期末試験 前章-種蒔き-
Zクラス
割れた窓ガラス。
煙たい澱んだ空気。
判別できない汚い文字は壁一面を汚していた。
相変わらずゴミ溜めのような場所だ。
周りをガラの悪い男達に囲われた美丈夫は少しの空気も受け付けられず、口元に手を翳していた。
スラム街に王子が観光に来たようなアンバランスな存在感を放つ美丈夫は、目の前の椅子に背をもたれてだらしなく座ったままの大柄の男の目を射抜く。
男はスキンヘッドの側頭部に剃り込みが2本交差して入っており、電灯が割られた暗い教室に差し込む小さな光を受けて耳元と唇を挟む輪っかの金属がチラチラと光っていた。
周囲の下卑た笑いなど全く意に介さないその堂々とした姿に、大柄のその男は面白そうに口の端を歪めて笑った。
「悪いな、こいつらの声でよく聞こえなかった。もう一回言ってくれよ嬢ちゃん」
頭だけじゃ無く耳も悪いのか?
毒付きたくなるのを目を瞑って抑えた。
自らがわざわざこんな1秒でも居たくない場所に赴いたのには、確実に話を伝える必要があったからだ。
こんな所に居たことを周囲の人間に知られることはあってはならない。
短い時間で済ませるために、面倒は極力少なくしたい。
馬鹿にするような気持ち悪い笑みを浮かべる男と再び視線を合わせる。
「…君達はZクラスのリーダーである飛鳥蓮のことを疎ましく思っている。そうだね?」
「ああ」
名前を聞いた途端、周囲が失笑するのが分かった。
男は笑みを冷めた表情へと変えた。
「塩島燕のことも同様だと。」
「ああ」
今度は周囲が一斉に口を閉じて空気が殺気立ったのが分かる。
Zクラスにとってこの名前の相手に相当な恨みがあるらしい。
突き刺さる視線。
そんなもの、美丈夫にとってはなんの意味も無さない。
むしろ、この反応は好都合であった。
さっきと変わらない様子で淡々と続ける。
「そんな君達に頼みたいことがある。」
「…なんだ」
大きな古い傷が付いた、剥き出しの腕を摩りながら姿勢を前のめりにする男を見て、美丈夫は隠したままの唇を湿らせる。
「……さっき挙げた2人を、陥れ、叩きのめす手伝いをして欲しい。」
「………。」
「勿論報酬は弾もう。関わった全員に」
浮き足立つように口笛を吹いて騒ぎ出す周囲を椅子に座った男が手を横にする。
途端に静まり返る。
従うのが当然だと、何の不満も無い周囲の様子を見て、美丈夫は期待通りだと燻った黒いものを胸の内に抱えながら心の中でほくそ笑んだ。
「……計画が失敗して足がつくことはねぇんだろうな?」
「君達次第だよ」
途端威圧してくる周囲を艶のある黒髪を揺らし、睨み返す。
美人の睨む表情は鬼気迫ったもので、睨まれた派手な髪の男は怯んだように視線を逸らした。
一連を押し黙ったままだった男は喉を鳴らして低く笑った。
数回頷き、手のひらを上に向けて指をバラバラに動かした。
「いいだろう。報酬はどっちでもいい。
………確実にあいつらの血反吐を吐く姿さえ見れればな」
教室をビリビリと揺らすような、感じたことのない圧を正面から受けた美丈夫は見た目こそ平静を保っていたが、流石に背中に一筋汗が流れたのを感じた。
「…分かった。計画に関しては、詳細が決まり次第近くの廊下に伝達を向かわせる。茶髪で小柄な生徒だよ。これからも彼が来ることになる」
「ああ」
話は終わったとシャツの胸ポケットから煙草を取り出し火をつける男を、眉を顰め冷めた目で一瞥してすぐ、美丈夫は髪を揺らして来た時と同じように乱れることのない足取りで荒れた場所から去っていった。
「…3度目の失敗は許されないからね、鯨岡くん」
「フー……。ようやくか、ようやく、な。」
割れた窓ガラス。
煙たい澱んだ空気。
判別できない汚い文字は壁一面を汚していた。
相変わらずゴミ溜めのような場所だ。
周りをガラの悪い男達に囲われた美丈夫は少しの空気も受け付けられず、口元に手を翳していた。
スラム街に王子が観光に来たようなアンバランスな存在感を放つ美丈夫は、目の前の椅子に背をもたれてだらしなく座ったままの大柄の男の目を射抜く。
男はスキンヘッドの側頭部に剃り込みが2本交差して入っており、電灯が割られた暗い教室に差し込む小さな光を受けて耳元と唇を挟む輪っかの金属がチラチラと光っていた。
周囲の下卑た笑いなど全く意に介さないその堂々とした姿に、大柄のその男は面白そうに口の端を歪めて笑った。
「悪いな、こいつらの声でよく聞こえなかった。もう一回言ってくれよ嬢ちゃん」
頭だけじゃ無く耳も悪いのか?
