中間テストですよ

塩島と加賀屋



塩島はカメラに触れていた手を戻した。そして噛み締めるように未だにドアをニコニコと見つめる加賀屋を見て、呆れるようなため息を吐いた。

「や〜〜生うーたん良かったなぁ〜〜」
気持ち悪い。
口に出すことさえ塩島はやめた。

この後にすることを考えてガサゴソと準備をし始める塩島に、ようやく加賀屋が振り返った。

「ね〜塩島くん」
「何ですか。今忙しいのですが」
「これ、外してよ〜。もう要は済んだでしょ?」
手を止めて加賀屋を見た。加賀屋は視線を受け、にんまりと笑う。

「駄目です」
「え〜〜〜〜」
「画像のバックアップがまだですので」
「後でいいじゃ〜ん」
焦れたようにガタガタと体を右往左右に動かす。
「…駄目ですよ」
硬い声に動きをピタッと止めた。

「………なんで?」
頭を下に向け、髪で顔が隠れる。
塩島は警戒を込めてそれを見た。

「……今、縄を解いたら、あなたは私を縛ってカメラごと姿を消すでしょうから」
「……………ふふ」

加賀屋は下に向いた顔をそのまま塩島の方に向けた。表情は、面白そうに笑っていた。




塩島が加賀屋を縛ったのは、"うーたん"…柴を襲い掛かる可能性を考えてのもの………だけではない。

"塩島、または、風紀委員に危害を加える可能性"
も含まれていた。

実は元々加賀屋を捕縛できたのは

風紀室に呼び出し、「今から柴君が来ますので、目を瞑ってください」と言い、そわそわと目を閉じた加賀屋をそのまま縛りつけた。

という、なんとも馬鹿げた策だった。大人しく引っかかる方も方であったが。こればかりは塩島も、こいつが柴君馬鹿で良かった。と内心柴に感謝した。柴にとってはいい迷惑である。


「あははっ…細腕のボクがそんな、風紀委員長の塩島くんに何かできるって?」
「出来るでしょう」
即答する。
加賀屋と塩島の表情は綺麗に真反対だった。

「あなたは……私より強いでしょうから」
加賀屋は苦々しく呟く塩島を可笑しそうに見やる。

そして、でもさ〜。と言った。

「キミの同室者、"上司"で"若頭"の

遠坂凛

…にはボクも負けちゃうかな〜」
「ッ……………!」
テメェが気安く呼べる名前じゃねェンだよ!

そう口から出そうになったのを堪える。

塩島は強く睨み、思わず拳を握り込んだ。ピリ、と痛みが走ったが、他人事のように思った。憤るままにそいつの方に向かおうとしたが、座っていた椅子に引っかかり蹴飛ばしてしまった。派手な音が部屋に響く。

「おっとっと!これ地雷?無抵抗な人を殴るのって趣味だったりする?痛いのは嫌だナ〜」
白々しく泣き真似をするのに舌打ちをした。

冷静に…冷静に……。そう考えていると、彼の言葉を思い出した。


──僕らは誰の前でも感情を消さないと駄目だよ。ポーカーフェイスを崩すのは悪手でしかないからね。
……燕は苦手だね〜、そういうの。ほら、また拳を握り込んで〜…。僕はああいうの気にしないから大丈夫だよ。

──いい?受け流すんだよ。感情に身を任せない。怒りも、喜びも、全部。流すんだ。誰かの前に立っている時は、ね。
ほら、目を閉じて……。



……受け流す。
流す…流す…流す……。塩島は目を閉じて静かに息を吐いた。心が凪になる。

漸く冷静になると、頭の端で"あぁ…帰ってこの手がバレたらまた若頭に呆れたように笑われるんだろうな"と思いつつ、加賀屋に笑い掛けた。

「……殴りませんよ。あなた喜ぶじゃありませんか」
「喜ばないけど?!!?」

あれはうーたん専用だから!!と加賀屋は主張した。そして内心、あぁ元の調子に戻っちゃったか…と残念に思った。

「ところでその話、あなたの他にご存知の方は?」
「ふふっ秘密…………って言っても良いけど、実はまだボク以外は知らないと思うよ!彼に目をつけてる人自体、耳にしないし」

