期末試験 前章-種蒔き-

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閑話休題。

「さーて、じゃあお話の時間だネ」

自身の椅子を俺に座らせ、窓辺の棚の空いたスペースに腰掛けた加賀屋先輩がコーヒー(ブラックだ。癪に障る。)の入ったカップを片手に口を開いた。
四ツ子と同じこの椅子はゲーミングチェアだ。
座り心地が良くていつかこういうの欲しい。
四ツ子はやることがあるのか、イヤホンやヘッドフォンを付けてパソコンと向き合っていた。

「塩島くんが知らなくてボクが現時点で分かっていることは大きく分けて2つ。
体育祭でボクを襲った人物と、うーたんが巻き込まれた一連の騒動の犯人」

なるほど。
…なるほどな。

カップに口を付けて傾けた。
美味い。
喉を潤してから口を開く。

「言えよ」
風紀委員長に。
そういうことは。
主に体育祭の一件は暴行罪だぞ、警察でも良い。
通報しろ。

カップを持ち替えた加賀屋先輩は片眉を上げた。

「まぁまぁ、まずは聞いてヨ。まず1つ目の"ボクを襲った人物"、これがうーたんは驚くこともないと思うケド、夏目くんなんだよネ」

期待を裏切って悪いが普通に驚いてる。
スパイとは知ってたが。
嘘だろ。
もう一度カフェラテを飲んだ。
美味い。

「…やっぱ、特に犯人が風紀なら尚更言った方が良いんじゃないすか?」
「いや、そんなコトもない。
犯人とコンタクトを取ってる内通者の人間を外すのは今後動きが取りづらくなるからネ。
…今内輪揉めされるのもメンドクサイし」

本音最後だろ。
素知らぬ顔で視線を逸らしてコーヒーを飲む姿を睨んだ。

「でー、2つ目、"一連の騒動の犯人"」

例の鯨岡って人のことかと言おうとしたが、わざわざ遠回しの表現をする意味を考えて口に出すことをやめた。

「……フフ、察してると思うケド、そう。
これは鯨岡くんじゃない。
順に話すネ。

一連の騒動は一貫して転校生の神庭くん、または南部くんを狙ってる。
ケイドロの時は兎も角、ボクが着目したのは中間テストの時の、前も言った様に、"この学校に10年勤めていた、1人の教職員を退職させることができる人間"について」

そういえば、そんなことも言ってたな。

「調べたところ、鯨岡くんの家は中小企業取締役が親で、そこまでの権力は無かったんだよネ」
「…そうなのか」

自然と口に出た呟きを拾われ、頷かれた。
鯨岡って人の事情より何より、そこまで調べあげた調査力に舌を巻いた。
今の時代、どこにでも情報が溢れてるからできないこともないのかも知れないが。
怖え。

「そこで!」
加賀屋先輩がカップから片手を離し、得意げな表情で人差し指を立てた。
「彼の周りで、彼が尻尾振って動くだろう指示者。神庭くん周りを嫌っている人物をけんさーく!」

反動をつけて足を床に着け、俺の前に腕を伸ばしてパソコンを操作し始めるのを、少し体を反らして眺める。
マウスを動かし、クリックする。

「デデン」

表示されたのは、証明写真のような、背景は青く、正面を向いた無表情の人物。
肩につくほどの黒髪は艶があり、フィギュアのように整った顔は、男女どちらにも見える美青年だ。
一際目を引いたのは泣き黒子。

「該当者は彼、3年花道部部長の花浦くんだけだったのサ」

返事はしなかった。
というより、出来なかった。

見覚えがあったからだ。

これまでの様々な出来事が駆け巡り、一本の線が出来る。

中間試験前、惶と食堂にいた時の鋭い視線。

巻き込まれたと思っていた一件で塩島委員長に協力を仰いだ際の校内掲示板で書いてあった、神庭の居た場所での目撃情報。

体育祭で夏目副委員長と話していた場面。

夏目副委員長の花の香り。

そして、借り物競走の際、目が合ったあの時一瞬の表情。


「………。この人は、生徒会の誰かが好きってことか」

見上げた加賀屋先輩の顔は、驚かない俺を当然だと思っているのか、興味深く思っているのか判断のつかない表情をしていた。

「その通りだヨ。会長にメロメロらしいネ。
親衛隊には所属してないし公言もしてないケド、同じ部活や彼の親衛隊なら周知の事実みたい」

メロメロ。
使う奴いたのか。
どうでも良いことに引っ掛かった。

「それでネ〜、困ったことに、彼に関しては証拠という証拠の全てが無いんだよネ。

……そこで!」

区切り、声を潜ませる様に俺の耳元に顔を近づけさせた。
眼鏡に液晶の反射が写っている。

「校内の全ての裏事情に精通してる人のこと、知りたくなぁい?」

キーボードを打つ音と、パソコン自体の処理音だけが響く狭い部屋では、小声も普通の声量の様に感じた。
そして、加賀屋先輩の口調は無意識に頷いてしまいそうな魅力があった。

ふと、一体いつから、どこからこんな権力が絡む様な問題に深入りしてしまったのかと思った。

普通に過ごしていた筈だ。

普通に授業を受けて、
普通に上野と休み時間に遊んで、
普通に1人部屋を満喫してた。

ほんの、数ヶ月前まで。

同時に、ここまで来たなら最後までやるしか無いか、と、踏ん切り。あるいは、諦めか?
それがストンと胸に収まった。


だから、俺は俺の意思で加賀屋先輩の目を見て頷いた。

「教えろよ。一連の騒動を終わらせられる、その価値のあるものなら」
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