土器土器体育祭

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遠坂の名前を呆然と呟く俺の様子を見ておかしいと思ったのか、「…そっちに行くね」と言い、窓から足を出した。

細い足場を通りすぐに俺の元に着くと、遠坂の疑問も晴れた様だった。
膝を着き、下を覗き込む。
風に靡いて見えた顔に表情は無かった。

「…中の人は誰?」
「まだ分からねえけど、……多分、南部さんだと思う」

俺からの返答を聞き、口元に手を当て考えた様子の遠坂がすぐに携帯を操作し始めて耳に当てる。

「柴君、この状況を知ってる人は?」
首を振って、居ない、と答えた。
電話の相手と繋がったのか、俺に頷いたあと話し始めた。

「もしもし、緊急だよ。今すぐプール前の校舎の下に人が落ちても支えられるような物を用意して。5分以内」
短く伝え、電話を切ってポケットに入れる。

「万が一はこれで大丈夫だよ。引き上げようか」
「助かる」
2本あるうちの1本を握る。
遠坂が反対側を掴んだのを見て、力を入れた。

少しずつ、少しずつ引き上げていく。
徐々に近付く布。
ドサッ、と布が擦れる音がして重くなった腕の力を抜く。

痛む手に滲む汗を我慢して、ようやく布の塊を引き上げることができた。

座って窓のある校舎に背を預け、痛む手を握って開き安堵の息を吐いた。
自然と遠坂に目を向けると、同じように見ていたらしく、お互い苦笑いを見せた。

一息ついたところで、垂れ幕に丸く包まれた人物を確認することにした。
二重三重と巻かれた布をめくり、顔を確認する。

「…やっぱり南部さんだったか」

雑に包まれ、髪はグシャグシャになっていた南部さん。
髪が顔にかかった表情は悪夢を見ているかのように顰めっ面だった。
可哀想に…寝ても覚めても悪夢だな…。

「…それで」
口を開いた遠坂の方を見る。

薄く笑みを浮かべる遠坂に寒気。

「柴君は南部さんを探してたみたいだけど、どうしてそんなことになってるのかな?」
「………えーっ…と…。」
口の端が引き攣ってくる。

働きまくった脳はエネルギー不足でまともに働かなかった。
全部話すには、ボリュームが大きい。
今回のことは一つ話すと芋づる式に新入生歓迎会の時からの話をすることになる。
流石に面倒くさい。

つまり。

「たまたま、風紀委員長と会って、南部さんが誘拐されたって…聞いて、」

嘘をついた。

「…ふぅん…。」
うーん。
デジャヴ。

俺はどうやら嘘が下手らしい。

うそだ!
今まで上野は騙されるふりしてたわけが…!!

と、脳内で話が逸れる前にこの場の話を逸らす。
そもそもで気になっていた。

「それより、遠坂こそなんでここに?」
「僕?」

一際風が強く吹き、遠坂がキョトンとした表情を露わにした。

「僕は、出番終わったし、小森君から柴君がだいぶ腹痛が酷いって聞いたからコンビニに薬を買いに行って、1番近いトイレに行っても誰も居なかったから君を探してたんだけど」
すいません。
「2棟目に行ったところで柴君が渡り廊下を走っていくのが見えたから、追いかけてここに着いた感じかな〜」
なるほど。
「すいません」
「それで、腹痛は大丈夫そう?」
「はい…。」
ピンピンしてます…。

あからさまに顔を逸らしていると、遠坂がゴソゴソとし始めた手元に目を向ける。
垂れ幕に包まれたままの南部さんを剥がしている様だった。

手伝っている拍子に文字を目で追うと、どうやら相撲部の東日本学生大会出場の垂れ幕だったらしい。
頑張ってんな。

垂れ幕に気を取られているうちに剥がし終えた遠坂が自身が着ていたジャージを南部さんに被せていた。
見ていると、下から声が。

「凛さん、ひとまずマットを持ってきま……って柴さん…と、そこにいるのは南部さん…?」

マットを掴んで第3校舎に向かって来たのは塩島委員長1人だけだった。
体育館から引っ張ってきたのか、地面の砂には引き摺られた跡が。

声に反応して身を起こして下を覗き込んだ俺を見て、塩島委員長は俺を認知したらしい。
塩島委員長はそのまま後ろに下がり、南部さんの存在にも気付きレンズ越しに目を見開いたのが見えた。

肩を落とし項垂れると、そのまま携帯を取り出して耳元に当て、口を動かしている。

と、耳元で電子音が聞こえ、嫌な予感。

『ジジ…うーーーたん???????ちょっとぉ????』
やっぱりお前か。

『あれほどまずボクらに連絡してって言ったよネ〜?????』
しようと思ったけど、あんたら忙し…と言おうとしたが、隣に遠坂、近くに塩島委員長が居る手前話すわけにいかず耐える。

『南部くんの近くに輩が居ないとは限らなかったのになんでそんなコトしちゃうのキミって子は???』
……。

『うーたんのことだから確かめてからボクらに言おうと思ったんだろぉケド、』
…………。

一向に終わる気配の無い説教をポケットに突っ込んだ。

はいはい通信不良通信不良。

電話の相手が途切れたらしい塩島委員長が怪訝な顔をしているのが見えた。
諦めたように携帯を仕舞うと、俺達に声を掛ける。

「これから委員を向かわせます。風が強くなってきているのでそのままでは危ないですし、お2人は校舎に入っていてください」
「はーい」
俺は頷き、返事を返した遠坂と共に立ち上がった。

疲労から少しフラつき、窓枠に手を伸ばした。

途端、耳元に唸るような強い風が窓から吹き抜けた。


あ。

身体が風に煽られてぐらつく。
焦って足を踏ん張ろうと動かした。
だが、強風に垂れ幕が捲り上がり、足にまとわりつく。

布に足を取られ、ついに姿勢が崩れて重心がブレた。

重力を感じていた足裏が不意に軽くなる。

風でジャージがたなびき、茶色い地面が目に映った。


マジか。




「柴君!!!」
「ッ!!」
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