彼の発言全てが疑わしいが、塩島は取り敢えず信用する事にした。
塩島は椅子を元の位置に直しつつ、聞きたいことを思い出す。

「あぁそうそう。今のとは別に、あなたに3つ聞きたいことがあるのですが……答えて頂けますか?」
意味ありげに加賀屋へいつもの笑みを見せる。加賀屋は悩む様な表情を浮かべつつ、足をぶらぶらさせた。

「……しょうがないなぁ〜。いいよ!約束通りうーたんにも会わせてくれたし!」
にこっ、と無邪気な笑顔を返した。
塩島は同じく笑みを浮かべたまま口を開いた。

「では早速1つ目、あなたなら

今回の柴君達の不正疑惑事件の犯人を知っているのではないですか?」

「オぅふ………。」

まさかこんなド直球なボールを初っ端からぶつけてくるとは思わず、加賀屋は呆気に取られる。


「……塩島くんってナゾナゾ分からなかったらすぐに答え調べるタイプだったりする???」
「ええ。まあ。今まで分からなかったことはありませんが」
わぁカッコイイ〜!と笑う。
そして、かぶりを振って答えた。

「………残念だけど、ボクもそれは知らない。
……ウソじゃないよ」
「……そうですか。」
塩島は困った様な表情の加賀屋を信用することにした。どちらにせよ、これは答えられるものではないらしい。追及したところで意味がないだろう。

頷いた塩島に、加賀屋は心の内で
"最も、今調べてる最中ではあるんだけどね!"と言った。伝えるつもりはなかった。


「では2つ目、………どうして柴君を?」
「ん?うーたん?」
何?と言いたげにキョトンとした顔で首を傾げた。
言葉足らずだったようだ。とは言え、広い意味で聞いた為にどう言い換えようか言い淀む塩島。

「えーと…そうですね…。取り敢えず、どうして柴君をストーキングしているのか…では如何でしょう?」
「え〜〜見守ってるって言ってよお〜!!!」
写真まで撮っていたらそれはもう立派な証拠付きのストーキング行為だ。表情を削ぎ落とした冷たい目で加賀屋を見た。
唸って悩んでいる加賀屋が気付くことは無かったが。


「……どうして…うーん…。
やっぱり、好きだから…見守ってたくて……。」
うふふ…。と照れ、気持ち悪く笑うのに、塩島は眉をギュンと寄せてドン引きした。

興味深い気持ちは塩島も分かる。これまでしてきた行動、そしてそれを踏まえての今の彼。若頭が"友達"と、俺に明言した意味。
だが分からない。

「………どうして好きになったので?」


呟くように言った。生徒が集まる教室では聞き取れない程度の声量。
しかし、ここに居るのは2人だけだった。

しっかり耳に届いた加賀屋は、これまでと一転して輝かんばかりの笑みを浮かべた。演技でも、嘘でもない。純粋に喜びを表現した笑顔。照れ臭そうに一度顔を下げ、顔を上げて塩島に口を開く。


「それはね、



……だよ…キミぃ………。」

…………。

「ア"?」

「そう…出会いは去年のことだった…。よく晴れた日の中庭で…」
「待て待て待て」
「何???聞きたいんじゃないの??いや言わせて欲しい」
「詳細まで求めてませんよ。それとそろそろ尺が無いので聞いている時間も有りません。聞きたくもないですが」
「塩島くんメタいね!!」

世界観に合わない花とゆめな言動をぶちかましてきた加賀屋に呆気に取られたが、慌てて長くなりそうな話を止めた。
これにまともな回答を期待したのが馬鹿だった…。と額に手を当てる塩島。
残念そうに口をへの字に曲げた加賀屋が、それであとひとつは?と聞く。

「そうでした…。はぁ…。あと1つですが…」
一度区切る。疲れた顔から切り替えて、塩島は風紀委員長の顔に戻した。


「質問であり、質問ではありません。」




「…ナゾナゾ??」
「違います」
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