毒付きたくなるのを目を瞑って抑えた。
自らがわざわざこんな1秒でも居たくない場所に赴いたのには、確実に話を伝える必要があったからだ。
こんな所に居たことを周囲の人間に知られることはあってはならない。
短い時間で済ませるために、面倒は極力少なくしたい。
馬鹿にするような気持ち悪い笑みを浮かべる男と再び視線を合わせる。
「…君達はZクラスのリーダーである飛鳥蓮のことを疎ましく思っている。そうだね?」
「ああ」
名前を聞いた途端、周囲が失笑するのが分かった。
男は笑みを冷めた表情へと変えた。
「塩島燕のことも同様だと。」
「ああ」
今度は周囲が一斉に口を閉じて空気が殺気立ったのが分かる。
Zクラスにとってこの名前の相手に相当な恨みがあるらしい。
突き刺さる視線。
そんなもの、美丈夫にとってはなんの意味も無さない。
むしろ、この反応は好都合であった。
さっきと変わらない様子で淡々と続ける。
「そんな君達に頼みたいことがある。」
「…なんだ」
大きな古い傷が付いた、剥き出しの腕を摩りながら姿勢を前のめりにする男を見て、美丈夫は隠したままの唇を湿らせる。
「……さっき挙げた2人を、陥れ、叩きのめす手伝いをして欲しい。」
「………。」
「勿論報酬は弾もう。関わった全員に」
浮き足立つように口笛を吹いて騒ぎ出す周囲を椅子に座った男が手を横にする。
途端に静まり返る。
従うのが当然だと、何の不満も無い周囲の様子を見て、美丈夫は期待通りだと燻った黒いものを胸の内に抱えながら心の中でほくそ笑んだ。
「……計画が失敗して足がつくことはねぇんだろうな?」
「君達次第だよ」
途端威圧してくる周囲を艶のある黒髪を揺らし、睨み返す。
美人の睨む表情は鬼気迫ったもので、睨まれた派手な髪の男は怯んだように視線を逸らした。
一連を押し黙ったままだった男は喉を鳴らして低く笑った。
数回頷き、手のひらを上に向けて指をバラバラに動かした。
「いいだろう。報酬はどっちでもいい。
………確実にあいつらの血反吐を吐く姿さえ見れればな」
教室をビリビリと揺らすような、感じたことのない圧を正面から受けた美丈夫は見た目こそ平静を保っていたが、流石に背中に一筋汗が流れたのを感じた。
「…分かった。計画に関しては、詳細が決まり次第近くの廊下に伝達を向かわせる。茶髪で小柄な生徒だよ。これからも彼が来ることになる」
「ああ」
話は終わったとシャツの胸ポケットから煙草を取り出し火をつける男を、眉を顰め冷めた目で一瞥してすぐ、美丈夫は髪を揺らして来た時と同じように乱れることのない足取りで荒れた場所から去っていった。
「…3度目の失敗は許されないからね、鯨岡くん」
「フー……。ようやくか、ようやく、な。」