期末試験 前章-種蒔き-
2
時折光り、轟音が鳴り響く音に劣らない、激しい雨音が塩島の耳を塞いでいた。
時刻は夕刻前。
場所は、
中庭。
腕一つ動かせず地面に這いつくばった全身は、水分を含んだ衣類のみでなく泥で汚れ切っていた。
割れた眼鏡と避けようも無い激しい雨粒が塩島の視界を邪魔していた。
その塩島の周りを10数人が取り囲んでいた。
それぞれが手に鈍器を持ち、大半が負傷していたが、揃って他に伏せている塩島を見下ろして口元に歪めて笑っていた。
藤土、ただ1人を除いて。
口の端を赤くして無表情で見下ろす目は、今の天候のように薄暗い。
呼吸の荒いまま動かない塩島のすぐ近くでしゃがみ、放られていた、水分と泥の付いた鞄の中を探った。
目当ては1つだった。
鞄から抜いた手にはクリアファイルが。
プラスチックが弾く雨粒越しには、その中身が"ある生徒"の写真であることが透けて分かる。
濡れることは問題ではないらしく、そのまま表と裏を確認すると、近くに立っている男に押し付けた。
「終わりだ。行くぞ」
塩島は全身の痛みと寒さに懐かしさすら感じていたが、一点だけ危機感を覚えていた。
腹部に刺さっている物だ。
鮮血は降りしきる雨に流され泥の一部となっているが、シャツに広がる薄まった赤色が目を引いて生々しい有様だった。
そして皮肉にも、うつ伏せに倒れ込み、深く刺さったそれだけが塩島の意識を繋ぎ止めていた。
視界から消えていく足先に焦りを感じ、声をあげようとして咳き込み、口から何かを吐き出した。
塩島はそれに厭わず、息を切らしながら必死に口を動かした。
「ま"…ぁ"…ゲホッ…は…待て…」
雨音に掻き消えそうな音を拾ったのは、ここを最後に去ろうとしていた、塩島から1番近くの男だった。
立ち止まり、振り返って下卑た嘲笑を浮かべる。
「なんだ?フウキイインチョウサマの命乞いか?」
滅多に聞けたものではない。
そう嬉々としてしゃがんで顔を近付かせる男の姿に藤土が気付き、舌打ちをうった。
「何してんだテメェ」
引き返してくる藤土に、ボスに気を損ねられては敵わないと男は慌てて立ち上がった時、塩島は再び震える掠れた声を出した。
「ナ…ぃ…ふ…」
「………あ"?」
藤土は眉を顰め、視界を遮る鬱陶しい雨粒に顔を拭った。
途切れる意識の中でも、塩島にはこれだけは伝える必要があった。
思うように動かない口を動かす。
「………ぅ"……ナィ"…フは…もっ……てけ…」
「あ?」
「…ぬけ……」
「……テメェ馬鹿か」
意識を失ったのか、それ以降動かなくなった口元を見て、藤土は付き合っていられないとばかりに踵を返して校舎の方へ足を向けた。
側に居た男が藤土の後を追い、可笑しそうに「あれが遺言なら抜いてやれば良かったっすね」と笑った。
瞬間、男は腹部に痛みが走り、近くの木に背中を打ちつけた。
本人も、周囲の男達も何が起こったのか分からず狼狽える。
「殺すのが目的じゃねェんだよ。この雨で抜いたら出血量がどうなるか、テメェのおつむで考えろ」
「すっすいません!」
吐き捨てた藤土の声の低さに、男は腹の痛みを忘れてすぐに頭を下げて謝罪した。
「チッ…証拠残しやがって。
おい。ナイフ持ってきたテメェ。戻ったら分かってんだろうな」
藤土は苛立ちをそのままに、近くに逆さで置いてあったバケツを蹴り上げ、1人校舎へ入って行った。
固まっていた男達は、その姿を追うように静かにあとに続いていき、降りしきる冷たい雨の中、残されたのは塩島1人となった。
