期末試験 後章-芽吹き-

過去
※虐待表現有



知らなかったな。
ガチで修行があるなんて。
めちゃめちゃ面白い話が聞けたことに、後でお坊さんについて色々調べてみようと思っていると肩肘をついた惶が一言、「で?」と言った。

で?
って何。

「今度は、お前の話聞かせろよ」
………。
「……普通だって。母親がいて、姉ちゃんがいる。それだけ」

「………背中の小せえ丸い痣。あれもお前の言う"普通"か」

あー………。
そう、な。

まあ、そうなるか。

家は関係なくて、いじめられたとか誤魔化しても良かった。

でも、珍しくも無い、けど、俺にとってはまだ完全には飲み込めていない俺の"家族"のことを考えた。

話すタイミングがなかったのもあるが、…誰にも話した事が無い、話。


コップを握ったまま黙り込んだ俺に、惶がぶっきらぼうながら、いつもより柔らかく聞こえる声を出した。

「……無理に聞くつもりはねェよ。話せるならでいい」

いつもなら、その言葉に甘えてた気がする。
ただ、そろそろ俺も過去に踏ん切りを付ける、そんなタイミングがやっと巡ってきた。
そう思えた。

力んでいた手から力を抜いた。


「……惶ん家みたいに面白い話じゃねえけど」
「面白くねェだろうが」

失礼なと言わんばかりに眉を寄せた惶に思わず吹き出す。

「ごめんごめん。……なんというか、気分が上がるような、そういう家じゃなかったってこと」

口を挟むことが無くなった惶を見た後、お茶で口内を潤し、俺の家族のことについて思い出しながら口を開いた。




俺の家は、父親、母親、姉、俺、の4人家族だった。
姉ちゃんと似てはっきりした顔立ちだった、よく喋る優しい父さんと、豪快で、怒ったらつり目をもっと上げて怖かった母親、外で遊ぶのが好きだった活発な姉ちゃん。
それとは対照的に、俺は漫画ばっか読んでた。

週末や、長期休みの時は家族みんなで遊園地によく遊びに行った。
あまり覚えてないけど、楽しかったって記憶はある。

普通、だったんだと思う。
普通の、幸せって呼ぶ部類の、そんな家族だったんだと思う。

でもその普通は、俺が小学2年生の時に終わった。

父さんが死んだ、その日から。

その日は、父さんの出張の帰りを待っていた。
交通事故らしい。
あまりよく覚えてねえんだけど、母親が警察に泣きながら怒鳴っていたのだけははっきり覚えてる。
父さんとは、いっぱいお土産買ったぞって電話で言ってた、それが最後だった。

それ以降、母親は変わった。

まあ、よくあることなんだけど。


母親は父さんに代わり仕事をしに出掛けることになった。
で、次第に酒の匂いを纏って家に帰ってくる日が増えて、いつの日からか毎日酔ってた。
家でも缶や瓶が床を占領するようになって、吸わなかった煙草も吸うようになってた。

何が何やら分からないうちに日常が崩れていった。

初めは姉ちゃんと、「お母さん頑張ってるし、家のことは一緒にがんばろうね」って話してた。
実際、姉ちゃんは家のことをほとんどやってくれてた。
5歳離れてるだけなのに、入ったばっかりだった部活も辞めて。
酒浸りな母親を見ても、それでも、頑張ってくれてるからって言って。

俺は、…よく分からなかった。
昔と見る影もない母親のそんな姿に。
誰だこの人、って思ってた。


それが日常になってきたある時に、母親が特に不機嫌で帰ってきた日があった。
俺が風呂から出た時に怒鳴り声がして、パンツだけ履いて慌ててその部屋に向かったら、姉ちゃんが煙草を片手に母親に殴られていたのが見えた。

…怖かった。
これまでは不機嫌でも物に当たってた。
だから、いつか来るかもって思ってたことが、ついに起こったんだって、そう思った。

固まって見てた俺に、姉ちゃんが気付いて、睨んだ。
外で姉ちゃんが友達と遊んでる時に、俺を追い払う時と同じ目で。
だから、その目を見て、母親の方に走った。

…なんて言ったかは覚えてねえや。
なんとか止めようとして喚いてたと思う。

無我夢中だった俺に、姉ちゃんを怒鳴ってた声が止まってた。
吊り上がった冷たい目で俺を見下ろしてた。
そのすぐ後、腹に焼けるような痛みが走った。

……姉ちゃんがヤンキーと交流するようになった時に知ったんだけど、あれは根性焼きってやつだった。

馬鹿みたいに泣き喚いた。
その、俺の姿がお気に召したらしい。

それからは、特に不機嫌な時、至る所にやられた。
だからお前の言った、俺の背中にあったその痣は、それだろうな。

姉ちゃんはいつも止めようとしてくれてたけど、蹴られたりして遠ざけられたり、逆に姉ちゃんが居ないタイミングを狙われた。

…まあ、それからすぐに姉ちゃんはいつの間にか武道を極め始めて、俺が小学校を卒業する頃には物理的に母親を押さえつけれるようになってたのにはびっくりした。


「……すげェな」
「だろ?……自慢の姉ちゃんだよ」
呟いた惶の言葉を拾い、カラッと笑って背もたれに体重をかけた。


…それから、俺は中学生になって酒浸りだった母親に力で負けることもなくなってきたし、姉ちゃんも今度はプロレスを独学でやり出して、部が悪いと思ったんだろうな。
ほとんど家に帰ってこなくなった。
帰ってくるにしても深夜で、母親と顔を合わせる日なんて一年で数えるほどになった。

安心した。

その年の年末、姉ちゃんと一斉に掃除をした時のことはよく覚えてる。
何か欠けたような気がしたけど、それを上回るくらいに部屋の空気が変わって、明るく見えたことが心地よかった。

それから姉ちゃんは、高校でもバイト掛け持ちしてたのに、卒業してからもすぐに仕事に就くようになった。
だから、中学の学費は姉ちゃんが負担してくれた。
中学生ができるバイトなんて近くに無かった俺は、そんな姉ちゃんに返せるものといえばなんとか勉強を頑張ることくらいだった。

「姉ちゃんは何でもないようにいつもパワフルに笑ってたけど、舎弟…ヤンキーの友達が増えたのはストレスからかなって思ってる。」

惶の表情が変わったのに気付いた。
怪訝な表情。

「……なんだよ」
「…………なんでもねェ」
「…ま、それから姉ちゃんが今の旦那さんと出会って、同居するようになって、結婚した。
それからは、帰省する時2人の家にお邪魔してて、そこが今の俺の家になってる。
で、そのお義兄さんのお陰で俺は今ここにいるって訳だ。

以上。俺の"家族"の話は、終わり。」

ずっと握っていたコップを口元に持っていき、中身を飲み干した。



なんだ。


俺、平気じゃないか。

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