期末試験 前章-種蒔き-

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惶の背中から、離れた場所で俺の方を気持ち悪ぃ笑みを浮かべているピアスマンを睨む。
 
まさか、こっちの校舎にZクラスの奴がいるとは思いもよらなかった。
これまで見かけたこともなかったから。
…それも、因縁のゴミカスとは。


少し前のこと。

用事を済ませた帰り、前方から柄悪く両手をポケットに突っ込んでこっちに向かってくるピアスを大量に着けた生徒が居た。
明らかにこの校舎で普段見かける様な生徒ではないことから、瞬時に"危機回避始めっ!回れ右!"したと同時にその生徒が誰であるかを思い出した。

そうだ、アイツ…!
新入生歓迎会イベで毛玉誘拐事件の3人のうちの1人。
で、…俺の乳首開発したボケカス変態野郎…!!!

「お?んだよ、逃げんのか?オレ知ってんの?」

思っていたより近いところから声が聞こえ、距離感を測るために後ろを振り向いた。

軽い足取りで跳ねる様にこっちに向かってくる奴に咄嗟に「違います、全然知らないです」と反射的に答えてから後悔。
しまった。
この言い方"知ってる"って言った様なもんだろ!

足の速さも読めず、この距離感で背を向けるのが嫌だった俺は、そのまま対峙した状態で後退していく。
ふーん、と言ったっきり、俺を上から下まで舐める様に見る視線に腕をさすりたくなった。
幸い、用事の際に眼鏡をかけていたままの状態だったからすぐにはバレないだろと高を括る。

あの時以来関わって無いし。
気づかない内に飽きて早くどっか行け。
視界から消えろ。

一定の距離を保ったまま、ジリジリと膠着状態が続いている。
祈る様に消えろと念じていたが、何かに気付いた様な声をもらした後、目を細めて口角を上げて行くのを見て俺の祈りは届かなかったのを理解した。

「あーー、ヘェーーーーー…。メガネしてるから分かんなかったけど、覚えてくれてたんだ、つり目くん」
………。
「ずっと探してたんだぜ?

あれからあの可愛いおっぱいどう?」
「黙れ」
黙れ。

逃げようと必死だったが、ピアスマンの言葉にふつふつと殺意が沸いた。

今は全然だけどな!あれから暫く服が擦れる度に、その、変な気分になるのマジで不快だったんだからな!!
絶対、拷問受けてでも、言わねえけど!!

途端に生き生きし出したピアスマンボケカスが手を伸ばしてこっちに走ってきたから、逃げ、避けての応酬を繰り返し、気付いた時には校舎の端の方まで来ていた。
途中蹴りを入れれたのはだいぶスッキリした。
1発は入れたかったから。
だがそれでも笑みを崩すこともなく、むしろ歯を見せて楽しそうに笑うピアスマンボケカスにゾッとした。
Mだろ。
でも思い出したくもないあの時の発言はSっぽかった。
こいつ無敵じゃねえか。

少しの怯えが伝わってしまったのか、目の前に迫ったピアスマンに腕を掴まれ、怒鳴った後もう一度蹴り入れる意思を固めた時、廊下を全力で走るような音が聞こえた。

後ろの方からだった。
近い。
俺の後ろを見たまま、ピアスマンの驚いた様な呆けた面を見てチャンスだと思った。
振り返り、誰であれ助けを求めるだけのことはしようと口を開いた途端、目の前を一瞬で人影が通り抜けた。
スピードのある車が真横を通った時の様に、風が強く身体に当たり、途端に握られていた腕が軽くなった。

通り過ぎた影とピアスマンの方にすぐに視線を向けると、すぐ前には見覚えのある人物が。

惶。

肩を大きく動かし、荒い呼吸を繰り返す惶と、随分と遠くに離れたまま廊下に倒れ込んでいるピアスマンが見えた。
そこで、ようやくピアスマンを惶が蹴り飛ばしたのを理解した。

助かった。

……というより、なんでお前がここにいんの…?

現状は理解はしたが、理解できてない。

「柴さん、大丈夫ですか?」
呆然としてる俺の横にいつの間にか立っていた塩島委員長に気付いて驚く。
驚いたまま返事を返したが、これちょっと、いや、かなり嫌な展開だ。

惶に、塩島委員長に、ピアスマン。
ピアスマンとの邂逅を知られたく無い人物が揃い踏み。


助かったと思ったが、場合によっては助からないな……?


ガラスが曇り、いつもより見えずらい視界の中、背中に汗が一筋流れた。
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