秘密の先輩
秘密を失くした日
「和真」
「お前マジ〜〜うやまえ先輩を」
たった少し前の会話を思い出しては気分が向上するのを実感する。
名前を呼ぶだけですぐに振り返って訂正を入れてくる和真先輩。
ずっと訂正を続けるのか、どちらが折れるのか。
先が分からないのが新鮮だった。
そろそろ単位が心配な和真先輩を置いて、俺は次の授業に出ようと教室までの帰路。
念の為に遠回りである、一つ奥の校舎への入り口の数段しかない階段を登った。
上履きの裏に土が付いてるのか、歩くたびに足裏が砂の擦れる音が耳についた。
落ち葉が乗った茶色い砂落としの表面に数回靴底を擦る。
右足を一歩前に踏み出し、靴底から砂が落ちたことを確認してそのままざわめき出している校舎の方へ歩みを進めた。
来月には期末試験か。
…和真先輩留年したらどうするんだ。
辞めるか?
……いや、アイツなら「やべ〜留年したわ面倒みてくれ」とか言い出しそうだな。
その場合和真って呼ぶことは普通になるのか…、などとくだらないことを考えていたからか。
気が付かなかったのは。
階段の角。
登ろうと壁側から階段の方に回った瞬間、「機嫌イイね〜」と携帯を口元に当てている人影が立っていた。
立っていたのは2段目のど真ん中。
そして、立っていた人影は、クラスメイトのチャラい男。
普通なら、階段に回る前に気が付くはずだった。
にやにやと目元を細める姿を睨む。
いつから居た。
そう聞くのは墓穴を掘る気がして押し黙る。
「全然気付いてなかったとかウケる。めっちゃ気ーぬいてたね」
携帯を持った手はそのままに、手すりに反対の手を押し付けて身体を傾けた。
明らかに嘲りを含んだ言い方は、見えないはずの口元が透けて見えた気がした。
こいつに構うのは悪手だと判断したため、身体を傾けた分開いた方から階段を登ろうと3段目に足を掛けた。
「"いつから居たのかー?"」
重心を持っていったところで動きを止めた。
視線は前を向いたままだったが、横からこっちを見ているのが分かる。
「って聞きたいんでしょお〜」
「……興味ねえよ」
吐き捨てて、そのまま無視しようと足をあげた時、視界に携帯の画面が無理やり入ってきた。
「これでも?」
うんざりしたまま、強制的に見せてくるその画面を見て思わず息が詰まった。
反射的に携帯に伸ばした手をすり抜け、鬱陶しい程軽い足取りで階段を一段ずつ降りて俺から離れた奴の方へ体を捻って睨んだ。
「いい写りだったでしょ」
画面に映っていたのは、
"いつもの場所で煙草をふかしている和真先輩と、それを見ている俺の横顔の写真"
だった。
ついさっきの、いつも通りの普通の場面。
だが、これが"普通"の状況ではないことは誰よりも自覚していた。
また、いつかこの日が訪れることも、予感していた。
空を切った拳を力を入れて握り込む。
食い込む爪が、俺を少し冷静に戻してくれる。
「………お前。何が狙いだ」
「いい加減名前覚えてよ〜みんなの千陽(チハル)くんだぞっ」
崩さない笑みに苛立ちが募る。
覚えねえし誰が呼ぶかよ。
語尾を強めて再度聞く。
「何が、狙いだ」
「…ん〜。」
人差し指を顎についてわざとらしく視線を外すのを黙って見ていた。
「アイビキのウワサ検証?あとは〜、
暇つぶし!」
ろくでもねえ趣味だな。
まともに取り合うのをやめ、ただストレスが溜まるだけの存在を視界から外して階段を数段飛ばして駆け上った。
間の抜けた声が後ろから聞こえたが、振り返らなかった。
同じクラスだ。
いつでも壊せる。
厄介なのは、先輩と場所を知られたことだった。
「折を見て記憶を無くす程殴るか」
「ちょっとぉ〜!なんかこわいこと言ってなーい?!ねー!!」
「和真」
「お前マジ〜〜うやまえ先輩を」
たった少し前の会話を思い出しては気分が向上するのを実感する。
名前を呼ぶだけですぐに振り返って訂正を入れてくる和真先輩。
ずっと訂正を続けるのか、どちらが折れるのか。
先が分からないのが新鮮だった。
そろそろ単位が心配な和真先輩を置いて、俺は次の授業に出ようと教室までの帰路。
念の為に遠回りである、一つ奥の校舎への入り口の数段しかない階段を登った。
上履きの裏に土が付いてるのか、歩くたびに足裏が砂の擦れる音が耳についた。
落ち葉が乗った茶色い砂落としの表面に数回靴底を擦る。
右足を一歩前に踏み出し、靴底から砂が落ちたことを確認してそのままざわめき出している校舎の方へ歩みを進めた。
来月には期末試験か。
…和真先輩留年したらどうするんだ。
辞めるか?
