期末試験 後章-芽吹き-

ボリューミーだな、この図鑑



遠坂厳選で遂に俺が手に取った本は"危険な生き物大全"になった。

……山に遭難した時とか、サバイバルすることになったら使えそうで、良いよな。
実用的で。

選び終えた遠坂は満足そうで、借りる本は無いのか聞くと「ん?僕は特に無いよ」と言った。
何故来たお前。

さっさと借りて帰ろうと、カウンターに向かおうとした所で、後ろの足音が聞こえなくなったことに気が付いた。

振り返って見た遠坂の姿は予想通りだった。

大きな窓ガラスの向こうには、昼よりも暗くなり、今にも降り出しそうな曇り空。
それを見上げる遠坂の表情は、長い前髪で見えない。
でも、唯一感情の見える口元が一瞬、ほんの僅かだが。

歪んで見えて

思わず口を開いた。

「…遠坂」

返事が返ってこないのも想定通りだ。
聞こえてても、聞こえてなくても良かった。
顔の向きを変えない遠坂に呟くように続けた。

「………俺は、お前が今どのくらい辛いのかとか、正直、分からない。
だから……月並みな事しか言えねえんだけど、俺に出来ることがあったら、言えよ」

言い終えて、重く息を吐いた。

これは、遠坂への心配半分、懺悔のようなものが半分だ。
遠坂と、塩島委員長への。

懺悔なのは、一連の事件に関わる知念の話を聞いた直後のことだったから。
あまりにタイミングが合いすぎた。
可能性でいえば、私怨より、事件を探っていたからの方が納得できる。
その場合、自主的に探っていたとはいえ、俺にも塩島委員長の怪我の原因の一端を担っていたことに間違いは無いだろう。

鈍く痛む胸を誤魔化すように拳を握り、下に向けていた視線をあげて、固まった。

長い前髪が流れ、露わになった切れ目の瞳と目があったから。

「…うん。ありがとう」

目を細め、柔らかい笑みを浮かべた遠坂に、最後に会った日の塩島委員長の顔が重なって、息が詰まった。
無性に泣きそうになった。
泣きたいのは多分、お前なのにな。

ゆったりとした歩みで俺の前に来た遠坂が、片手を伸ばし、俺の頬を撫でた。
そして、その柔らかい表情のまま口を開いた。

「じゃあ…

早速なんだけど。
燕が首を突っ込んでいた、鯨岡って人を中心とした毛玉を制裁する一連の事件の詳細について聞かせてくれないかな?」

………。

「知っていること、初めから、全部」
「………えっと」
「聞かせてくれるよね?」
「ハイ」

感傷なんてとっくに引っ込んでいた。

はい以外求めない笑顔の圧にデジャブを感じつつ、片言で返事を返した。


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