期末試験 前章-種蒔き-

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大口を開けて笑った顔をしてる馬鹿面のヤンキー。

ただ、その声の音は俺の耳には届かなかった。
無音。
やけに自身の鼓動が早くなっていた。

頭にあるのは、頬に付くくらい近い、赤い火。
熱さ。
臭い匂い。

痛さ。


「………おい。テメェら何してんだ」

低い、少し掠れた、地に響くような声にハッと意識が戻った感じがした。

さっきまで聞かなかった声だ。

いつの間にか俯いていた視界を上げると、目の前にあった筈の煙草は遠く離れていた。
そして、持ち主のヤンキーは青ざめて俺の後ろを注視していた。
口元が動いているが、浅い呼吸が繰り返されているだけで、今度こそ何も言っていないのが分かる。

「…聞こえなかったか?
テメェら、ここで、何してる」

殊更低く、一句ずつ区切った言葉は圧があった。
声の当人の怒気を含んだそれを聞いたヤンキー2人が言葉を詰まらせて答える。
首元にあった手はもう無い。

「なん、なんでここに…こ、っこれは、その、藤土(フジト)さんがいつも言ってるように、舐められないように…。」
「そ、そうっス、吸ってる所見られ…」
「あ"?」

2人が息を呑んだのが分かった。
既に離れたヤンキーから身をずらし、低い声の主を覗き見て驚く。

通りすがりに見た、美術本を読んでいたスキンヘッドのイケメンヤンキーだった。
両手をズボンに突っ込み、立った姿は先程見た時より随分と迫力があった。
190㎝近いか。
身長もそうだったが、シャツの上からでも分かる筋肉がそう見せていたのを知る。

美術本を見ていた時よりも眉を寄せ、気怠げに血管の浮いた首を斜めにしてヤンキーを見据えていた。
開放感がある筈の庭園に、重い空気が漂う。

「なんでここで吸ってんだ?あ"?」
「スンマセンッ……。」
「すいません…!」

小さく震えた声を出すヤンキーを見て、このスキンヘッドの人はリーダー的な存在なのか考える。
見るからにZクラスだけど…。
リーダー的な存在って確か、レンって人だったよな…?

なんにせよ、良いヤンキーぽくて助かった。

段ボールに捨てられた犬を拾うタイプか、と、胸を撫で下ろした時に真横を鋭く風が切った。

同時に目の前にいたヤンキーの腹部に足がめり込み、そのまま後ろに吹き飛ぶ。

……。
…………え。

「目立つ行動すんなっつったのが聞いてなかったか?ア"ァ"?!数日前に言ったばっかだろうが!!」

真っ直ぐに吹き飛んだヤンキーの元へ行き、ズボンに手を入れたまま足を何度も振り下ろすのを呆然と見ることしかできなかった。

鈍い音と、何度も謝る声だけの時間はどのくらいの長さだったか、唐突に動きを止めたスキンヘッドの男が眉を寄せたままこっちを振り返った。

彫りの深さとまつげによる影が落ちた鋭い視線と目が合い、思わず肩が揺れる。
目が合っただけで手に汗が滲んだのを感じた。

「……テメェは何も見てねェ。…そうだな。」

何度か首を上下に動かした俺を見て、用は済んだとばかりにそのまま扉の方に向かった。

「テメェはアイツ連れてけ」

通りすがりに俺の後ろで固まっていたヤンキーに告げ、扉を開けて出て行ったスキンヘッドの男の姿は、すぐに見えなくなった。

後ろ姿を見送った後すぐ、固まっていたヤンキーはボロボロに汚れたもう1人のヤンキーの肩を担ぐと、俺を見向きもせずに同じように扉の向こうに消えた。
何度かぶつかるような物音がした後、外の音だけが聞こえる程静かに。

夢から醒めた様な、普段通りの静寂。

残った煙草の燃えカスと、荒れた花壇を見回す。
刺さるような日差しに顔を向けて、きつく本を握りしめたことにより、汗が滲んでいた手のひらからようやく力を抜いた。




「いやこっっっっっっっわ」
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