒系女子かよ。ここで話は適当に流され、山中の学校での話になり、2時間ほど駄弁ってからお開きになった。帰り際に、また進展あればラインして、と言われた。くっっそ....他人事だと思ってあいつ。
明日のバイトが憂鬱でしかない。
「おはようございます」
「おはよー」
昨日みたいなこともなく、何の変哲も無いスクールライフを終えてこの時がやってきてしまった。
まあ今日コンビニに来るかなんてわかんないんだけどさ。
コンビニの裏口から出勤。レジの裏側にある休憩室兼更衣場には先輩がいた。挨拶をして着替えていると、パートのおばちゃんがシフト交代の為に休憩室に入ってきた。
「あっ、吉井くん達。ちょっとバタバタしてて仕事残ってるから、申し訳ないけどあと頼むね」
「はーい」
「了解す」
17時45分。先輩の後に返事をして休憩室を出た。
店の掃除してからレジで引き継ぎ。先輩とはパズドラとかゲームの話をしながら今日の仕事を淡々とこなし、気付けばもう21時だった。
やった、あと1時間で上がれる〜〜!内心小躍り。今日はなんかいつもに増して暇だったからすげーつまんなかったし。店前の人通りも全然で人間観察すらできなかった。
で、そう、実はシュンくんは来なかった。いつもは19時から20時までには来てたのに。時間が過ぎるまで胃が痛かったけど、来なかったら来なかったで拍子抜けだ。ツマンネ。
「暇すね」
「それな........今日ってなんかあったっけ?」さあ?首を傾げて答えた。それより退勤準備を始めたかったから指示を仰ぐ。
「やることってなんかあります?」
「やることな〜.....ん〜じゃあ表のゴミ箱みてきて。いっぱいだったりしたら裏のゴミ捨て場に持ってっといて」
「了解す」
「酔っ払いに絡まれないよう気をつけてね〜」
自動ドアから出るタイミングで、レジから身を乗り出した先輩が手をひらひらさせそう言った。なんてことを。いや、そういやそんなことあったって言ってたなこの人。だから最近ずっと俺にやらせてたのか。
恐々周囲を窺いながらも何事もなくゴミをまとめることが出来、安心しながら腰を上げた。そういや、自動ドアの横で作業してんのに何の音もないなんて珍しい。20分前に3人出入りしてからは誰も来てないのか。自動ドアによる音声を聞かないことに不思議に思いながらも裏側にゴミを持っていくことにした。
無意味なロックを外してゴミを投げ入れた。あーー、これでまた暇になる。汚れた手を背中に無造作に擦り付けて居ると、ふと高い音が耳に入った。仕事中であることを忘れて耳をすますと、どうやら女性の叫び声だった。しかも尋常じゃない剣幕で誰かを探してるようだった。
え、こ、こっわ。
しきりに"スズ!!どこなの!!"と呼んでる。もしかしたら娘さんかもしれない。それなら納得なんだけど、それにしても怖いっって......!好奇心に惹かれたけど恐怖心には劣る。徐々に近寄ってくる声にビビりながら、いちよう戻ったら先輩に通報でもしてもらうか相談しようと早足で表に行った。
表に出て店前を見ると、店内の明かりに照らされた黒い人影が丸まっていた。ゴミ箱の横でまるで、何かに隠れるように。あっ。もしやさっきの声が探してた"スズ"かもしれない。
なんでこの時そう思ったのかは今でもよく分からない。
でも、あ、れだけの剣幕だからてっきり....もっと幼いのかと思ってたけど、身を縮こませて居るのは大学生か高校生サイズだよな....?
とりあえず声をかけようと店の方に近づいた時だった。さっき俺がいた裏の通りの方からあの女性の叫び声が。もう、すぐ近くまで来てるようだった。声のする薄暗い裏の通りから目線を元に戻すと、黒い人影がこっちを驚いた目で見ていた。きっとさっきの声の主が俺だと勘違いしたんだろう。
しかも、丸まっていた状態よりずっと観察しやすようになっていた。
逃げれるように咄嗟に立った身長は俺より高く。
慌てて着たと思われる黒いフードはチャックが閉じられておらず、両手で服を寄せているその間からは肌が見え。
下には紫のボクサーパンツのみで裸足。
いつもは真ん中分けの前髪もぐしゃぐしゃで。
大変お整いの顔は怯えていた。
シュンくんだ。
あまりの非日常感に逆に冷静になった俺。脳みそフル回転。いつもこのくらいの冴えが欲しい。勝手な先入観で色々勘違いしてたけど、こいつがあの半狂乱の女性の探してた"スズ"で間違いない、と思う。まず、"スズムラ シュンタ"の苗字でのアダ名なところは恐らく、親子じゃない。それから、
あの女性は普通じゃ、無い。
薄暗い裏通りから一瞬見えたその女性の姿は明らかに"異様"だった。
走り回っていたと一目で分かる程、長い茶髪の髪は乱れていて、この人も裸足だった。赤いワンピースは何度か転んだのか、所々破けていた。1番異様と思えたのは、手に持って振り回している小さなナイフだった。ネオンに鈍く照らされた刃物が、より不気味に見えた。
思わずシュンくんの方を見やると足や手が数カ所赤くなってるのが見える。
脳みそはフル回転。異様な女性とシュンくんを同時に視界に入れている俺から出た言葉は1つだけだ。
「ぁ、」
お、俺ーーーーーーーーーー!!!!