……いや、アイツなら「やべ〜留年したわ面倒みてくれ」とか言い出しそうだな。
その場合和真って呼ぶことは普通になるのか…、などとくだらないことを考えていたからか。
気が付かなかったのは。
階段の角。
登ろうと壁側から階段の方に回った瞬間、「機嫌イイね〜」と携帯を口元に当てている人影が立っていた。
立っていたのは2段目のど真ん中。
そして、立っていた人影は、クラスメイトのチャラい男。
普通なら、階段に回る前に気が付くはずだった。
にやにやと目元を細める姿を睨む。
いつから居た。
そう聞くのは墓穴を掘る気がして押し黙る。
「全然気付いてなかったとかウケる。めっちゃ気ーぬいてたね」
携帯を持った手はそのままに、手すりに反対の手を押し付けて身体を傾けた。
明らかに嘲りを含んだ言い方は、見えないはずの口元が透けて見えた気がした。
こいつに構うのは悪手だと判断したため、身体を傾けた分開いた方から階段を登ろうと3段目に足を掛けた。
「"いつから居たのかー?"」
重心を持っていったところで動きを止めた。
視線は前を向いたままだったが、横からこっちを見ているのが分かる。
「って聞きたいんでしょお〜」
「……興味ねえよ」
吐き捨てて、そのまま無視しようと足をあげた時、視界に携帯の画面が無理やり入ってきた。
「これでも?」
うんざりしたまま、強制的に見せてくるその画面を見て思わず息が詰まった。
反射的に携帯に伸ばした手をすり抜け、鬱陶しい程軽い足取りで階段を一段ずつ降りて俺から離れた奴の方へ体を捻って睨んだ。
「いい写りだったでしょ」
画面に映っていたのは、
"いつもの場所で煙草をふかしている和真先輩と、それを見ている俺の横顔の写真"
だった。
ついさっきの、いつも通りの普通の場面。
だが、これが"普通"の状況ではないことは誰よりも自覚していた。
また、いつかこの日が訪れることも、予感していた。
空を切った拳を力を入れて握り込む。
食い込む爪が、俺を少し冷静に戻してくれる。
「………お前。何が狙いだ」
「いい加減名前覚えてよ〜みんなの千陽(チハル)くんだぞっ」
崩さない笑みに苛立ちが募る。
覚えねえし誰が呼ぶかよ。
語尾を強めて再度聞く。
「何が、狙いだ」
「…ん〜。」
人差し指を顎についてわざとらしく視線を外すのを黙って見ていた。
「アイビキのウワサ検証?あとは〜、
暇つぶし!」
ろくでもねえ趣味だな。
まともに取り合うのをやめ、ただストレスが溜まるだけの存在を視界から外して階段を数段飛ばして駆け上った。
間の抜けた声が後ろから聞こえたが、振り返らなかった。
同じクラスだ。
いつでも壊せる。
厄介なのは、先輩と場所を知られたことだった。
「折を見て記憶を無くす程殴るか」
「ちょっとぉ〜!なんかこわいこと言ってなーい?!ねー!!」