期末試験 前章-種蒔き-

1-B



移動教室渡り廊下を歩いていると騒がしい音が下の方から聞こえてきた。

またか。

予想がついていた俺はわざわざ見る気も起きず無視するつもりだったが、すぐ前を歩く天海が進行を妨げた。
嬉々とした横顔がコンクリートに手をついて下を覗き込む。

「今日もやってんな王道主人公〜!メシが美味え」

飯食ってないだろ、今。
わざわざ口に出すのも面倒で、持っていた教科書とノートで背中をはたいた。

「イタッ」
「もうすぐで予鈴鳴るから早くしろって」
「え〜〜。はあーい」

名残惜しそうに首を伸ばして横を向いたまま歩き出す天海に呆れる。

野太い声を覆うような大声が聞こえなくなった所まで来て天海が隣に並んだ。
見ると、整った顔は締まりのない表情をしていた。
何がそんなに楽しいんだ。

「京平ってば、さっきのいつものって思ってるだろー」
「思ってる」

いつもの。というのは、つい数日前からうるさいアフロの2年生が至る所に出没し、周囲に迷惑をかけていることだ。
人を探しているらしいが、あれだけ校舎の端から端まで聞き回って見つからないなら早く諦めれば良いのに、と思っていた。

「それが違うんだな〜」
「別に興味無い」
「まってまって、分かった。頼むから聞いて!話したくてしょうがないんよこの熱いリビドーが分からんか!?」
分からんな。

第一、聞く気無くても勝手に話し出すだろ。
想定通り話し始めたから一応耳を傾けたが、内容は半分も分からなかった。

「いつも王道主人公1人で探し回ってたでしょ?でも、なんと今日は一匹狼君がついて回ってて、それも最高なんだけど、さっき見た時はタイミング良く何様俺様会長様が王道主人公に話しかけに行ってて、チワワが周りを囲んで怒っててさ〜!公開取り合い展開キタコレ?!って思ってたんだけど、風紀委員長様がそこに向かうのが見えて、これはもう薄い本も厚くなりますわハッピーハッピーハーッピー!」

というか、聞くのをやめた。
長い。

ただ、最初はよく分からなかった単語の数々(王道主人公が誰かとか。)もなんとなく雰囲気で分かるようになった。
なんの知識だ。

「でもね、きょーへーくん」
「…何」
「俺が今1番好きなのは、美形ヤンキー×平凡なんよ…。」
「知ってる」
耳にタコできるほど聞いた。

顔の良さに反してこうしたよく分からない発言を唐突に話し出す天海に、はじめは中等部からの持ち上がり組や先輩方が群がって、それも1ヶ月くらいで終わった。
今ではクラスで少し浮いている存在だ。
最近慣れてきた人も多いが。
残念な奴。

ただ天海のことをよく知らない生徒は多く、今でも、すれ違う男子が浮かれた表情をして何度も振り返っていた。

そうだ、久しぶりに理沙さんに報告しないとな〜!と、大きく手を振って歩く天海。
よく聞く"理沙さん"は柴先輩のお姉さんだとすぐに分かり、自然と柴先輩について思いを馳せた。

体育祭以来、話せていない。

正しく言えば、直接会えていない。
ラインで、覚えていた先輩が好きな作家の新刊が図書館に入荷したことを知らせたくらいだ。
ラインをもう一度交換してくださったのに浮かれたのは良いが、忙しいであろう先輩に送るほどの内容があるか躊躇し、いつも送るのをやめている。

話したいことは地層のように貯まっている。
ただ、俺の話ばかりで柴先輩に呆れられないかが不安の種だ。

つらつらと好きな漫画の展開を熱弁し出すのを横目に、バレないよう息を吐いた。

あー……落ち着いた柴先輩に会いたい。




「そういえばさ、ユズくんに似た三白眼主人公受の続刊が出てさ〜!ユズくんの友達に美形居たこと思い出して、近々会いに行かないとなって!グフフ」
「…そうだな。……それと、その……いや、なんでもない」
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