期末試験 後章-芽吹き-

嵐の後



4人で廊下を歩いていた。
次の授業は移動教室だ。

「遠坂くん」そう何度か上野の声が後ろから聞こえ、振り返った。

遠坂は数メートル後ろに離れた所で、曇った外にぼんやりと目を向けて立ち止まっていた。

声を掛けている上野がこっちに背中を向け、遠坂の顔を覗くように体を傾けている。
俺の隣を歩いていた小森も、今の空模様のような複雑な表情をしていた。

「…遠坂?」
側まで近寄り、声を掛けてようやく、遠坂は今気付いた様にゆっくり俺達の方に顔を向け、驚いた仕草をした。

「あっ、ごめんね……雨降りそうだなぁって思って見てただけだよ〜。呼んでた?」
「上野君が何度もね。そのペースで行くと遅れるよ」

腰に手を当ててフンッと口をへの字に曲げる小森はさっきまでの表情が嘘の様だった。
だから、有り難くそれに乗っかることにしよう。

「ほら遠坂、小森に殴られる前に行こうぜ」
「あはは、そうだね」
「ちょっと。そうだねって何」

暴力振うのが通常の人間みたいに言うな、と顔を顰める小森に笑い、この場に僅かに張りつめていた糸が緩んだ気がした。

ただ、だ。
小森お前、その通りじゃねえかよ。


そして

あ。
ああ、そうか。

歩き出してからようやく、さっき遠坂が見ていた方向に塩島委員長が暴行を受けた現場があったことを思い出した。




塩島委員長が救急車に運ばれ、入院することになってから今日で丁度1週間だ。
詳細は分からないが……今でこそ容体は安泰らしいが、運ばれた時は危険な状態だったらしく、サイレンの音に騒ぎが起きた数日後に開かれた学校の集会で全治3ヶ月の大怪我であることを知らされた。

それからは、遠坂はずっとこんな調子だった。
何を考えているのか読めない所はこれまであったが、今は、より一層そうだ。

当然だと思う。

最近よく話すようになった塩島委員長は、確かに怖いところもあった。
不当だとしても、恨みを買うようなこともあったんだと思う。

ただ、俺にとっては色んな場面で助けてくれた、良い先輩だった。
犯人を同じ目に遭わせることは、力のない俺にはきっと出来ない。
だから知った後に、加賀屋先輩にコンタクトを取った。
加賀屋先輩だけでなく、蜜口君達も思うところがあったらしい。
前回行った時よりひりついた暗い部室で証跡を追う5人と話した。

そして「ボクらに任せてヨ。うーたんが望むなら、塩島くんが負ったモノよりずーーっと跡が残るような目に遭うような情報持ってきてあげる」と、加賀屋先輩は隈のある目でウインクしてみせた。
頼もしく思う反面、考えたことがあった。

俺には、別に何か取り柄があるわけじゃ無い俺は何が出来るんだろう、と。

それは遠坂に対しても同じだった。

体育祭の時に、"家族ぐるみの付き合い"と言っていた様に、下の名前で呼び合う2人はまさに、家族のようなもんだったんだと思う。
たまにクラスでも塩島委員長のことを話す遠坂からは確かにそう感じ取れた。

そんな、家族のような塩島委員長が大怪我を負わされ、危険な状態になっていたと知らされた同室の遠坂は、一体どれほどキツいのか。

…俺が考える以上、なんだろうな。

上野は、分かりやすく気を遣っていた。
小森は、そんな素振りを遠坂に見せず、普段通りを取り繕っていた。

俺は、……どうすればいいか分からなかった。
どう接するのが遠坂にとって1番良いのか。
1週間経った今でも答えは出なかった。


だから

「柴君は何か借りるの?」

正直言って、今、遠坂と2人きりなのが物凄く、気まずい。




「……遠坂のおすすめ、とか?」
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