口も身体も動かず固まる俺をしばらく不審げに見ていたが、甲高い声が近寄ってくるのに気付き、どうすればいいのか逡巡していた。そうだ。状況の分かった俺が何かしないと.....!でも、なにを、どう?時間が無いことに焦り、汗が止まらない。さっきまでフル回転していた脳も何処かへ吹き飛んでしまった。俺なんかが、こんな状況、どうにかできるわけ
再び女性が大きな叫び声をあげだしたのにおびえて裏通りの方向を見たシュンくんを見て、ようやく身体が動いた。
どうなるにしても、何かしないと。
全力で地面を蹴ってシュンくんまで近寄り、フードを手繰り寄せていた手を強引に掴んで先輩の待つ店に飛び込んだ。遅くなった俺に批難を飛ばそうとした先輩も、連れてきた異様な格好のシュンくんと俺の様子に驚愕の顔を浮かべて口を噤んだ。未だあの冴えた頭は戻ってきてない為、先輩には「警察をお願いします!」とだけ言って、シュンくんを連れたままレジから休憩室に雪崩れ込んだ。
人が2人程並んだら精一杯な幅の休憩室。俺とシュン....鈴村の荒い呼吸音と店内の声だけが響いていた。体育の準備運動の距離より遥かに短い距離なのに、息の乱れ方と心臓の跳ねる感じは段違いだった。心臓。......。耳元で聞こえるこの音は.....?
うあっっっっ。
咄嗟に身を起こすと、鈴村が下になっていた。慌てて謝罪して退こうとする俺を止めるかの様に、さっきより密着する様に鈴村が首ごと抱き寄せて来た。人肌に動揺が走る。なっ??え、こいつ、え????あまりの困惑に、パニックになり掛けてる俺の耳元で鈴村が囁いた。
「店員さん、巻き込んじゃってすみません。その、......これ、安心するので、もう少しだけこのままで......」俺は安心できません。
そう思っても典型的な日本人の俺は、「ぁっ、......はい......」としか言えなかった。
「.................。」
無言のこの空間が辛い。ごめん重いよな鈴村、そう小声で言おうとしたが。
そうだ。俺、まだバレてないんだわ。名前とか言ったらそれこそ俺も不審者になるじゃんこの状況。この時同級生だと言えば良かったのにと、後で後悔した。
「........店員さんって」
「っ!.......は、い」
驚きすぎて普通の声量になりかけて思わず口を抑える。
思いっきり店内の方に意識をやってたから、油断してた。身体が跳ねた事がだいぶ恥ずかしい。なんだよこいつこんな時に、とか八つ当たりじみたことを思ってしまう。
「よくレジしてくれてる人ですよね」
!!!?!
「そうです、ね」
覚えられてんの!??!目が泳いだが、顔がお互い見えないことに感謝。動揺がバレてないことを祈りながら返事をした。
でも、そのすぐ後に女性の声が店内に響いたから動揺なんて隠す必要もなかった。
若干落ち着き掛けていた俺たちにとって、(俺は別で動揺していたが)再び緊張の糸が張り詰めたのがよく分かった。思わず2人して息を止める。先輩の声が聞こえた。もう、あの時で今日のエネルギーを使い切ったのかと思えるほど膝立ちしている足はガクガクで、あまりの緊張で心臓がうるさく、音すらもよく聞こえない。何か出来るほどの力はもうゼロに等しかった。上半身を鈴村に預け、店内で対峙してるであろう先輩の無事と、早く、一刻も早く警察が来ることを祈るしかできなかった。
男女の声が店内から聞こえ、どのくらい経ったのか。店内が静かになったことに気がついた。聞こえるのは店内放送のみ。嫌な予感がした。嫌な想像しかよぎらない。静かに身体を起こして鈴村と顔を見合わせた。強張った顔をしていた。多分、俺もそんな顔をしてるんだと思った。ただ、こんな時でも呑気に頭のどこかで、初めてこんな近くで鈴村を見たけど綺麗な顔だな、などと考えていた。現実逃避。馬鹿だ。
「"スズ"くん?.......スズムラくん?どこ?」
自動ドアから流れる音声と共に女性の声だけが聞こえた。
今度こそ心臓が止まるかと思った。
恐怖と絶望と....後悔で目の前の服にしがみつく。
ああ……やっぱり、くそ…………俺なんかが、俺みたいな!漫画とか本の知識も無く、機転が利く程の頭脳も無く、運動も、何にも無い俺が。
何かしないと、とかくだんねーこと考えたから…………こんな、現実的じゃ無いことに俺が何かできるはずが、無いのに、先輩まで、巻き込んで。
後悔が後から後から溢れて止まらない。
もう嫌だ。
目がじわっと熱くなる。
ガタ。キィ。
物音がした。レジの横。壁一枚、距離はすぐそこまで迫っていた。