時折光り、轟音が鳴り響く音に劣らない、激しい雨音が塩島の耳を塞いでいた。
時刻は夕刻前。
場所は、
中庭。
腕一つ動かせず地面に這いつくばった全身は、水分を含んだ衣類のみでなく泥で汚れ切っていた。
割れた眼鏡と避けようも無い激しい雨粒が塩島の視界を邪魔していた。
その塩島の周りを10数人が取り囲んでいた。
それぞれが手に鈍器を持ち、大半が負傷していたが、揃って他に伏せている塩島を見下ろして口元に歪めて笑っていた。
藤土、ただ1人を除いて。
口の端を赤くして無表情で見下ろす目は、今の天候のように薄暗い。
呼吸の荒いまま動かない塩島のすぐ近くでしゃがみ、放られていた、水分と泥の付いた鞄の中を探った。
目当ては1つだった。
鞄から抜いた手にはクリアファイルが。
プラスチックが弾く雨粒越しには、その中身が"ある生徒"の写真であることが透けて分かる。
濡れることは問題ではないらしく、そのまま表と裏を確認すると、近くに立っている男に押し付けた。
「終わりだ。行くぞ」
塩島は全身の痛みと寒さに懐かしさすら感じていたが、一点だけ危機感を覚えていた。
腹部に刺さっている物だ。
鮮血は降りしきる雨に流され泥の一部となっているが、シャツに広がる薄まった赤色が目を引いて生々しい有様だった。
そして皮肉にも、うつ伏せに倒れ込み、深く刺さったそれだけが塩島の意識を繋ぎ止めていた。
視界から消えていく足先に焦りを感じ、声をあげようとして咳き込み、口から何かを吐き出した。
塩島はそれに厭わず、息を切らしながら必死に口を動かした。
「ま"…ぁ"…ゲホッ…は…待て…」
雨音に掻き消えそうな音を拾ったのは、ここを最後に去ろうとしていた、塩島から1番近くの男だった。
立ち止まり、振り返って下卑た嘲笑を浮かべる。
「なんだ?フウキイインチョウサマの命乞いか?」
滅多に聞けたものではない。
そう嬉々としてしゃがんで顔を近付かせる男の姿に藤土が気付き、舌打ちをうった。
「何してんだテメェ」
引き返してくる藤土に、ボスに気を損ねられては敵わないと男は慌てて立ち上がった時、塩島は再び震える掠れた声を出した。
「ナ…ぃ…ふ…」
「………あ"?」
藤土は眉を顰め、視界を遮る鬱陶しい雨粒に顔を拭った。
途切れる意識の中でも、塩島にはこれだけは伝える必要があった。
思うように動かない口を動かす。
「………ぅ"……ナィ"…フは…もっ……てけ…」
「あ?」
「…ぬけ……」
「……テメェ馬鹿か」
意識を失ったのか、それ以降動かなくなった口元を見て、藤土は付き合っていられないとばかりに踵を返して校舎の方へ足を向けた。
側に居た男が藤土の後を追い、可笑しそうに「あれが遺言なら抜いてやれば良かったっすね」と笑った。
瞬間、男は腹部に痛みが走り、近くの木に背中を打ちつけた。
本人も、周囲の男達も何が起こったのか分からず狼狽える。
「殺すのが目的じゃねェんだよ。この雨で抜いたら出血量がどうなるか、テメェのおつむで考えろ」
「すっすいません!」
吐き捨てた藤土の声の低さに、男は腹の痛みを忘れてすぐに頭を下げて謝罪した。
「チッ…証拠残しやがって。
おい。ナイフ持ってきたテメェ。戻ったら分かってんだろうな」
藤土は苛立ちをそのままに、近くに逆さで置いてあったバケツを蹴り上げ、1人校舎へ入って行った。
固まっていた男達は、その姿を追うように静かにあとに続いていき、降りしきる冷たい雨の中、残されたのは塩島1人となった。