期末試験 前章-種蒔き-

塩島と遠坂



知念から話を聞いた、その次の日の夜。

鯨岡の周りの人物を中心に"美形"、"長髪"、"裕福な家柄"を塩島は洗い出し、2人まで絞り込んだ。

塩島は同居人であり、仕えている遠坂凛と晩御飯を共にした後、その2人の写真を机に並べて眼鏡の縁に触れた。

いくら個性的な生徒が多い学校とはいえ、そもそもで黒の長髪の生徒なんて数える程度しかいない。
正直、塩島にとっては絞り込むには拍子抜けるほど簡単だった。

「今度は何を調べてるの?」

長い前髪をオールバックにして2つのコップを持ってきた遠坂は、塩島が座っているテーブルの前と自分の前とに僅かな音を鳴らしてコップを置いた。
香る匂いはコーヒーだ。

礼を言うより早く、机の上に乗せたままだった写真を手に取る遠坂に手を伸ばしたが、遅かった。

この前まで俺が何か作業をしていても特段興味を持つことなんて無かったのに。
そう塩島が心の内で舌打ちをうった。
遠坂は重量で垂れる紙をゆったりとした弧を描くように張って手に持ち直し、まじまじと写真を見ている。

「……誰?美人だね」

見ている写真は、肩まである綺麗な黒髪と、目元の黒子が妖艶に見える生徒だ。
塩島が逡巡していると、涼しげな切れ目の瞳と合い、頭の中を読んだかのように細めた。

「…まぁ、燕のことだし、大方最近ずっと調べてる"毛玉くん"をいじめたがってる人のことだろうけど」

当たりだ。
隠し事は通じないし、嘘を吐ける相手でもなかった。
塩島は大袈裟に両手をあげておどけて見せた。

「おっしゃる通りです。
……毛玉くん、はご友人からですか?」
「あぁ…。あはは、彼の名前すぐ忘れちゃうし、言いやすいからね。うつっちゃったみたい」

少し恥ずかしそうにはにかむ彼は年相応で、ずっと見てきた彼じゃないようだと塩島は思った。
それに嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な感情を抱きつつ、端的に遠坂に話すことにした。

話を聞き終えた遠坂は思った。
面倒なことしてるな。

「…なんというか、面倒なことしてるね」
口にも出した。

塩島は目を伏せてコーヒーを飲んでいる。
言われると分かっていたらしい。

「鯨岡って人と"お話"すれば早いのに」
大抵はお坊ちゃんなんだし、痛みには弱いだろうと考えた発言だった。

「……ええ、ええ。おっしゃる通りです。ただ、"ここ"は"お話"をするにはリスキーなんです…。」
「………ああ。お坊ちゃんだからか」
「ええ、お坊ちゃんだからです」

遠坂は家柄まで考えてなかったことを思い出した。
昔から、見た目で舐めてくる相手は腕っ節で黙らせてきた彼はさぞ苦労しただろうと遠坂は塩島を哀れんだ。

斯くいう遠坂はその筆頭であったが。

「大変だねぇ…。」
「本当に…。」

しみじみと言ってくる遠坂に心の底から同意した塩島。
何度、喧嘩両成敗という旗を利用して憂さ晴らしに騒ぎを起こす生徒達を暴力統治しようと考えたことか。
一歩間違えれば校内恐怖政治だったので、ひとえに塩島の理性のお陰とも言えよう。

「それで、首謀者候補はこの2人で決まりなんだ?」
「恐らく。
花道部部長、花浦さん。
あるいは茶道部部長、窄楽さん。
どちらも鯨岡さんが従うのに十分な人物です。
……俺としては彼の可能性の方が高いのではないか、とは思っています」

そう言って塩島は、遠坂が手にしていた写真を抜き取った。

「へぇ…大人しそうなのに随分過激な思想」
それは貴方もでしょう。
塩島はその言葉を胸に仕舞い、「確定ではありませんから…」とやんわりフォローした。

「そうだね」
遠坂はそれに頷いた後、思い出したかのように、ああそうだ、と呟いた。

「どちらか分かったらまた教えてよ。
友達がお世話になってたし、気になってきたからさ」

深く椅子に腰掛けてコップを手に取り、口元の笑みを深めた遠坂。
発言を間違えれば、その手にあるコップが自身の頭で割れる。

そんな想像をしながら、塩島は笑みを返した。

「そうですね。ひとまず明日の放課後にでも副委員長や風紀内で共有をして、候補のお2人の動向を探ることにします。
そして、証拠が出揃い次第学園長にでも届出を出して…。
当人の退学後に、お話ししますね」
「それはいいね」
都合が。と遠坂。
そうでしょう。と塩島。

お互い穏やかに笑い合い、コーヒーを口にした。




「ところでこの話、柴君関わってるの?」
「ブッ」
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