何も出来ず、目の前の黒いフードにしがみつき、固まるだけの俺の頭に腕がまわった。鈴村しかいなかった。震えてる。何も出来なくて、ごめん。俺も鈴村に腕をまわした。
ガチャ
「えっ!?あ〜〜〜〜......えっと、ごめんなさい........その、君達は"すずむら しゅんた"君と、ええと....ここのアルバイトの、"よしい"君で間違いないかな....?」
「「は」」
扉に立っていたのは女性の、警官だった。
足にぶつかったから扉が開いた、ということは理解せざる終えなかったけど、多分、2人とも目を瞑っていて、警察が来たということに全く気付かなかった。俺たちは狂気の女とは思えない問い掛けに、店内の光が洩れる眩しい背後を振り返り、ようやく呆然とした声を洩らした。残念ながら俺は声のトーンに反応しただけで、言われた内容は全く理解できていなかったけど。
その後の記憶はあまり無い。
放心状態の俺たちを保護してくれた警官は、パトカーで警察署まで連れて行き、そこで鈴村とは別々で事情聴取をされた。俺は当事者なわけでも無いので軽く話しをしてからすぐに帰らされた、と思う。
気がつけば家にいて、朝になっていた。
朝になると腹が減りまくってて、変な感じがした。
その日、親に急かされ嫌々登校すると、鈴村は休みだった。
後日先輩から聞いた話。
俺らが店に飛び込んだ後、外の方が騒がしくなり、複数人の警察に取り押さえられている女が見えたらしい。すぐ後に、目撃者がいたということでコンビニに俺らを保護してくれた警官が話を聞きに来た。
この時の店内の男女の会話がこれだったんだとわかった。
それで一旦店のすぐ外で話をして、後は俺の体験通り。警官が保護しにきたという事だった。当たり前だけど、俺が鈴村を見つけた時点で何件も警察に通報があったらしく、既に数人の警官が女を追いかけていたそうだ。
馬鹿な妄想だとは思うけど。本気で命の危険を感じたし全部夢だったのかもってすげー怖かったから、バイトでいつも通りの先輩の姿を目にした時なんか、安心しすぎて足の力抜けかけた。
ここら辺では結構のニュースになってたし、連日鈴村への心配や噂とかエグかった。けど、学校のやつらは2週間も経てば夏休みの話などであっという間に話は流されてしまった。
「結局あの時、別に、俺が何をしても変わんなかったってことすよね.....」
「ん?あぁ、気狂女?かもなー........あ、ただ、」
「はい?」
「もしかしたら........もう少し取り押さえるのが遅かったら、コンビニの中に入った可能性もあったらしい」
「こわ」
「こわ」
その時は思わず先輩と噴き出して笑ったけど、内心冷や汗止まらなかったし鳥肌もヤバかった。
それから.......当たり前だけど、遂に認識されてしまった。
「おはよ、吉井。古典の宿題した?」
「あっ」
「だと思った!見る?今日の購買の唐揚げと引き換え」
「しゃ、しゃーなしな……」高めの唐揚げ弁当を選ぶなんて……俺のバイト代……。
俺の中ではまだ陽キャに対する戸惑いが若干有りつつも、徐々に距離を縮めて来れてると思う。陽キャのコミュ力すげえよ。3ヶ月なんとなく一緒につるんでた奴より、よっぽど今会話してる。
警官に名前を呼ばれた事を覚えていたこと、普通にバイトの名札で、鈴村には身バレした。助けてくれたお礼だと先輩との勤務中に菓子折りを持ってきた鈴村は、次の日には学校で目があった瞬間今まで学校では見た事ないほどの驚いたリアクションと大声で俺の発見を知らせてくれた。あの時が過去イチ、注目された時間だった。お陰で今では観察される側になっててだいぶ居心地が悪い。3ヶ月つるんでたやつは鼻が利くのか鈴村の反応後すぐ離れ、もう他の人と仲良くしてるようだった。なんてやつだ。
そいつはさておいて、鈴村は噂の知識で偏っていた俺の偏見とは裏腹に結構、普通に良い奴。宿題見せてくれたり、女子にモテるらしい香水とか服とか教えてくれる。たまに距離が近いなって時があるけど、多分陽キャって距離感こんなもんなんだろ?最近、休み時間になると椅子に座った俺の上に座ってくるのは冗談でも、まだちょっと慣れない。顔近いし。やっぱ、顔整ってるから男の俺でもドキッとすんの、嫌だし。みんなの視線も痛いし。
そうだ、今日鈴村ん家に泊まりに行くからちょっと、軽く、やめてくれるか言ってみよ。
ーーー→
今夜全力で逃げてほしい。
でもヤリチンに好かれたのが運の尽き。グッバイ吉井くんの処女。
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